おいでませクズども、クズの国へ
「で、これどういう状況?」
手を引かれながら走りつつ、フードの少女に質問する。
走行速度は身体強化した魔導師特有のもので、それなりに速い。とはいえ追手を撒けるほどではない。今も一定の距離を保って着いてきている。
ただ、お互い地の利はないようだ。少女は闇雲に逃げ回っているだけだし、追手もそれを愚直に追うだけ。原始的な鬼ごっこである。
はは、仕方ないな。
「はいはい、案内するよ。こっちだ」
「っお願い!」
逆に少女の手を引き、更に細い路地へ。ついでに追手の気配を確認。ええと……三か四? それなら何とかなるだろう。
僕はへらへら笑い、誘導を開始した。
そして、走ること数分。
「え……」
足を止めた少女が周囲の光景に絶望の声を上げる。
目の前、左右を塞ぐ高い壁。東京コロニー特有のメガビルディング式居住区特有のもの。要するに袋小路。
追い打ちをかけるように、ここは薄暗い路地裏だ。大通りからは遠く、人影はない。助けの類は期待できないだろう。
「下がってて」
少女を押しのけ、追跡者たちと相対する。
数は四。服装は一般人的だが、どこかわざとらしい。肌の色は白と黒の二極。そしてこの少女も含め、使う言語は英語である。
この時期にこんな訳有りの様子。恐らくそういうことだろうが、この場ではどうでもいい。
「……東京の住民とお見受けする。その人物を我々に引き渡してはくれないか?」
「ふむ。その前に、一つ教えてあげよう」
言葉と共に懐から閃光手榴弾を取り出す。
こんなものが警戒した魔導師相手に通用するわけもないが、それでよかった。
ピンを抜き、放る。
同時、全力で跳んだ。
――カッ!
眩い光。追跡者たちはしっかりと目を保護し、スタンは瞬き程度の時間のみ。まともに食らったのは僕の背後にいた少女だけだ。
うん、狙い通り。
「どこに行った!?」
「えッ……」
追跡者、少女の驚きの声。間抜けた様子で左右に首を振る彼女たちを、僕は遥か高く、メガビルディングの屋上からへらへらと笑う。
さ、さっきの話を続けよう。藍染の隠形、指向性音撃、声を散らす技術を併用して、口を開く。
「東京コロニーでは、街中で騒ぐのも無関係な人間を巻き込むのもマナー違反なんだ。次からはこういう場所で身内だけでにやるように。じゃ、バイバイ」
以上、離脱。背中越しに少女の罵声とか聞こえた。はは、アメリカ人ってマジでそういうこと言うんだなぁ。
ま、クレイドル絡みだろうがなんだろうが、今は異界関連でクソ忙しいのだ。可愛い女の子ならともかく、顔も見せない子を助ける義理は一才ない。勝手にやっていればいいんじゃないかな。
さっさか忘れて、僕は家に帰ることにした。
……ちなみにその後、家の前でちょうど帰宅した汐霧と鉢合わせた。
血まみれだった。
「返り血?」
「誘拐犯に襲われまして……半殺しに」
頬をぽっと染める汐霧に、厄介事に巻き込まれがちなのは自分だけじゃないんだなぁと僕は心底安心した。
◇
翌朝。
僕は誘拐された。
「……どうしてぇ……?」
後ろ手に縛られながら首を傾ける。しっかり猿轡もされており、発声するのも一苦労だ。
補習があるからと家を出て、わずか三分。背後から鈍器で殴られ、電撃を叩き込まれ、なんかよく分からない薬品の染み込んだ布を嗅がされた。
その程度で意識を失うほどヤワではないが、そんな欲張りセットな親愛表現の正体が気になり、あえて寝たふりをしてみることに。
そうこうしているうちに僕は連れ去られ、どこぞのコンテナの中に収容されたのであった。
合金性の手錠、特殊繊維の猿轡、脚も満足に伸ばせないほど狭い空間。どれも対魔導師を強く意識した拘束で、僕の身体能力でもそう簡単には抜けられない。
さてさて。ここまで熱烈な歓迎をしてくれるお相手さんは一体誰なんだろう?
