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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
異界化区画攻略作戦
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とおりゃんせ

「――その名の通り。異界を殺す魔法よ」


 僕は問いを重ねられなかった。

 その瞬間、部屋の照明が全て消失したからだ。


 突然のことにミーナがびくりと肩を震わせて、それからおずおずと呟いた。


「て、停電……? こんな時に……」

「違う。異常事態(スクランブル)だ」


 短く返して、僕は壁にソナーを放つ。返ってくる反応は――ない。

 そうだ。僕がここに辿り着いてからどれだけ時間が経った? いくら内地の二流どもが相手といえ、これだけ経って増援の1人も来ないのはあり得ない。禍音があろうがなかろうが、だ。


 クソみたいな油断だ。

 楽観論で思考を回したツケだ。

 クズが。愚か者め。


「――今すぐ動く。絶対に離れないで。離れた瞬間死ぬと思え」


 抱えての退避は下策も下策。いざという時のため、絶対に両手は空けておく必要がある。

 事の深刻さを僕の様子から察したらしい。ミーナが頷き、肩に触れる感覚。僕は慎重に移動を始めた。


 暗闇の廊下、気配はない。無さすぎる。

 やはりおかしい。僕が倒したのは最低限の警備だけだ。他にも何十人もいたはずなのに。


「…………」


 パンドラ化した聴力は無音のみを捉えている。ただ照明と警備が消えただけ。そう思いたいほどの無音だ。

 だが、それを為した何者かは間違いなくいる。そしてソイツは、きっともうこちらを捕捉している――。


 そう身構えていたからこそ。

 突如として降り掛かった踵落としに、すんでのところで右腕を合わせることが出来た。


「おっ?♪」

「っっ――!」


 重爆じみた威力に歯を食いしばる。腕から嫌な音が鳴るのも構わず、薙ぎ払う。

 楽しげな一言と共に飛び退る襲撃者。だが気にしていられない。次が、次が来る。


「シッ――!」


 背面から踊りかかる新たな影。

 二人目。両手に扇携えて、既に加速を終えて空中にいる。戦扇子(バトルファン)。黒塗りの扇のその縁は、暗闇の中でも分かるほどに鋭利だ。


 右腕は戻らない。片手で捌く? 力量も不明な相手から、倍の手数を相手に、護衛対象を守りつつ?

 ――不可能。


「【ショット】!」


 魔力を装填、弾丸にして撃ち放つ。空中の襲撃者は避けられない――いや、避けない。扇を重ねて最小限の動きで逸らし、迷わず突っ込んでくる。

 だが、その一つの動作分で右腕が間に合った。薙ぎ払った勢いをそのままに紅雛流刀術惨式・三日斬月を収束行使。空中で踏ん張れない敵を衝撃の嵐で押し返した。


 僕を挟んで同時に着地する襲撃者ども。そこでようやく僕にも敵を観察する余裕が生じた。

 片方は一般的な軍服。般若の面を付けている。背が高い。体格からして恐らく男か。

 もう片方は和服に下駄。狐の面を付けている。手には戦扇子。こっちは般若よりは小柄で、恐らく女。まぁ、汐霧などよりは諸々よほど大きいか。


「ヒュウ――やりますね、流石。蹴れないとは思わなかったな」

「…………」


 般若が笑い、狐が構える。強者の気迫が轟と吹き、僕は脳みそを必死に回す。

 ……コイツら、身体能力が馬鹿みたいに高い。般若男の踵落としは限定解放状態である今の僕とほぼ同等、狐女に撃った【ショット】も三日斬月も簡単にいなされた。どちらも魔法なしでだ。そんなの汐霧にも出来ないだろうに。


 裏組織どもの護衛――そうは思えなかった。魔法なしでここまで強い魔導師が、そんなチンケな仕事に関わる? 二人も?

 あり得ない、そう断言していい。


「……お前ら、何者だ?」

「うん? ヤクザの護衛ですよ。そこの女の子に用があってね。渡してもらえます?」

「渡さないなら、この場で殺す」


 前で般若男が嘯き、背で狐女の殺気が膨れ上がる。僕は迎撃の構えを取りつつ、ちらとミーナの様子を見る。

 彼らの標的はこの少女。ならばクレイドルの他の先行部隊? もしくはクサナギの特務部隊か? だったらイルや梶浦辺りから事前に注意を受けていても良さそうなものだが……。


「……おあいにく様、悪いね。この娘はもう僕のだ。どこの馬の骨とも知れない輩に殺させてなんかやらないよ」

「物騒だなあ。別に殺しませんよ? ちょっとその子の脳みその4分の1に用があるだけですからね。それさえ貰えたらちゃんと返しますよ」

「お前らみたいな底抜けのノータリンには縁がない話で悪いけど……はは、普通の人間って脳みそ無くなったら死んじゃうんだよねぇ」


 とにかく、コイツらが魔法の行使に踏み切る前に、せめて挟撃の形は崩す。言うは易し、為すは難し。だが出来なきゃ死ぬだけだ。

 ……一個思いついた手がある。ついこの前のミオ戦でやった手だ。結果どうなるかはかなりの賭けだが、まぁ、失敗したらその時リカバーすればいい。ジリ貧よりはいくらかマシだ。


 僕はミーナをおもむろに抱き上げた。

 自ら両腕を封じる愚。

 それに前後の殺気が目を剥いた気配。


 ――その瞬間、僕は狐女へと最高速度で加速した。


「馬鹿が」

「二秒止めて。背を刺します」


 吐き捨てた狐面が迎撃の扇を構える。同時、背後の気配が迫り来る。

 ぴったり二秒後、僕は挟み殺される。

 そうならないために、腕の中の弾丸(・・)を肩へと装填し、叫んだ。


「行けッ――アメリカミサイル!!」

「えっ――?」


 呆けた声を無視して、僕はミーナをぶん投げた。金髪の美少女が激しく回転しながらぶっ飛んでいく。

 さあ、どうだ?


