獣王祭三日目その三
準決勝。まずはネメアーとトロウル族の重騎士、ガル・カンの試合だ。
オッズは4,6とガル・カンの方がやや優勢。やはり素手であの防御を崩すのは難しいとの評価だろう。
公にはなってないがネメアーは聡さんの弟子だ。あの防御を打ち崩す技も覚えていてもおかしくはない。
しかし、ネメアー。相手は背負っているものが大きいぞ。油断はしないだろうが、頑張れよ。
準決勝開始時刻になると、ドラが大きくならされる。
その合図に合わせて、闘技場の東と西の扉が開かれた。
西からはネメアーが、いつも通りの武道着姿で現れる。
緊張もしてないようだが、気を緩めている訳でもない。
これから戦いに出るのだと、感じさせる迫力がここまで感じる。
舞台に向かうまでの間、司の解説が始まる。
『東門から出てきたのは黒き鬣を持つ、無手の闘獅子族! ネメアーや! 手元の資料によるとやな、経歴は詳しいことはいえへんが、大事な人の為に拳を磨き上げた本物の武人や! その実力は前の試合で見た通りや! 果たして、ネメアーはガル・カンの防御を打ち崩すことが出来るのか!』
司はネメアーの事情を知っている一人だが、ここで公にするような奴じゃない。
隠すべきところは誤魔化しつつ、本当の事を皆に伝えている。観客からはオォォと感心したような声が聞こえる。
経歴不詳はこの世界じゃ特におかしい事じゃない。身分を隠して参加とかする場合もあるだろう。
中には「俺は身分を明らかに出来ぬ身。だが、優勝は俺のものだ」という人もいたとネメアーから聞いたんだが……運悪く聡さんと一次予選でぶつかり聡さんのぶっぱで吹き飛んだらしい。どこの誰かも知れない人、南無。
『西から出てきたのは、トロウル族の重騎士、ガル・カンや! トロウル族は岩のような頑丈な皮膚を持ち、その剛腕から繰り出される一撃は深く相手の肉を抉る力を持っとる闘獅子に匹敵する戦闘種族や! しかし、皆知っての通り、彼の種族は戦争で数を減らしとる。資料によるとやな、生き残った種族を立て直す為に優勝賞金を取りに来たという、なんとも仲間思いの奴や! うち的はどっちも頑張ってほしいわ!』
司は司会という立場があるので、一方の応援が出来ないが、両方頑張ってほしいというのは司の本心だろう。
片方は、大事な人、フェンを守る為に拳を磨き上げたネメアー。そしてもう片方は、滅びかけている種族を立て直す為に己が武にて勝ち進んできたガル・カン。両方とも重いものを背負っている。その差は比べるのも野暮というものだろう。
互いに舞台に上がり、開始位置に着く。
ネメアーは拳を構え、ガル・カンは盾と斧を構える。
ピリピリとした空気、闘気とでもいえばいいのか。気迫がここまで伝わってくる。
「わわっ!? なんかびりってきた!」
「アリス……大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ」
フェンがアリスを優しく撫でて、宥めていた。フェンはこの気迫の中でも特に動じてもいなかった。これはフェンリル族だからだろうか。よくは分からないが、今はしっかりと試合を見ることが出来るなら気にすることもないか。
『それじゃ、準備はええか? 試合、始め!!』
――ジャァァァァン―――
――オオオォォォーーー――――
ドラの音が鳴り響き、観客の歓声が大気を揺るがす中、ネメアーとガル・カンは互いに足を踏み出し、ぶつかり合った。
◆◇◆
準々決勝とは違い、ガル・カン殿は私と同じタイミングで掛けてきた。
全身鎧を身に着けているとは思えない程の速さだ。
ガル・カン殿のタワーシールドと、私の拳がぶつかり合う。
「ぬうっ!」
「ぐぅっ!」
思った以上に、攻撃が重い!
