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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
異界化区画攻略作戦
147/171

トウケツセツナ

 解放、パンドラアーツ。


「【セツナ】」


 開幕、僕は右腕から集約した破壊想を撃ち放った。

 お嬢さま相手に手加減は出来ない。初撃から最大火力を叩き込む。


 黒い砲撃はお嬢さまを打ち砕き、彼方遠くの壁にぶつかって霧散(・・)した。

 いくらナツキの防壁が高性能だろうと概念破壊を防げる道理はない。見れば壁の表面が氷結するように白い魔力に覆われている。


 概念凍結――そんなところか。

 そして、凍っているのはフィールドだけじゃない。さっきまで聞こえていた上階からの微かな音すら全く聞こえなくなっている。


「時間凍結、空間凍結……これでどれだけ暴れても誰も気づかないわ」

「……お気遣いどーも」


 そして当然のように虚空から現れるお嬢さま。その姿には傷ひとつない。

 どうやらさっき僕が壊したのは氷像の代わり身だったらしい。会話中に仕込んでいたのかな。


 ……どうでもいい。


「【キリサキセツナ】」


 鋼糸の切れ味をブースト、床を蹴ってお嬢さまに飛び掛かる。両腕から伸びる鋼糸が怪物の尾のように僕の後をのたうち回る。

 お嬢さまも透き通るような蒼色の魔力を全身に纏い、僕を迎え撃つ。双方徒手空拳、近接戦の構え。


 そして、激突した。

 莫大な禍力と魔力の反発が起こり、燐光が爆ぜる。


 お嬢さまの表情は依然として涼やかだ。

 額が触れそうなほどの近くで、僕は唸るように言う。


「……素手でやろうってのか」

「ご不満?」

「舐めるなッ――!」


 右腕を払い、鍔迫り合いを強引に弾いた。

 それが合図となったかのように、戦闘が一気に加速する。


 僕の正拳突きをお嬢さまは首を捻って躱す。続けざまの左フックをブロック。バックステップで足払いを回避。追撃の【アーツ】を氷壁を展開して受け切る。

 精度の高い防御に隙を晒した僕だったが、お嬢さまは跳んで後退した。その直前までいた場所に賽の目状の斬撃が降り注ぐ。鋼糸による死角からの強襲だ。


 これすら躱すか――睨む僕へ、お嬢さまは這うような疾走。その速度は超音速、禍力を解放した今の僕に匹敵する。

 今の肉弾戦もそうだったが、凄まじい身体強化魔法だ。涼しい顔で汐霧の【殺戮兵装型少女】と同等クラスの強化率を常時維持している。とても人間とは思えない。


 ――この速さの相手に主導権を握られては不味い。


 軌道修正が不可能な間合いを見切り、カウンターの蹴りを放つ。防御は必須、そうでなければ首が飛ぶ。

 しかしお嬢さまは躱さず、代わりに呟いた。


「閃光」


 その総身がブレる。直撃のコンマゼロゼロ数秒直前、大幅に速度を増した。

 瞬間加速魔法――その文字が脳裏を焼くと同時に僕の蹴りがお嬢さまに当たった。


 みしり、という鈍い感覚が伝わる。

 頭蓋を爆ぜ散らかしたものではない。

 お嬢さまは低い体勢のまま、眼前にかざした腕で蹴りを受け止めていた。


「――はっ!」


 蹴りを受け切られた以上、有利なのはどちらか言うまでもない。

 鋭い気勢。密着状態から全身の力で押しつつ腕を跳ね上げる。僕はバランスを崩し、今度こそ隙を晒す。


 鋼糸、魔法、マガツ――駄目だ、どれも間に合わない!


