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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
異界化区画攻略作戦
157/171

期末試験4/5 a

リハビリ

◇◆◇◆◇



「どうしてお前は僕を先輩と呼ぶ?」


 いつか僕はミオにそう聞いたことがあった。

 あれはそう、四年くらい前、市街地でゲリラを狩っていた時だったか。


 先生たちとはぐれて、ミオと二人きりになって、よりにもよって当たり(・・・)を引いたのが僕たちで。

 どうにかこうにか皆殺しにして、見せしめにする死体を弄っている間がどうにもこうにも暇だったから。だから聞いたのだったか。


「……え、え? 先輩、あ、ご、ごめんなさい! わた、ミオ、また何か……」

「してない。いちいちビビるな、面倒くさい」

「あ、あう……」


 ミオが先輩と呼ぶのは何故か僕だけ。先生のことは隊長と、トキワのことは先生と。氷室のことは君付けで、クロハのことはちゃん付けで、後はみんな呼び捨てだった。

 それなりに気になっていたことで、けれど結構どうでもよかったことだから、雑談のタネにはうってつけだったのだ。


「……お、怒りません、か?」

「セツナの話題じゃないなら僕はまず怒らない。それとも怒って欲しいのか?」

「そ、そうじゃない、です」

「そう」

「……は、ハルカ先輩は、ミオ……あ、じゃなくて、わた、ミオは……に、人間ですから……」


 意味分からん、とミオを見ると、彼女は大きく肩を跳ね上げた。


「ひうっ。ミ、ミオ、そう、ミオは……人間で、トキワ先生に、あ、あ、ハルカ先輩みたいに、先生の、その」

「……落ち着けよ。誰も急かしたりしてない」

「ご、ごめんなさい! えと、ミオがここに、ムラクモにいるのは、トキワ先生の後を継ぐためで……その、それは、ハルカ先輩と一緒で!」

「……はぁ。僕とお前が同じ目的の道具だからってこと?」

「そう……ですけどっ、それだけじゃなくて! その、後を継ぐのは、人間じゃないとできなくて、それは、人間は、ムラクモじゃハルカ先輩だけだから……」

「は、その言い方だと他の連中は人間じゃないって言ってるみたいだな」


 冗談混じりの軽口。

 しかし、ミオはこれに大真面目な顔をして頷いた。


「は、はい。そういうこと、です」

「……へえ?」

「あ、あ、だって、だってアリスさんは獣で、シグレさんは刀で、フブキくんは天才で……みんなすごいけど、でも、人間じゃない……」

「人間じゃない、か」


 その頃にはもう、アリスは『獣』として、シグレは『刀』として完成されていた。

 それらはムラクモに属した人間の末路。あそこまでの完成度は滅多にお目にかかれないが、型としては至極ありふれたものだ。


「……で、僕は違うって?」

「えと、は、はい」

「根拠は?」

「せ、先輩、やっぱり怒って……」

「ないから早く」

「――ハルカ先輩は心が生きてるから」


 絶えず震えていたミオの声が、しんと響いた。

 カチリ、という人格が変わる幻聴が響く。


「変質することなく変化を続けていくこころ」


 おぞましい力で首を掴まれ、引き寄せられる。


「苦しみと痛みに打たれて輝く可能性の光」


 まっすぐ覗き込んだ瞳が、弱々しかった眼光が、鋭さを増していく。


「望むと望まざるとに関わらず、あの魔女(トキワ)に見染められた時点で『ミオ』の結末は決定している」


 ギチギチと込められた力に爪が割れ、首の肉が裂ける。

 二人分の血が垂れ落ち、足元でドス黒く混ざり合う。


「あなたはわたしが進む道の先を征く者。あなたがいたからこそわたしはそうした生き方で()りたいと望むことができた」


 ミオの口が大きく裂ける。

 零距離からギラギラ、ギラギラと。


「――それがあなたを先輩と呼ぶ理由です。ハルカ先輩」


 息苦しくなるような、深い海の色の瞳が。


 ……それがゾッとするほどに美しかったから、僕はついつい口走ってしまったのだった。


「お前、綺麗な目をしているね」


 ミオは嬉しそうに笑って、右目に指を這わせた。


「じゃああげます」


 瞳の色と正反対で、その裏側は狂おしいほど赤く赤く濁っていた。



◇◆◇◆◇



 朝日が昇る。

 僕はゆっくりと起き上がり、伸びをした。


 うーん、よく寝たな。そのせいか随分と懐かしい夢を見た。

 あの時もらった目玉はどうしたんだっけ。食べたか踏み潰したかだと思うが……うん、多分食べたんだろう。僕はいつだって優しさの塊だからな。


 さて、早起きは三文の徳と言う。

 せっかくだしラジオ体操でもしよう。

 音源はない。ので、歌おう!


 そうして、およそ前時代から引き継がれてきたとされるあの音楽を口ずさんでいると、すぐ側の木に身を預けていた黒崎が目を開けた。


「……狂ったのか?」

「や、いい朝だね。一緒にラジオ体操する?」

「誰が……」


 つれなくそう言う黒崎の目は、ほんのりと充血している。

 良かった。僕がうるさくしたから起きたんじゃなさそうだ。


「さては枕が変わると寝られないタイプ?」

「普通の人間はな、寝首を掻かれるかもしれない状況だと熟睡できないんだよ……」

「ああ、じゃあ僕のせいか。ごめんね〜」


 彼が言う通り、僕たちの他にも各々身を休めている生徒が二十人ちょっといる。言うまでもなく昨日取り込んだ連中だ。

 あの後、彼らのうちほとんどは僕とミオの戦いを見てくれていたようで、それ以外の数人を適度にやり込めるだけでみんな傘下に入ってくれた。無茶をした甲斐があったというものである。