「――ああ、起きていたか。早速だが食べたい物とかあるか?」
「妹」
「ふむ、翻訳魔法が狂っ……え? 正常?」
「というかコイツ、今普通に喋って……」
コンテナを開けたのは金髪に赤いメッシュを入れた同い年くらいの青年。冷徹な王子様といった風貌だ。
あまり変態に遭遇した経験がないらしく目を瞬かせる青年、その後ろにも三人ほど同年代の人間がいる。
揃いも揃って身に纏っているのは同じ学生服、しかし東京に存在するどの学校のものでもない。制服マニアの僕が言うのだからまず間違いない。
コスプレの類か、あるいは東京以外のコロニーの学校の物か。まぁ、流石に後者だろう。
ひとまず自己紹介でもしておこう。
「クサナギ学院所属、儚廻遥だよ。好きなものは妹とお金。お前たちはどこの誰?」
「……ヴァンだ。ヴァン・カイエル。所属は悪いが名乗れない」
「ちょっと隊長、何普通に名乗って」
「奇襲してここまで拘束したんだ、それもこっちの事情で。それくらいはするべきだろう。ええと、ほら。冥土の土産というやつだ」
「センキューソーマッチ! ハッハー!」
親米派として試みた異文化交流は綺麗に無視された。オーケイ、アメリカ人はクソ。今日から僕はレイシストだ。
「それじゃお土産ワンモアプリーズ。僕に何の用かな。お前たちに何かした覚えはないんだけど」
「だろうな。だが我々にはある。昨日の夕方、君が騙して売り渡した少女だ。覚えてるな」
「……夕方……売り渡した……あぁ、あのフード被ってた子か。はは、いたねぇ」
ミスファッキンジャップちゃん。売り渡したなんて上等なものじゃなく、単に見捨てただけなんだけどな。僕お金貰ってないもの。
けれどなるほど、コイツらはあの子の仲間か何かか。それで彼女を見捨てた僕に復讐しに来たとか、そういうことだろうか。
「……ん?」
いや、おかしくないか? 昨日彼女を追っていたのはコイツらと同じ軍属のアメリカ人だった。装備品の材質や意匠から、それはまず間違いない。
僕の行動は追手側にとってはありがたいものだったはずだ。少女本人ならともかく、コイツらと見捨てた見捨ててないなどという話になるのはおかしい。
……少し情報が要るな。
「彼女は我々にとって大切な存在だったんだ。オレが何を言いたいか分かるか?」
「察するに、あの子はとんでもないレイシストでフェミニストでヴィーガンで、ついでに新種の性病に掛かっていた。そんな彼女にウンザリしていたお前たちは僕にとっても感謝していて、お金を払いたくて仕方がない」
見る間に目の前の顔が全部引き攣っていく。あれ、僕また何かやっちゃいました?
「はは、心苦しいけどいいよ。そこまで言うならお金貰ってあげる。そうだなぁ、500万くらいでどう?」
「……隊長、コイツ殺すから」
「この程度の挑発に乗るな。とはいえ、あまりに品性がないな。それがそちらの国民性か? それとも君が特別歪んでいるのか」
「オーケー、じゃあ訂正しよう。お前たちはみんなクソみたいなレイシストだから、そこだけは彼女と気が合っていた。はは、やっぱりアメリカ人ってクソだね。死ねよ」
「後者か。クズめ」
すんげえ目で睨まれた。あらら、ちょっとやり過ぎたっぽい。このままじゃ情報取る前に殺されちゃいそうだ。
ま、そうなったらただの敵なので、ミンチにして東京湾に流すとしよう。運が良ければ国に帰れることだろう。
「僕も一度訂正したからね。何か訂正があれば受け付けるよ」
「君の認識などどうでもいい。我々は彼女を取り戻さなきゃならない。脳みそブチ撒けたくなければ黙って協力しろ」
「取り戻す、ねぇ。はは、クレイドルの下っ端とは思えない言い分だ。滑稽極まりない」
「……お前、何を知っている」
ああ、クレイドルは一応まだ機密なんだっけ。周りが梶浦だのお嬢さまだのなせいですっかり失念していたな。
「いいよ、手伝ってあげる。差し当たってはお前たちを昨日の現場に連れて行けばいいのかな?」
「……隊長、やっぱりコイツ殺すべきじゃ……」
「黙っていろ。……ああ、それでいい。妙な真似をしたら即殺する」
「アイアイ・サー」
今更この作品で誰がどんな言動しようと誰も怒らないと信じております。