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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
異界化区画攻略作戦
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期末試験1/5

 期末テストが始まった。

 テスト期間は一週間であり、鬼門であった座学のテストは日程通り最初の二日間で全科目終了。

 汐霧やお嬢さまに見てもらった甲斐もあり、それなりの手応えを感じた。こっちが理由で留年することはなさそうで一安心だ。


 そんなわけで実技試験が実施される当日。

 汐霧や藤城などチート連中を除き、僕たち普通の生徒はアウターの樹海を模した演習場に揃って集められていた。

 

「ではこれより実技試験について説明する」


 教官のありがたいお言葉にビシッと直立不動で敬礼する二年生一同。はは、気分出てるなぁ。


「諸君にはこれからこの第三十二番演習場でサバイバル試験を行ってもらう。期間は今日を含めて五日間。使用可能な装備は諸君の事前申告を元に我々が支給したものに限る」


 装備差=実力差とならないようにするための配慮だろう。あくまでも学生としての実力を測る場であるということだ。


「食糧や弾薬など必要物質は演習場内に配置した。各々探し、計画的に使用されたし。また評価は基本的に生存時間と撃破人数から算出する。撃破判定を得るためにはこれから支給する端末を使用するように」


 回ってきた端末を受け取る。普段僕たちが使っている携帯と似たような、何の変哲もない板状のフォルムである。

 ただ持ったときの感触から分かったが、これはひどく頑丈だ。学生程度の攻撃では破壊は不可能そうだ。


「この端末は諸君らの魔力を自動的に吸引して稼働する。肌身を離れた瞬間機能停止し、その後二度と起動しない。端末を失った者はその時点で失格となる。撃破人数は原則この端末の瞬間最大保持数を参照するものとする」


 ああ、じゃあ連勝してる奴を倒せばそいつの戦果をまとめて奪えるわけだ。それは楽でいいな。


「殺人は無論厳罰に処す。まあライセンスを取得してまでその程度の力加減を誤るような魔導師などいないだろうが……一応の注意だ。それ以外の負傷は自己責任として扱う。以上、何か質問は?」


 一呼吸置き、質問者がいないことを確認。

 教官は声を張り上げた。


「これより端末に各人の初期の位置情報を送信する。表示された位置に向かい、試験開始時刻まで待機。では行動開始!」





「ま、要するに漁夫狙い安定ってことだよねえ」


 僕は樹海の中を歩きながらひとりごちる。

 試験開始から二時間くらい経ったがどこからも戦闘音は聞こえてこない。この演習場が酷く広大だから……という以外にも、これにはちゃんと理由がある。


「戦闘を想定した数日間の作戦行動と考えれば、食糧や水、拠点は絶対に必要だもんね。その確保をしないで戦闘なんて論外。最低評価をされてしまう」


 ちゃんと食った奴、寝た奴にそうでない奴が勝てる道理はない。また夜になれば作業効率は一層悪くなる。

 初日の、更に言うなら昼間のうちに拠点を作るのは試験以前の前提だ。この時期の二年生にそれを差し置いて戦いに行くようなアホはいないってことだろう。


 考えられるとするなら物資を探す過程でかち合っての戦闘だが、それはもう運の領域だ。そんなことが起きないように僕らの初期位置と物資の位置は相当ばらけさせていると見ていい。

 事実、こうして歩き出してからすぐに一日分の水と食糧の入った背嚢が見つかった。最低限のものは戦う前に誰でも手に入れられるようにしてあるらしい。それならそもそも始まる前に渡しとけよって思うけど。