「これも、返すわ。――『舐めるな』」


 側頭部を蹴り抜かれ、僕は吹き飛ばされた。

 アリスの爆撃じみた威力。呻き声を上げる余裕すらない。

 脳の平衡中枢が圧迫され、一瞬意識が飛んだのだ。


 地面を跳ね、天井に叩きつけられる。その衝撃で意識が回復。体に染み付いた教えが即座に敵の姿を探す。


 お嬢さまは目の前にいた。


 限界まで引き絞られた右腕。

 その掌に渦巻く未曾有の魔力。

 圧縮に圧縮を重ねたその純度は、いっそ神々しささえ感じるほどだ。


 やばい。

 あれは本当にやばい。

 喰らえば影すら残らず消滅する。


「【白天】」

「双連セツナッ!!」


 ノータイムで撃てる最大火力を撃ち放つ。地面に向けて撃っていいような技では決してないが、そうしなければここで死ぬ。

 二条の黒き極光と白の光芒が激突し、当然のように黒が白に塗り潰された。


 概念破壊のマガツ、更にその二倍の火力でさえ僅か一瞬しか保たなかった。

 だがその一瞬のおかげで、何とか僕はその場から退避することに成功した。


 墜落するように着地し、荒い息を吐く。お嬢さまは動いていない。宙に浮かび、冷然とこちらを見下している。

 ……彼女の頭上、今の【白天】とやらが直撃した天井に傷はない。明らかに壁を覆う凍結以上の威力だったというのに、だ。


 それは直撃の瞬間、お嬢さまが概念干渉の強度をより引き上げたということだ。

 概念干渉を展開しながら、最高峰の身体強化を維持し、同時に瞬間加速まで重ね掛け、【セツナ】すら上回る魔法を放ちながら、片手間に概念干渉の調整まで行う。


 ……はは。

 やっぱ強いな。那月ユズリハ。


「生きていれば、大抵のことはできるようになるものよ」


 僕の思考を見透かしたようなお嬢さまの言葉。馬鹿を言わないでくれと言いたいところだが……そうも言っていられない。今はその言葉にあやかるしかなさそうだ。

 お嬢さまは、強い。少なくとも互角以上、下手するとトキワや先生と同等、僕の2倍か3倍強い可能性もある。このままだと殺すどころか掠り傷すらつけられないだろう。


 というか、近接戦が思ったより出来るのが想定外だった。

 あれさえなければ再生任せの直接干渉も出来たのだが……まぁ言っても仕方がない。


 ここからの選択肢は二つ。


 一つは死のリスクを呑み干して肉体を超強化し、短期決戦で殴り殺す。こちらは最初に考えていた手だ。

 だが、今のお嬢さまの戦いぶりを見るにそれで殺し切れるかはかなり怪しい。一瞬ごとに死ぬかもしれない方法だから、持久戦になった瞬間に僕の負けだ。


 もう一つは今ここでお嬢さまを倒せるくらい強くなり、正面から殺すという方法。

 いつも困った時に時にやってきた手で、まぁ、こちらの方が選択肢としては丸いだろう。


 やるのはクレハ戦ぶりだが、そもそもこれを意図的に(・・・・)|出来るようになるのが先生の授業だったわけで、一度でも出来ていなければその時点で死んでいる。

 だから、大丈夫。今回もきっと出来るさ――。


「遥。今のあなたでは、私はおろか異界の最奥、迷宮の主にさえ敵わない。まさかそれで【死線】の……ヨゾラの継承者を名乗れるとは思っていないでしょう」

「……どこまで僕のこと知ってるんだか。ひょっとしてお嬢さま、僕のストーカーだったりする?」

「実はそう……なんて言ったら?」

「嬉しくて震え上がっちゃうね。愛しさ余って殺意百倍だ」

「……なら、来なさい。あなたが満ち足りるまで」

「言われなくとも」


 さぁ、行こう。

 僕はスイッチを切り替えるように、寸毫だけ瞳を閉じる。


 ――加速進化。


「オォォォ……オオオオオオオオオオッ!!」


 ウォークライⅢ。リミットブレイク。

 内部崩壊した血管が顔面に血化粧を施す。それらが床に落ちる一秒以下の刹那で、僕はお嬢さまへの距離を征服した。


 空中で左腕を振り上げる。魔力を集約、精錬、放出!


