獣王祭三日目その一
『GMが異世界にログインしました。』3巻12月26日発売という事で連続投稿中です。
前編中編後編と分けようと思いましたが、思った以上に書く量が増えそうなので、その一となりました。
翌日、俺達は一同に食堂へ集まり、久々にのんびりとした朝食を取っていた。
フェンは勿論の事、アリスにレヴィアやネメアーも一緒だ。
レヴィアが朝からダマスクリザードのステーキを食べながら、残念そうに俺の方を見る。
片肘付きながら食べるんじゃない。行儀悪いぞ。
「しかし、残念じゃったのぅ。マサキならいけると思ったのじゃが」
「相手も相当の実力者だ。とはいえ、残念なのは確かだな……」
「マサキだったら行けると思ったのにー……」
「残念……ですね」
「仕方ありませんよ。他の皆さんの腕前も素晴らしいものでした。それに、正樹さんは料理が本職じゃありませんからね。そうですよね」
「だな。まぁ、楽しかったから俺はそれで満足だ」
焼き立ての白いパンにバターを塗り、一口頬張る。うん、美味い。アタミでも畜養が始まっているし、バターを作れるようになるころだろう。目指すレベルはこのバターだな。
サラダをたっぷりと挟んだサンドイッチを咀嚼し、飲み込んだネメアーが口元を吹きながら俺の方を見る。
「私としては、マサキ君の料理の腕前がそこまで凄いものだと知ったばかりなのだが……。まさか一票差とはな」
そう。狩猟部門の結果は、一票差で第二次予選敗退となった。
一票差というのは狩猟部門では珍しく、今回は観客にとっても見応えがある勝負だったようだ。
俺の敗因は、獣人達の好みを把握できなかった事と、家庭料理に絞った事だろうな。というかそれしか作れん。獣人達の好みに関しては、触れ合った期間が少ないので仕方ないといえば仕方ないか。
リアルで本物の料理人ならもっと美味い料理を作れただろうが、秋葉のいう通り俺はあっちの世界じゃただの会社員だ。ゲームマスターというルビは付くんだが、それは教えていない。
カロットが苦手という人もいるだろうし、冷たい料理よりも温かい料理の方が良いという人もいる。
それに、他の参加者の腕前も十分凄かった。
イル達も負けたことに悔いはなく、これから反省会かねて、仲間うちで飲みに行くらしい。
俺達は約束が果たせなかったので、今日は一緒に飲むことはしなかった。
次にどちらかが本戦出場できた時に、また飲みたいものだ。
普通の付き合いで、飲みそうではあるがな。
「しかし、マサキ。今回の大会ではあまりスキルを使っていないだろう。何故使わなかった?」
「んー、今回は勝つことが目的じゃなかったからな。それに、自分自身の料理の腕でどこまでいけるか試したかったのもある」
実際、食材の品質を向上させる〈品質向上〉や、調理時、一時的に調理スキルを引き上げる〈食ノ神域〉などのスキルを使えば、勝つことはそう難しくはなかっただろう。
基本的に調理は様々なスキルを駆使して高性能の料理を生み出す。調理スキル自体のレベルも大事だが、スキルを使う前提だからな。
だが、それで勝ったとしてもつまらないじゃないか。
食材にしてもそうだ。
春香特製の食材やアイテムボックスの中に眠っている食材アイテムを使うより、現地で手に入れた食材で挑みたかった。
その結果が二次予選敗退としても、悔いはない。
見た所、シルバリオ兄妹の料理に対する意気込みは半端な物じゃない。
あの制限がある中で、別のモンスターまで狩りに走るのは生半可な覚悟と実力じゃできない。
ああいった本物の料理人こそ、本戦に進んでもらいたい。俺はそう思って彼らの勝利に拍手を送った。
まぁ、俺のやりたいこともやったんだがな。
「でも、マサキには驚かされたわ」
「何が?」
「あのレシピを大勢の前で公開するんだもの」
「レシピは料理人の財産といえるものだ。それを公開するというのは滅多にないことだ」
「元々あのレシピは公開する予定だったんだよ。俺が料理するうえで一番好きな事っていえば判るだろ」
視線を皆に向けると、納得したように頷く。
「ああ」
「なるほどねー」
「正樹さんらしいですね」
「です……ね。マサキおにーさんなら……納得です」
