終話 その花の名は優曇華
最後の星はちいとばかし大きかった。お天道さんの光を遮って、あたりが薄暗くなったほどじゃ。
これでは砕いても結界が保たんかも知れんな。だが砕かなければ地上には『先見ノ玉』で見た通りの惨劇が降り注いでしまう。
ここまで来たら、何があっても優曇華を悲劇の場所で咲かせるわけにはいかん。不幸や悲しみなんぞに、まみれさせてなるものか。この娘はわしが、お天道さんの下まで連れてゆく。
もう手は引いてやれんがな。なんせ、まん丸じゃ!
「さてと……」
優曇華の上でぽんぽんと跳ねる。
「ほれほれ優曇華、起きんかいな。あの大物で終いじゃぞい。わしが砕くでな。そろそろ咲く準備をしとれよ」
「うーん、お爺……まだ眠い……お爺⁉︎ 手毬⁉︎ ああ、わっしは星を砕いて咲かねばならんのじゃ!!!」
なんじゃ本気で眠っておるのか?
「お爺! いんや手毬? わっしの代わりに星を砕いてくれたのか……ボロボロになってしもうて……」
手毬と呼ばれるのは複雑だ。確かに手毬じゃがのう。
「優曇華や、最後の星は大物じゃ。お前さんは咲く準備を万全に整えておくれ」
「いんや、お爺、わっしの仕事じゃ! わっしが砕く!」
これこれ、押し問答をしておる暇はないんじゃよ?
「いんや! そんな中綿のはみ出した、ボロボロの手毬に行かせる訳にはいかん!」
……酷いのう、あくまで手毬扱いか? お前さんだって霊力を使い過ぎて、煤だらけでボロ切れを纏ったちんまい童じゃぞ?
「わっしが行く! 全て終わらせねば咲くわけにはいかん!」
仕様のない駄々っ子じゃ。まあ、最期じゃで……共に行くか!
優曇華が霊力を練り上げながら高く、高く舞い上がる。雲を越え空気が薄く、凍えるような寒さに取り囲まれる。
優曇華や、寒くはないか?
「大丈夫じゃ! 小雪の結晶が頬にある限り、わっしは凍えぬ花精霊じゃ!」
そうか、強くなったのう。……怖くはないか?
「全然怖くない! 里の祭りで初めてお爺と手を繋いで歩いた時のみたいじゃな!」
フハハ! 手毬に手はないじゃろう!
「もう手を引いてもらわんでも大丈夫じゃ」
フフン、その童姿でもか?
「ああ! わっしはもう立派に一人前じゃ!」
そういえば……優曇華は、まだ自分の名が嫌いか?
「……いんや。お華と呼ばれることも、優曇華と呼ばれることも同じくらい好き。わっしを呼んでくれる誰かがいる。わっしはそれが嬉しい」
それは大層、良いことじゃな!
「お爺……わっしは優曇華の花じゃ。人の哀しみを引き受けるのが役割じゃ。なのにわっしは、一度も哀しみを押し付けられたことがないんじゃ」
ああ、そうじゃな。優曇華の出会いは良縁ばかりじゃった。
「いんや、お爺。わっしは狡い奴にも、悪い奴にも、真っ黒に染まってしまっている奴にも会った。嫌な想いもしたし、怖い目にも遭った」
うむ……そうか。
「そういう奴らは、ただ……必死だった。必死に逃げていた。必死に守っていた。必死に自分を騙していた。必死に閉じ籠って、最後の大切なものを抱えていた」
…………。
「お爺……闇夜のように真っ黒な奴でも、必死で守っている大切なものがあるんだ。わっしは黒い奴らのことも嫌いではないよ」
そうか……確かに一人前じゃな。お前さんは、立派に伝説の花精霊の『優曇華』じゃよ。
さてさて……そろそろ、思い出ばなしも終いじゃな。
「……あい! お爺!」
優曇華や、準備は万端かいな?
「あい! お爺!」
さあさ、背筋をしゃんと伸ばせ! 顔を上げて己の相手をしっかり見据えろ! 大地を踏みしめ力を溜めろ!
「行くぞい!」
「あい! あいあい、あい!! お爺!!!!」
* * * *
「おっ母、おっ母! 雨が止んでおらんのに、雲の間からお日さんが射してきた!」
「おやおや、ほんとだねぇ。じきに雨が上がるかね? 雲の上で雷様が騒がしくしておったが、坊や、よう怖がらんかったね?」
「うん、オイラ楽しい夢をたんと見てた!」
「へぇ! おっ母もだ。懐かしくて優しい夢を、のんびりたんと見ておった」
「あっ! 見て見て、おっ母! 花が降って来た。ほら、これ、青いお花。お空から降って来た!」
おやおや、不思議なこともあるもんじゃ。ふふふ、お空の色の可愛らしい花じゃね。紅を刺したように、花びらの縁がほんのり赤い」
「あっ……! 消えた! おっ母、消えちゃった……!」
「あらあら、ほんに今日は、不思議なことが起こる日じゃ。お山の上には、あんな可愛らしい花が、たんと咲いておるんじゃろうか?」
「お山に登れば見られるじゃろうか? なんて名の花じゃ?」
「うーん、おっ母は、知らない花じゃねぇ」
その花の名は優曇華。
雲間から射す、優しい漏れ日のような花だという。
その花の名は優曇華。
俯いたツボミは、やがて天を仰いで花開く。
その花の名は優曇華。
人の想いを受け止めて、誰も知らない場所に咲く。
―終―
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