「千ッ連――アーツ!!」

「氷結」


 お嬢さまは腕を振ることさえしない。ただ視線を向けただけ。それだけで千発の魔力砲撃が即座に凍結され、空中で物言わぬ氷像と化す。

 だが、いちいち驚いてやるのはもうやめだ。むしろ喜べ、視界を塞げたぞ!


 そして一つ分かったことがある。お嬢さまは【セツナ】を凍結することが出来ない。千発のアーツを凍結しておいて、開幕の僅か一発や双連のたった二発を凍結させてないことからそれが分かる。

 恐らく『凍結』が『破壊』と相殺してしまい、そこで終わってしまうのだ。禍力の砲撃――純粋なエネルギーの奔流自体を止められるほどのリソースは残らないのだろう。

 まぁ裏を返せば、直撃したら僕でも抵抗できずに氷漬けということでもあるが。


 ともかく、決着はやはり破壊想か。

 しかし、どう当てる?


「【キリサキセツナ】」


 僕は宙を蹴って加速し、大氷塊を切り刻む。既に中身まで凍結していたらしく、細切れとなった大小様々な氷塊が落下を開始。

 その災害さながらの崩落に紛れて藍染の隠形を使用する。僕の技術でお嬢さまを騙せるのはせいぜいコンマ5秒。その一瞬で視神経を虐使し、氷塊の量、大きさ、落下軌道の記憶、演算、予測まで全て遂行。


 時間経過。

 無理を通した代償に眼球が血を噴いた。

 視界が闇に包まれるも、僕は動きを止めない。


 適当な氷塊を足場に跳び、弾丸のように地面に着地。咲良崎から盗んだ衝撃操作でその落下衝撃を前方にシフトし、疾走に繋げる。

 眼球が再生。開眼。

 超スピードにより一瞬が限りなく引き延ばされた世界。周囲に大剣のような氷塊が次々、かつゆっくりと降り注ぐ中、僕は前を見る。


 砕けた氷結晶が舞い散る幻想的な世界。

 その奥から、この全てがスローモーションの中で唯一、僕と同じ速さで動く物体が現れた。


 次の瞬間、僕とお嬢さまは鏡写しのように拳を引き絞っていた。


「ウラァアッ!!」

「――っ!」


 黒腕と蒼氷中間地点でぶつかり合った。

 威力は完全に同等。

 耳を聾する轟音が相殺の衝撃となって僕たちを弾き飛ばす。


 お互いに空中で体勢を立て直し、周囲の氷塊を蹴って稲妻のように再加速。空中、地上、また空中と何度も激突しては大きく後退する。

 六合目。

 地上に着地した僕は、その瞬間お嬢さまの姿を見失っていることに気付く。気配の残滓が意図的に絶たれた形跡――さっき使った隠形を盗まれたか。


 背後に気配。だが、付け焼き刃の僕を介して伝承したせいか技は更に劣化している。首に伸ばされた手を、振り向きながらの裏拳で難なく払った。

 更に鋼糸を展開。その直線上をまとめて切り裂くと、お嬢さまは紙一重で後退して回避。距離が開く。


 好機。


 経過した時間と氷塊の位置情報を照らし合わせ、僕は直接お嬢さまへと突撃せず、斜め上に跳んだ。

 そこにはちょうど落ちてきていた特大の氷塊がある。重力があり、速度も申し分ない。これ以上ない足場だ。


 全力で蹴り飛ばす。

 全開の禍力を右腕に収斂する。


「【氷結鏡界】」


 お嬢さまは瞬時に腕を突き出し、結界を形成。迎え撃つには威力が高過ぎると判断したのだろう。厄介な判断だ。

 下手な反撃じゃ再生能力のある僕は止まらない。上を取られた以上防御に徹するのが紛れもない最善手である。


 それが分かっていても、僕のやるべきことは何も変わらない。

 僕は最高速度で拳を振り下ろした。


 ――ッッッッッドォォォォォォォォォォッッッッッッッ!!!!!!


