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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
異界化区画攻略作戦
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スカンピン・ピルグリム

 オークションの開始まで六時間を切ったのと、僕が下層の管制室に飛び込んだのは同時だった。


「ん――」


 ソイツが口を開くより早く、僕は拳を撃ち抜いている。

 頭の真横を掠める軌道。それで糸が切れるようにソイツは倒れた。零距離衝撃波による神経圧迫によるものだ。


 その頃にはとっくに僕は次の行動へと移っている。

 超加速が見せるスローの世界で一、二、三四五六――十人。全員同じ方法で、瞬く間に制圧した。


「極小展開」


 メインコンソール操作の片手間に禍力を解放、特性は精神汚染。倒れていた周りの連中がゾンビのような足取りで起き上がり、ノロノロと動き出した。

 短時間のスタンと洗脳の合わせ技。これで彼らは眠ったことにも気付かない。せいぜい立ちくらみを起こした程度にしか思わないはずだ。


 モニターを流れていく情報を処理していく。この建物は地下層七階、地上層十二階から構成されており、さっきの闘技場は下層の五階で、ここは三階か。

 上層は……カジノ、バー、プール、ステージ、パーティ会場……華々しいイベントが立ち並ぶ。オークション会場もこっちだ。まるまる六階から九階を使うらしい。そして出資者や出品者用のVIPルームがその上か。


 だが……クソ、分かるのはそこまでだ。上層と下層で完全に権限が分かれている。ここからじゃカメラ一つアクセスできない。殺界装置がいるであろうオークション会場やVIPルームの詳細はもちろん不明だ。


「実際に行ってみるしかないか……」


 そろそろ周りの連中も起き出すだろう。迷っている時間はない。

 最後に先ほどの闘技場を管理していた組織の情報を呼び出す。


 ブラックシープ。中規模の暴力組織。E区画を中心に活動しており、現在の仕事は戦闘用薬物及び奴隷の売買が主。

 ……ああ、氷室が春頃に捌いたパンドラの血の残りか。それか改造品かな。かなり劣化してたけど。


 彼らはさっきのパンドラ騒ぎで一気に立場を失ったはずだ。その使い所がどこかであるかもしれない。

 そうでなくても何かの間違いで僕の関与を知る可能性はゼロじゃない。そのくち皆殺しにするためにも、覚えておいて損はないだろう。


 僕は管制室を飛び出した。下層の警備情報は既に記憶している。一気に上層まで抜けてしまおう。

 次の目的地は上層の一階だ。一旦そこで適当な参加者に成り替わり、カジノでボロ勝ち……じゃなくて、情報と資金を集めよう。うん。こういったところは大体ウェルカムギフトで最初の賭け金もらえるしね。うんうん。


 こう見えて僕は賭け事がとても得意なのだ。僕の腕前なら殺界装置を落札できるくらい稼ぐのも夢じゃない。

 さぁ、儚廻流賭博術の真髄をお見せしよう――。



「19。お客さんは?」

「30。僕の勝ちだ」

「バーストだよ馬鹿。俺の勝ちな」

「チクショオオオオオオオオオオ!!」


 僕は全裸でシャウトした。

 正攻法で金を貯めて殺界装置を落札する計画は水泡へと帰した。

 ディーラーの兄ちゃんはアホを見る目で僕を見ていた。


「いやさ、お客さんよ。ブラックジャックのルール分かってる? 上限21な? 20来てなんでまだ引くんだよ」

「イカサマしてるんだろおおおおおおおお!!」

「してねぇよ……してても多少は勝たせるよ。でもお客さん弱すぎんだもん……」

「クソがぁぁあああああああああああああ!!」


 僕は傍らの観葉植物からデカい葉っぱを毟り取り、股間に装着した。

 これでよし。


「ところで、今回のオークションについて教えてよ。なんか面白いのない?」

「情緒とかどうなってんのアンタ?」

「ダンスパーティとかないかなっ。僕こう見えて得意なんだよね。レッツブレイキン!」

「その……格好でか……!?」


 人が集まってきた。

 実演してみせた。

 悲鳴が上がった(フロアがアガッた)


