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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
異界化区画攻略作戦
161/171

正しい後輩の殺し方

「心月」

「わっ」


 頭蓋から受け取った撃力を掌底へ。強制的に距離を作る。

 ふわりと優雅に着地したミオを追撃――しない。その姿が消え、すぐ元いた場所へと現れる。空間復元(チクタク)による疑似転移だ。


 ミオにこうした崩しは意味を為さなさい。あるいは概念干渉クラスの攻撃なら話は別だが、今の僕にそれが出来るはずもない。

 ――だったら攻撃なんかに拘らなければいいだけだ。


「ッ、どこっ……!?」


 ミオは険しい表情で辺りに視線を這わせている。所詮本職は非戦闘職、見失っているのがバレバレだ。

 確かに復元中に限らず転移魔法は強力だ。しかし決して無敵ではない。コンマゼロゼロ数秒が勝負を分ける近接戦闘の世界――そんな中で体ごと視界が切り替わるのだ。敵を見失ったり状況把握のラグで動き出しが遅れたり、そうした致命的なリスクを山ほど伴う。


 だからこの魔法は使用者に天与の才を要求する。転移先の光景をブレなく描ける演算力を。周囲の情報を瞬時に掌握する処理能力を。それらを信じて躊躇なく動ける決断力を。


「そして、お前にはそれがない」


 地を這うような低姿勢で走りながら呟く。コイツは梶浦や藍染とは違う。復元の絶対性を盾にしているだけだ。

 そして今ので確信した。ミオの擬似転移には致命的な弱点がある。


 なればこそ、付け入る隙がある――。


 切り倒した木々と生徒たちの間を縫いながら音撃(カノン)を行使。少し離れた場所に三度。ミオが勢いよく振り返る――そうだ。たとえこれが陽動と分かっていても、お前はそこを向かざるを得ない。

 全方位に散っていた意識が一方向に固まった。それ以外は全て隙。つまり次の一手に限り、ミオの対処は必ず遅れるということ。


 今こそ勝負を仕掛ける千載一遇。

 僕はそこに転がっていたあるもの(・・・・)を拾い――ぶん投げた。


「行け――黒崎ミサイル!」

「!」


 ミオは素晴らしい反応速度で大鎌を振るい、それを防いだ。

 弾かれたそれは愉快な音を立てつつ地面を転がり、転がり、ようやく止まる。その正体に気付いたミオが驚きの声を漏らした。


「配下の人間を……!?」

「これが仲間の力だ! 伊庭ミサイル! 永瀬ミサイル! 石留ミサイル!」

「くっ!」


 僕は一秒だって同じ場所に立ち止まらず、倒れている生徒たちを片っ端から投擲する。あらゆる角度から迫るそれらをミオは防ぎ、躱して対処する。

 彼女は【チクタク】で逃げればいいのにそうしない。あれだけの高位魔法だ。やはり精神が乱れていると使えないのだろう。


 だが、これも今だけだ。なにせ生徒たちはミオにとってゴミ同然。人間がかっ飛んでくる絵面こそインパクトがあるが、一度冷静になられたらただのゴミ投げ。二度と混乱は望めない。