師の鍛錬のお陰か、押されることはなかったが、ぶつかり合った腕が軽い痺れを起してしまった。
ガル・カン殿は、私の攻撃で吹き飛ばされつつも、巧みに身体を捻り、地面に叩き付けられるのを防いでいた。カイザック殿との試合でも感じたが、準決勝となると、一筋縄ではいかない相手ばかりだ。
気合を入れなおし、追撃を掛けるべく彼に接敵する。
「はぁぁっ! せいっ!」
「むぅっ! ぬうんっ! はぁぁっ!」
拳や蹴りを幾度となく振るうが、その全てがことごとく彼の盾と斧によって防がれる。
「おおおぉぉぉぉ!!!」
防御だけではない。彼は隙あらば、凄まじい勢いで斧を片手で振るい、私に猛攻を仕掛けてくる。
斧は斧でも両手斧だというのに、片手で振るうその剛腕、流石はトロウル族と言ったところだ。
避けきれなかった黒い毛先と服が僅かに切られ、宙を漂う。
「ちっ、今のを避けるか」
「当たってやるほど私はお人好しではないのだよ。今の攻撃は中々に危なかった」
「だが、貴様の攻撃も俺には通じん。貴様も背負っているだろうが、俺もまた、大事な物を背負っているのだ!」
確かに彼の防御は目を見張るものがある。防御だけに目を向ければ、カンカン殿と並ぶ逸材だろう。
「せぇい!」
「はぁぁぁ!」
足元に足刀を打ち込むが、見た目によらず軽快な動きで避けられる。
動きも良い、下手な攻撃をしても、彼に反撃の隙を与えるだけだ。
ならば、防ぎきれない程に早く打ち込むまで!
一挙に彼の懐に飛び込むが、彼は盾で私の視界を覆い隠し、攻撃を防ぐ構えを取る。想定通りだ!
「〈猛打〉〈四連撃〉〈竜顎昇!〉
「ぐっおお!? おお!!」
幾度となく師から受けた、スキルの連携技だ。そのタイミング、動き、流れなどは良く知っている。
……気絶するほど痛いほどに。
師程ではないが、私の鍛え抜いた肉体から繰り出される連続技は、ガル・カン殿の身体を浮かす。
この瞬間を待っていた!
防御の要は強靭な足腰にある。足が地についていなければ、鉄壁の防御は出来まい!
脚を深く一歩踏みしめ、拳を引き、体重を脚から背中へと移動させそのまま、彼に背中からぶち当てる!
「〈鉄山硬〉!!」
己の身体を気、魔力の力によって極限まで硬くし、体重全てを相手に打ち込む技だ。
これもまた、師から習った技の一つだ。スキル連携中という土壇場でやってみたが、何とかうまくいったようだね。
空中で踏ん張る事も出来ない彼は、私の一撃をまともに受け、舞台の上を数回跳ねて、場外ギリギリまで転がる。
あわや場外、という所で、彼は舞台に指を突き立ててギリギリで堪える。
手ごたえはあった。まともに当たったはずだが、彼は足をふらつかせながらも立ち上がる。
彼は内臓を痛めたのであろう。軽く吐血し、兜の中で息を荒くしながら、私を見る。
その眼は決して心が折れておらず、闘気に満ちた目だ。
「見事な、連撃だった」
「だが、今の一撃は答えた筈だよ。もう、立っているのすら難しい筈だ」
「そんなこと、言われずとも俺が一番自覚している。だが、まだ立てるのだ。後一撃だけ、付き合ってもらうぞ。ネメアー!」
「受けて立とう!」
このまま長引かせてしまえば、彼は倒れるまで、いや、死ぬまで戦い続けるだろう。それは決してさせてはいけない。ならば、この一撃で決めるだけだ。
彼は武器である、斧を投げ捨て、両手で盾を構える。
「オオォォォォォ!!」
盾を構えて、私に向かって猛然と突き進んでくる。やはり、盾こそが彼の真骨頂なのだろう。
避けて背中を狙う、などという手段はとらない。真っ向から迎え撃つ。
最大まで片足に力を籠め、私と彼の間合いが詰まった時、勢いよく振り上げる。
「〈斬鉄脚〉!!」
鉄をも切り裂く会心の一撃が、ガル・カン殿の盾を、鎧を、岩のように硬い皮膚を切り裂き、大きく吹き飛ばした。
そのまま地面に倒れこむと、審判が急いで駆けつけてくる。
審判が彼の容態を見ながら、片手を大きく上げる。
「勝者! ネメアー!」
―――オオオオォォォォォ!!!
