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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
異界化区画攻略作戦
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地下牢からこんにちは

生存報告

 まあまあ波乱の人生を送ってきた僕であるが、一日一度を三日連続、それも全部別の相手に手錠を掛けられた経験は覚えがない。

 初体験奪われちゃった……ネッ♡ と可愛くウィンクをばちこり。かつて梶浦や藤城たちを相手に同時多発嘔吐現象を巻き起こした禁断の戦技(テロリズム)だが、牢番の男をぶるりと身震いさせるに終わった。ちぇっ、僕もまだまだだな。


 奇行にも飽きたので辺りを見回す。辺りには僕と同じように拘束された老若男女がごろごろ転がっている。

 これが全て人身売買の商品なわけだが、このうちちゃんと『人間』として売られるのは何人いるやら。今のご時世、臓器より高く売れる奴隷などほんの一握りだ。


 どっぷりとした絶望感が沈澱する牢獄。

 僕はへらへらと笑い、友達にパン屑みてぇな値段で売られた経緯に思いを馳せる。



「遥、お前売るから」


 その言葉と同時、紅雛に手錠を掛けられた。あれま。

 即座に抜銃しようとする汐霧を宥めつつ、梶浦に問う。


「誰に、どうして? あとこれ一番大事だけど、いくらで?」

「そこなんですか?」

「売り先はギリギリまで売り物を集めているような弱小組織。そうだな、ネズミが適当だろう。理由は潜入のため。そういうわけで値段は、まぁ、カスだ」

「ガッデム!!」

「そんなになります……?」


 ネズミとはいろんな組織の足を舐め回して立ち位置で、本当に何でもやる最下層の連中だ。確かに奴らなら一切の疑いなく売り物にしてくれるだろう。その代わり、値段はゴミ同然だが。


「普通に客として参加するのはダメなの?」

「招待状がないしセキュリティも硬い。軍として参加するわけにはいかない以上、そうするしかない」

「それなら私の方が適任です。この手の任務に限れば遥より上手いと思いますが」

「汐霧は顔が既に広まり過ぎている。ナツキ社の広告塔としてCMに出たこと、まさか忘れてはいないだろう?」

「うっ……」

「加えて軍としても汐霧憂姫は次代の英雄としてプロパガンダに使ってしまっている。整形でもしない限りはまずバレると考えていい。何やら顔見知りも多くいるようだしな」

「ううっ……」


 それでも汐霧の諜報スキルを考えればやれないことはないだろうが……まぁ、そこまでするなら僕の方が手っ取り早いのは確かだ。


「質問は以上か? なら作戦の説明に移るぞ」

「ちなみに何でもう手錠掛けたの?」

「お前の奇行が目障りだから」

「ハハッ、涙出てきた」

「作戦目標は殺界装置の奪取。次に条件として、派手な騒ぎを起こさないこと。間違ってもオークションを台無しにするような真似はするな」


 そんなことをしたら東京中の裏組織連中の面目を潰すことになる。せっかく今は良好な軍との関係も全てパァ。最悪コロニー全土を巻き込んだ政権転覆(パレード)の幕開けだ。


「とはいえ相手はこのイベントの目玉商品だよ? 戦闘なしでってのは無理があると思う」

「俺もそこまで完璧に痕跡を消せとは言わん。その辺りの弾力的な判断はお前に任せる。少なくとも殺界装置の販売元の組織は潰すわけだしな」

「なるほどね、それが梶浦、または軍の仕業って思われなければいいわけだ」

「火種など他にも無数にあるからな」


 それならやりようはありそうだ。あとは現着してのお楽しみといこう。

 ちょっとだけ心配そうな汐霧にデコピンして、僕は紅雛の処置に身を委ねた。



 まぁ要するにスニークミッション。ついでにミスっても救援はなし、脱走を企てた奴隷が勝手に死んだってことになるだけだ。

 それが今から二日ほど前のこと。最初は騒がしかった牢屋も内外ともに静かになり、警戒度は最低限のものである。


 さぁ、行動開始だ。


 さりげなく牢の鉄格子の近くまで移動する。と言っても牢屋の内側は自分の絶望と格闘中の奴らばかり。僕の挙動に一切の注意は向かない。

 問題は外側――の前に、この牢屋を出る方法だ。特殊合金性の鉄格子に、物理錠と魔導錠の二つ。これらを突破し、なおかつ他の奴隷が脱走しないようにしなければならない。


「今丸腰なんだよねぇ」


 奴隷として運び込まれる際、どんなチェックを貰うか分からなかったため仕方ないとはいえ、針金一つ持ち込めなかったのは痛手だ。普段なら皮膚の下や口腔に隠している予備や暗器まで全て置いてきている。