 失敗は許されない。

 一発で決めろ。一撃で殺せ。


「【チクタク】――!」


 粗方生徒を投げ終わると同時、ミオの姿が消えた。背後に気配。大鎌がまきあげる冷たい空気が肌を刺す。

 僕とミオの総合力に大きな差がない以上、武器の差は絶対的だ。かと言って無理矢理零距離に持ち込んでも復元で即リセット。意味がない。

 よって圧倒的に不利である――。


「僕が武器を持ってなければ、だけど」

「っ!」


 反転しながら放った軍刀(・・)の抜き打ちが大鎌の振り下ろしと衝突、火花が散った。ミオの表情が驚きに歪む。

 想定外の迎撃にバックステップを切るミオ。僕は即座に軍刀を刀擲術にて投擲、自身も追い縋る。

 ミオが大鎌で弾いた――瞬間、既に軍刀の位置を予測していた僕は空中でキャッチしている。空を蹴って加速、突撃。強引に。鍔迫り合いへと持ち込んだ。


 至近距離でミオが言う。


「予備の武器なんて持ってたんですね……」

「残念、ハズレだ」

「ならそれを壊せば――【ドクドク】!」


 身体強化からの強振。軍刀が砕け散る。

 慌てない。読み筋だ。同時に柄から手を離す。

 続けざまの薙ぎ払いを屈んで躱しながら、ちょうど落ちていた(・・・・・・・・・)武器をつま先で跳ね上げた。


「へえ、薙刀か」


 悪くない。大鎌とリーチで張り合える。ちょうど僕が使える武器だし。

 剣戟の質が急変する。打って変わって緩急のついた不規則な打ち合い。ミオは防御に徹しているが、意識が追いついてない。


「ゴミどもの持ってた武器を……!?」

「おいおい、何のためにばら撒いたと思ってるんだ?」


 彼らの意志は僕が引き継ぐ! ……おっと、逆か。

 そう、生徒たちを射出した理由はこのためだ。ミオの有力な復元場所となるところをカバーするように撒いてある。

 格闘戦となった時、一動作で彼らの持っていた武器を利用するために。


 ……半分は、だけど。


「まぁいい。正解のご褒美だ。死ぬまで喰らえよ」

「……!」


 大上段からの振り下ろし。弾かれた勢いのままにぐるりと回転、薙ぎ払い。ミオの姿勢が崩れた。

 追撃――しない。【ズタズタ】での姿勢回復と即時攻撃を予見(キャッチ)。ならばと跳躍、回避と攻撃の溜めを同時に完了する。一秒後にミオの大鎌が足の真下を切り裂いた。


 無防備を晒したその体へ、隕石さながらに振り下ろす。


「ちッ……!」


 直撃の寸前でミオが消失。僕の一撃は大規模な地割れを引き起こすに終わる。

 ミオはどこだ――直感のゴリ押しで居場所を見破る。考える前に体が動いた。左後方20メートルの地点へと壊れかけの薙刀を投擲。


 ちょうどいい。あれをやろう。


 地面をブチ壊して疾走、秒を跨がず最高速度に到達する。かっ飛ぶ薙刀に追いつきキャッチ、力任せに軌道を上へと捻じ曲げ跳躍。ミオの直上にて更に下へとベクトルを曲げて、全力で投げ下ろした。

 紅雛流刀擲術(よん)式・四砲八砲(しほうはっぽう)。投擲した対象を飛行中に投げ直すという技だ。


 自分がぶん投げた刀に追いつくとかいうイカれた速度が前提の馬鹿が考えた技だが、投擲とは本来直線的な軌道しかあり得ない攻撃手段だ。

 そこに未見のベクトルが加わるのだから、この技の対応は困難を極める。


「舐めないで!」


 ミオは【ズタズタ】で前面への防御を解除、大鎌を振り上げ薙刀を打ち払った。度を超えた無理の代償か、それで薙刀がバラバラに砕け散る。

 着地。生徒から武器を奪って装備。今度は手甲爪(カギヅメ)、暗殺者が手に嵌めて使うアレだ。暗器の類で扱いはそれなりに難しい。


 ミオが油断なくこちらを見ながら呟いた。


「ラッキーは終わりです」

「は? ラッキー?」

「私の鎌と同じ練度で扱える武器がいくつありますか? 付け焼き刃で私に敵うと思うほど先輩は楽観的じゃないでしょう」

「んー、そうだね。いくら何でもそりゃ無理そうだ」


 うんうん、全くもって正論である。

 では前振りも済んだところで第二幕といこう。儚廻流双爪術をご覧あれ。


 大鎌が来る。回避先への斬撃復元(バラバラ)置きによるセットアップ。リーチで勝る以上いつも通りの立ち回りをすれば勝てるという判断か。

 手甲(しゅこう)で大鎌の刃を打ち払う。瞬時にミオの体が消える。やばくなったら即【チクタク】で仕切り直し。本当に徹底した立ち回りだ。もしくは一回落ち着きたいのかも。