割れんばかりの歓声が私に送られる。長く戦っていた気がするが、時間的に十分くらいだったようだね。
フェン達も喜んでいる様子が見える。しかし、私はそれを置いても先にすべきことがあるんだ。
「救護班急げ! 担架もってこい!」
今の一撃は手加減などできなかった。確実に彼の肉を斬った感触があった。
控えていた医師が溢れる血を布で押さえつつ、回復魔法を施している。私は彼の隣で膝を付き、手を翳す。
「ネメアー選手? 何を……?」
「私も回復魔法が使える。彼に処置を施させてほしい」
「おお、そうでしたか。助かります。思ったよりも傷が深くて……まさかトロウル族がここまでの傷を負うとは……」
それに関してはすまないと思うが、彼の戦士としての矜持に付き合った結果だよ。もし、手を抜けば心身共に傷を付けかねない。
右手から回復魔法を放つと、ガル・カン殿の傷口が再生を始め、徐々に出血が少なくなっていく。
肉体的な傷はこのように治すことが出来るが、心の傷は回復魔法では治せないのだから。
マサキ君なら、一瞬の内に治すことが出来るだろうが、私にはこれが精いっぱいだ。
「おお、もう出血が止まった! ネメアー選手、感謝致します」
「彼の事、任せました」
「ああ。後は私達の仕事だ。君も治療を受けるように。この後の試合を考えると、魔力は出来るだけ温存した方がいいだろう」
「そうだね。そうさせてもらうよ」
急いでやって来た救護班が担架にガル・カン殿を載せ、急いで救護室まで運んでいく。
私も数人の医師を引き連れて、自分の控室に戻る。
いち早く、体力を取り戻さなければ。今度の相手は、シーザー様にせよ、師にせよ完全な格上相手だ。絶望的な相手ともいえるが、心のどこかで歓喜する私がいる。
ふふ、私もまた、戦闘種族というのだろうかね。
◆◇◆
難敵のようだったが、何とかネメアーは勝つことが出来たな。しかし、あのガル・カンというトロウルは本当に強かった。あそこまでネメアーの攻撃をさばききれる奴なんてそうそういないぞ。
担架で運ばれるガル・カンの姿を見送り、ネメアーもまた数人の医師に連れられて控室に戻っていく。
「フェン、ネメアーの様子を見に行かないか?」
「え? えっと、良いんです……か? そろそろ、聡さん達の試合……始まります……けど」
「大丈夫だ。正直、試合の方も気になるが今はネメアーを優先したいからな」
「そうだな。直撃は避けていたとはいえ、何度か彼の斧や盾を受けていた。手足にダメージが残っていないとは限らない」
「それなら、マサキの出番よね。見落としやすいダメージもマサキの魔法ならパパッと治しちゃうし」
「魔法も使っていたみたいですし、魔力も補充しないとですね」
俺がフェンを誘って立ち上がると、アデル、ヨーコ、秋葉が続いた。
フェンにくっつく形でアリスもついて来ようとするが、首根っこをレヴィアに撮まれる。
「お主はこっちじゃ」
「えー!? なんで? 私も一緒にいくー!」
「ぞろぞろと行っても邪魔になるじゃろうが。お主はここで素直に待っとれ。ほれ、これでも食べておくがよい」
そういうと、レヴィアは用意されていたであろう、焼き菓子をアリスに手渡す。
「え? あのレヴィアが私にお菓子を? 天変地異の前触れ!?」
「また食われたいかお主は!」
「じょ、冗談だってばー」
まぁ、そう思うよな。レヴィアが人に食べ物をやる事なんて滅多にない事だ。レヴィアなりにアリスの事を気に入ってるんだろう。
俺達は席を立ち、ネメアーのいる控室に向かった。
控室の前には護衛だろうか、頭獅子族の騎士が直立不動で立っている。
「これはトウドウ伯爵様!」
「失礼、中に入ってもよろしいか?」
「はい、ですが今はネメアー選手は非常に疲れている様子でして……」
「それを何とかする為に来たんだ。入らせてもらうぞ」
護衛の騎士の了承を得て、控室のドアをノックする。
「ネメアー、俺だ。正樹だ。フェン達も一緒だが入ってもいいか?」
「マサキ君かね。あぁ、構わないよ」
扉を開けると、ネメアーが汗を流しながら、椅子に座り込んでいた。
「すまないね。出迎えもせずにこのような格好のままで」
「いや、いい。相当疲れているようだし、そのままでいいさ。怪我の方はどうだ?」
「粗方、怪我は直してもらったから大丈夫だ」