「っアサカ止まれ、殺すな!」

「っっ!!」


 背後からの鋭い声に狐女が迎撃の扇を停止させる。

 よし、賭けに勝った。先ほどの目的が本当なら殺さず確保に走る――いいとこ五分だったが、どうせ外してもこの状況でミーナを守れる公算はクソ低い。ならここが使い所と割り切っての丁半。


 賭けはできるときにしろ。

 儚廻流賭博術、その真髄である。


「まあ、それで今日タコ負けしてるんだけどさ」


 ぶん投げたミーナに追いつき、内臓が花火になるギリギリの力で軌道を直上へと変える。紅雛流刀擲術肆式・四砲八砲。人間でやるのは初めてだが、意外と何とかなるものだな。ミーナはゲボ吐いてるけど。はは。

 その反動を用いて、僕は空中で鋭角に軌道を変える。自身こそが刀擲物と成り果てて、狐女へと特攻した。


 全身全霊の手刀を叩き込む。


「ぎッ、ぃ……!」


 防御してみせた狐女は、流石だ。扇を二つ重ねて、足元にクレーターを作りながらも歯を食いしばって耐えている。

 敬意を表して、僕は口腔をがぽりと引き裂いた。その内に煌々とした光と臨界じみた筋肉の収縮を装填して。


 【ブレス】、【ウォークライ】。

 連結行使。合成戦技。


 【ハウリングレイン】。


「――ギィィィィィィイアアアアアアアアアアアッ!!!!!」


 零距離から叩きつけた大絶叫――スタングレネードすら凌駕する198dbの轟音に、ボンッ! と狐面が内側から吹っ飛んだ。内圧で噴き出した眼球とか鮮血のせいだろう。

 ぐちゃぐちゃになった顔面を誰何する――暇もなく、本命(・・)たる魔力塊が直撃する。身体中を凸凹にした狐女はもんどり打って吹っ飛んで行った。


 【ハウリングレイン】。

 魔力を放射する【ブレス】を、吐瀉物ではなく【ウォークライ】の咆哮により放射する技。大絶叫で強制的に硬直させてから【アーツ】に匹敵する魔力を叩き込む。

 指向性が付けられないため零距離専用だし、呼吸器を全損するため使用五秒後にドデカい隙が出来るクソ技だが、その威力は【アーツ】のフルヒットに等しい。


 それがモロに決まった。

 アリスでもなければ即死だ。


 これで背後の般若男と一対一。だが僕には五秒の時間しかないうえ、護衛対象がいる。戦闘は依然としてハイリスク。コイツらに更なる仲間がいないとも限らない。

 跳躍。紙一重手刀を躱し、空中のミーナをキャッチする。顔面ゲロ塗れ、僕は血塗れ。オソロッチ☆


 天井に着地し、肺と喉を高速再生、ひと呼吸。

 よし、逃走準備完了だ。穴の空いた包囲から逃げ出すくらい訳はない。同時に放ったソナーで伏兵がいないのも確認できた。天井を蹴って再び加速する。


 問題は般若男ただ一人。魔法込みでも一人撒くくらいどうとでもなる――が、仮にコイツが空間干渉や概念干渉を使えるのなら話は別だ。

 その時は僕もまた手札を切る必要がッ、…………あ?


「……は、遥っ!?」

「ごぽ」


 悲痛なミーナの叫び。僕は返事が出来ない。右胸、片方の肺を抜かれた。血が口腔を埋め尽くす。

 |背面(般若)じゃない。真下から超音速で撃ち込まれた。僕の反応速度をして核とミーナを庇うので精一杯だった。


「……【彗星】」


 そこにいたのは血をぶち撒けて倒れた狐女。その片腕だけが真っ直ぐに、暗獄じみた黒色に輝いている。

 やられた? 生きていた? 致命傷だったはず、いや、そんなことはどうでもいい。


 傷が治らない。これは、この力は、まさか……!


「【彗星八条】」

「おおおォォォッ!!」


 咆哮し、激痛を押して超加速。空を蹴り地を蹴り、体の節々を削られながらも彗星の全てを躱し切る。

 しかしこれらは全て布石。着地した僕の前に、万全の構えを完了した般若男が待ち構えていた。


「お疲れ様でした」


 心臓を貫く軌道で手刀が突き込まれる。

 体勢が悪い。酸素が尽きた。躱せない。

 故にはっきりと目に映る。


 その手に宿る輝きは、闇よりも深い黒。

 魔力光ではあり得ないおぞましき色。


 禍力(・・)


「――【身体狂化】」


 ならば。

転職活動中

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