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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
異界化区画攻略作戦
154/171

期末試験2.5/5

 物資コンテナの投下地点では既に戦闘が始まっていた。

 散発的な銃声、生徒達の移動に伴って微かに揺れる茂み、複数人の気配の情報が耳に届く。


 この辺りは巨木だらけのエリアなので、適当な木の陰に隠れて辺りを窺う。

 そうしていると、黒崎が僕を睨み、言った。


「……お前が愚図ったせいで出遅れただろ。どうしてくれるんだよ」

「まあまあ。ほら、残り物には福があるって言うじゃない?」

「どうしよう。これ、諦めて他のところに行った方が……」


 伊庭は戦闘を避けたいらしく消極的だ。初日の敗北を大分引きずっているらしい。

 確かにそれもなしとは言い切れない、が。


「それはやめた方がいいんじゃないかな。一番近かったここでこうなってるってことは、他だとガチ戦闘の真っ最中か、最悪もう終わってるって見るべきだと思うよ」

「お前、誰のせいだと思って……」

「あはは、バレた。で、どうしよっか。戦闘が激化するまで待って、優勢な方を先に仕留める感じがいいと思うけど。どう?」

「……更に人が集まって来たらどうする」

「その時はその時。きっとなるようになるさ」


 とはいえそうはならないはず。なにせこんな様子見の段階、いつ終わるとも分からない。それなら他所に行った方がよほど効率的だ。

 来るとして数人とかそのくらいじゃないだろうか。だったら逃げるくらいは何とかなると思う。


 ……なんて思っていたんだが。

 ちょっと、様子がおかしいな。


「すぐ戻る。二人はここで待ってて」

「え?」

「おい……!」


 気配を消して跳躍。木々を乗り継ぎ、戦場の中心、物資コンテナのすぐ側に降り立つ。

 ……やっぱりだ。銃声、人の動く音、どれも非常に規則正しい。一見して分からないようバラしてはあるが、それでも戦闘の根底に共通性がある。まるで一人の人間による演奏のように。


「擬似餌……か?」


 いや。黒崎や伊庭を学生の平均と考えるなら、出来るはずがない。ここまで息の合った偽装行動は並大抵の練度じゃ不可能だ。

 梶浦が指揮を取れば出来るだろうが……例から分かる通り、そんな人間はそもそもこの試験を受けていない。


 ……誰かが実力を隠していた?

