殺してくれないか?
◇
翌日もミオは普通に学院に来ていた。
だがアイツからは一切話し掛けて来なかったし、常にオトモダチに囲まれていたため接触も出来なかった。多分わざとだなありゃ。
そんなわけで、特に何事もなく放課後。
僕と汐霧は学園街に繰り出していた。
「……じゃあそういうことだから。お前も他所様にできるだけ迷惑掛けないようにするんだぞ」
『うるさい。ハルカじゃないんだからそんなことしないわ』
「はは、じゃあ楽しんでおいで」
そんな言葉を最後にクロハとの通話が切れる。ちょうど仲良くなった友達の家でお泊り会をしてくるらしい。タイミングいいな。
携帯をしまいながら正門を出る。するといかにも女子高生っぽく携帯弄りながら柵に寄りかかっていた汐霧と目が合った。
「…………遅かったですね。やっぱりすっぽかされたかと思いました」
「やっぱりってなんだよ。クロハに連絡するって言っただろ?」
「そこは待った? って聞いてくださいよ。つまんないです」
言ってもお前普通にめちゃくちゃ待ちましたって言うだけじゃん……。
「処女……じゃねえや。少女コミックの影響か?」
「うわサイテー。しかも違います。伊庭さんの彼氏の話ですよ」
「お前も俗に染まったなぁ。伊庭……確か結構可愛くて胸がでかい子だよね。え、彼氏いたの?」
「ほんっとサイテー。黒崎くんですよ。ちょうどこの前付き合い始めたんですって。いいですよねそういうの」
「あー分かる。もう夏休みだもんな。休み中ずっとヤリ通しとか憧れるよねえ」
「……ねえなんなんですかさっきから!? わざと!? わざとなんですか!?」
下ネタ言い過ぎたせいで汐霧がキレた。
僕はへらへらと笑って返す。
「まさか、思ったことを素直に言ってるだけだよ。だって僕とお前の仲じゃないか!」
「いいこと言った風にするのマジでやめてください! きっしょい!! もーやだこの人……ほんと下品……性獣……」
「いや性獣て」
「咲とクレハさんに欲情してるくせに」
「……………………」
ハハッ、ぐうの音も出ねえ。
しかし、そういえば汐霧と純粋に遊びに出掛けるのはこれが初めてか。
知り合うどころか一緒に住み出してもう三ヶ月にもなるのにな。意外だ。
そう考えると僕も僕である。まさか妹以外の女の子とデートをするなんて、昔の僕じゃあ考えもしなかっただろう。
あ、でもこの間クレハと……一年の頃とかお嬢さまとも……ムラクモ時代にミオに付き合わされたり……他にも……いや……うん……。
「……汐霧、やっぱ帰ろうか」
「え……!?」
「これ以上汚れたらセツナに顔向け出来なくなる……そうなったら……僕は……僕はぁ……!」
「さ……さっきあんな言動かましといて今更何を……!?」
キチガイを見る目をされた。
少しだけ落ち着く。
そうだな、少し取り乱した。
夏なんだ。
クールに行こうぜ。
「さぁ、お手をどうぞレディ」
「うわキモっ」
僕はちょっと泣いた。
◇
相手汐霧だしいっか、という甘えのもと何のプランも考えてこなかったので、とりあえず適当な喫茶店に入ることにした。
「で、伊庭さんめっちゃのろけてきてですね? 私誰とも付き合ったことないですって言ったらなんか笑われてー」
「うわ、うっざ。それ完全に見下されてるじゃん。そこは嘘でもいたって言っときゃいいのに」
「ね! うざいですよね! でも恋人いる人にそういう嘘ついてもバレるってレボにも書いてあったし実際みんなそう言うじゃないですか? バレたらめっちゃ惨めだなって」
……そんで夏の蒸し暑さの対比のような店内に足を掴まれ、僕たちはずっとだらだらうだうだしていた。
ちなみにレボとは女性向け雑誌の名前である。
「別にバレないって。あんなん嘘嘘。ソースは僕」
「え、遥もそういう嘘ついたんですか? くそ惨めー! ぷーくすくす!」
「はっ倒すぞこんクソガキャ」
