頭を撫でるな乳揉むぞ
目が覚めた時、僕はベッドの上だった。
あまり見慣れない天井。けれど雰囲気から学院の施設だと分かる。多分サボり部屋として有名な第四保健室じゃないかな。
と、横の椅子に腰掛けた女の子が本から顔を上げた。涼しげな碧い瞳と目が合う。
「目、覚めた?」
「お嬢さま……僕は……?」
「憂姫に頼まれたから。いいから再生して。誰もいないから安心しなさい」
お嬢さまの言う通り、保健室の中には僕とお嬢さましかいない。
再生にかけていた封印を解除する。それで僕は全回復した。体を蝕んでいた痛みと倦怠感が取れ、半身を起こす。
「ここに来る前のことは思い出せる?」
「えっと、確かハイエナと戦って……何とか凌ぎ切って試験が終わって……治療を断って……」
そうだ、そこでお嬢さまと会った。その辺りで記憶が途絶えている。最後に残っているのは……あれ。お嬢さまの脚?
「無駄な意地を張るのが悪いわ」
「瀕死の怪我人を蹴ります普通……?」
「昔は喜んでいたのに? あれはポーズだったのかしら」
「意識がある時やってくれないと意味ないでしょ。だから今ならいいよ。カモン!」
「ああ、試験大活躍だったそうね。可愛い後輩との殺し合いはどうだった?」
「ははっ、もう二度とやりたくねえ……」
あいつ強すぎ。というかずっこい。空間復元とかズルじゃんさ。
「でも勝ったのでしょう? 偉いわ。ご褒美に撫でてあげる」
「お嬢さまちょくちょくお姉さんぶるのなんなの? いいよ。恥ずかしい」
「言い方が気に入らなかったなら……こうべを垂れなさい、とか?」
「いやそういう問題じゃ……あっあっあっブヒィ……」
うーん120点。足ならなおよし。次回に期待!
ガラリ。
「失礼します。何とかあっちは片付きました。遥はまだ寝て……」
汐霧が入ってきた。そんで僕たちを見て絶句した。
「遥……?」
「僕のことは卑しい雌豚と呼べッッ!」
「……えっ、メスなの……!?」
「じゃあ私は帰るから。遥、憂姫、いい夜を」
「待ってくださいユズリハさん私を変態と二人きりにしないで!」
お嬢さまは帰った。振り返りもしなかった。ついでにちょっと早足だった。
「はは、そんなわけで遥だよ。一週間ぶりだね汐霧。寂しかった?」
「はっバーカバーカ。私がそんな可愛いこと言うわけないじゃないですか」
割と言ってると思うけど……。
汐霧はベッドの余ってるスペースに腰掛けた。チビだから届かない足をぷらぷらさせて、こちらをじっと見つめてくる。何じゃいな。
「ミオさんと黒崎君の件を聞きました。あれ、遥のせいですよね」
「そうだよ。あ、教官にはオフレコでね」
「そのことでお話があります」
……あー、コイツ善良で優しいからなぁ。最近自分を慕ってくれてる奴を殺したの、ミスったかも。
でも誰殺すか選ぶ余裕は流石になかったんだよなー……。
「黒崎君は現在医療センターで緊急手術中です。予断を許さない状態だとか」
「え、黒崎生きてんの? あの怪我で?」
「私が繋ぎました。ギリギリでしたけど」
あれ僕やアリスじゃなきゃ死ぬような傷だったんだけど。すっげ……。
「人殺しは嫌いなんじゃなかったんですか?」
「極力ね。できるだけ。こうやって活かすために生かしてるんだから使い所で出し惜しみはダメだよ」
「そうですね。その通りだと思います」
「…………あれ?」
「前も言ったと思いますけど、私は遥が思ってるほど善良でも優しくもないです」
そう思ってもらえるのは嬉しいですけど、と汐霧は続ける。
「人殺しの意味を知ったからと言って、殺したり殺されたりが嫌なのは大切な人だけ。そうじゃない人はどうでもいいです」
「どうでもいいってお前……」
「私が落ち目の時は遠ざけて、そうじゃなくなったら寄ってくるような人たちですよ? そんな人たちに何を思うことなんてありません」
「……はは、辛辣ぅ」
というかそれ、こっちにも刺さるんだよね。僕が汐霧に優しくしてるのってコイツが強くて役に立って可愛いからなわけだしさ。
「だから遥が必要って判断したなら、そう『使う』ことには反対しません。話があるのはその前です」
「前?」
「相談してください。どうせこういう手を使うのは結構前から決めてたんでしょう? その時に言ってくれてたらもっと確実に救えてました」
「はぁ?」
そりゃまぁ考えついてはいた。ミオを学院から排除する方法は限られてたから、割と早い段階で。
それはそれとして言ってる意味分からん。会話繋がってる?