 それか……まさか、ね。


 とりあえず確認は出来たので、行きと同じルートで黒崎たちのところに戻る。


「お、お前……何を考えている!?」

「ちょっと索敵してきた。謝罪は後でするからまず聞いて」

「ど、どうしたの?」

「ここ、もしかしたらやばいかもしれない。一旦引いて別のところに行った方が――」


 そう、言い終わるより早く。

 僕は二人の制服を掴んで地面に引き倒した。


「ちょっ――」

「わっ……!?」


 直後、僕たちの背を預けていた大木が紫電を纏った弾幕に貫かれ、へし折れる。

 気付かれたか。


「おい……儚廻、これ、お前気付かれたんじゃ」

「次来るよ。早く立って」


 そんなこと言ってる場合かと危機を促す……フリをして責任の所在を全力で誤魔化す。

 だってこれ、黒崎の言う通り間違いなく僕が気付かれたせいだもの。より正確に言うなら僕が気付いたことに気付かれた。はは、ちょっと軽率すぎたかな。


 敵の数は五。少し離れた場所で様子見しているのが二。こっちは今は気にしないでいいな。

 撃ってきているのは魔法がほとんどで、初級魔法の【ショット】や低級魔法の【バレット】……消耗が少ない魔法ばかりだ。


 僕たちは襲われた場所から移動して、別の大木に背を預けている状況。位置はまだバレていないが、時間の問題だ。

 グレネードの類がないのは不幸中の幸いだが、周りには足場となる木の枝が無限にある。攻めてこられたら守るのは難しいだろう。


 あくまで守るのは、って話だけど。

 うん、多分いけるな。


「右前上方二、右前下方一、左前上方二」

「え?」

「十秒後に散開、二人は後ろに下がりつつ左側を牽制。一分くらいでそっちに右側三人を追い立てるから挟撃しつつ合流、左側を殲滅する」


 言いつつ、頭の中で条件を再確認する。


 一、人間の範疇に収まる力で。パンドラアーツの身体能力や戦闘術はなしだ。

 二、損耗前提の攻撃は控えめに。出来るだけ無傷に抑えること。

 三、後ろの二人も極力使うこと。指揮官としての技能が評価されるはずだから、ワンマンにならないように。


 ――以上。


「む、無理だよ! それが本当なら、今は三すくみってことでしょ!? そういう時は先に動いた方の負けって先生が……!」

「冷静に考えて不可能だ。数も場所も不利なんだぞ。時間をかけて少しずつ優位を重ねていくべきだ」

 

 耳に届く二人の声を意識の外に追いやりつつ、僕は木の幹に手を当てる。

 僕ら三人がすっぽり隠れられるほどの(おお)きさ。密度も充分、下手な合金の数倍は硬い。


 うん、いい遮蔽だ。敵も僕たちがこれを捨てるとは思わないだろう。

 さっき僕に気付いたくらいだ、敵も気配での索敵くらいは出来ると考えた方がいい。黒崎が言う通り位置的な優位も取られている。安易な特攻は少し危ないか。


 じゃあ、これならどうだ?


「紅雛流刀術、壱式――」


 軍刀を握る。

 シグレの姿を想起する。

 あの鋭さと美しさを強く、強く。


 ムラクモ時代にコピーした紅雛流刀術、終始二技と奥伝十技。

 その一つの名を音として結び、幻想に形を与えた。


「一閃」


 キン、と納刀。

 コン、と鞘で木の幹を叩く。


 それが合図だったかのように、巨木がぐらりと傾いた。

 周りの木々を巻き込んで、破滅的な音を立てながら倒れていく。


 紅雛流刀術壱式『一閃』。

 理想的な速度で、理想的な軌跡を描き刀を振る。紅雛の礎にして極、一にして全なる技。


 無論、速度も威力もシグレには及びもつかないが。

 それでも、目の前の巨木程度はいとも容易く。


「おい……おい!? なんだ、なにを……!?」

「十秒。行くよ」


 告げて、飛び出す。

 幾つもの敵意が僕へと集中する感覚。

 集中砲火が、来る。


 ――その寸前で、切り倒された巨木が地面に衝突した。


 莫大な衝撃、轟音、土煙が巻き起こる。

 僕はそれらの中に姿を隠しながらへらへらと笑った。


「ステージが不利なら、丸ごと変えればいいだけだ」


 僕を除いた漏れなく全員が混乱しているのが伝わってくる。

 敵意と火線の集中は乱れていて、見る影もない。僕へのマークは完全に外れていた。


 当然だ。

 こんな木の葉と土塊に埋め尽くされた視界、何も聞こえず、立つのもやっとな状況。

 その中で僕を捉えることが出来るような奴が、こんな試験を受けているはずがないのだから。


 ――ここまでの規模なら、彼らの未熟も合わせて二十秒は混乱が続く。

 一方の僕は足場の悪さ、揺れ、どちらもとっくに把握済み。無効化も歩法と細かな体重移動により可能と判断。


 だから、ここから先は流れ作業だ。


 限界まで身を屈め、右側へと疾走を開始。

 三人のうち木の上にいた二人は振り落とされ、片方は悶絶、もう片方は下にいた奴と周囲を警戒しながら衝撃をやり過ごそうとしている。


 裏に回るほどの余裕はなく、その必要も感じないので正面から突撃――ああいや、駄目だ今のなし。ちゃんとアイツらの方に追い立てなきゃ。

 だったらちょっと工夫が必要だ。例えば、そうだな、こんな感じで。


「よっ、と!」


 揺れを見切り、跳躍。無事な木の枝を足場に、更に前へと大きく再跳躍。

 そのままだと着地を狩られかねないので、空中で体の上下が入れ替えつつ抜銃。真下へと乱射して牽制しながら三人の頭上を飛び越えた。


 ここまで、体感で十秒。

 着地と同時に弾切れを起こした拳銃をホルスターに収め、代わりに右腕を突き出す。


「【ショット】」


 反動で蹴り上がる右腕。

 魔力の弾丸が三人の居場所のすぐ手前に着弾し、派手に土塊を撒き散らした。


 僕の魔法に大した威力はない。

 だが不意を突かれ、その挙句後ろから撃たれた弾丸が身を掠めたらどうなる?


