67. 決断と依頼
寝食を惜しんで考える――というぜいたくは、ドラゴンを世話する者には許されない。
彼らに餌をやり、寝床を整え、必要があれば鱗や爪の手入れをするのは、ドラゴンと共に生きるのであれば当然のことだ。
けれど、単純作業の合間にふとアイデアが思いつくこともある。私は祈るように労働に没頭して、そのアイデアが降って来るのを根気強く待っては、計画を練り上げていった。
そうして、ヴォルテール様と話してから一週間後の、今日。
私はヴォルテール様の執務室で、彼と向かい合っている。
深く息を吸ってから、私は言った。
「ブランカをおとりに使いましょう」
「……決断をしたということだな? 前にも言ったが、おとりに使うのであれば、ここ北方辺境でブランカと共に過ごすことは難しい。反旗を翻したとみなされるからだ」
「いいえ。私はブランカを諦めるつもりもありません」
ヴォルテール様は片眉を上げて私を見た。
「どういう意味だ? ミルカ嬢ともあろう者が、プラチナドラゴンをこの北方辺境に置く意味が分からないということはないだろう。……それとも、ここを出ていくつもりか」
「いいえ、まさか」
即座に否定すると、ヴォルテール様は安心したような顔になった。
ここに置いてもらった恩も返せていないのに、北方辺境を出ていくはずがない。
出ていったところで行く当てもないし、それに――。私はヴォルテール様を助けて差し上げたいのだから。
「ブランカを北方辺境に連れて来られないのは、ブランカがプラチナドラゴンであり、王族の正統性を裏付けるものだからです。――なら、ブランカはプラチナドラゴンではない、ということにしてしまえば良いのでは?」
私の言葉に、ヴォルテール様は少し怪訝そうな表情を浮かべた。
「ただの東洋北方系のドラゴンだと主張するのか? しかしそれは……」
「プラチナドラゴンについて分かっていることは多くありません。十分に偽ることができます。ただ、ブランカがその偽装を受け入れてくれるかどうかは分かりませんが」
プライドの高いドラゴンが、己の出自を偽るということをしてくれるだろうか。
ここは私が説得する必要があるだろう。大丈夫、ちゃんとやれる。
「ヴォルテール様の仰った通り、ブランカにはデザストル商会の魔法にかかったふりをしてもらいます。そうして彼らの魔法の秘密を探り、入手する。――ただしそこから、ブランカにはプラチナドラゴンではなくなってもらいます」
「……そうすればハンス皇子は、ブランカに執着する理由がなくなる、か」
「それにうまくいけば、王族とデザストル商会のつながりを断ち切れるかも」
ヴォルテール様は目を細めて、
「ハンス皇子が金をデザストル商会に流し続けているのも、ブランカに執着するのも、全てはブランカが己の正統性――すなわち自分が次の王にふさわしいという保証をしてくれる存在だからだ。その存在意義をなくしてしまうというのは、なるほど確かに、彼らの企みの根幹を揺るがすものだ」
「ブランカは彼らにとっては無価値なものになります。もし心配なら、……あまり口にしたくはありませんが、ブランカには衰弱死したふりをしてもらうという手もありますね」
『デザストル商会の魔法が悪い方向に作用して、ブランカは死んでしまった。なぜならブランカは本物のプラチナドラゴンではなかったからだ』というような筋書きも可能だろう。
ヴォルテール様は考え込むように遠くを見つめていたが、ややあって私の目をじっと見据えた。
「それがあなたの出した結論なのだな。ハンス皇子の企みを阻止し、デザストル商会の魔法を突き止め、ブランカを自分の手元に取り戻す、全てをやってのけるというわけだ」
「元々私のドラゴンではありませんから、取り戻すという言い方は変かもしれませんが……」
私は唇を舐めて、それから呟く。
「私はただ、ブランカとイスクラと一緒にいたい。そして、この北方辺境で平穏に暮らしたいのです。その願いをかなえようと思ったら、その筋書きが浮かんできて……あの、ヴォルテール様?」
「なんだ」
「率直なご意見をお伺いしたいのですが、実現可能だと思われますか?」
「なぜ私に聞く」
「だ、だって、笑っていらっしゃるから」
私の願いを口にしたら、ヴォルテール様はなぜか満足そうに笑ったのだ。よほどおかしなことを口にしただろうかと不安になって思わず聞いてしまった。
するとヴォルテール様はますます笑みを深めた。
「私は嬉しいのだよ。あなたが自分の望みを追うような決断を下したことが。自分のことを諦めて、押し殺して、じっと耐えてきたあなたが、自分の願いのために覚悟を決めた」
ならば、とヴォルテール様は立ち上がる。
「それに応えないようなら男とは言えんな?」
「で、では、手助けして頂けますか!」