 凄まじい爆風が吹き荒れる中、破滅的な音が響き、結界にヒビが入る。あともう少しで壊れそうだ。

 だが――その少しがどこまでも遠い!


 僕が完全に停止した瞬間を見逃さず、お嬢さまは鋭く腕を振る。結界が弾け、僕は後退を強いられる。

 状況のリセット。自爆技で強引に突破されるのを嫌ったか。冷静沈着、やりにくいったらないな。


 最後の氷塊が墜落、破砕する音。

 視界がクリアになる。

 お返しとばかりにお嬢さまは地獄めいた冷気を掌に集中させ、振り上げた。


「【磔刑凍土】」


 その瞬間、僕は直感を信じてバックステップを切った。一度でなく二度、三度――それを追って極大の氷柱(つらら)が天井へと突き上がっていく。まるで鬼ごっこのように。

 五回もそれを繰り返せば、僕は壁まで押し下げられて逃げ場所を失っていた。足元から容赦なく魔法の気配。


 あと一秒以内にここから離れなければ串刺しだ。だが前には壁のような『凍結』の具現が五層も並んでいる。

 ――問題ない。僕なら出来る。いや、僕にしか出来ない。


 前方に飛びながら、右腕を突き出す。


「五連セツナ」


 僕の掌から砲撃が放たれた。一つ、二つ三つ――五つ。氷柱を破壊し、大穴をこじ開けている。

 双連より多い【セツナ】の連続撃ちは威力が落ちる未完成技だったのだが、お嬢さまの概念干渉を貫けているのでそういうこともない。進化が成功した証だ。


 僕は風穴を一つ抜けるごとに速度を増し、跳躍。一気にお嬢さまを追い抜くように直上を取って【セツナ】を撃ち放った。

 死角からの砲撃を、それでもお嬢さまは完璧に防ぐ。指を鳴らす。それを合図に全ての氷柱が同時に砕け散る。


 何を――? 着地した僕は反射的に顔を傾けた。すぐ横を氷刃の直剣が抉って行く。

 今のは氷柱の破片だ。それを操っている。ならば、今の一本で終わるはずがない。


 その予想通り、振り向いた僕の視界を氷刃の雪崩が覆い隠す。まるで吹雪の中にいるようだ。平衡感覚すら失いそうになる。

 この全てが『凍結』を帯びているとすれば、一発たりとて貫かれてはならない。


「……上等だ」


 片っ端から撃ち落としてやる――。

 僕は禍力を鋼糸に伝わせ、自分から吹雪に突っ込んだ。


 さぁ、(めぐ)れ。


 真正面から飛来した十二本を右手の鋼糸で薙ぎ払い、足元から――どうやら軌道も曲げられるらしい――登ってきた七本をバク転を切りながら左手の鋼糸を合わせて防御。衝撃で滞空、着地は諦めてむしろ空中へ。

 背後からの八本を反転しつつ右の鋼糸で弾き飛ばし、頭上からの三本を左の鋼糸で逸らして躱す。すれ違うように昇ってきた十五本の起動変更を予測して右の鋼糸で切り飛ばし、直後一瞬だけ【アーツ】を放つ。体に回転が加わり、前後を挟む二十三本を左の鋼糸で払い除けた。


 空中で僕は舞う。次から次に飛来する氷刃を我武者羅に撃ち落とし続ける。ガガガガッ! と周囲で弾ける火花と衝撃。そのたびに上へ上へと体が昇る。

 空中はカバーする範囲が広くなる分、鋼糸の自由度も段違いに増す。無傷で全て捌き切ることは充分に可能だ、が――。


 半ば無意識に氷刃を防ぎ続ける僕だったが、そこで吹雪が晴れた。

 自由落下に従って着地する。お嬢さまは煌々と輝く右手を悠々とこちらに突きつけた。

 さっきの氷刃の乱射は陽動。僕が対処に追われている間にチャージを完了させる目論見だったようだ。息つく暇もないな。


 しかし、それは僕も同じである。


 そうくるだろうことは分かっていた。だから安易に破壊想を放たなかったんだ。

 お嬢さまと同様に、僕は鋼糸を操りながらもずっと禍力を溜め続けた右腕を突き出した。


「十連セツナ」

「【蒼氷無限】」


 十発の砲撃と千本の氷刃が激突する。

 溜めが同等なこともあり、今度は完全に拮抗している。だが同じ理由で撃ち勝てもしない。読みを通して何とか五分――まだまだ力が足りないか。


 ならば、もっとだ。もっと力を……!


