コイツに脅されました
◇
「いちいち遅いです」
「本当に悪かったって」
またも待たせてしまってご立派な汐霧を宥めつつ店を出る。
ただいつものパターンだとあそこから何かに巻き込まれて(もしくは首を突っ込んで)放置からの解散で終わっていたので、そこだけは褒めて欲しかったりする。
いや最低かよ。
ハードルが低過ぎる。
「それで、汐霧はどこか行きたいところとかあったりする?」
「んー……あっ。そういえば私、遥に守って貰ってない約束があったの思い出しました」
「えっ嘘嘘。そんなのあったっけ」
「えー? もしかして守ってくれるんですかぁ?」
「もちろん。約束は大事だからね」
「じゃあ付いて来てくださーい」
などと、やたら気色悪いニヤケ面な汐霧の先導に従って歩くこと15分程度。
学園街の大型商業施設、衣類や小物店が並ぶ区画に連れて来られた僕は……目の前の店を見てダラダラと冷や汗を垂らしていた。
「……ねえ汐霧。ここって……」
「女性下着売り場でーす。遥、前にかっわいーの買ってくれるって言ってましたよねえ?」
してやったりとドヤ顔の汐霧。あー、そんなこと言ったっけ……?
……言ったかも……僕なら言いそう……そういやだせえパンツ履いてるなって思ったことあるし……うん、多分言った……。
「いやお前はいいのかよ。僕が選んだ下着だぞ? むしろお前の方にダメージ行くぞ? 試着とか出来ないだろ」
「え? なんで私が一緒に行くみたいになってるんです?」
「……えっと、まさか一人で行けと? 男子高校生が? 一人で??」
「はいっ。あ、店員さんに聞くのはなしですからね。ちゃんと遥が選んだのじゃないと」
「…………マジ?」
「遥、がんばっ」
とってもいい笑顔と裏腹に、彼女の太腿で上がるチャキッという音。拳銃のセーフティを外す音とよく似て……そのものですねはい……。
それが意味するところは『つべこべ言わずに行ってこい』。もしかしなくても最初に僕が弄った時相当キレてたっぽい。その時の怒りが段々甦ってきたと見た。
能面じみた笑顔の後ろに見え隠れする仁王像に心底怯えつつ、僕はビクビクと店内に入る。
それなりに広くて客も店員も結構いるが、やはりというかなんというか女性しかいない。四方八方から奇異の視線が飛んでくる。
くそう、こんなことならムラクモ時代の女装セットでも持ってくるんだった……。
いかん。変に意識するから意識されるんだ。もっと堂々としろ。
そう、例えば彼女へのプレゼントを買いに来た彼氏の……なんだそいつきっしょいな死ねよ……。
軽く鬱になりながれ店内を物色する。この際クッソ際どいのでも選んでやろうかと思ったが、そんなことすれば最突撃を命じられるのがオチだろう。
何度も下着屋に突撃する思春期で性欲盛りの男子、真剣に買いに来ているわけじゃないのは丸分かり……そんなのどう考えてもわざとじゃん。アウトだよ馬鹿野郎。
そうだな。ここは悪ふざけするような場所じゃないんだ。男で買いに来る人だっているだろうし、僕のせいで利用しづらくなるのはとてもよくない。
よし、ちゃんと本気で選ぼう。汐霧にガチで似合うやつ。幸いアイツは美少女、こう芸術家的なメンタルでいけば煩悩なしで選べるはずだ。
というかあのクソガキにエロ系のセンスを笑われるとか我慢ならん。こうなったら死んでも負けんぞ。戦争じゃあ!
幸いと言うべきか咲良崎のセクハラにより汐霧のスリーサイズは知っていたので、彼女に合うサイズのものを一つ一つ手に取って真剣に吟味していく。
すると周りの客や店員も『自分で着るのかな?』みたく納得してくれたようで、視線の圧も大分軽くなった。真面目さは全てを救うのだ。知らねえよ死ね。
しかし女性用下着って高いんだなぁ。しかも簡単に駄目になりそうだし。
いつかセツナが人間に戻った時はお金たくさんあげよう。うん。
そうして下着をためつすがめつしながら見て回っていると、奥に行くに連れて段々とイロモノ系の割合が増えてきた。ベビードールとか猫チックなやつとか、そういう感じのやつ。
確かに汐霧は文鎮やドラム缶の親戚みたいな体型してるが、先生の教えによればエロとは化学反応だ。何かの奇跡で汐霧に色気が萌芽する可能性だってゼロじゃない……かもしれない。
そういうわけで、僕は戦闘時そのものの真剣さでエロ下着の物色を開始した。
「おお、もうこれヒモじゃん……考えた人天才だなぁ。これぞ人類の叡智……エッチだけに。……エッチだけに。ぷふっ……ふふっ、ふふふふふっ……!」
「なに一人で笑ってるんですか、気持ち悪っ。通報していいですか?」
「おっと失敬……うん? あれ、汐霧なんでここにいんの?」
「待ってるの暇でした。かまえ」
「お前は本当になんなんだ……?」
そりゃ下着屋の前で一人待ちぼうけてるのは暇だろうけど、そもそも行かせたのはお前だろうが。
割合気持ちを込めて半眼を送ると、汐霧は頬を膨らませてぷーぷー言い出した。
「だって遥のことだからネタに走るか適当なの買ってすぐ終わると思ってたんですもん。そしたらなんか本気で選び始めるじゃないですか」
