炸裂するこじらせた病
「ところで先生。この学校、名前はなんと言うんですか?」
椎菜は気を取り直して尋ねた。
「スパイの学校を、学校法人として申請しているわけないだろう。名前なんてない」
なぜか嬉しそうに言う。
今までバカにされていたから、言い負かすことが出来て嬉しいのだろう。
「分かってますよ。そうじゃなくて、愛称というか、通称とかあるんじゃないんですかって話です」
冷たく言われ、キヨはぐ、と言葉を詰まらせる。
しかし簡単にはめげないようで、ポケットから携帯を取り出す。
荷物を持ちながら、なにやら操作していると、画面をこちらに見せてきた。
「実は、そういったものはないんだ。だから、会長……シーナのお父様にね、直談判しようと思って、昨日から考えていたんだ」
どれどれ、と画面を覗き込む。
『黒炎の・騎士』
『ナイツ・オブ・ザ・ラウンド』
『アルティメット・ストーム』
よくわからないが、とにかく椎菜は一言告げた。
「却下です」
「えぇーダメ?」
「ダメというか、イヤです、こんなの」
「提案だけでも! お願い! 寝ないで考えたんだから!」
いい年の先生に、そんなことを懇願されても。
「イヤですよ、恥ずかしい」
思わず本音が出てしまった。
「せ、先生のことを恥ずかしいなんて……」
キヨは目に涙を浮かべている。
うわ、泣かれたらめんどくさい。
椎菜は慌ててその画面を、自分の携帯電話で撮影した。
「父に送りますから! ほら、こうやって写真にも収めましたし! 採用されるかはわかりませんけど」
すると、キヨは子供のような笑顔で微笑んだ。
「ありがとぉ、シーナ」
頼りない上に、ろくでもない雰囲気をこの数分で味わったけれど、面白そうな先生である。
「あ、ちなみに、クラスとかは特にないんだけど、一応シーナは特殊零科っていうクラス所属だからね! 能力がないシーナのために新設したんだから。じゃ、学校案内しまーす」
ネーミングが既にキている。
後ほど、海外にいる父親に愚痴めいた文面と共に、キヨの考えた学校の通称を添付しておいた。
すると、父は乗り気で検討し、結果返信で来たメールには
『通称は〈グレイプニル〉にしたよ。意味はググってね。それではよい学園生活を。アディオス!』
どうやら、今はスペイン語圏にいるらしい。
スペインなのか、ペルーなのか。
いつもメールの最後につける挨拶で、どこにいるかわかる。
言われたとおりに検索してみると、グレイプニルとは北欧神話に登場する魔法の鎖のことらしい。
意訳は「貪り食すもの」
猫の足音、女の髭、岩の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾液から作られた。
この品々は、グレイプニルを作るのに使用されたため、この世に存在しなくなったといわれる――。
父親の発想に、椎菜はさっそくこの学園の将来を心配するようになった。いずれは、自分が継がなくてはいけないのに。
「中二病をこじらせた人しかいないのか、私のまわりは」
ため息しか出てこない。




