期末試験、最終日
一ヶ月空いたね。ごめんね。ポイントありがとうね
分からないことあったらなんでも感想で聞いてね
何もなくても感想書いてね。おいにげるな
演習場に最後の朝日が昇る。
汗と土、血垢の酷い臭いが充満する拠点。
気絶するように眠るみんなから少し離れて、僕は三日坊主の最終日となるだろうラジオ体操をこなしながら昨日のことを思い返していた。
「はは、流石に無理させすぎたかぁ」
回数にして十三回。削れた人数は三十一人。こっちは生贄と脱落者が合計七人で残り二十人。
予定よりは少ないが、最後まで付いてきてくれただけでも御の字だ。よく頑張った方だと思う。
それでも敵の残りは五十人と、およそ2倍以上。当然まともに戦っても勝てない……とはいえここで更に削りに行けば疲労を抱えたまま決戦を迎えることになる。この分だと立つことすらままならないと思う。
もちろん決戦までの時間を全部休息に費やしても疲れは残るだろうが、そもそも彼らに戦力として期待はしていない。人数揃えて立ってさえいればそれでいいのだ。
そんなわけで現状はまずまずだ。
あとは僕の頑張り次第。
つまるところいつも通りである。
「あとはミオをどうするか、か……」
勝ち筋はいくつかあるにはある。例えば顎を砕くとかや声帯を千切るとか。
高度な魔法ほど発声による自認のプロセスを飛ばせない。イメージの強化と固定なしでは魔法が発動しないし、何なら暴走して自滅する。
ミオを倒すなら空間復元を封じるのは必須。いくらなんでも今挙げた二つのような致命的なのを狙う隙はないだろうが、それでもどこかで声を奪う必要はあるだろう。
あとはまぁ、逆に使わせまくって教官からストップ入れさせるとか、まともに戦わないとか、ルール違反をさせるとか、要するに搦め手の類だ。その辺全部得意分野だったのは幸運だったな。
あとは近未来戦闘予知。前回は上手くいったが、あいつとて一流の魔導師だ。対策はしてくるはずだ。
汐霧ほどの演算能力があればその場でまた予知を組めるのだろうが、あいにく僕の脳みそは平々凡々だ。動きのパターンを変えられたら的中率は一割も維持できないだろう。
汐霧が初めてあれを使った時は、確か未見の戦技を三十個くらい使って予知を上回ったんだっけな。
そのうち二十九個は予知され避けられたり不発にされたりしたが、三十個目の指パッチンでついに限界が訪れた。
ミオもムラクモであるからして、知らん戦技の十や二十は持ってるだろう。同じように破られないと思うのは楽観が過ぎる。
とはいえ強力な戦技であることに変わりはない。成立さえすれば瞬間的な有利を取れるから、警戒されてない時とか見つけて工夫して使おう。
「うーん……どう殺したもんか……」
「朝っぱらから何を物騒なことを宣言してるんだ……」
「あ、あはは……」
声に振り向くと、ここ数日に限れば汐霧の顔より見た黒崎と伊庭の顔。
てっきりコイツらも気絶していたと思ってたが、割りかし元気だ。生かさず殺さずってのは思ったより難しいんだなぁ。
「やぁお二人さん、おはようさん。今からデート? 僕外そうか」
「違う。この試験も今日で終わりだろ。だから、お前に礼を言いに来たんだよ」
「僕にお礼?」
コイツらになんかしたっけ。
うん、したわ。してたわ。
コイツら視点だと僕めっちゃいいことしてるわ。
「ふむ。いいよ。たくさん褒めてくれ」
「……いい加減にその言動も慣れてきたな」
「まぁまぁ黒崎くん。えっとね、私たち、儚廻くんがいなかったらとっくの昔に落ちてたと思うんだ」
「やーいざーこざーこ!」
「どころかお前は寝込みを襲った俺たちを仲間に迎えてくれた。……今回の試験は事情があっていい評価を残さなければならなかったんだ。本当に感謝してる」