 うーん、確かにさっきの格闘戦じゃ僕は困ってたけどさ。

 今更それが通用するなんて、脳みそお花畑かよ。


「そこか」


 復元と同時に襲いかかる。第六感――正確には経験と五感の余剰部分の闇鍋による感知は何度もやってきた。いい加減学習しないのかな。されたら困るけどさ。

 転移直後の状況把握の一瞬を突いて先制。この武器はリーチも耐久力もないが、代わりに抜きん出た攻撃性能を誇る。懐に入ればこっちのものだ。


 乱舞、乱舞、乱舞する。素手による格闘に勝るとも劣らない怒涛の連撃。それでいてリーチは僅かに長い。その僅かがミオの防御に迷いを生む。脇腹をごっそり抉った。

 コイツが僕の格闘術に優位を保てていたのはしっかりと対策を立てていたからだ。一朝一夕では足りない時間を僕との戦闘に向けて収斂したからだ。恐らく鋼糸も同様にコイツに格闘術は通じない。


 だからこそ。想定外のこうした武器ならば突き崩せる。


 爪が折れた。次。

 拾ったのは特殊警棒。ただの棒と侮ることなかれ。人間工学に則って最適化されたこの武器は攻撃した箇所を確実に破壊する。

 その上で軽く、耐久性も尋常じゃない。トンファーと並んで軍警察御用達の優れた武装だ。


 大きく腕を振るう。大鎌ごと背骨を叩き折るつもりの一撃をミオはギリギリで回避する。もはや余裕は一切ない。思考のキャパがそろそろ限界のようだ。

 よって更に考えることを増やす。特殊警棒を投擲、バックステップから武器を取得。戦斧。使う――と見せかけてすぐさま投擲。たまにはこういうのもいいよね。


 四砲八砲を警戒して動きを止めたミオ。僕は次の武器を取得する。ナイフ。ここに来てなんか普通なの来たなぁ。

 再接敵しながら汐霧と藍染を想起。彼女たちのナイフ術を模倣する。精度75パーセント。十分だ。


 体の反射神経を連動させて瞬間加速を行使。最高速度の一閃を放ち、振り終わると同時にミオへとまっすぐ投擲する。躱された瞬間に加速、背後に回り込んでキャッチ、一閃。以上一秒。

 背中から噴き出す鮮血に紛れながら再び投擲、下から上へ。跳躍――三位一閃、四砲八砲を連結使用。あえて回転を加えたナイフを踵落としで蹴り投げて、同時にミオに蹴り掛かる。