 相殺に終わる。

 衝撃が暴風となって吹き荒れる。

 風と氷の織りなす嵐の中、地上では僕が更なる禍力を、空中ではお嬢さまが更なる魔力を解放する。

 本来不可視なはずのそれらは、あまりの密度に黒と蒼銀のオーラとなって顕現していた。


 お互いの全身全霊が空間を揺らしている。

 ここが勝負の分水嶺。

 震える体は怯えか武者震いか、それとも。


 全てを振り切り、僕は閃光と化してお嬢さまに突撃した。


 お嬢さまは氷結界を展開する。構わず拳を叩きつけるが、あえなく防がれた。

 馬鹿みたいに硬い――知ったことか。通るまでぶん殴る!


 お嬢さまの反撃を速度任せに躱す。

 再突撃。真上から殴る。通らない。

 再突撃。後ろから殴る。通らない。

 殴る。通らない。殴る。通らない。殴る。通らない。


 まだだ。

 まだまだだ!


「グルゥゥゥゥアアァァァアアアアアッ!!」


 咆哮。狼のようにお嬢さまの周囲を駆け巡り、鋼糸を展開。結界ごとお嬢さまを縛り上げる。

 無論、拘束としてではない。これは固定具。僕とお嬢さまを繋ぐためのもの。僕が鋼糸を使う本来の理由そのものだ。


 拳が防がれ、反撃の蒼氷を避ける。距離が開きかけた瞬間に鋼糸を引く。空中を跳ね返るように僕の体が翻り、再び結界に一撃を加える。それはお嬢さまの反撃準備が整うよりずっと早い。

 僕は繰り返す。何度も何度も何度も。あらゆる方向から拳を振るう。既に抜き去ったもののことなど一顧だにせず、一瞬だって攻撃の手を止めはしない。


 結界が拳を防ぐたびに轟音が鳴る。ビシリ、ビシリと硬質の異音が響く。それらは少しずつ、しかし確実に大きくなっている。

 僕は一撃ごとに速く、強くなる。このままだとジリ貧なのはお嬢さまだ――気付いたのだろう、お嬢さまが目を見開いたのが分かる。

 この刹那に限り、戦闘開始時から厳然とそびえ立っていたパワーバランスが覆っていた。


 最後、正面から放った渾身の一撃が結界を打ち破った。

 甲高い破砕音を置き去りに、僕はお嬢さまに拳を振り上げる。


 ――来る!


「【天零刃】」


 僕は咄嗟に砲撃を放ち、反動で身を躱す。

 目の前を、この世の何をも切り裂くような斬閃が()ぎっていく。


 お嬢さまは右手に剣を構えていた。

 透き通るように輝く刀身。極限まで精錬された魔力の光が涙のように零れている。


 ――それはきっと、神にも等しき力。


 着地した僕を追ってお嬢さまが剣を振るう。ここで後退したら負けると判断、精神を集中、同時に肉体を超加速。最高速度に到達して迎撃する。

 目にも留まらぬ三連撃を勘任せに右腕を合わせ、弾いて逸らして打ち払う。更に追撃の袈裟斬りを紙一重で躱して鋼糸で切り返す。


 十二方位からの同時斬撃へ、お嬢さまは剣を一閃。蒼銀の魔力波が飛び出し一つ残らず撃ち落とす。そこから一動作で放たれた反撃の突きを右腕で防ぐが、受けきれずに押し退げられた。

