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VIII - 7度の終末 -  作者: 光川ミノル
終末前夜の余熱
1/3

外の匂い

 その日は…確か、雪が降っていた。


 第8居住区――通称『エリア8』。


 人類が最後に生き残ったこの閉ざされた都市では、冬になると空の色が消える。灰色の雲はどこまでも重く、外界を覆う“闇”を連想させた。

 その朝も同じだった。


「……眠いな」


 欠伸を噛み殺しながら、《フジサキ・千遥(チハル)》は制服の襟を整える。

 隔離エリア8、唯一の戦士育成機関――『アルケイン戦術学園』。

 隔離エリアの外からやってくる侵略者達が送ってくる魔物から隔離エリアを守る、第8討伐隊を育てるための全寮制学校。そんな学校でも、卒業を目前に控えた3年生達には、独特の空気が流れていた。

 だが、千遥は違っていた。元々千遥は第8討伐隊に憧れ、このアルケイン戦術学園に入学したからだ。

 他の3年生は卒業への不安を募させている頃かもしれないが、千遥にとっては卒業はもはや夢に着々と近づいていく期間、その実感が確かにあった。


「その夢に近づいているんだ。1歩1歩、着実に」


 廊下を通り過ぎ、教室が見えた。

 教室の扉をガラッと開け、自分の机につく。


「おはよう千遥!久しぶり」


 開口一番に挨拶をくれたのは、同じクラスで前の席の《ササキ・美音(ミオン)》である。

 美音は成績も優秀で、特に魔法の実技に特化しているそう。そして何より、千遥に話かけてくれる唯一の女子である。


「髪型変えたか?」

「えへへ〜実は、ちょっと編み込んでるんだ!」


 そう言うと気付いてもらえて嬉しかったのか、美音は左を向き、右耳まで編み込まれた髪を自慢げに千遥に見せつけた。


「……ふーん」

「何その反応!?」

「別に」

「絶対興味ないって思ったでしょ!」

「思ってねぇよ!」


 美音を見ていると調子が狂う。

 いつも通りに接しているつもりなのに。何故か心の奥につっかえるものがある。

 それが自分に必要なものなのか、不必要なものなのかなんて、千遥には分かりやしなかった。


 2人がそうこう話していると、気づけばホームルームが始まる鐘が鳴っていた。


 鐘がなった後、しばらくして担任が入って来てこう言った。


「えー、今日は転入生を紹介する」


 そう先生が言い、転入生がドアから入ってきた一瞬、教室がざわつく。


「──!?」


 そもそもアルケイン戦術学園は、転入生が来ること自体珍しいことでは無いのでそこまで驚かれるようなことではなかった。

 何故なら、先程まで千遥と自然に話していたササキ 美音も元はと言えば転入生であったからだ。

 だが、大事なのはその転入生の容姿であった。

 彼はここらではあまり見かけない長い白髪を軽く1つに結び、高い鼻まで伸びる前髪を左に流していた。

 教壇の横へ立つと、教室全体を見回した後、その黄金色の目を瞬きさせ、穏やかに微笑んだ。流れるような瞬き1つに、クラスの女子の大半は心を鷲掴みにされただろう。

 けれど、千遥が目を奪われたのは、彼の特別目を引く美しい容姿にではなかった。

 千遥の中では、彼を見た瞬間、何故か胸の奥が妙にざわついた。美音とはまた別の、千遥には理解が及ばないざわつきである。

 言語化すると、隔離エリア8で生まれ育った人間とは何かが違う、ただの直感だがそう感じてしまった。


「僕の名前は、《イナガキ・草輔(ソウスケ)》です」


 草輔、彼の声は不思議とよく通った。


「今日からこのクラスの転入生として、どうかよろしくお願いします」


 教室中がざわつく。


「え、声までイケメンなんだけど……」

「ずるくない?」

「モデルみたい……」

「やばー!!」


 女子達の黄色い声が聞こえてしまい、草輔は困ったように笑った。まるでそういう反応に慣れているようで、千遥はつくづくイケメンとは煩わしい生き物だと思った。

 だが、彼の黄金色の瞳が、教室の中をに見回した後、1点でぴたりと止まる。

 フジサキ・千遥。それだけを見つめていた。


「……?」


 千遥は眉をひそめ、草輔を睨もうか、そう思った一瞬だった。

 本当に一瞬だけ。

 草輔の表情から笑みが消えた気がした。

 何かを確かめるような目。

 何かを探しているような目。

 先程までクラス全体を見下ろしていた、まるでトパーズが埋め込まれたかのようなその目は、フジサキ千遥、その1人だけを永遠と見つめていた。

 千遥には、その草輔の自分を見る目が分からなかった。

 分かるはずもなかった。

 だが、永遠と思われていた時間は、次の瞬間には無くなっていて、草輔の表情は再び穏やかな笑顔へ戻っていた。


「席は……」


 そして、担任は教室を見回した後、ある席に視線を向けた。


「あそこだ」


 その瞬間、教室がざわついた。千遥の嫌な予感──その予感は当たる。

 担任が指差した席は、千遥の隣だった。


「……は?」


 千遥は、何が起きたのか分からず、思わず声が漏れる。

 クラスから笑い声が上がった。


「草輔くんかわいそー」


 そんなクラスのみんなの嘲笑を受け、千遥が睨むと、皆慌てて目を逸らし、静まり返った。

 草輔とは釣り合わない──そう言われればそこまでなのかもしれないが、こう見えて千遥も努力は人並み程度にはしている自覚があった。

 毎月のテストの順位は1位をキープできているし、魔法の実技だってA評価で、自分の中でもそこそこ、勉強がデキて、魔法もデキる奴で、顔もまあまあ悪くないと自負していた。


 だがそんな奴だからこそ、こうやって容姿端麗でなんの悩みも無さそうな奴とは分かり合えないし、周りからの目も気になるばかりであった。

 その様子を見ていた草輔は千遥を見て、また微かに微笑んだ。そして合図を送るように千遥に瞬きをし、隣の席に腰掛けた。


「よろしくね。えぇっーと、」

「フジサキ千遥だ」


 名前が分からず戸惑っていた草輔に千遥は端的に名前を教えた。


「フジサキ…千遥……」


 だが、その名前を聞いて草輔は、何か違和感を感じたように千遥の名前を呼んだ。

 たったそれだけの事が千遥とって、凄く気味の悪い事に思えた。


「……?」

「ぁ…よろしくね!千遥くん」

「呼び捨てでいい、そして、俺に馴れ馴れしくするんじゃない」


 イケメンだからムカついている訳では無い。その取り繕われた気色の悪い笑顔に、慣れ親しむ事への恐怖の方が、強かったからだ。

 そう草輔を突き放す千遥に、草輔は申し訳なさそうな顔をした。

 だが、その顔は千遥には妙に新鮮味を感じさせた。黒い魚の群れに、1匹だけ光り輝く赤い魚のような。


 千遥から見た草輔への第一印象は、そんな感覚で。



 イナガキ草輔は、その顔、名前、声、髪、全てに強烈な違和感を感じていた。

 そしてその違和感を悟られないようにするかのように、草輔は本で見た魔女のような笑顔を浮かべていた。


 そんなアルケイン戦術学園を、しんしんと降り積もる雪が包んでいった。



 なろう初めて投稿するので、不備があったら何なりとお申し付けください。

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