「どうした? 随分辛そうじゃん」

「っ、付け焼き刃の武器で、何でそんなに強いんですか……!」

「話すと思う?」


 あ、でもその方が混乱させられるかな。やっぱ話そうっと。

 大鎌の柄を蹴りつけてくるくる着地。話す内容を少しだけ考えて、口を開く。


「『付け焼き刃の武器で』」

「……?」

「お前が言った言葉だよ。でも残念、僕にそんな武器は存在しないんだ」

「何を言って……」


 ハッタリだ。銃火器とかドマイナーな武器とか、苦手だったり知らなかったりする武器はいくらでもある。


 だが、何かしら一般的な名前が付いている武器なら自分で試せる。

 僕が戦ったことのある相手の武器なら模倣出来る。

 殺意によって洗練されたデザインの武器なら感覚で分かる。


 それらを総合すれば、そう。


「僕はあらゆる近接武器を使いこなすことが出来る」

「……嘘です。だって、ミオそれ知らない。ミオの知らない先輩なんてあり得ないのに!!」

「あっはっは。自分の武器(・・)を詳らかにする魔導師がどこにいるよ」

「ミオの知らない先輩なんて腫瘍です。切除します切除します切除します……」


 なんかぶつぶつ呟き出した。こっわ。

 けれどミオは傷だらけの体を復元させない。さっきの戦闘でも後半は転移を使っていなかった。ようやくか。


 あれだけ転移先を潰されれば安全な転移先など分からなくなるし、図らずしも煽れたおかげで頭から引くことを消せた。

 そして、そんなお前に朗報だ。この八方塞がりの状況におあつらえ向きのスキルを、お前はついさっき手に入れたばかりだろう?


「近未来戦闘予知……!」


 ミオの動きに鋭さが戻る。僕の有用な選択肢全てを潰すような動き。こうなると復元も再び使ってくると見ていい。

 だがミオ。言い忘れていたが、その戦技は未知に弱い。そしてこれはさっき言ったが、自分の実力(ぶき)を詳らかにする魔導師がどこにいる?


「近未来戦闘予知」


 故に精度において僕が勝る。

 連続転移による撹乱の嵐。僕は歩く。散歩でもするように。斬撃復元(バラバラ)の斬撃を一歩横に動いて躱す。掠りもしない。

 ならばと無限斬撃(ズタズタ)による力押し。出鼻を挫くように【ショット】をミオの足元へと撃発、地面を崩して無為にする。


 【ズタズタ】は性質上その場に留まり続けることになる。足場という土台を崩してしまえば姿勢の回復は望めない。

 術理さえ理解してしまえばこうして対処するのは割合容易だ。


 ミオのスペックは疑いようもなく高い。しかし戦闘者としてはどうしようもなく甘さが残る。復元なんて最強クラスの魔法を持っているのだ、不利な状況に慣れていないのだろう。