あれま、本当に煽り耐性ついてるっぽい。まぁあの汐霧にすらついたくらいだしな。男子三日会わざればってやつなのか。
となると汐霧も男子ってことに……? 確かに四捨五入したら……うん……。
「つまり貸しだね。僕は貧乏学生の味方だから、返済はカラダでいいよ」
「言われなくても、そのうちきっと返してみせる」
「うん。私たちにできることなら何でもやろうって二人で決めたの!」
「はは、体でって言ってんのにその返しはカップルとしてどうなの? やだ、あなた達の風紀乱れすぎ……?」
「だってお前、口だけだろ。実際にそういうつもりもないくせに何を言ってるんだ」
う、うーん。なんだかすっごく信頼されてる。知り合って数日なのに。能天気だなぁ。
それはそれでいいことだし、それなりに羨ましくはある。だが、向ける相手を致命的に間違えてるんじゃないかな。
まぁいいや。
僕には好都合だし。
「頑張って勝とうね!」
「ああ」
「はは、だねえ」
◇
そして正午の鐘がなる。
太陽の夏日が決戦の時を告げる。
演習場の中心。二つの勢力が横列展開して向かい合っている。
ボロボロの僕たちと、万全の状態で待ち構えるミオたち。
鏡合わせに、号令を下した。
開幕だ。
「総員、戦闘態勢!」
「全部隊、突撃準備」
開幕。
同時、ミオの勢力がまっすぐに突っ込んでくる。
小細工なしの総攻撃。
数の利を最大限に活かした行動。
これ以上なくシンプルなそれは、崩しがたい堅牢さを兼ね備えている。
「横列展開! 急げ!」
敵の狙いはこちらの包囲、それからの殲滅だ。正面に割り当てられた二十人が僕たちの動きを制限して、その間に残りが包囲する。
そうして僕たちの逃げ道を絶ったところをミオが蹂躙。そんなところだろう。
それが即座に成立するのを防ぐための横列展開。しかし一人一人の距離を開き過ぎると今度は各個撃破の的になる。そうならない程度には密集させなければならないため、どのみち包囲は時間の問題だ。
更に言えば個人の戦闘力でも敵の方が上だろう。昨日の無茶な強行軍のせいでこちらの疲労は限界に近い。ミオが僕の打倒を目的としていなければ、包囲する必要すらないくらいだ。
現実とともに再確認。
部隊戦で勝ち目はない。
よって方針の変更はなしだ。
「各自その場で結界魔法を起動! これより二十秒が肝だ。何としてでも持ち堪えろ! 伊庭、黒崎、話していた通りだ。任せる!」
「うん!」
「やれるだけはやってやる! そう長くは保たないからな!」
黒崎の言う通り、守りに徹してもジリ貧だ。一分だって保たないだろう。
だが2倍以上の敵数とはいえ、こちらだって二十人と頭数は揃っている。互いの穴を埋めるように防御に専念すれば一人一秒くらいは何とか保つ。そのはずだ。
故に――ここが勝負の分水嶺。
指示を出すと同時、僕は空中に【ショット】を撃ち放った。
同時、僕の顔に影がかかる。空中からの強襲――それに対するカウンター。魔力弾が襲撃者に到達し、
「【チクタク】」
撃ち抜く寸前で、影が後退した。
空間復元による疑似的な時間遡行、近距離転移。そんなことが出来るやつはこの場に一人しかいない。
「約束ですようせーんぱいっ! あァそびーましょー!」
再び降ってくるミオ。繰り出された斬撃をバックステップで避ける。
やはりこのタイミングで来るか。つくづく僕が嫌がることしかやってこないな。面倒ったらありゃしない。
「……は、そうだな、約束だ。かかってこいよ。殺してやる」
「言われなくてもぉ!」
やはり動きが違う。このままでは予知を使えない。
幸いミオはそれほど警戒していないように見える。お互いの状態がニュートラルで、どんな技でも致命打になり得ないからだ。
その判断は正しい。
だからこそ、使うのは今を置いて他にない!