「あのさ、今の話どこ行ったよ。お前どうでもいいんじゃないの?」
「私は、そうですね。でも遥は?」
不意に切り返されて言葉に詰まる。びっくりしちゃった。
それをいいように解釈したらしく、汐霧は淡々と言葉を続ける。
「嫌いなんでしょう? だったら極力やらないに越したことないです」
「……あのね。仮にそれが本当だったとして、そんな理由でお前に尻拭い押し付けるのは違うだろ。人の命は軽くても人を殺したって事実はすっごく重いんだからさ」
「あーもーぐだぐだうっさいです」
「もごがっ」
口に銃口突っ込まれた。はは、我怪我人ぞ?
「すっかり忘れてる馬鹿に教えてあげますけど。どっかの馬鹿曰く、私ってその馬鹿の相棒らしいんです。ならせめて一緒に埋めるくらいは手伝わなきゃ嘘でしょ」
「ぷはっ……相棒ねぇ」
「ちなみにこれ嘘だったら本気で拗ねます」
「……分かったよ。じゃあ次から言うからちゃんと手ぇ貸せよ」
「分かればよろしい」
汐霧はうむと頷くと頭に手を伸ばしてくる。ので、届く寸前でぺしっと払った。
「あ、こら。せっかく褒めてあげようと思ったのに何するんですか」
「黙れクソガキ。事務所を通せ。乳揉むぞ」
「ユズリハさんにはさせてたのに……」
「はは。僕って面倒くさい女の子は嫌いなんだよねぇ」
よいしょとベッドから出る。時刻は夜九時を回っている。流石に疲れたし、さっさと帰ってぐーすか寝よう。
ちょこまかと荷物を取ってきてくれた汐霧にありがとうして、外へ。帰路に着く。
「ちなみにミオさんにどうやって勝ったんですか? 後学のために聞きたいです」
「別に普通。戦技と武器六個と未来予測で初見殺し仕掛けてハメた」
「……普通とは……?」
「てかあれだ、一週間ずっとあのクソルールで戦い通すのちょー疲れた。しばらく振替で休みだし、今開放感すごいよ」
「でしたら今度の土曜遊びに行きません? 港湾区から歓楽街にかけておっきなお祭りやるそうなんですよね。咲たちも誘って行きましょうよ」
「お、いいじゃん。行こう行こう。ついでに昼間も遊びたいしプールとか行こうぜ。最近できたクソ広いとこあったでしょ」
「じゃあもういっそホテル取っちゃいます? あの辺確か温泉ついてるいい感じのところあったじゃないですか。あれ泊まりたいです」
「んー、いいけど男一人でお前らと外泊はちょっとなぁ。あ、梶浦と藤城呼ぼっか。カガリも合わせてさ」
「なら試験の打ち上げって名目がよさそうですね。来なかったら私が例の遠征行くの駄々こねるって言えば多分来るでしょ」
「はは、流石。脅迫は慣れたもんだね。藤城はノリいいから誘ったら来るし……そんじゃ明日は水着買いに行くかな。咲良崎たちにはお前から連絡しといて」
「ういうい」
その後、家に帰ったらクロハがリスカで風呂一杯に血を溜めたり僕の毛髪で指人形作ったりとかしていてビックリしたものの、僕は概ねいつも通りの日常に戻ることが出来た。
よーし、たくさん戦ったご褒美だ。明日からは遊び倒すぞ。