 しかし、だから彼女は魔法の弱点を隠せない。未知の技に対処も出来ない。戦闘中に覚醒も進化もしない。だってやり方が分からないから。


「それだけのことだったんだ」


 抜けた。嵐のような連撃を。

 一気に距離を詰める。

 ミオは【チクタク】で逃げようとして――その瞬間、目をカッ開いて頭を押さえた。


「あたまがっ……!」

「痛いよね、それ。分かるよ」


 近未来戦闘予知の反動。僕たちの不完全な予知ですらこの激痛だ。ほんと汐霧の脳みそってどうなってるんだろうな。

 およそ物など考えられないような不断の頭痛の中で、しかし僕は止まらない。ここから先の展開は読み切っている。もう脳みそがなくても支障はない。


 そしてこれがミオの【チクタク】の弱点だ。あの魔法は意識を継続している、つまり脳へのダメージだけは消せない。

 そりゃ転移するたび記憶が消える魔法など使えたものじゃないから当然だが、こうした状況では絶対に使えないのだ。


 肉薄した。拳の間合い。ミオは顔周りへ防御を集中する。顎や声帯さえ潰されなければ問題ないという判断だ。

 だから、僕の狙いはそっちじゃない。


「逝け――僕と一緒に!」


 大きく下から上へと撃ち抜いた。全力のアッパーカット。咄嗟に反応した腕ごと肺を撃ち抜き、大空へと打ち上げる。


「……ぁ゛っ!!」


 血を吐き吹っ飛ぶミオ。魔法は使えない。顎と違って時間経過で治るが、こちらを叩いても魔法は止められる。

 とはいえ相手はアリスの戦闘続行をトレースしている。この程度ではすぐ解ける。もっと魔法を止めるには――。


 僕はミオと共に上昇しながら、彼女の腹を思い切り蹴り抜く。

 血反吐と胃液を浴びるのを代償に口を開かせ、そこへと手を突っ込んだ。


「ぁがっ……!?」

「お前が即時復元できるのは一秒前まで。そしてインターバルは一秒だ」


 ぶちぶちと肉に歯が食い込む。だが抜かない。


「空間情報を『復元』する魔法。再生じゃない。時間依存ということ。こうして空にいたなら、その落下速度ごと復元してしまう」


 空間干渉は絶対的な干渉力を誇るが、代わりに融通が効かない。概念干渉との大きな違いだ。

 仮に普通の魔法による細胞の復元を行おうとしても、空間干渉でない以上治療には時間がかかる。その間は丸切り隙だ。それはそれで簡単に殺せる。

 上昇が止まる。嵐の前の静けさのような停滞の中で、僕はミオへと囁く。


「この高さだ。いくらお前でも十秒は止まる。だから僕は落ちるまでの間お前に魔法を使わせなければいい」

「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 ガリゴリと骨が削れていく。みしみしと軋んでいる。まぁあと数秒くらい持つでしょ。

 三秒――高度にして大体40メートルの落下衝撃だ。普通の魔導師なら制動掛けても即死する。アリスだって一秒くらいは止まるんじゃないかな。


 予知収束、未来は現実に具現した。

 ここは一本道の最終盤。あとは終着点まで落ちるだけ。


 さぁ、殺すぞ。


 ミオと二人、絡み合って落ちていく。激しい回転に上も下も分からなくなる。ミオを下敷きにするとか欲張りは諦めて、落下位置にだけ意識を向ける。

 ミオは僕の左手を噛み切ろうともがいている。今も昔もコイツはこういう時に絶対に諦めない。嫌いじゃないよ、そういうの。


 地面が迫る。凄まじい速度。二人分の魔力放出も焼け石に水。

 そして、ついにその瞬間がやって来る。


 墜落。


「がッ……はッ……!!」「……ッッぁ……!!」


 ――体が半分なくなった。そう思うほどの衝撃を受けた。

 濡れた雑巾を地面に叩きつけたような惨状。水は血で雑巾は僕たちだ。地面にめり込んでのたうち回ることをままならない。


 ……それでも。


「あぁぁぁあ……ッ!」


 まだ。


「シイィィィッ……!」


 お前が生きているから、立ち上がる。


 僕もミオも酷い有様だった。ぐちゃぐちゃのボロボロ。生きているのが不思議なくらいの重傷。

 全身の穴という穴から血を流し、まっすぐ立つことも出来ず、眼光だけをギラギラとさせている。


 お互い魔法も戦技も使えない。

 そんな余裕はどこにもない。


 次の一瞬。

 これが最後。

 やるかやられるか。


「ああああああああああああああッ!!!」


 ミオが大鎌を振るう。弧を描いて迫る死力を尽くした全霊の振り下ろし。

 僕は迎撃――しなかった。


「はは……」


 へらへら笑って、倒れ込むようにして真横に避けた。

 血溜まりに頭から突っ込んで、それきり動けなくなる。


「……は?」


 意味が分からないという声。

 これでは隙を晒しただけだ。時間を無駄にしただけだ。だってミオは少し無理をすればもう一撃放って僕を殺せる。少し休めば魔法が使えるようになるのに。


 でも、これでいい。

 これじゃなきゃミオを殺せない。


 だって。そこは、既に。


「僕の領域だ」


 ――ぞぶり、という音が響いた。

 鋭い刃物が肉を抉る特有の音。振り下ろされた大鎌の先端から。


 僕ではない。当然ミオでもない。では誰か?

