波乱の兆し
自分で言うのも何だが、僕は結構忍耐強い方だ。
「うーん、カガリちゃん的にはこれですかね。それともこっちの方が好みですー?」
「ちょ、ちょっと派手すぎませんか?」
「えー、ドレスなんて派手でなんぼなのにぃ」
先生の生き地獄じみた授業もそうだし、作戦行動で二十四時間待機なんかもザラにあった。強いと言うよりはそういう風に調教されたと言った方が正しいかもしれない。
「お、これは? なかなか大胆なデザインですけど、お相手さんを考えたらこれくらいの方がウケいいかもですよ。いろいろ処理は必要ですけど」
「うわ、下みじかっ……しかも何このうっすい布地……」
耐久レースの類は隠れた得意分野だったりするのである。
そういうわけで、ぶっちゃけ舐めてた。
……戦場と日常生活での忍耐力って、全く別物だったんだなぁ。
「あ、見て見て憂姫ちゃん。さっきのよりさらにやばいのありました」
「…………ドレスって服の種類で合ってましたよね?」
「もー、文句ばっかり。せっかくのパーティですよ? 無理の一つもしなきゃ落とせるモノも落とせませんって」
「落とせるモノ?」
「あはは、男に決まってるじゃないですか」
「……婚約者待たせてる今それ言えるの、すごいですね……」
「長いなぁ……」
「…………」
無駄に高性能な聴覚が拾ってくる品性のカケラもない会話に、僕は深々と溜息を吐いた。隣に座る梶浦など目を閉じて、半ば瞑想状態である。
「ねえ、いくらパーティでも礼服なんてわざわざ買いに来る必要あった? それかそっちで全部揃えてくれれば良かったのにさ」
「……篝の強い要望だ。初めての友達と遊びたかったのだと。仕方ないだろう」
「はは、いい旦那さんだことで……ふわぁ……」
今の言葉通り、こんなところでせっかくの休日を無為にしているのはパーティのための礼服を揃えに来たからだ。
事の発端は試験が終わった一週間後、梶浦を遊びに誘おうと声を掛けたことに始まる。
『それなら丁度いいイベントがある』
そんな返事の詳細を聞くと、何でも今度の異界化区画攻略作戦のために救援に来るニューヨークコロニーの部隊の歓迎会をやるらしい。形式は向こうの流儀に合わせた立ち食い形式のパーティなんだとか。
「しつこいようだけど、今回は裏の意図とかないよね? 戦闘沙汰はごめんだよ」
「ない。俺にしたところで今回は父のおまけだ。お前に動いてもらうとしても、もう少し情報が集まってからになるだろうさ」
「ならいいんだけどね……お、出てきた」
見ると汐霧と紅雛が店から出てきたところだった。
……あれ? 買い物したはずなのに何も持っていないな……?
「ねえ汐霧。一応確認なんだけど、買い物はちゃんと終わってて、荷物になるから郵送にしただけだよね……?」
「え、えーと……それがその、大変言いにくいのですが……」
「お店を変えようかなーって!」
「……どういうことだ?」
「だってー、このお店いいのなかったんですもん。謙吾くんは付き合ってくれますよね?」
「…………」
だったらこの二時間ちょっとはなんだったんだろう。
男前な梶浦はそうした文句を何も言わず、ゾンビのように紅雛に付いて行った。哀れだ……。
「遥……?」
「……はは。そう心配しないでも、先に帰ったりなんかしないって。ほら、案内してくれ」
「……! は、はいっ」
ある意味、これだって有意義な休日には違いない。
どこか楽しげな汐霧に手を引かれながら、へらへらと笑った。
◇
その後、二軒ほど似たような店を回り、僕たちは喫茶店で休憩をしていた。
時刻はすっかり夕方近くで、思った以上の時間がかかったらしい。まぁ、汐霧と紅雛それぞれが満足するだけのドレスが見つかったのでよしとするべきだろう。
「――あちらから寄越される人員は一個中隊規模。部隊名を特殊陸戦隊クレイドル。既に4の異界を攻略している世界最強の魔導師隊だ」
梶浦はホロを操作し、そのクレイドルとやらの資料を表示する。
「戦隊長はゼクス・アンデリヴィア大佐。【神殺し】の名を持つSランク魔導師だ。【医聖】も【死線】も亡き今、世界最強の呼び声も高い」
「……へえ」
「戦隊副長はファティマ・リィン中佐。【千年烏】の名を持つSランク魔導師。この二人がクレイドルの戦力の核だな」
片や金髪碧眼、鉄塔じみた特大剣を二本も背中に吊るした精悍な男。片や双刃の大鎌を携え、僧侶のような編笠を目深に被った美女。
続いて梶浦がホロを操作し、新たに三人ほど表示する。
「続いて小隊長三人。順にイル・レイウッド大尉、シンシア・グランガイツ中尉、ファーライト・グランガイツ中尉。正式なランクは不明だが、どれもAランクは下らないだろう。覚えておけ」
「了解。機会があれば挨拶しておくよ」
「ああ。とはいえ、直接関わるのは実際の作戦時になるだろうがな。いいか、くれぐれも喧嘩を売るなよ。汐霧、お前が頼りだからな」
「ええ、任せてください」
「はは、信用ないなあ」
そんな会話も程々に店を出て、解散。まず梶浦、紅雛と別れ、野暮用があるとのことで汐霧とも別れる。
いい加減人通りも減ってきた大通りを歩きながら考えるのは、やはり歓迎パーティのことである。
「裏がないにしても面子が面子だ。事前偵察くらいに思っておいた方がいいかもな」
相手はアメリカ最強クラスの魔導師だ。そして攻略作戦中、利益を巡って戦闘になる可能性は大いにある。
Sランク魔導師とぶっつけで殺し合いなどしたらどうなるかは、先月の藍染戦がいい例だろう。
せめて概念干渉の特性くらいは掴めるといいが……。
「きゃっ」
「わっと。すみません。大丈夫ですか?」
少し考え事に耽りすぎていたらしい。脇の路地から飛び出てきた通行人とぶつかってしまった。
黒いフードを目深に被った人物。声、体格からして少し年下の少女だろうか。緩やかなウェーブの金髪が僅かに溢れている。
……あー。この流れ、厄介事じゃない?
「それじゃさようなら。生きてればまた――」
「見つけたぞ! あそこだ!」
「っ、早く逃げないと!」
そう言って少女は走り出した。何故だか僕の手を握って……。