「それにこんな最初から戦っても獲れる端末は一人一個が関の山なわけで。だったら体力を温存するためにも今戦うのは得策じゃないよね」


 だから戦闘が起こるにしても最低三、四時間経ってからなわけで。

 こんな初っ端から戦うことなんて、誰も想定してないと思うんだけどなぁ。


 嘆息しながら、ちょうどよくあった木の根に足を引っ掛けて盛大にすっ転ぶ。

 そうして後ろから飛んできたスナイパーライフルの弾丸を適当に躱して、ころころ。無様極まりない転がりで大樹の陰に身を潜める。


 ちょっと前から気配がしていたので気付いていたが、敵だ。

 それも一人じゃない。三人いる。談合するにしても早いなぁ。事前に身内にのみ分かるような信号魔法でも作ってたのかな。


「ね、みんなもそう思うでしょ? ここは一つ穏便にさ、見なかったことにしようよ。当然ながら僕は自分の端末しか持ってないよ」


 三人で狩る獲物としては不足にもほどがある――我ながらそう思うのだが、気配が引く様子はない。

 まぁ……僕程度を倒すならそう大した消耗にもならないと判断するのも分かる。それならここで逃がす理由こそないか。集団心理ってやつ? 教えて汐霧センセイ! あと助けて!


 ……ウヤムヤシリーズさえあれば簡単に逃げられそうだけど、ないしなぁ。

 しかも相手の一人は狙撃銃持ち。鋼糸を事前申告するわけにはいかなかったから、持ってきている武器も軍刀と拳銃、あとサバイバル用の便利ナイフだけ。言うまでもなく不利である。


 うーん、しゃーないか。


「――ほーれポチ、餌だぞう!」


 僕は食糧の入った背嚢を敵のいる方向に向けてぶん投げ、同時にダッシュで逃げ出した。

 物資と僕のどちらを狙うかで生じる迷いを突く。後は適当に気配を消して逃げる。学生程度ならこれで充分だ。


 しかし物資全部なくなっちゃったな。まだお昼だから夜まで余裕はあるけど、また探さなきゃ。サバイバル戦は敵以上に時間との勝負だ。モタモタしてらんないぞ。

 ただ最近ずっと人といたから、一人なのが実は開放感あったり。鬱陶しいチビどもも今はいないし気楽っちゃ気楽だ。


 よーし。


「頑張ろー! おー!」


 元気よく右手を上げて、僕は探索を再開した。





 それから物資を探したり、交戦を避けたり、遭遇した敵にガン逃げキメたりしてたらあっという間に夜になった。

 簡易テントだけは見つからなかったからそこらの木材を適当に集めて寝床を作り、火を起こして野営する。クソみたいに濃い味付けの缶詰を水で流し込み、ゲロっと一息。


 さて、今回の試験はここからが本番だ。


 僕たちは魔導師。暗視の手段など道具に頼らずとも幾らでもある。暗闇を上手に使いこなす者こそが強い魔導師とされるほどだ。

 実際にアウターでの任務も夜が本番であり、昼間より劣悪な環境で、昼間と同等以上の働きを求められる。パンドラの襲撃は昼夜問わずだからな。


 ……ま、言っても今日はまだ初日だし何もしないでいいでしょ。

 魔法の使えない僕じゃ暗視魔法とか使えないし。結界とか張れないし。小学生の自由研究みたいな警戒網張って終わりだ。


 あー、しかし飯不ッ味。味濃っゆ。

 なんか頭痛くなってきたし。

 もうやだ。

 さっさと寝よう。


「……うん?」


 気配を感知。

 二人。

 男と女のもの。

 そして……へえ、血の匂いだ。


 僕は座ったまま緩慢に振り向く。

 その瞬間、焚き火の光が届かないギリギリの茂みがガサリと揺れた。


「動くなッ!」

「手を上げて、組んで頭の後ろに付けなさい!」


 飛び出してきたのは予想通り男子と女子の二人組だった。

 女子は拳銃の銃口を、男子は刀の切っ先を僕へと突きつけている。


「はは、こんばんは。息が荒いね。どうしたの?」

「手を上げろ! 撃つぞ……!」

「どうぞご勝手に。……ああそうだ、言い忘れてたけど」


 パチンッ、と少しだけ繊細に指を鳴らす。

 以前汐霧相手に使った、指向性の音を送り相手の動きを止める技。その応用。

 音というのは大雑把に言い換えると衝撃波であり、先生から習った特殊な方法で指向性を付けてやると結構大きな衝撃にもなるので……


「そこ、罠あるよ」


 罠のスイッチ代わりにもなったりする。


 ビッ! と彼らの頭上、木の枝の一つから鋭い音が鳴る。直後そこに綿密に敷き詰めておいた石礫が一斉に落下する。

 魔導師といえど人間なので、そんなものが落ちてきたら咄嗟に避けるのが人の(さが)