 それは僕も分からない。


「がっ……ぁあ……ごぶッ……!」

「……あれま。黒崎だったか」


 腹に刃が深々と突き刺さっている。僕やミオでなければ明らかに致命傷。

 運のない奴だ、可哀想に――こんな試験で死ぬことになるなんてさ。


「先輩の駒……? どうしてこんなところに……」

「逆……僕たちが、彼の近くに落ちてきたんだよ。ところでミオ、覚えてるか?」

「……?」

「この試験さ、人殺しはご法度なんだよ」


 その瞬間、ミオの端末から拘束魔法の鎖が伸び、ミオへと絡み付いた。

 消耗しているミオは振り解けない。まだ魔法を使えないらしい。まぁ、こうなってはもうどうでもいいことだけど。


 転移魔法の光が四つ。フル装備の教官たちが現れた。彼らは黒崎の搬送とミオの拘束を進めていく。


「触るな! 離せ!」

「常盤澪。ルールへの抵触行為により試験資格を剥奪、拘束する。大人しくしろ」

「っ先輩、まさかこれを狙って!」

「さぁ、ね。何のことだか」


 その通りだ。ミオを攻撃で殺せないと悟ったあの瞬間から、僕はこの結末だけを狙っていた。

 ミオはムラクモ。どんなに上手く偽装してようがこれだけ暴れれば勘づかれるに決まっている。そしてここは未来の正規軍幹部(エリート)の育成機関だ。


 ムラクモの人間は元々が危険人物、生徒を傷つけるような人間は情状酌量の余地なく退学させられる。梶浦から耳にタコが出来るほど注意された僕が言うんだから間違いない。

 ミオを学院という場所から殺すにはそれしかなかった。


 だから僕はそうなる状況を作り出すことにした。


 いろんな武器や戦技で考えることを増やして脳みそのキャパを奪い、近未来戦闘予知とその反動のタイミングを絞り込んだ。

 そうして隙を作り、墜落という唯一復元でも回復できない攻撃が通る展開を作った。

 流石に落下地点までは絞り切れなかったから、可能な限りの範囲に生徒をバラ撒いておいた。生徒たちを投げまくったもう半分の理由がそれだ。


 結果、ミオは魔法を封じられ、大ダメージを負い、黒崎に気付けなかった。

 仮に気付いても大鎌を止められるだけの力が残っていなかった。


 ――そうと分からない地点で一本道に引きずり込み、ハメ殺す。

 ああ、そうしたよ。


「……くそ。くそ、くそ、くそ! もうちょっと、あとちょっとだったのに!」

「教官、その危険人物を連れて行ってください」

「……今回は私の負けです。でも諦めませんからね」

「早く。僕も殺される」


 ミオ、黒崎が教官たちの転移魔法の光に包まれ、消える。後には彼らの端末だけが残った。

 ……さ、やることリスト最後の二つだ。


 僕は動かない体を引きずって彼らの端末と、倒れている生徒たちの端末を回収していく。

 やがて全て回収が終わり、端末喪失の転移魔法で生徒たちが消える。一人残った僕はもはや立ってられず、その場に倒れた。


 これだけのポイントがあれば確実に一位を獲れる。留年を回避するには充分すぎる成績だ。

 ……このまま終われば、だが。


「やることリスト最後の一つ……」


 僕はふらふらと立ち上がる。

 周囲をいつの間にか十数人もの生徒たちが取り囲んでいた。


 僕やミオの配下にならず、運良く狩られず隠れていた生徒たち(ハイエナども)。漁夫の利を獲りに来たのだ。

 この試験は勝者総取り。ここで負ければ全てが水の泡になる。


 ――試験終了まで、あと一時間。


「最後まで生き残る」


 生徒たちが襲いかかる。

 もはや策も何もなく、僕は迎え撃つ。


 尽きかけの死力を振り絞った、僕の最後の戦闘が始まった。

エゴサしてたら嬉しいの見っけたから書いた。

試験編はこれで終わりだよ

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― 新着の感想 ―
[一言] お忙しい中更新お疲れ様です!! 遥が生徒達投げ出しててびっくりしました斬新な戦い方…と思ったら考えがあってのことで流石ですね…。色んな武器を使う絵面絶対かっこいいですよね、映像を想像したら…
[一言] 半年ぶりの更新! お疲れ様です。 試験編最初から読み直しまして、 戦闘の描写がやはり凄まじいですね。 これだけハルカが死力を尽くし、能力を制限されていたとはいえその中で切れる手札も全部切っ…
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