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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
異界化区画攻略作戦
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エンジョイ・スクランブル

 血と内臓でダブダブになった奴隷服を捨てて、その辺に引っ掛けてあった解体人の作業着とエプロンを着用する。

 仕上げにデブ(故)が落としたホッケーマスクを被れば……よしっ。ジェイソンスタイルの完成だ。


 そんなわけでイカしたコスプレを決めた僕は意気揚々とお隣のエリアにお邪魔することにした。

 ここは……コロシアムだろうか? 円形のフィールドにそれを囲む上階の観客席、むせ返る血の匂い。ここで出た死体を運び込む先がさっきの食肉工場だったのかもしれない。


 この場所もオークションの前夜祭として大いに活用されているようだ。フィールドからは戦闘音と悲鳴が聞こえ、それに応じて観客席から濁流めいた野次が降り注いでいる。

 僕がいるのは下階のスタッフ用控え室で、周りには僕と同じ格好の解体者が十数人と、スーツの女が一人。この場のまとめ役かな。


 彼女はジロリと僕を睨み、刺々しい口ぶりで言う。


「おい、遅いぞ。一人バラすのに何分掛けてる」

「(不敵に会釈)」

「……ふん、愚図が。全く、いくら肉体を強化しても知能がこれでは……」

「(素敵に敬礼)」

「もう少し薬打っとくか……」

「(無敵に絶頂)」


 静脈に注射を打たれビクビクと痙攣する。お、おほぉ……キマるぅッ……!

 ……あれ? というかこれ、パンドラの血じゃないか。じゃあ解体者、コイツら混ざり者……のなり損ないか。相当に希釈されてるもんな。


 それにしても……僕とさっきのデブとでは明らかに体格が違うにも関わらず、まとめ役の女にそこを気にする素振りはない。この解体者という身分は相当に地位が低いようだ。

 可哀想に思った僕は、周りの解体者たちにハイタッチをしてあげることにした。意外や意外、みんな応えてくれる。はは、お友達たくさんできちゃった。やったね。


 さて、この場で情報を集めるか、それとも上の観客席に行ってみるか。正直コイツらに溶け込める自信はないが、観客席は観客席で解体人なんかが歓迎されるとは思えない。うーん、どうしたもんかな。

 そんな風にホッケーマスクの下で悩んでいると、一際大きな歓声が上がった。決着がついたらしい。


「遅滞の罰だ。12番、お前が担当しろ」


 まとめ役の目は僕へと向いている。なるほど、僕はこの場では12番という名前なのか。はは、そろそろ人権が恋しくなってくるなぁ。

 ポイと手渡された大鉈を担いで、僕はフィールドに蹴り出された。


 立ち上がる。

 見上げる。

 視線、視線、視線。人間どもの。

 殺す――


「……とはならないか」


 先日のお嬢さまやミオとの戦闘のおかげか、精神は極めて落ち着いている。この様子なら禍力の精神への作用は心配なさそうだ。少なくとも作戦に支障が出ることはないと思う。

 はは、ちょっと怖かったんだよな。たくさんのクズな人間を前にしたら暴走しちゃわないか。お嬢さまに感謝しておこう。


 目の前には一人の男と、一つの死体があった。どちらも奴隷のボロ服。男は血まみれで、尻餅をついて命乞いのなり損ないをブツブツ呟いている。

 奴隷同士で戦わせて、勝った方を解体人が血祭りに上げる。これはどうやらそういうショーらしい。


 ……はは、どうしようかな。


 この男を殺して舞台裏に引っ込む、それが一番簡単で手堅いのは間違いない。必要なのは安い奴隷の男の命一つだ。

 こんな奴がこの先役に立つことなど絶対にない。僕がここで使ってしまって何も問題はないだろう。


 だが、それは――面白くない。陳腐だ。芸がない。こんな寄り道を死ぬ気で楽しまないなんて。

 ねえ、そうでしょう?


「つまんないよねぇ?」


 へらへら笑う。奴隷の男がぶるりと震えた。

 どうもありがとうね。本当はもっと後、もっと別の場所でやろうと思っていたけれど、おかげで今やる気になれちゃった。

 ああ、それと梶浦。ごめんね。でもお前も悪いんだよ。ちゃんと僕の言質を取らないんだから。


 ――派手な騒ぎを起こさない。


 そう言ってくれた時に、はは。

 僕、オッケーしたっけ?