「えーちょっと、ねえねえ、それどんな感じだったんです?」
「どんなって、普通にクソヤバ女から逃げるための断り文句だよ。まあ謎ギレかまされて逆レされかけたけど」
「やーい。甲斐性なしー」
「目の色褒めたらえぐり取ってプレゼントしてくるような女なんて誰でも逃げるじゃん……まあそんな感じに結構使ってるけど、まだ一回もバレたことないかな」
「へー。遥嘘つくの下手なのに……」
「はは。そりゃーこの顔面ですから? イケメンって得だよねぇ」
「ナルシうざー。今度からヒムロマンって呼びますね」
「超絶ごめんなさい。それだけはやめて」
テキトーに頭下げて見せるとご機嫌そうに笑う汐霧。
そういや氷室、生きてるのかな。最近全く音沙汰ないけど。今度またお見舞いでもしてやるか。
しかし脳味噌回してない奴同士の会話ってしょーもなくて楽だなぁ。
「そうそう。遥、あっちの方はどうするんです?」
「あっちって?」
「クレハさんですよ。告白されたんでしょう?」
「…………オゥ」
前言撤回。
これ、対ショック姿勢間に合わないから死んじゃう。
「……汐霧さんや。その話は誰から?」
「クレハさん本人から。前遥がいない時にお兄さんに好きだよって言ったーって。……その反応からしてやっぱりマジ話なんです?」
「あー……まあマジっちゃマジ……なんだけど……」
言ってもアイツあれから特に何か言ってくるわけでもないし。
じゃあ……なあなあで済ませてもいいかなって……。
「ていうかあれだ。きっとあの時はあんな状況だったから勘違いしただけだよ。冷静になったら思い違いだったってなったんじゃない? それか好きって言っても友達としてとかそういう……」
「ハズレ〜。その話したのってこの前みんなで遊びに行った時ですもん」
「……じゃ、じゃあ後者」
「それもハズレでーす。普通に異性としてって言ってましたよ。ちなみに返事待ちって聞いてますけど?」
「……………………いやさあ。ここ日本だし、そういう情緒って許されるじゃん?」
「うわ……今日イチで最低……」
知ってるよ。うるさいな。
「あ、もしかしてクレハさん離れさせたのってそれ理由だったりします? 咲をつけたのは生活の助けになるようにだったり」
「……お前みたいに頭の回るガキは嫌いだよ」
「えー? でも遥ってそのガキにばっかり好かれてるじゃないですか。クレハさんに、クロハちゃんに、咲に……」
「えっ、咲良崎? 待ってそれ初耳なんだけど」
アイツがガキかどうかは置いといても、えっ、えっ、アイツそんな感じあったっけ?
嘘であってくれと祈る僕を置いて、汐霧はお行儀悪くストローで泡をボコボコやりながら言う。
「だって咲って美形大好きですもん。超面食い。あれだけ素を見せてるのも見たことないですし、多分狙われてますよ」
「……知りたくなかったなぁ……」
「はっ、喜べばいいじゃないですか。ハーレムですよハーレム。こういうのが男の夢ってやつなんでしょう? ケッ」
「ケッてお前ね……そんなん好きなのは童貞拗らせた奴くらいでしょ。金持ちならともかく、あいつら違うし。むしろ無一文の金食い虫だし」
「そんなこと言いながら養ってるじゃないですか。悪ぶってるのかっこいいと思うのは馬鹿な男だけですよ。照れるならもっと可愛げ出してくださーい」
「容赦がねえよぉ……」
コイツに口で負ける日が来ようとは。人間性の差が如実に出ている。
駄目だな。話題を変えよう。
「そういうお前には誰かいないわけ? 最近増えた友達の中でいいなーって奴いないの? 彼氏作ってみたくはあるんでしょ?」
「作りたいか作りたくないかで言ったら作りたいですよそりゃあ。でもみんな私より弱いですし」
「いやお前より強い学生とかいたらバグだろうよ。強さ以外でも長所ってあるじゃんか。財力とか優しさとか顔とかさ」