僕は左手から再装填した【ショット】を、右手から黒崎たちに使った指方向性をつけた音――音撃と呼ばれる戦技を、それぞれ地面と目の前に撃ち放つ。即席の煙幕と音響爆弾が束の間辺りを支配する、
もちろんムラクモの魔導師にそんな目眩しは通用しない。僕の気配を鋭敏に察知し、あたかも見えているかのような斬撃を放ってくる。
だが、それらは全て最善手だ。
最も効果的であるからこそ、最も読み易い。
視覚と聴覚を封じたのはミオにそれ以外の攻撃をさせないためのもの。
その結果出てくるのはミオの最も信頼する動作、即ち僕の知るコイツ本来の動きと遜色ない。
ここまで制限できたなら、使える。
「近未来戦闘予知、起動」
目の前の景色がブレる。
限りなく正確な、ありもしない未来の光景が眼球に刻まれる。
恐ろしく鮮やかなそれが、現実の全てを塗り潰す。
ミオの斬撃が到達する。
その軌跡が灼けたように光を放った。
見えた。
行ける。
紅雛流刀術・応用編。
弍式二心、参式三日斬月――合成戦式。
「心月」
「うふふっ、【ズタズタ】ァア!!」
激烈な衝突音。
後を追う火花。
無限の斬閃が狂い咲く。
大鎌が大回転する。軍刀が疾走する。
継ぎ目なく襲い来る斬撃を、僕は片っ端から弾いて受け流す。
弾き飛ばされる度により速く、より鋭く、ミオは大鎌を回転させる。
十。
互いに拮抗。
二十。
僕の腕からめきりと嫌な音が響く。
三十。
捌き損ねた斬撃が僕の体を削り始める。
「あははははははははっ! 弱い、弱い、弱いですよハルカ先輩!」
「チッ……!」
斬撃が予想以上に速く、重い。
防御が追いつかず、更にはその防御自体が破綻の秒読みに入っている。
ごく僅かな先に訪れる未来を変えるために、僕は必死で思考を回転させる。
通常武器による攻撃は速さと威力が反比例する。しかしミオの斬撃はその二つを両立したままどんどん強くなっていく。物理的には絶対にあり得ない。魔法の効力だ。
ミオの得意とする魔法は復元。時間的、空間的な作用を主とする。過去の自分を復元しても経験や思考はなくなったりせず、そのまま。
ここまで要素が揃えば自動的に答えも出る。攻撃が終わるたびに自身の体勢を攻撃前のものに『復元』している――考えつくのはそんなところか。
攻撃後にすぐ攻撃前の自分を復元すれば、隙をなくして、そのまま次の攻撃に動きを繋げられる。
後隙も予備動作もない全力攻撃の無限ループ。
それが【ズタズタ】とやらの正体だ。
土煙がが晴れる。
音撃の残響が消える。
限界に達した両腕が軍刀を取り落とす。
ミオの大鎌が大きく翻る。
壊滅寸前の黒崎たちが視界の端に映り込む。
――条件が揃った。
そのことを悟り、僕は吠えた。
「今度は、こっちの番だッ!!」
足元に落ちてきた軍刀。その柄頭を超音速で蹴り抜いた。
紅雛流刀擲術参式・三位一閃。何てことはない、刀を腕以外で投擲するだけの奇襲技だ。
だが、足で。それも超音速で。そうして巨大な刃物が零距離から飛来してくる。
いくらミオがこの技を知っていようが、完璧に防ぐのは不可能に近い。
「ぐっ!?」
その目論見通り、ミオは攻撃をキャンセルして軍刀を叩き落とした。
ペースが崩れたその一瞬で、僕はミオとの戦闘を離脱した。
黒崎と伊庭の隣に着地する。二人、そして他の全員の消耗も激しい。もう当初の半分も残っていない。
包囲陣は狭まり切っていて、全員の表情が分かるくらいだ。
……ああ、知っていたとも。
ミオの支配下といえど、個々の能力は素人丸出しの学生程度。
包囲時の正しい詰め方など知らず、どころか洗脳の影響で本能的に寄ってくると。
僕は片膝を突き、右手を地面に突き刺した。
そして、叫ぶ。
「心月――」
心月。
二心と三日斬月の応用戦技。
斬衝撃を操作する二心の術理にて、僕とミオの剣戟の全ての衝撃を体内に蓄積し続ける。
そうして得た全ての力を、斬撃を撃ち出す三日斬月の術理で全方位にブッ放す。
女王サマの力で吹き飛べ、雑魚共。
「――全、解放ォォッ!!」
解放された衝撃波が、大地ごと全ての敵を切り裂いた。