「まぁ、それでも念のためだ」
ネメアーに〈鑑定〉してみると、僅かにHPが減っていた。恐らくは戦いで痛みが麻痺しているのだろう。どこかにダメージが残っている。
「『ハイ・ヒール』。これでどうだ?」
「ん、少し気分的に楽になったな。やはりどこか痛めていたのか……」
「自分では気づかない小さなダメージってのはよくあるからな。後は疲れと魔力か……。アデル、魔力の方を頼めるか?」
「分かった」
アデルが〈魔力供給)を使っている間、俺はアイテムボックスからアタミから持ち込んでいたパワーパインを取り出す。帝国の一戦で使っていた春香特製の果物だ。非常食用として持ってきていたものの一つだな。秋葉と旅する中でいくつか食べたので、それが最後の一個だ。
秋葉から調理用に使っていたナイフを受け取り、食べやすいように短冊切りにしてフェンの持つ木皿に盛る。
ヨーコは鎮静作用のあるお香を焚き始めた。ヨーコはこういった香り物を沢山持っている。
良い香りが好きだからな。匂いフェチともいうが。
皆で色々動いていると、ネメアーが嬉しそうに微笑む。
「いやはや、いたせりつくせりだね」
「大事な仲間だから当然だろ。な、フェン」
「はい……ネメアーおじさんは……んっと、私にとっても、大事な、人ですので。はい……ネメアーおじさん」
フェンはパワーパインが盛られた木皿をネメアーに差し出すと、ネメアーはひとつ撮み口元に運ぶ。
「ああ……ありがとう。うん……これは……すごいものだな。身体の疲れが不思議と取れていく……」
「そういう効果の果物だからな。これから戦う相手が相手だ。これくらいはしてもいいだろう」
「ふふ、確かに」
柔らかな森の香りがするお香が漂う中、ドラの音が大きく鳴り響いた。準決勝戦第二試合、聡さんとシーザーの試合が始まったようだ。
「マサキ君、シーザー様と師。どちらが勝つと思うかね?」
「シーザーと聡さんか……、正直な所言うと……聡さんだよなぁ」
「やはりか……」
シーザーの実力は群を抜いているが、聡さんの力はそれを上回る。攻撃、防御、速度。その全てにおいて聡さんは上回っている。
格闘ゲームは戦闘に純粋に特化したゲームだ。その力の得た聡さんは敵に回したくない程に強い。
それに輪をかけて、本人が冷静である事だ。力を得たと調子に乗った相手なら油断なり、付け入るスキなりあるかもしれないが、常に沈着冷静、時には冷酷に殺す事もいとわない決断力は恐ろしいとしか言えない。
聡さんがこの世界で何を見て、どのように生きてきたのかは知らないが、決して楽な道じゃなかっただろう。
その聡さんが前回優勝のシーザーとぶつかる。
強者同士の戦いだが、ネメアーの戦い同様長くは続かないだろう。長引く様な戦いの方が珍しいんだ。
控室でしばらくネメアーの緊張を解していると、オオォォォ!! と大勢が騒めく声が聞こえた。
『おおっと! 決着! 勝者! 聡選手やー! 前回優勝のシーザー選手ここで敗退! 誰が予想したか! 決勝は、初出場のネメアー選手と聡選手の無手同士の戦いやー!!』
司のマイクの声が闘技場全体に響く。
予想通りか……。相手が悪すぎる。
「ネメアー。聞いての通りだ。相手は聡さんに決まったようだぞ」
「あぁ……。シーザー様とは一度やりあいたかったが、これも運命というものだね。しかし、私はこの運命に感謝しなければね」
「感謝?」
「あぁ……師は闘技部門に挑む際、私にこう告げたのだ」
――もし当たる事があれば、ネメアー。君を全身全霊、本気でお相手しよう―――
「師と本気で戦う。それに恐怖を感じないといえば嘘になるが、心のどこかで渇望していたのだ。恐らく――いや、確実に勝てない。だが、それでも一矢くらいは報いらないと。彼の弟子として成長を見せる時さ」
「そうか。なら俺からはたった一言だけだ。頑張れよ」
「ああ……!」
俺は立ち上がり、全員を連れて元の席に戻る。ここから先はネメアーの戦いだ。
俺達は上から見守ろう。ネメアーの戦いを。
感想、評価ポイントを頂けると大変励みになります。
次回はついに決勝戦。という所ですがここでストックが切れました。申し訳ありません。
今年の更新は出来てあと一回でしょうか。
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