ミーナ
VIPエリアの警備は、やはりこれまでの階層とは質も量も違った。
「がッ……!」
「ゲェ」
装備がいい。隙がない。陣形が優れている。穴という穴が端目には存在しない。
「ぐぶゅ」
「ぎっ!」
そしてそんな歩哨は元より、室内にいる組織お抱えの護衛に気取られてはならない。
僕のそれなりに長い戦歴の中でも、それは上から数えた方が早い条件だった。
「――いやまぁ、強いて真ん中で分けたらってだけの話なんだけどさ」
「お前何者、っ!?」
「はは、こっちの話。【サイレントスタンガン】」
直近で藍染やお嬢さまとやり合ったことのある僕だ。内地でぬくぬくヤクザの雇われなんかやってる連中相手、どうとでもできてしまう。
静音性の雷撃で最後の警備を気絶させ、殺界装置を確保している組織に当てがわれたルームの前に立つ。
中には……組織お付きの護衛が二人。気配的に煉合の雇われよりは手強そうだ。部屋の構造からしても正面戦闘は避けられない。ここまでのように不意打ちでの瞬殺で終わらせるのは無理だろう。
そうなると正面戦闘しかないが……長引かせるといくらでも増援が湧いてくる。手短に済ませる必要がある。
目標は秒殺だ。
気合いで行こう。
僕はドアを蹴り開けた。
「全裸の変態!? 【剣戟・斬悔】!」
「【コラプスコード】! ――侵入者だ、殺せッ」
即応して飛んでくる魔法。刀持ちの女と徒手の男、流石に反応が早い。かっ飛んだドアが微塵に斬られて消滅し、赤錆色の呪詛の帯が左右の壁から襲い来る。
加速。地を這う疾走、跳躍、射出。天井を使った三角跳びで裏を取り、首筋目掛けて鉤爪の斬撃をブチかます。――火花。刀持ちのカウンター。
「つゥッ、コイツ、強い――」「【ライジンライコウ】!」
腕がへし折れた女とスイッチして飛び出てくる男。魔法の雷雲が生成され、紫電を帯びて光り輝く。
ともすれば室内全てを蹂躙する規模、断じて室内で使う技じゃない――ああ、音を出すのが目的か。偉いな。
じゃあ散らそう。
汚染の禍力を小規模展開。ウォークライ、音撃を連結行使。
禍音。
「ア゛ァッ!!」
口腔から黒い波動が解き放たれた。雷雲を撃滅、爆散。そしてこの空間より音が消滅する。
そのことに魔導師たちが気付く……ことはない。一瞬刹那意識が揺れた瞬間に、彼らの首と心臓はザクロのように弾けていたから。
「……フゥ――」
戦闘終了。息を吐く。総じて十二秒くらいかかったか。流石にまあまあ強かった。なんたって手加減できなかったもの。
特に男の方、勝てないと悟った瞬間に援軍を呼び込むあの判断の速さ。出来れば生かしたかったし、そのうち活かしたかったな。
などと、一息付いてもいられない。それなりに派手にやったのだ。流石に禍力を気取られたりはしないだろうが、バレるのも時間の問題だろう。
とはいえあとは殺界装置を回収するだけとも言える。彼女の身柄さえあれば離脱するだけで、そんなのは屋上ダイブで済む話だ。
僕はぐちゃぐちゃになったVIPルームを探索する。どうやら奥の方に個室があるらしい。捕らえているとすればそこかな。
探知してみると、一番奥の部屋から覚えのある匂いがしたので、そこへ向かう。
ドアを開くと、美術品やら貴金属やら奴隷やら、出品予定の商品らしき諸々が集めてあった。
有象無象の奴隷は無視。影の歩法の応用で認識は阻害できている。記憶に残ることはない。貴金属や美術品は盗んで行こうと思ったが、残念なことに入れる場所がなかった。僕ってば今全裸なんだよね。
などとへらへら掻き分けていくと、部屋の奥に四肢を拘束された少女がいた。金髪で白人因子特有の肌の白さ。薬か魔法を嗅がされたらしく、気を失っているようだ。
先日の逃避行の少女と体格や髪の色等の身体的特徴は一致している。まずこの娘で間違いないだろう。
とりあえず頬をペシペシと叩く。
「おーい、起きてー」
「……っ……」
「起きなきゃ……うーん、どうしよう。どこまでやっていいんだこれ? まぁいいや、お願い起きてー」
「……ん、ん……」
「……あ、なんか面倒になってきたな……もう殴ろっかな……女子供だもんな……殴って聞かせなきゃ分かんないもんな……」
「……んぅ……?」
「【一発限りの掌撃弾】」
「……ぇっ、なっ、待っ!?」
あ、起きた。
初級魔法を――正確にはその応用を――纏った僕の拳は、殺界装置の額の二ミリ先で停止した。風圧でおでこが丸見えになる。
はは、ラブリー。
「!? !? ――!?」
「起きたなら拘束具を壊すね。多分すぐに警報で敵が寄ってくるから、さっさと逃げるよ」
「はっ、えっ、え? なんでお前が、いや、それより、なんで全裸!?」
「賭けでね。スりました」
「こ、怖い!?」
「ああ、可哀想に、怯えてしまって……僕が来たからにはもう安心だからね」
「そもそもお前のせいで――ああもうッ、いい! いいから、服、着ろォ―――!」
◇
先ほど殺した護衛の服を拝借し、サービスタイムは終了した。
その間に一応混乱も落ち着いたのか、身なりを整えた殺界装置が出てくる。
「って、ドレス? 動きづらくない、それ」
「サイズ合うのがなかったの。淑女の服に文句をつけないでくださる?」