「やるからには本気でやらないと楽しくないだろ。ノリと勢いと快楽は大事だ」
「……あと、お店から出てきた人たちに『あー』みたいな納得顔されるのが鬼辛かったです……」
「……あー」
そっか、僕も汐霧も同じ制服を着ているからそこ繋げちゃうのは当然で、それこそ『彼女に着せたい下着を買いに来た彼氏とそれを待つ彼女』の構図になっちゃうわけか。
はは、キッツ。
「それもこれも遥が時間かけるのが悪いんです」
「何故そうなる?」
「あ、もしかして私の下着姿見たくて頑張ってた感じですか? 遥ってなんだかんだ言って私大好きですもんね」
「話を聞いて?」
「しかも結局そういう類の見てますし。でも私付き合ってもない人とそういうことするのってどうかと思います。そういうわけなので、ごめんなさい」
「キレそう〜」
汐霧はご機嫌に笑ってる。どうしたんだろう、今日やたら機嫌いいなコイツ。
そんなにデートが楽しいのかな。なんて、そんなわけないか。ロクなことしてないしな。
「そうだ、ねえねえ遥。一つ聞きたかったことあるんですよ」
「あ? なんだよ」
「クロハちゃんが言ってたんですけど、昔ずっと女装してたって本当なんですか?」
「アイツ……」
年上の綺麗なお姉さん相手だと何でもペラペラ喋りやがる。
帰ってきたらお仕置きにケツぶっ叩いてやろう。パンドラアーツの筋力で。
「……本当だよ。【ムラクモ】に入ってから12、3歳くらい……5、6年間かな。ずっとね。流石に最後の方は私服にしてたくらいだけどさ」
「へー。どうしてまた」
「先生の方針。僕があまりに美少年過ぎたから男色家に拐かされないようにって」
「……ええ……? それ意味あったんですか?」
「あんまりかな。はは、むしろ女の子と間違えた連中にレイプされそうになったよ。割と何回も」
「よ、よく笑えますねそれ……」
もう過ぎたことである。
別に今更だ。
「あー、でも確かに遥のちっちゃい頃ならそういうの似合いそうですもんね。ていうか絶対可愛いです。ちょっと見てみたかったかも」
「クロハなら写真持ってると思うし見せて貰えば? ただ可愛すぎて女の子としての自信失っちゃうかもだからそこはごめんな」
「うわ、ありそうで嫌です。でも遥にしては変に自信満々ですね? いつも嫌味なくらい自分のこと下げてるのに」
「昔の僕はかなり妹に似てたからね。客観的に見て妹はこの世で一番美しくて可愛い女の子だ。そんな彼女にこの世の誰より似てたんだから、僕が絶世の美少女だったのは紛れもない事実だろ?」
「……は、はい。ソウデスネ!」
汐霧は元気いっぱいに同意してくれた。分かってるようで安心安心。そうじゃなかったら染脳使わなきゃいけなかったからなあ。
……まさか嘘じゃないだろうな?
「ひッ……!? そ、そういえば遥!」
「ハハハ。なんだい汐霧」
何故か蔓延した微妙な空気の中で、汐霧は焦ったように話題を変える。これまた理由はよく分からないが、僕は優しい笑顔で応えてあげた。
「あ、あの、さっき見てきたので可愛いのがあってですね! それ買ってお店出ましょう? ね?」
「そうだねえ。そうしようか。試着は大丈夫? あ、約束だったね。レジ持ってくのも僕一人でやんなきゃか」
「……いえ、全部もういいです……私も行きます……行かせてください……」
「そう? 助かるよ。ありがとね」
結局汐霧はちょっとお高い普通の奴を選んだ。なんだ面白くない。もっとネタに走りゃいいものを。
店員さんの営業スマイルにへらへらと応えながら会計を済ませ、店を出る。気付けばもういい時間だ。晩ご飯でも食べに行くかな。
と、その時。
「……ハルカ、ユウヒ……?」
「「え?」」
僕と汐霧は同時に振り返った。
そこには信じられないものを見たかのような形相で小刻みに震えているクロハがいた。
彼女が取り落としたトートバッグから気の抜ける音が鳴る。がさりとコンニチハしたお菓子の袋が、お泊まり会用の買い出しに来たことを教えてくれた。
いや、ちょっと待て。
これまずくないか。
「な、なんで二人でそんなお店見てたの……!? それも私がいない日に……! まさか……!」
「いや違う、違うんだよクロハ。これはそういうんじゃなくてだね」
「そ、そうですよクロハちゃん。私がこんなクズとそういうことするわけないじゃないですか」
「何が違うって言うのよ……! ちゃんとお買い上げしてるくせに!! 不潔!!」
「こ、これは……」
汐霧は咄嗟に下着の入った紙袋を背中に隠す。おい馬鹿待て、その反応絶対やばいだろ!
現にクロハはその反応で『そういうこと』だと確信を持ってしまったらしく、眦を吊り上げた。
……仕方ない。
後のことを考えるとあまり使いたくなかったが、最終手段だ。
僕は汐霧からさりげなく距離を置き、彼女を指差して、言った。
「コイツに脅されました」
「遥!?」
「……ふうん?」
…………。
それからしばらくの間、クロハは汐霧に汚い大人を見る目を向けるようになったのだった。悪は成敗されたのである。