 荒技で抜けようかとも考えたが、それだとこんな初期段階で脱走がバレることになる。相当に動きづらくなることは予想に難くない。


 ま、そのために二日も準備に時間を使ったわけだけど。

 戦技『音撃(カノン)』、紅雛流刀術弍式『二心』合成戦式。


「震撃」


 トン、と触れた鋼糸が音も無く崩れ落ちる。それは少しだけ伝播して、格子の隅にごくごく小さな空隙を作り上げた。

 戦技『震撃』……なんて新技っぽく言ってみたが、ぶっちゃけ音撃の指向性衝撃を二心の術理で格子の内側に打ち込んで崩壊させただけだ。


 いくら指向性と言っても出力を出し過ぎれば牢番にも聞こえて警戒されるし、二心は本来刀剣で運用する技だ。衝撃の蓄積効率はゴミ同然だった。

 そんな事情のせいで二日も時間がかかったが、ようやく上手く行ってくれた。


 牢番がいる時間、監視カメラが誰にもモニタされてないのは確認済み。

 すなわち脱出の時間である。


 骨をコキコキ外して、それでもどうにもならないだ部分はポイポイ千切って投げてから小さな穴から這い出る。すぐに千切った部分を拾って繋げて、外した骨をはめ込めば、はいオッケー。これが僕流の脱出術。タネも仕掛けもございません。

 牢番の男は……うん、気付いていない。藍染の隠形サマサマだ。こんなクズ肉置き場に配備される警備じゃ看破は不可能だろう。


 さて、殺界装置を探さなければ。僕がいた牢屋にはいなかった。オークションの目玉商品として扱うとなれば、他の人材と同様の牢に入れるとは思えない。売り手の組織所有のプライベートルームとか、その辺りだろうか。

 幸いオークションの開始まではまだ六時間ほどある。動くのは情報を得てからでも遅くない。


 そうとなれば、よっしゃ。


「遥くんの裏社会見学ツアー、はっじまるよー!」



 地下牢エリアを抜けると、そこは食品工場だった。

 僕は元気に翻り、右手を広げてアナウンス。


「えー、右手に見えますのは加工プラントでございます。材料は豚さん、牛さん、鶏さんに人間さんを少々」


 東京コロニーの食料自給率は、前時代の輸入に頼らなければ賄えなかった頃など比べようもないほどに高い。それもこれも第四時核大戦期に発達した科学技術、そして何より魔法技術のおかげである。


「前三つはちゃんと『肉塊』――鳴かない逃げないただただ太る。生命としてのリソースが全部食肉として出力されるよう改良された品種ですね。そういうわけで動物愛護的にも二重丸でございます」


 微妙にそれぞれの面影が残った骨格からドボドボ肉が生えてくるグロテスクな生命体だが、これのおかげで天然肉が市民も買えるような値段で普及しているのだ。

 ちなみにこんな倫理にツバ吐くような代物を生み出したのはあの天才、氷室フブキである。はは、倫理の天秤って難しいね!


「そしてみんなお待ちかねの人間さん! こちらは法律で食用のクローン販売が禁止されているので、基本的に天然モノですね。ほら、これなんか湯気が立ってます。素晴らしい鮮度ですね」


 拾い上げた人間のモモ肉をひと齧り。はは、……クッサ! くせぇ! ヴォエ!


「うーんと、仕入れたのが八割で、解体ショー上がりが二割ってところかな? 量見る限り、よくやってるみたいですねえ。ん、ごちそうさまでした」


 お残しは良くない。不味くてもちゃんと完食する。ここだけの話、人肉だけは味覚過敏と対象外なのだ。恐らく元がパンドラだからだと思う。

 それにしてもこれだけ好き勝手騒いでいるのに誰も来ないな。ここの一帯は完璧に自動化されているようだ。裏組織の連合は伊達じゃないってことらしい。


 んー、この辺で軽く情報を得ておきたかったんだけどな。仕方ないかぁ。

 がっくり肩を落として歩き出……そうとしたら、どむ。何か柔らかい物にぶつかった。あれま、犬も歩けば盆に帰らず。ところでこれどういう意味なんだろうね。


 前を向く。

 ホッケーマスク被って鉈持ったデブがいた。


「ウオオオオオオオオオオオッ!!」

「おわ」


 驚きながら叩く。

 デブは四散した。

 雨となった彼の身体が周囲の鍋へと降り注ぐ様はまるで胎内回帰のようである――現在進行形でビッチャビチャになりゆく現実から逃避しながら、そんなことを思った。


 ……えっと。

 変身バンク、挟みます。

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