俺が料理するうえで一番好きな事は、皆で楽しく食べることだ。
どんな最高の料理でも、一人で食べると寂しく感じる時がある。
一人暮らしをしていて何度も感じたことだ。
獣人達にとっては、家族の繋がりというのは非常に強く大切なものだ。
フェンが家族を欲しがった根本もそこにある。
俺がやりたかったのは、美味い料理を皆で食べる手助けをしたかった。
あのレシピなら、少々の手間はかかるが、食材も獣王国なら楽にそろえることが出来るので、各家庭で再現できる。
グロームサーモンの代わりにそこらの市場で普通に売っている川魚や鳥の胸肉、オーベルというナスでも合うので、一般家庭でも作れる。
俺が調味料代わりに使った白ワインも、値段が安い白ワインがある。
果実酒を手に入れるために、ヨーコに連れて行ってもらった酒屋でも確認したが、お手ごろな値段でワインが売られていた。カップ一杯で五フラン。つまり五百円だ。
現代日本レベルに安いのには、理由がある。
熊猫族のトントン公爵が収める東の領地では広大なブドウの栽培がおこなわれており、一般人でも飲めるほど安く卸している。
東の領地は高い山が多く、そこの土地がブドウの栽培に最適らしい。
トントン公爵から直接教えてもらった。
名物は竹や笹じゃないのかと、少し残念に思ったが……ちゃんと名物として笹や竹もあるらしい。いや、マジで。
笹は防腐剤として、獣王国では昔から使われており、黒曜竹という漆黒の竹で出来たワインクーラーが、貴族の間で大人気のようだ。
俺も見せてもらったが、漆を塗った様子もないのに光沢感があり、竹独特の香りがした。
自分用と土産にいくつか購入させてもらった。いやー、ローラン王達に良い土産が出来た。
話は戻って、ポトフにせよ南蛮漬けにせよ、一般家庭で作れるようにレシピを公表した所、観客達から喝采、貴族たちは驚きながらも、シェフたちに覚えさせるために書き写させていた。
一般市民の識字率はさほど高くないのが問題だが、数字ぐらいなら読める主婦は多いので、絵と数字でレシピを作った。
絵は〈写生〉というスキルがあるので、そう手間はかからない。〈速筆〉と組み合わされば更に早く書ける。スキル無しで絵を描こうとすると大惨事にしかならないからな……ハハハ。
「だが、トウドウ伯がレシピを無料で公開してくれたおかげで、儂らもこうして美味いものにありつけるというものだ。お代わり!」
「マサキー! 私もー!」
しれっと獣王が朝食の場に混ざり、俺手製の南蛮漬けを食べていた。アリスもそれに便乗して食べている。小さい身体の割に、結構食べるんだよな。作り置きが出来るから楽なんだけど。
それと獣王様、お代わり三回目ですよね。
それに朝からエールまで飲んでて大丈夫なのか? 確か、本戦では王族が審査員になるはずだろ。
大した問題も起きず(?)朝食が終わり、各々準備を整えて全員で闘技場に向かう。
獣王祭は三日間に行われるので、今日が最終日だ。
最終日という事もあり、盛り上がりは最高潮に達している。
今日は闘技部門で聡さんと、ネメアーの応援だ。
昨日は時間の都合が悪く、結果を知ったのが夜だったが、聡さんは当然として、ネメアーも無事決勝トーナメントに出場している。
というか……聡さんの対戦相手の大半が棄権したという前代未聞の事態が起きていた。
当たり前だよな。あんな高威力広範囲の技をどう対処しろと。
予選でまとめて吹き飛ばされた連中の中には、闘獅子族や、ダークエルフ、熊人族に像頭族までいたからな。
余程のバカじゃないかぎり、あの威力を見てこけおどしと思う奴はいないだろう。
聡さんと当たったのは、その余程の馬鹿か、強者との戦いを求めてあえて戦いを挑む大馬鹿くらいだった。
聡さんもそういう大馬鹿は嫌いではなく、大歓迎だったそうだ。
聡さんは等しく手加減せずに、真っ向からぶつかり合い勝ち進んでいた。
決勝トーナメントに出場したのは聡さんとネメアーだけじゃない。
優勝候補と名高い、シーザーも決勝トーナメントに出場している。他の参加者も獣王国の腕利きばかりだ。