 そして今は夜でここは樹海だ。咄嗟ならば足元も覚束ない後ろに逃げることはなく、僕がいる前方にに崩れた体勢で突っ込むのはあり得ない。

 ならば、必然的に避ける方向は木から反対の横以外にないわけで。


「あとそこ、落とし穴あるからね」


 時既に遅し。

 より外側にいた男子の方が落ち葉で擬装していた地面を踏み抜き、姿を消した。


「っうわ!?」

「黒崎くん!?」

「うーん、一人しか掛からなかったか。もうちょっと広めに掘っとくんだったかな」


 大体穴の深さは2メートルほど。排泄物や刃物を敷いているわけでもないので、そう大したダメージは期待出来ない。

 だが落とし穴の真価は痛み以上に驚愕と動揺にある。すんげえビックリするんだよねアレ。落とされた方も落ちなかった方もさ。


 黒崎くんとやらの安否に気を取られた隙に、僕は女の子へと接近する。

 はっとこちらを向く女の子だったが、まぁ遅すぎるほどに遅い。拳銃を撃つより早く腕を取り、肩、肘、手首とリズムに乗って骨を外す。


「あ゛っ……!? い゛ぎっ!! お゛っ!?」

「はい(これ)は没収〜。こんな時間に鳴らしたら近所迷惑で怒られちゃうよん」


 そのまま足を払い、浮いた背中へと肘を直角に打ち込む。

 流石に受け身は反射で取れるらしく、最低限の衝撃は逃した……のかな。わっかんね。ピクピク痙攣してるし、戦闘不能なのは変わらないけど。


「さて次」


 直後、落とし穴から飛び上がってきた黒崎の奇襲を軍刀で受け流す。

 彼は即座に女の子を回収しようとしたので、適当に斬り付けて阻止する。おいおい、今更逃げようってのは虫が良すぎるだろ?


 黒崎は後退し、憎々しげに僕を睨みつける。


「儚廻ぃっ! お前、よくも伊庭をっ……!」

「はは、自分たちから仕掛けておいて何言ってるんだか。それも手負いで、主武装も使わないなんて舐めプしてさ?」

「…………糞野郎がッ!」

「あはは。よく言われるよ」


 まぁ察するに彼らはここに来る前に誰かしらと戦ったのだろう。で、負けて逃げてきた。

 そんでたまたま僕という物資を持った雑魚を見つけたから奪おうとした。僕一人なら副武装でも勝てると踏んで弾薬の消耗を惜しんだ。そんなところじゃないかな。


「行き当たりばったりだねぇ。はは、試験の評価が楽しみだ」

「黙れ……!」

「うんオッケー」


 僕は黙って、ついでに刀をぶん投げた。

 突然回転しながら飛んできた軍刀を黒崎は弾き飛ばす。しかし驚いたのか、その動作は多分に無駄が含まれていた。


 僕は一気に距離を詰め、魔法を行使する。

 はい詰み。


「【インスタントスタンガン】」


 首を掴んでバチバチと紫電を流し込む。

 一秒もすると黒崎の体から力が抜け、気絶した。


 無傷。消耗なし。

 文句なしの完勝だ。

 ……完勝なんだけど。


「……ええ……?」


 コイツらこんな弱いの……?

 こんな弱いのに人を見下してたの……?

 制限状態の僕に傷一つつけられない程度で……?


 いや、見下すの自体はいいんだ。僕がそう振る舞ってたってのもあるんだから。

 でもここまで弱いのによく人を見下して笑ってる余裕あるなぁ、なんてちょっと思ったりしてしまう。


 やることやらずに人を嗤うことにだけ精を出す人間。それは間違いなくクズの部類に入るだろう。

 うん、少なくとも僕は嫌いだ。友達になろうとしないで正解だった。


 ……。


「…………うあぁ」


 ミオの言ってたことにちょっとだけ共感してしまって自己嫌悪しているうちに、一日目の夜は更けていった。

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