「そうだなぁ。そういうので言ったら、歌姫セラのショーがあるぜ。ホログラムの演出をクソほど使ったド派手なやつがさ」

「へえ、歌姫。そんなのがいるんだね。しかもこんな場所に来るんだ」

「おいおい、まさか知らねえのか? あんだけ企業のCMに使われてたらどっかで聞いたことあるだろ普通。さてはアンタ、相当箱入りの坊ちゃんだろ」

「あっはっは、バレちゃった。ほら、最近はどこの企業も汐霧憂姫にお熱じゃん? そっちのが印象がどうにも強くてさ」

「ハッ、汐霧憂姫。あんなちんちくりんのどこがいいんだか」


 鼻で笑われちゃった。あはは、ドンマイ汐霧。


「可愛いじゃん。色気はないけど」

「んなのセラ見たら絶対言えなくなるって。心を奪われるってのがどういう感覚かよく分かるぜ。アンコールで窓が割れたことだってあるんだ」

「ふうん……」

「ちょうどいい機会だし見に行ってみなよ。もうちょいで始まるところだ」


 オークションの開始までは……まだまだ時間があるな。うん、一曲聴くくらいなら別にいいか。


「はは、そうしてみるよ。いろいろありがとう。また遊ぼうね」

「おうよ……いや待て、お客さん服! 服着ろ!! 貸すから!! ……嘘だろ!?」





 五階は既にたくさんの人で溢れていた。

 ステージ用にだろう、薄暗いフロア内を見回す。ここもカジノと同様バーが併設されており、ほとんどの客がグラスを手にしている。

 警備は……各出入り口に十二人。観客に紛れてもっと。立ち振る舞いや気配からして下にいたような雑魚では絶対にない。


「厳重だなー……」


 歌姫の存在に加えて、この上はオークション会場とVIPフロア。当然と言えば当然だろう。

 目的地はこの上。出来れば様子を見ておきたいが……流石にデッドコピーの隠形じゃここの突破は難しそうだ。当然禍力も流石に人力でバレてしまうため使用不可。困ったな。


 近くにいたバニーのお姉さんにドリンクを貰いつつ、それとなく室内を練り歩く。

 どいつもこいつも裏社会特有の匂いがぷんぷんしている。僕でさえ知っているような大物が、軍警察のお偉方と談笑しているのが見えた。


 こんなカオスも一応は軍の手の内だというのだから、やはり僕は梶浦に一生敵わないのだろう。

 いくら戦闘力があったって、こうやって望む世界を作れなんかしない。そのために必要なのは政治力だ。


 僕も一時期学んでみたことがあったが、どうしても上手くいかなかった。銃火器と同じでどこまでも適性がなかったのだ。

 はは、ドリンクまっず。


『それではみなさまお待ちかね! 歌姫セラのステージです!』


 そんなアナウンスが響くと同時、照明が消えた。

 対照的に光り輝くステージから、一人の少女がゆっくりと現れる。


 長い金髪。毛先だけ桜色だ。均整の取れたスタイルで、背は高い。金魚の尾びれを思わせる煌びやかな衣装を身に纏っている。

 美人さんだな――そんなことを思っていると、セラと一瞬だけ目が合った。目を丸くして、その後ちょっとだけ固い表情でにこりと微笑まれる。僕が好きか、全裸差別主義者か、さてどっちだ。個人的には前者だと嬉しいな。


 アホなことを考えている間に、セラは小さく深呼吸し、口を開いた。


「【堕雀夏恋歌(だじゃくかれんか)】」


 曲名。

 歌が始まる。

 セラが両手を大きく翻し、口を開いた。


 壮大な黄金色の孔雀が堕ちゆくホログラムを背景に、歌姫が和音の中を舞い、踊る。

 絶唱――決して叫んでいるわけでもないのに、そんな言葉が脳裏を閃いた。感情にダイレクトに働きかける歌唱の力。原初の詠唱にも似た力ビリビリと伝わってくるのだ。


 なるほど、歌姫と呼ばれるだけはある。

 魔法の原型たる魂の力を歌として振るう業。汐霧がよく使う、魔力操作による補助魔法とよく似ている。優れた歌唱力に加えて自身の感情を十全に伝播させているからこそ、こんなにもよく響くのだろう。洗脳にも等しい効力だ。


 いかに裏社会の連中だろうと、心根は人間だ。相当に効いたらしい。無邪気に拍手して喜んでいる。

 かく言う僕もこれだけ良質の音楽を聴いたのは初めてだ。ぜひ二曲目も聴いていきたいな……。


「――」


 あまりにも良い歌だったからだろうか。

 警備の魔導師の集中が途切れていて――観客に混じっていたのも、上階への階段を固めていたのも――隙、が。


 気づいた瞬間、僕は駆け出していた。

 地を這う姿勢、影の隠形を最大強度で展開し、無音が許す最高速度で加速する。針穴のような意識の空隙に体を叩き込んだ。


「……ん?」


 紙一重の差で警備が振り返る。その頃には僕は上階への階段を駆け上がっていた。

 後ろ髪を二曲目のイントロが掠める。聴けないのは確かに口惜しいが、殺界装置の所在を探る千載一遇の好機だ。もう散々遊んだんだ、このくらいで満足しなきゃね。


 へらへら笑って、僕は速度を上げた。



「……は? アイツ……」

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