 それから全員で固まって移動して、手付かずの物資をいくらか回収して、新しく拠点を作って今に至る、と。


「……一つ聞かせろ」

「趣味は女装です。きゃあ!」

「……お前は……ずっと力を隠していたのか。馬鹿のように振る舞って……この試験が始まってから……いや、もっと前からずっと……」

「まっさかぁ。ちょっぴり遅めの成長期が来ただけだよ」


 へらへらと笑うが黒崎は納得していないご様子。そりゃそうだ。

 答えてやる義理はないが……コイツもいつもより早起きのようだし、三文程度はくれてやるか。


「汐霧と組むようになってさ。どうにも前までの僕だと実力不足だったから、頑張って強くなったんだよ」

「……それを信じろって?」

「ご自由にどうぞ〜。ただ、Aランクの現場は想像を絶する場所だってことだけは言っておく」


 これはマジ。みんな倫理観が幼稚園児なせいで空間とか概念で積み木遊びするから。

 なので僕はにっこり笑って、ビシッと親指を立てた。


「高みで待ってるぞ、少年!」

「殺すぞ」

「あはは」

「もういい……それより、他の連中は本当に大丈夫なんだろうな?」


 新しく加入した彼らが僕たちを狙わないか、という意味だろうか。


「んー、少なくとも今はね。ミオっていう共通の脅威がいるし、僕たちはみんな大してポイント取れてないでしょ?」

「……昨日のお前の戦いぶりを見ていれば、あれほどの戦力と1、2ポイントでは釣り合わないってことか」

「そゆこと。だからミオを倒すまでは大丈夫ってわけ」

「なるほど……」


 今まであまりポイントを取りに行かなかったのは、こうして他の連中と組む場合に背中を刺されるリスクを減らすためでもあった。

 仮に僕たちが高ポイント保持者だったら、仲間になったフリして隙見て襲ってくるようなカスが何人かいたんじゃないかな。


「ただ問題はそのミオなんだよね。ぶっちゃけあれだけ空間干渉使ったらレギュ違反で退場するんじゃないかなって思ってたんだけどな……」

「あれは……反則だろ。あんなのどうしろって言うんだよ」

「空間干渉には空間干渉じゃなきゃ対抗できないのにね。ほんと教官連中は何考えてるんだか……」


 どーせ学院長辺りが手を回したんだろうが。アイツなんでか知らんが僕に期待してたしな。

 奴からすればこれは千載一遇の僕が力を使わざるを得ない状況だ。無理矢理にでも維持しようとしたって不思議じゃない。


 それにしても、はは。


「……自画自賛ばっかしててクッソ気持ち悪いな僕……」

「は?」

「こっちの話。ま、ミオはちゃんと何とかするよ。信じてくれると嬉しいな」

「……俺たちにはそれしかないんだ。頼んだぞ」

「はいはーい。お任せあれ〜」


 即死以外ノーダメにできる魔法持ちに、不殺というハンデ付き、インチキ技なしの縛りありで勝利する。

 まぁ、無理ゲーだけど出来なくはないだろう。多分。悲しいことにこういうの慣れてるもの。


 そのためには……


「……? なんだ」

「ううん、なーんにも」


 コイツらをちゃんと活かしてあげないと、ね。



「じゃあ作戦を説明するよ」


 二時間後。僕は『仲間』を集めた前でへらへらと笑い、口を開いた。


「試験終了は明日の午後18時。勝負をかけるのはその6時間前、12時とする」


 可能なら夜戦から乱戦に持ち込みたいのだが、出来ないのでは仕方がない。今日仕掛けるのは流石に諸々の準備が足りてないしな。


「その時間から逆算して、決戦までに残された時間はおよそ30時間。その中で勝ち目0パーセントな現状をどうにかひっくり返さなきゃならない」


 二年生の総数は現在200人ちょっと。そのうちここにいるのは僕を含めて27人。

 流石にミオがその他全員に魔法を掛けたとは思えないし、今に至るまで何人かは脱落してるだろう。その辺りの事情と前回見かけた人数から、今残っているのはおよそ7、80人程度じゃないかな。


 結局のところ戦いは数だ。僕とミオが拮抗していて個々の力に大差がないのでは、どう足掻いたって勝ち目はない。


「だから今日は相手の戦力を削ることに専念する。今日中に最低でも半分、40人は落として敵の力を削ぎたい。基本戦術はヒットアンドアウェイで、状況によってまた指示を出していく。しっかり聞いて従ってくれると嬉しいな」


 へらへらと笑うが、誰も彼もが真面目にむっすりと押し黙っている。

 見るからにみんな不満げだ。僕の下につくのがよほど屈辱的らしい。いくら実力差を示しても、そう簡単に感情は追いついてこないってことだろう。


 そんな切り替えがヘタクソな彼らへ臨機応変に、と言っても無理だろうから、その辺は僕が受け持つしかない。まぁ想定内ではある。


 ここで忘れてはいけないのが、彼らは本心から僕に従っているわけじゃないということだ。

 彼らは僕の戦闘能力を見て、正面からでは敵わないと思ったから渋々従っているだけ。狙撃戦や隠密行動など、それ以外の各々が得意にしている分野では依然として自分が上だと思っているんじゃないだろうか。僕の元の評価ゴミ捨て場だし。


 つまるところ、そういうプライドがある分野で指示を出しても従ってくれない可能性が高くて、かと言って不得意な分野の仕事ばかり割り振れば個人の適性を見る目がないと思われやっぱり指揮を無視されかねない。うひぃ、めんどくさいザマスぅ!


「……じゃあ頑張っていこう! おー!」

「「「…………」」」


 ふぇえ……。

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