 僕は大きく鉈を振り上げて。

 そして、自分の首へと突き立てた。


 血が噴き出る。


「…………え?」


 僕の血でベチャベチャに汚れた男が困惑している。あっはっは、汚いもの掛けちゃってごめんね。

 けれど、はは。そんなことよりも、死にたくないなら逃げた方がいいと思うよ。


 ほうら。

 地獄の門が開く。


『オォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』


 絶叫の重奏が僕の後ろから鳴り響く。

 ゲートが吹き飛び、制止しようとしたまとめ役の女が弾け飛び。

 そして、地鳴りのごとき足音が迫り来る。


 振り返る。

 視界を埋め尽くす解体者たち。

 涎を垂らし、赤熱した眼球は僕の首筋をひた捉えている。


 僕は両手を広げ、迎え入れた。


 人間の歯が次々と首に食い込む。

 肉を食い千切られる感覚が連続する。

 血をゴクゴクと飲み干されていく。

 でも大丈夫。オヤツは人数分あるよ。

 食われるそばから血肉が再生する。

 それに歓喜して、解体者――出来損ないの混ざり者どもは何度だって僕を貪り食らう。


 彼らに触れて回った時に仕込んだ操作。

 魔法による暗示を塗り潰す禍力の洗脳。

 僕の血が、肉が、美味しく感じて堪らなくなるというもの。


 こんな裏社会の権化じみた、混ざり者まで運用しているような場所だ。規制値を満たした対禍センサーなんて置いているわけがない。

 僕の血肉は最高密度の魔力と禍力が内在しているシロモノ。混ざり者たちにとっては極上の餌であり、覚醒と暴走の号砲である。


 混ざり者たちが変異していく。

 純粋なパンドラへ。人類の敵へと。


 一体が虫のように飛び上がり、観客席の柵を突き破ってすぐ近くにいた一人の首を刎ねた。

 一体はゲートへと禍力を解放した。

 一体は倒れているまとめ役の女の四肢を丁寧にもいで食べ始めた。


 そして、総勢十一体。

 同時に禍力を解放した。


 悲鳴が乱舞した。


 阿鼻叫喚の坩堝と化した闘技場の中心で、僕は倒れたままへらへらと笑う。

 そうだ。これはお前たちの祭典なんだろう? それなのに裏方や観てるだけなんて、もったいないにもほどがある。仲間外れは良くないことだ――。


「なんて、はは。嘘だけど」


 対禍ゲートが持ち上がり、戦闘装備の魔導師が雪崩れ込んでくる。

 流石は煉合の腹の中。突発的なパンドラ災害にも関わらず対応が早い。所詮はそこらの雑魚が素体のパンドラだ。鎮圧は時間の問題だろう。


 とは言え時間は稼げる。パンドラは生命力がクソ高いから制圧には時間がかかるし、戦場となった場所の浄化もしなくてはならない。その間だけ警備が薄れる場所が出来る。


 そしてもう一つ――ここから先は僕も禍力を使える。

 僕だってぼんやりとぶっ倒れていたわけじゃない。この場で乱舞した様々な出力、波長の禍力。それらに対するセンサーの反応を基にマガツで禍力を調整し、この場でこっそり垂れ流してみて……と、まあいろいろやっていたのだ。


 そうしてセンサーが反応しない禍力を編み出した。もちろん高出力・大規模な解放は出来ないが、手札としてあるのとないのじゃ大違いだ。

 だからこそ、ここからはスピード勝負だ。正確にはその土俵に上がることが出来る。


 警備に穴が空いているうちに速やかに情報を取り切り、同時にお祭りを目一杯楽しんで、オマケで殺界装置を奪取するのだ。


 適当な人間を洗脳あるいは汚染して禍力による緊急事態(スクランブル)を引き起こす――こんな狂ったことが出来るのは一回きりだ。次やったら流石にオークションが中止になってしまう。

 本当ならオークション本番で、どうしても殺界装置の回収が間に合わなかった時のための策だが、めちゃくちゃ前倒しで使ってしまった。ノリで。


 戦場を背に、僕はゲートを潜る。と、運悪くもちょうど増援部隊がこちらに駆けつけてくるところだった。

 向こうも僕に気付いたようで、手に手に魔法を起動している。流石に言い逃れの余地はなさそうだ。


 とまぁ、完全ノープランだけど。

 はは、楽しんで行こう!


 僕はへらへら笑って、突撃を開始した。

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