「うーん……えー? まあ確かにいいところあるなって人は結構いますけど、だったら遥の方がずっと……」
「うん? ずっと?」
「…………あの、今のなしにしてください」
本当にそうしたらやべえ空気になるので却下。
僕はへらへらと笑い、大仰にポンと手を打った。
「なーるほど。つまり僕の方がずっとかっこよくて大好きと。はは、照れちゃうなぁ」
「そういうところです遥。ほんとそういうところ私嫌いですからね。顔とかお金とか性格とかそのクソみたいな言動で全部台無しになってるんですからね」
「あっはっは。クズでごめんねえ」
「もう慣れましたよ……」
疲れたように言う汐霧。僕はへらへら笑い、ふと携帯が振動していることに気づき取り出す。誰か掛けて来ているようだ。
「ちょっと外すね」と一言告げて店外へ。うだるような蒸し暑さに顔をしかめながら携帯を耳に当てる。
「もしもし」
『一つ先の通りにいる』
「は?」
唐突な男の声に訳も分からず顔を上げると、ひとつ道を挟んだ先で僕と同じように通話している様子の男性を発見する。
顔にも声にも心当たりはなく、纏っている雰囲気も一般人そのもの。僕に一般人の知人なんて一人もいないのだが、一体誰だ?
『姿を変えているが、藍染だ』
「……ちょっと待って理解が追いつかない」
『直接話すのは君が嫌がるだろう。こうした方が都合がいいかと思ったのだが』
「いやそうだけどさあ……!」
そもそも僕とお前そんな仲良く話すような間柄じゃねえだろ。なんか呼び方も変わってるし。なんなんだよもう。
わざわざあっちから姿を晒してきたってことは戦う意志がないってことなんだろうけど、とにかく心臓に悪いったらない。
「……はぁ。今お前の教え子とデート中なんだよ。邪魔しないでくれるか?」
『そう時間は取らない。クレハの様子を聞いておきたかっただけだ。元気にしているか?』
……クレハの記憶を共有したから知っているが、コイツってクレハの遺伝子上の父親だったよな。
じゃあ何か? 人殺しのくせに親馬鹿なのかよコイツ。こわっ。
「自分で見てくりゃいいだろ」
『仕事でもなく、年頃の少女を覗き見る趣味はない』
「仕事でもアウトだよ。……まあまあ元気なんじゃねえの。この前追い出したから知らんけど」
『あの子は君のことを好いている。あまり無碍にしないでやってくれるとありがたい』
「うるせえよネグレクトクソ野郎が。恥って概念がないのか貴様は」
『それを言われたら返す言葉はないが……だからこそ恥を忍んで頼んでいる』
「忍びだけにってか?」
『は……?』
「…………なんでもないよ」
滑った。
クソ滑ったよ。
どうすんだこれ。
もう面倒だし切っちまおうかという思考が現実味を帯び始めた辺りで、話題が切り替わる。
『もう一つ聞くが、次の軍の遠征に君は参加するのか』
「……あ? 何の話だ」
『汐霧憂姫が参加するという情報が回って来た。彼女が行くなら君も付いて行くんじゃないかと思ってな』
「……どーせ調べられたらバレるから言うけど、僕も行くつもりだ。それが?」
『海外の勢力が参戦する。余計なお世話だろうが、気を抜くな』
「本当に余計なお世話だった……気持ち悪いんだけど。どういう風の吹き回し?」
『前の依頼が終わった今、俺と君は敵対していない。娘の想い人を心配しているだけだ』
「お前ら暗殺者のそういうサイコなところが僕は昔から大っ嫌いだよ……」
何食ったら金一つでそこまで心を変えられるようになるんだ。意味分からん。
げんなりしながら回線を閉じようとして、しかしその寸前で僕はあることを思いつき指を止めた。
「なぁ藍染。金は払うから依頼を一つ受けてくれ」
『内容と報酬次第だが、聞こう』
そう、こういう奴が適任の面倒事が一つあったんだ。
「お前さ、そのうち僕が合図を送るから、そしたらクレハと咲良崎咲って奴を殺してくれないか?」