「無論。だが最も大変なのはあなたとブランカだぞ。デザストル商会とハンス皇子を騙すだけのストーリーを作らなければならないし、そもそもプラチナドラゴンではないと言い張るには、それなりの演技が必要だ」
「分かっています。まずはブランカを説得します」
するとヴォルテール様の足元から、カイルがぬっくりと顔を出した。
いつものような巨大な姿ではなく、小型化している。
「『勝手ながら話を聞かせてもらった。ブランカの説得には私の術を使うと良い』」
「ありがとうございます!」
「『それから、きちんとイスクラにも話をしてやることだ。二頭めのドラゴンを迎えるということは、どちらのドラゴンにも等しく愛を注がなければならない。ただでさえ短い人間の寿命で、どこまでできるのか、率直に言って疑わしい』」
カイルの言葉ももっともだ。
一頭のドラゴンと生涯を共にするだけでも、きっと絶大な覚悟が必要で。だけど私は二頭のドラゴンと共に生きようとしている。
私はカイルにしっかりと頷いてみせた。
「分かっています。覚悟はしているつもり――です。どちらのドラゴンにも、私を選んでくれたことを、後悔させないような生き方をします」
「『ならば安心だ。もっともあなたには、我が主というドラゴンにも負けぬ嫉妬深い男もいるゆえ、苦労をかけるが』」
「カイル」
ヴォルテール様が苦虫を嚙み潰したような顔で、傍らのドラゴンを睨む。だがカイルはくつくつと嬉しそうに笑うだけだ。
私はといえば、カイルの言葉の意味を考えて――それから、赤面した顔を隠すために、俯くことしかできなかった。
「え……ええと、とにかく、ブランカは私が説得します。ブランカを通じて、デザストル商会の魔法も探れると思います」
「ブランカがいかに優れたドラゴンでも、単身で彼らの秘密を暴くのは難しいだろう。ダミアンを送り込もう」
「ダミアンですか。あの方なら魔法の紋章も見えますし、狩人と聞いていますから、そういったことも得意かもしれませんが……。危険ではないでしょうか」
デザストル商会がどんなことを企んでいるか分からないけれど、既にタリさんが侵入した後だ。警戒を強めている可能性だってある。
だがヴォルテール様は、いつになく冷たい表情で淡々と告げた。
「贖罪の機会を与えてやらねばなるまいよ。それに、あいつは罪滅ぼしのためならどんな危険なことでもすると言った」
そう言われては私も、引き下がるしかない。
ダミアンさんをかばいたい気持ちはあるけれど、怖い気持ちも残っているから。
私はただ頷いて、それからカイルと共にブランカへ送るメッセージを考え始めた。
*
『……そういうことなの。あなたにはひどいことをお願いしていると分かっている。あなたにとって屈辱的で、とても受け入れられないような内容かもしれない。でも私は、あなたとイスクラと一緒に、この北方辺境で暮らしたいの。そうすることが私の幸せなんだって気づいたから。……どうか、考えてみて。プラチナドラゴンではなかった、という演技をすることを受け入れてくれるなら、返信をちょうだいね』
カイルから届けられたミルカの声。
ブランカが彼女の計画を聞いて最初に感じたのは、怒りだった。
どうして誇り高い自分が、人間のためにその出自を偽らねばならないのか?
だが、そうすることで、北方辺境に行けるかもしれないと聞いて、その怒りはあっという間に消えてしまった。
実は自分は、プラチナドラゴンではなかったという演技をすれば、ここにいる気に食わない王族たちにとって、自分は価値のないものとなる。
そうすれば、自分はミルカと共に過ごすことができるかもしれない。
彼女の傍らにイスクラとかいうドラゴンがいて、そいつとミルカを半分こしなければならないというのはたまらなく嫌、というか絶対に隙あらばイスクラを攻撃してやろうと思っているが、それをおいても魅力的な話だった。
と同時に、自分の嫌がるようなことをミルカが依頼してきたことを、少し意外に思った。
――でも、悪くない。
ブランカと共にいたいというミルカの気持ちを聞くことができたから。
それに北方辺境という場所にはヴォルテールがいる。あれは悪くない人間だ。ミルカを大事にしているし、一緒にいると腹が満ちる。それがどういう意味かはまだ彼らに告げるつもりはないが。
――さて、どんな演技をしてやろう。ひとまずこの体の色を、地味な茶色にでも変えてみるか。それから鱗の艶めきを抑えて、爪も伸ばしっぱなしにしてやるか。ああ目の色は必ず変えよう。特別な感じがまるでしない、石ころみたいな灰色にしてやれば、あのハンスだかヨハンだかも諦めるに違いない。
自分がプラチナドラゴンではないと知ったら、あの自分に自信のない哀れな青年は、どんな顔をするだろうか?
想像するだけで面白い、と高貴な血を持つドラゴンは独り笑った。




