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T02 簡単だ

引き続き。

 彼女は僕のサポートをすると言った通り、僕が戦えるように剣術や魔法の指南役を付けてくれたり、この世界の事を色々と勉強するための先生を付けてくれた。



 え、ここから帰りたくないのかって?



 正直な話、僕は帰りたいとは思わなかった。

 親の都合でいつも転々としていた僕のうち。……転校ばかり繰り返しているから、友達らしい友達も出来ず、慣れたかなと思った頃には引っ越し。それも都会の学校を転々としている間は良かったけれど、この田舎の学校に来てからは酷い有様だった。


 都会の学校は僕のような境遇の子もいるから、比較的そうした変化に対して良く言えば寛容で、悪く言えば無関心だったけれど、田舎の学校は都会から来たってことだけで注目を浴びて、それがそのうち嫉妬になり、遂には陰湿ないじめに発展した。

 それまで仲良くしていたはずの子からも、翌日には離れられ、それを手引きしていたのはその街の有力者の子供で、その子供のために教師すら僕の敵になった。そして、学校全体が僕の敵になる。


 最初のうちはこういうこともあるさと我慢していたけれど、それが徐々にエスカレートしていき、暴力を振るわれるようになり、見えないところを狙った攻撃に毎度晒されていたある日、歩いて帰宅していたら後ろから3年生の僕も知らない子から自転車で背後から追突された。僕はそれで強かに右足を擦りむいて制服には穴が空いた。周りには同級生の子がいたけれど、その子らはただ笑っていた。追突した子も自転車でそのまま逃走した。



 勿論、親にはバレた。



 それから親が学校側に問い合わせるも、学校側は事態を把握していないと白々しく嘘をついて、全校生徒の調査が行われた。だけど誰も証言することは無く、結局有耶無耶になってしまう。


 この件が有耶無耶になったとはいえ、親の耳に入ったことで事が荒立ったということには敏感だったようで、それから暫くはなりを潜めたけれど、今度は精神的な攻撃が陰湿に行われるようになった。



 学校では僕に休まる場所はない。



 動かなければ安全かと言えば、全く安全とも言えないけれど、どこかに出歩くよりは安全だった。まだ教室内の方が慣れているから。でも、教室外に出ると、何処に危険が潜んでいるかわからない。足を引っ掛けられて転がされるくらいはセーフとばかりによくされることがあった。トイレも僕が近付くとニヤニヤとしている顔が見えるから入る気になれない。


 それでもどうしてもトイレに向かわなきゃいけないという時は、旧校舎側にある外トイレに行くことにしていた。この場所は普段誰も使わない場所で、野外行事の時に使われることが有る程度。別に広いわけでもないから、いわゆるヤンキーのたまり場にもなりようが無かった。

 何より匂うし。


 親は仕事のことも有り直ぐには引っ越しの予定も無い。

 目立った傷も無く帰ってきている僕に母も気に留める様子は無いし、そもそも母はあまり子供に興味は無い。普段は習い事に夢中で、やれダンスだのお花だのお茶だの、カルチャースクール通いで自分に投資をしている。幸いというか僕は成績も悪くなかったから、塾に通わせようだとかという気も起きなかった様だ。


 そんな母はいつも食事の用意だけはしてあるけれど、家に居ないことの方が多い。

 先日父が以前の件で母に注意して僕を見ているようにと口論になっているのを見たけれど、逆に母が自分も親なのだから任せっきりにしないで、自分の目で見てみれば良いじゃないかと正論を吐いていた。



 そう、父もどちらかと言えば他人事なんだ。



 あんな母だけれど、制服の穴とかを目敏く見つけている辺りは母親なんだと思う。それで父に学校に抗議するように捲し立てて、父は渋々面倒くさそうにしながらも電話で抗議していたという流れ。母がああ言うのも当然だろうと思う。でも、母も自分では本気でアクションを起こす気は無いんだとも思う。


 こんな毎日で自分の休まる場所は自分の部屋の中だけ。

 他に誰かに相談できるわけでもなく、ただ自分が我慢する他に無い。

 いっそ、どっか連れてって欲しい。

 ……そんな気持ちがあった。



 今頃心配しているだろうか?



 流石に母辺りは狼狽えているかもしれないけれど、そもそもこの世界と現実の間に時差が無いのかどうかも分からない。もしかしたら、ここから帰る時にはその日の同じ時間ってこともあるのかも。



 それにこの場所は居心地が良い。



 皆が僕を勇者として大事にしてくれる。丁寧に教えてくれるし、親切に接してくれる。皇帝陛下も僕が困ったりしたらすぐに助けてくれる。何の不満も無かった。

 修行が大変だとか、勉強が大変だとか、そういうのは現代でもあることだし、何かをするのに辛い試練が降りかかるっていうのは不思議な事じゃない。そして、ここはそうした試練に対する対価が存在する世界。スキルというものが積み上がっていく。


 剣術の指南を受ければ剣術Lv,1のスキルがつくし、魔法を勉強すれば魔法Lv,1のスキルが備わる。さらに修行を続ければ1が2になるし、レベルが上がると閃きが起きるようになる。


 閃きとは、剣術や体術とかを使用している際に、ある一定のレベルに達すると出てくるようになるもので、新しい技を会得することが出来る。

 閃きが起こると起こる前と比較して確実に同じ技を使えるようになって、技の威力も増していく。頭の上に唐突に電球が光るのは滑稽だけれど、アレが来るか来ないかで修行の結果は勿論、実践でも大きく左右されるらしい。

 

 他には魔法というスキルも魔法スキルだけでは魔法を使うことが出来なくて、属性のスキルを手に入れないとそれぞれの属性魔法が使えない。僕は勇者ということもあって、四属性全ての魔法を使えることが分かったけれど、普通の人は一つの属性を扱うのが殆どらしい。

 魔法は神殿で属性検分の儀式が行われて、そこで分かった属性のスキルを得ることになっている。適性の無い属性は使うことが出来ず、仮にできても大量の魔力を消費して効率が悪いそうなんだ。あと、一応勇者のみが使えると言う光の属性もしっかり使えることが分かったよ。


 なんだかんだと色々話したけれど、結局のところ僕はこの世界を気に入っている。

 親も周りもみんな僕の事を本当に考えてくれる人はいない中で、この世界は僕を温かく迎えてくれている。そして、僕もその期待に応える様に成長している。こんなにすんなりと噛みあうことがこれまであっただろうか。


 あのままあの世界に居たら、僕の心はそう遠くない先に潰れてしまっていた。そして、選ぶ先は自殺だったんじゃないかと思う。実際、何の楽しみも無い世界だったから。

 僕は寸でのところで救われたのだと思うことにしている。


 どうせ死んでしまう命なら、最早あの世界にいる意味も無い。



 この世界には僕みたいな出来損ないでも期待をしてくれる。勿論、それに対するプレッシャーもあるんだと思うけれど、努力が積み上がる世界にいる僕は、たぶんこの世界のどんな人よりも強くなれるんじゃないだろうか。

 僕はひたすら耐えることなら出来る。

 耐えて耐えて耐えて耐えて、ただ耐えてきただけの現実から、僕は逃げ出してきたわけでも、投げ出してきたわけでもない。



 ただ連れてこられたのだから。



 その意味では耐えるなんて簡単だ。

 苦しみをぐっと堪えるくらい何のことは無い。

 僕は今日も様々な指南を受けて力を付けるんだ。

チヒロ編です。

次からは本編戻ります。

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