 膝をつく僕へとお嬢さまか迫る。近未来戦闘予測を行使。次撃を読み切る。上段斬り――無意識のうちに体が動き、全身に禍力を巡らせた。


「十連セツナ」


 斬撃が砲撃を真っ二つに切り裂いた。

 そのまま振り下ろし、追従した魔力が根元まで完全に切断する。

 お嬢さまは二又に割れた砲撃の間を走り、神速で肉薄。疾走の低姿勢から、剣を振り上げながら一気に飛び上がる。


 光が走った。

 そして、切り裂かれる。

 僕の――残像が。


「――っ!」

「【身体狂化】」


 唱えた時には僕はお嬢さまの背後にいた。

 リスク付きの身体強化。

 完全解放を超える超解放。

 身体中から血を噴きながら両腕を突き出す。


「百連セツナ」


 世界を消し飛ばすような百の極光。

 瞬間、お嬢さまは剣を自分の胸に突き刺した。

 そして、呟く。


「凍結解除」


 お嬢さまが地上に墜落する。

 しかし、死んでいない。生きている。

 その顔は血に塗れていた。僕ではない。きっと今の僕と同様にオーバードライブによるものだ。


 僕の右手が真下へと、黒く輝く。

 お嬢さまの真上へと右手が白く輝く。


「百連セツナ」

「【白天】」

「百連セツナ!」

「【白天】!」

「百連セツナッ!!」

「【白天】――ッ!!」


 相殺、相殺、相殺。

 限界を超えた砲撃と砲撃の撃ち合い。

 それを三つ重ねたその先に、双方一瞬の隙が生まれる。


 先に回復したのはお嬢さまだった。

 天に掲げていた手を地に叩きつけ、叫ぶ。


「――【白夜】!」


 呼応して、空から魔力の光が落ちてくる。巨大な柱のような白光が何条も何条も。どこにも逃げ場がないほどに。

 辛うじて禍力で防ぐも地上に叩き落とされる。体勢を立て直しながら正体を看破。辺りに散った【白天】の、そしてこれまでの残滓魔力を集めた魔法か。ならばもう次はない!


 僕は光の柱が突き立つ中を、視界も定かでないまま突撃する。

 右腕を引き絞り解放。お嬢さまの斬撃と相殺し、衝撃で魔力の残滓が吹き飛んでいく。

 彼女の姿を視認すると同時、【セツナ】を撃つ。隙を作る――そんな目論みをお嬢さまは一刀のもとに切り捨て、再突撃した僕にカウンターを合わせた。


「【白天】」


 概念干渉に匹敵する極密度の魔力砲撃。

 零距離。視界が白く染まる。

 避けるべきだ――生存本能の警鐘を無視。

 僕はその場から動かず、両腕を前に突き出した。


 魔力と禍力を注ぎ込んで受け止めにかかる。

 何も見えない。何も感じない。

 耐えられないか。死ぬか。

 問題ない。大丈夫。


「加速再生ェエエ!!!」


 クレハと共に編み出した技を行使。

 再生速度を限界突破させ、本来防げない一撃を無理矢理に防ぎ切る。


 左右に腕を薙ぎ払った。

 永遠に思えた白い光が絶える。

 全てが現実に回帰する。

 お嬢さまの顔が見えた。


 僕は両腕に全霊を込め、叫んだ。


「――白、天ッ!」


 純白の魔力砲撃が僕の腕から(・・・・・)放たれた。

 お嬢さまは咄嗟に剣で切り裂くも、目を見開いている。ラーニング――相手の技を自分のものにする戦技。魔法といえどやればできるものだな。


 無論、威力は比べるべくもないほどに劣化している。

 だが意表を突けたはず。一瞬以下の刹那だろうが命を奪うには充分だ。


 僕はトドメを刺そうと最後の一歩を踏み出し、


「――知っていたわ」


 その時、お嬢さまも同時に一歩を踏み込んでいた。


 同速。

 運否天賦の領域。

 お互いの顔に引きつったような笑みが浮かぶ。


 僕達は止まらなかった。


「【セツナ】」

「【白天】」


 何かを殴る感触と、何かが体を切り裂く感覚が連続して訪れた。

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