「淑女ねえ……」
改めて殺界装置の全身をまじまじと観察する。小柄な少女で、年齢は13か4、お姫さまと同程度か少し下。金髪碧眼、白い肌。
典型的な白人種――と思いきや、顔立ちはどこか日本人風だ。ふむ、ちょっと気になるな。
「ジロジロ見ないでよ、ヘンタイ」
「はは、自覚はあるよ。でも今はお前の唯一の味方なんだから、少しは媚びておいた方がいい。その貧相な体なりにね」
「……最っ低」
「あっはっは、その自覚もある」
へらへらと笑いながらさりげなく部屋の外の気配を探る。
接近中の敵は……いない。禍音がよほど上手く刺さったか。運がいいな。
それならちょうどいい。殺界装置――アメリカの異界攻略の要を探れるまたとない機会だ。
ここから連れ出すこと、コイツ自身の命を人質に、その秘密を暴いてやる。
「ねえ、殺界装置。僕と取引をしない?」
「……。内容は?」
「月並みで恐縮だが、ここから無事に連れ出してやる。代わりにお前のことを教えてよ。例えばどんな魔法を使えるのか、とかさ」
「ハッ! おあいにくさま、断るわ。その名前を知っているということは、お前はクレイドルの犬なんでしょう。私を無事に連れ戻すのはお前の任務。取引する必要などどこにもないわ」
「はは、おっしゃる通りだよ。でも無事、無事ねえ。彼らの言うそれは、一体どこまでがその範疇なんだと思う?」
「本当に陳腐な脅しで呆れるわ。私の魔法が欲しい彼らが、あらゆる意味で私を損なうことを許すわけがない。魔法は精神に直結するのだから、お前はそれを失いかねない全てから私を守る義務があるのよ」
む、本当に賢い。いるよね、こういう保身が上手いやつ。まけおしみ!
僕はへらへら笑って、負けを認めた。
「オッケーオッケー、僕の負けだ、プリンセス。お前の命令通り、全て無事にクレイドルまで届けるよ」
「フン、最初からそう言えばいいのよ」
「で、じゃあ次だ。お前のお友達のヴァンの話だけどさ」
「なに? 次は彼の命を奪うとでも脅すつもり? そんなの――」
「はは、逆だよ。彼らを、いや、お前たちを僕が守ってあげると言っているんだr
「は……? ――ッ!」
瞬間、殺界装置は血相を変えて僕に掴みかかってきた。あはは、話が早くて助かるよ。
「答えなさい! ヴァンは、エネルガンドのみんなはどうしている!?」
「今は無事だよ。それこそお前が言ったとおり、お前の心を損なわないためにね――今だけは、さ」
「っ……!」
「僕が知っていることを話そうか。彼らは裏切り者のテロリストで、それはイルたち本国側にはとっくにバレていた。ただそっちの国内じゃいろいろしがらみがあって処分が面倒だった」
ここまで分かっていれば、イルたちクレイドルがどう動くかは容易に想像がつく。
「お前が殺界装置としての役割を果たした瞬間、ヴァンたちは用済みだ。すぐに殺される。本国には異界攻略で死んだとでも報告すればいいしね。お前も自我とか取られるんじゃないかな」
「私が……私が、それ以降、殺界装置として機能しなくなるとしても?」
「うん。だってお前、どうせ予備があるんでしょう?」
「―――」
言っちゃ悪いが、他所のコロニーの救援なんかに替えのきかないモノを持ち込むわけがない。そして殺界装置――装置という名前から、コイツは壊れても補充がきく道具。そう考えるのが自然だ。
そして装置なら、不具合が出た時に修理する手段だって当然備えているはず。従ってコイツの命という盾は、それが不可能な短い間しか意味を為さない。
「というわけで、お前が役割を果たした後。僕がお前とヴァンたちをクレイドルから守ってあげる。どういう形になるかは今後の流れ次第だけど、まぁ、基本的人権くらいは約束しよう」
「……お前にそれが出来るとは思えないわ。クレイドルは世界最強の戦隊よ。お前みたいな子ども一人、踏み潰されて終わりに決まってる」
「かもね。が、それでもお前に選択の余地はない。最低でもここまでお前を助けに来れるだけの力があって、クレイドルの事情をある程度知っている――お前たちの寿命が尽きるまでの刹那で、こんな王子様が他に現れてくれる可能性は、さて、どれだけあるのかな」
へらへら、ペラペラ。軽薄極まる僕を、殺界装置の射殺さんばかりの視線が貫く。が、それこそただの負け惜しみだった。
やがて殺界装置は僕の胸ぐらを離し、溜息を吐いた。
「お前お前と……無礼な呼び方はやめて。私にはミーナという立派な名前があるのよ」
「へえ? 装置の品番にしては本当に立派だね。あ、もしかしてエネルガンドの連中が付けてくれたりした? 名探偵の僕が推理するに、きっと由来は37番目……」
「お前っ……本っっっ当に無礼で最低ね! 名前の一つも返してみたどう!?」
「あはは、僕は遥だよ。これからよろしくね」
差し出した手に、殺界装置もといヴィナは心底嫌そうに握った。うーん、嫌われたもんだな。
ま、どうでもいい。それでは早速。
「時間もないから核心から聞くよ、ミーナ。『殺界装置』、その名前の由来はなんだ? お前には一体何が出来る?」
僕がそう問うと、ミーナは一瞬だけ迷ってから、答えた。
「――その名の通り。異界を殺す魔法よ」