 その予測通り、三人は僕と反対の方向へ逃げて行った。

 はい、終わり。


「【剣戟・紫電】!」「【ブレッド】!」


 魔法名が二つ。

 三人が吹っ飛ばされ、僕の足元に転がってくる。


 僕はへらへらと笑い、手を上げた。


「お疲れ。ナイスアシスト」

「……儚廻、お前……」

「話は後で。次左行くよ。二手に分かれて同時攻撃。最初に僕が、流れで二人が……要するにさっきの流れね。じゃよろしく」

「あ、ああ」


 なんか歯切れ悪いけど今は無視。僕は駆け出す。

 流石に敵も体勢を立て直しているだろうが、相手は二人でこっちは三人。数の有利で押し切れるはずだ。


 と、思ったら左側の連中はいつの間にかいなくなっていた。気配がしない。どうやら逃げたようだ。

 じゃあ様子見していた連中は……と探してみると、やっぱりいない。


 これはあれか。

 木を切り倒したの、ちょっと派手過ぎたか。


 まぁいいや。


「二人とも、敵はみんな逃げたみたい。戦闘終了。ハイエナが来る前に撤収するよ。物資の回収しといて」

「あ、りょ、了解です。儚廻くんは……?」

「倒した連中にちょっと野暮用」

「……端末独り占めとかするなよ」

「あはは、しないしない」


 たった三人分集めたところで、ね。


 僕は気絶している三人に近づき、傍らに屈み込む。目蓋を持ち上げたり、口内を検めてみたり、腹を殴って反応を確かめてみたり。

 そんな簡易的な検診を、三人にそれぞれ行う。


 コイツらが何者かの影響下にあったのは間違いない。根拠はないが、僕は確信している。

 ついでにその犯人にも見当がついていて、それが予想通りなら何か証拠が残っているはずなのだ。


 そして、それはすぐに見つかった。


 眼球の虹彩を縁取るような蒼色の光。

 微かに本人以外の魔力を帯びた唾液。

 そして喀血した血液から漂う懐かしい魔法の匂い。


「……【愛憎双振】」


 かつてトキワが使っていた魔法。アフェクティブレゾナンスとか、確かそんな名前だったと思う。

 この魔法は他者に己の感情を植え付けることで、擬似的な同調による支配力を発揮する。


 あくまで擬似的なので効果は弱いのだが、この魔法の真価は別にある。それは複数対象に感情を植え付けた場合、同じ感情の者同士が惹かれ合うようになるという点だ。

 その性質を有効活用した例として、今の軍ではこの魔法を改良して作られた遭難者捜索魔法が広く浸透している。


 ……こんな魔法を使うような魔導師なんて、僕には一人しか思いつかないな。


「儚廻くん! 物資を回収したよ。撤収しよう」

「ねぇ伊庭。ミオってこの試験に参加してるの?」

「え? ミオって、常盤さんのこと? それは……正規ランクがC未満なら参加してるんじゃない?」

「……はぁ……」


 確証はないが、多分そういうことだろう。

 やたらパーティ組んでる奴らが多いのも、さっきの擬似餌じみた戦闘ごっこも、アイツが絡んでると思えばまぁ納得だ。


 流石に試験が始まってから魔法を掛けたとは思えないから、アイツが転入してからの一週間を使って片っ端から魔法を植えつけまくったんじゃないかな。普通の学生に解除できる代物でもないし。

 ……教官連中も事前に弾くくらいしとくべきだろうに。おかげで羊の群れに狼混じっちゃってるじゃんか。


「二人とも、なにモタモタしてるんだ。早く行くぞ」

「あ、うん」

「……メェ〜」


 そんなか弱い仔羊は、とりあえず哀れっぽくぶひぶひ鳴いて、その場を後にするのだった。

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