樹の幹のようにデカイ根を操る猿頭族の武人や、両手に盾を持った熊猫族に、長剣を持った闘獅子族。
獣王国以外からも参加者が数名いる。
遥々、遠いヤマト国から闘技部門に出るためにやって来た鬼族の侍がいた。
近隣からは全身に岩のような表皮を持つトロウル族の重戦士が参加している。なんでも暴虐の王によって国が滅び、生き残った一族を再建する為に闘技部門に出場しているという。見た目の割に、王道的な話である。
ネメアーはこれらの猛者を前に、何処か嬉しそうにしていた。神官とはいえ、やっぱり根っからの武人だな。
闘技場の前は最終日という事もあり、大混雑。まともに入れる状況じゃない。
これだけ人がいたら、喧嘩も起きるわけで血気盛んな獣人達はピリピリしている。
まともに入ろうと思えば数時間待ちは間違いないだろう。
まぁ、まともに入るつもりはさらさらない。この混雑に備えて、当然ながら来賓や貴族の為の専用通路があるので、そっちから向かう。
決勝トーナメント出場者や関係者もその通路から入るようになっているそうだ。
専用の入り口の前では、闘獅子族の騎士達が白銀の鎧を身に着け、腰には剣を刺して立っていた
その前ではとある集団が何やら言い争いをしているようだが……あれってガードル達じゃないか? 何してるんだ。
「だから、私達はサトシさんの知り合いで!」
「ええい、関係者とはいうが、直接同行しておらぬものを入れることは出来ぬ!」
「サトシさんに言えば判るって!」
「我らはこの場を離れることは出来ぬ。そもそも本当にお主らが彼の知り合いかどうかも怪しいものだ」
「何よ! ちょっと聞いてもらうだけじゃない! ケチ!」
「おい、エリス。止めた方がいいんじゃないか? 寝坊したお前が悪いんだしさぁ……」
「そうですよ。エリスさん。時間かかってもちゃんと入り口からはいった方が……」
「でーもー、これに並ぶのはちょっとー……」
「ほら! シブラもこういってるし、ねっ。お願い!」
どうやらエリスの寝坊の所為で聡さんと同行出来ず、ここで立ち往生していたようだ。
ガードル達には装備を融通したが、それでもやっぱり予選を突破するのは難しかったそうだ。話じゃ二次予選まで進むことは出来たが、俺と同様そこで負けたらしい。
やはりここでも料理に力を入れてる人間がいないと勝つのは難しい。
それでもガードル達が狩猟部門に参加したのは、二次予選まで進むと金貨十枚が褒賞で貰える。調理という壁があるというのに、参加人数が多いのはそれが理由だ。
因みに、俺にツンデレをかましてくれたあの、狼人族のニールも負けたらしい。あそこまでやったら俺らが本戦で当たる、というのが流れだろうが現実はそうはいかないようだ。
さて、このままだと入るのが遅れそうなので、ガードル達に手を貸してやるとするか。
「おーい、ガードル」
「おっ、マサキさんか。悪いな、直ぐにどくからよ。ほら、エリス」
「えー!? あ、ねぇ! マサキさん、お願いがあるんだけど!」
「解ってる、どうせだから一緒に入ろう。門番さん。こいつらは本当に聡さんの知り合いだし、それに俺が一緒なら大丈夫だろう」
「トウドウ伯爵様! え、ええ。はい。トウドウ伯爵様なら構いませんが……」
「それに、このまま放置しておく方がそっちも大変だろう。こっちで連れて行くよ」
「……すみません。大変申し訳ありませんがお願いします」
このまま居座られても彼らも迷惑だったからだろう。案外素直に通してくれた。
「なんか本当にすまない」
「いいよ。知らない仲でもないし、だが、中では大人しくしておいてくれよ。一応俺はここじゃ立場というのがあるんだからな」
「おう。しっかりと言い聞かせるぜ。エリス、くれぐれも他の人達に迷惑をかけるなよ!」
「わ、解ってるわよ」
本当に判っていたらいいんだがな。まぁ、席が席だし、問題はないと思うが。
専用の通路を通り、闘技場の中に入る。
ここでネメアーは選手用の控室に向かうのでいったんお別れだ。
「ネメアー、相手が相手だ。勝てよとまではいわないが、悔いのない戦いをしてこいよ」
「ああ。判っているよ。日ごろの鍛錬を見せる時だ。全力で行こう」
ネメアーと拳を突き合わせ、背中を見送る。
すると、フェンが俺達の前に出る。
「あの、ネメアーおじさん! えっと、頑張って、下さいね!」
普段大人しいフェンからは思いも寄らぬ大声の声援に、ネメアーは驚きつつも、笑顔で頷き、拳を上げる。
フェンはじっとその背中が見えなくなるまで見送った。
ネメアーの姿が見えなくなると、俺達はガードル達を引き連れて貴賓席へと向かう。
そこには、熊猫族のトントン公爵が俺達より先に座っていた。
トントン公爵は俺達に気づくと、大きな図体を起き上がらせ立ち上がる。
熊猫族は等身が他の種族に比べて低いので、どんな動きでも可愛らしく見える。
熊頭族とかは普通なのになぁ……。
「マサキ殿達もこちらにきたか。おや、そちらの方々は?」
「聡さんの知り合いのガードル達です。聡さんは知ってますよね」
「おお! あの人族の猛者か! あれ程の力を持つ者が城下に潜んでいたとはな」
トントン公爵は一日目からずっと、闘技部門を見ていたから聡さんの活躍も知っている。
ノーフェイス達との戦いでも一騎当千の働きをし、更には王城を縛っていた蔓を切り飛ばした人でもあるんだが、この事を言うと聡さんにも迷惑が掛かりそうだし言わない方が良いだろう。
「うむ。あの者の知り合いというのならば、この場所を使うが良い。この通り、広さだけはあるからな」
「は、はい!」
ガードルはビシッと身体を正し、不慣れな様子でトントン公爵に頭を下げる。
そして、俺の傍に近づいてぼそぼそと耳元で囁く。
「お、おい。マサキさん。トントン公爵って……あの四大公爵家の?」
「その四大公爵家の当主様だな」
「何でとんでもない所に連れてきてるんだよ」
大人しくさせるためだからだよ。ここなら問題を起こそうにも起こせないだろう。
一般席だとスリや喧嘩、誘拐など危険な事も起きやすい。勿論警備も手を抜いている訳ではないが、余りにも人が多すぎて全てを見ることが出来ないのが現状だ。
貴族という立場なら、こうやって厳重な警備の中で安全に見ることが出来る。貴族やそれに近い立場は面倒ごとも多いが、こうやって余計な面倒ごとを避ける事も出来るのが利点だな。
それに、ここならよく見える。
「場所だけなら他の所より広いからいいだろ。それとも不満か?」
「あ、ははは……。不満なんてありません。今更戻れないし、お世話になります」
エリスはガチガチになりながら、席へと座る。エリスに習ってガードル、シブラ、グンアも席に座る。
その席も貴族用という事で、上質なグランドラムの毛皮の敷物を使っているんだ。
俺達も用意されていた席へ座る。
ここは他の貴族達とは一線を画した貴賓席で、王族とまでは行かないが試合の様子がよく見える特等席だ。多少の緊張感はあっても、試合を見るならここが一番だろう。
俺の両隣にアデルとヨーコが、その隣に秋葉にフェン。フェンの肩にアリス。アデルの隣にレヴィアと勢ぞろいで決勝トーナメント開始を待っていると、聞きなれた声が闘技場に響く。
『皆ーー! 燃え尽き取らんかー? 元気はまだ残っとるかー! 今日で獣王祭も三日目! 最終日や! 祭りが終わるのはさびしゅーてかなわんけど、今日は皆が待ちかねてた決勝トーナメントや! 猛者共の戦い! 優勝するのは一体誰になるんやろか! 今からでも試合が待ちどおしゅうて敵わんわ! 皆もそうやろ!!』
オオオオォォォーーーー!!
司の掛け声に、観客達が大気を震わせる程の大声で答える。
三日目だというのに、活気は落ちることなく、それ所か増している。
この祭りこそが、獣人達の力と決断力の源なのだろうな。
『ほな! 決勝トーナメント始めるでー!』
感想、評価ポイントを頂けると大変励みになります。
色々な意見があるかもしれませんが、狩猟部門はこういう結果になりました。マサキはスキルがあっても、知識やレパートリー、それに獣人達の好みはその地域に住んでいる本職にはスキル無しでは敵いません。本職が料理人なら勝ってたんでしょうけどね。
大体過去の異世界人達が料理を広めてない筈がないので、こういう結果になってたりもします。
次からは闘技のお話です。あまり長くならない……筈です。




