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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
異界化区画攻略作戦
145/171

あなたが落としたのはメンヘラの後輩ですか?

読む人いなくなっても完結はさせるので大丈夫です

誤字報告ありがとうございました。

 魔力砲の残滓が晴れると、目の前には瑠璃色の光壁が出現していた。

 ミオ固有の魔力光――結界魔法が間に合ったことを見て、僕は舌打ちをする。


 零距離で【アーツ】を直撃させたのに傷一つついていない。なんて硬さだ。


「――ハルカ先輩、会いたかったぁ」


 ミオが腕を振ると結界が霧散する。その手にはいつの間にか身の丈ほどの白い大鎌が握られていた。

 白衣同様、こちらも随分構えがサマになっている。迂闊に踏み込めばその瞬間に胴と脚が泣き別れだろう。低く見積もってもAランク下位程度の想定は必要か。


 ミオ。

 先代のムラクモで僕の後輩だった。

 第八期副長である【医聖】トキワに師事し、彼女が創造した再生魔法を受け継いだ稀代の医療魔導師だ。


 そんなお偉いお医者様は、大鎌の刃をぎらりと光らせてにこりと微笑んだ。


「これからは、ずっと一緒ですからね!」


 同時、床を這うように薙ぎ払われた大鎌を、足首を切断される寸前で何とか躱した。

 そう来るだろうと予測していたから間に合った――が、予想以上に速い! 後手に回ればそのまま押し切られる!


 重心を後ろから前に入れ替え、床を蹴って一気に飛び出す。


「【キリサキセツナ】!」


 砲撃に紛れて展開していた鋼糸に魔力を通し、一気に展開。振り上げる。

 脳死で防御してくれれば先んじて手足を切り飛ばせたのだが、ミオは冷静に出入り口から廊下に後退。僕も追うように距離を詰めて廊下に飛び出した。


 瞬間、ミオの迎撃の一閃が迫る。これも読んでいたので跳躍して回避。天井を経由した三角飛びで頭上から鋼糸と共に襲い掛かる。

 打撃と斬撃を重ねて放つが、ミオは大鎌をバトンのように回転させてその双方を弾き飛ばした。


 ……硬い立ち回りだ。今ので決めるつもりだったが完全に対応された。

 僕は勢いに逆らわず、大きく跳んで距離を取る。周りに人影はない。巻き込む心配はひとまずないか。


 着地して、油断なく見遣る。

 ミオはその場に留まったまま、不思議そうに首を傾げていた。


「……あれ? もう、なんで逃げるんですかぁ」

「ハッ、刃物を持ったキチガイに襲われたら誰だって逃げるっつの」

「え、だって【ムラクモ】に戻ってくるならミオが全部先輩のお世話するんですよ。じゃあもうそんな手足要らないじゃないですか。むしろもうどこにも行かないように切除しなきゃ。ね? 一回ミオから逃げ出した悪い手足にバイバイしましょう?」

「おい、頼むから僕にも理解できる言語で喋ってくれないか」

「だってだって、ハルカ先輩、昔言ってましたよね? お医者様の言うことは絶対って。だからトキワ先生の言うことを聞かないとだめだって。だからミオ、たくさんたくさん勉強してお医者様になったのに……ねえ、ねえ、嘘ついちゃだめですよ。ミオの言う通りダルマになってくださいよ」

「悪いけど、覚えがないね。そこまで言うなら処方箋の一枚でも持って来れば?」

「ええ、書いてあげますよ? そんなの何百枚だって……あァ、そっか! ハルカ先輩、マゾだから、本当にたくさん書いて欲しいんですね! それだけたくさん怪我したいって、遠回りに誘ってたんですね! 分かりました! ミオに任せてくださいね!」


 ……こんなのが医者やってるとか東京コロニーってマジで人不足なんだな……。

 げんなりしつつも、僕とてミオを殴る理由はある。退く気はなかった。


 コイツは極度のメンヘラだ。

 身バレした以上どこまでも追ってくる。

 なので、記憶をなくすまでぶん殴らなきゃいけない。


 幸いここは閉所。

 鋼糸のような暗器の独壇場だ。

 再生魔法使いなら多少やり過ぎても自分で治せるだろう。


 僕は鋼糸に魔力を通しながら、ゆっくりと姿勢を落とした。


「やれるもんならやってみろよ、雑魚」

「もう、ハルカ先輩ったら口悪いんだから。ミオの名前しか呼べないように脳みそ弄らなきゃ。えへへ、チクッとしますよー」


 大鎌をくるくる回し、後ろ手に構えるミオ。その舐め回すような視線からして頭蓋の上半分を切り飛ばす気だろう。ゾッとするね。

 よし、僕も方針を決定。腹を殴って窓の外に飛ばしてから【アーツ】で焼く。これで行こう。


 左腕に魔力を充填しつつ、じりじりと距離を測る。狙うは後の先――


「――動くな」


 まさに動き出そうとしたその瞬間、後ろから首筋に鋭く光る何かを突きつけられた。

 その正体は短刀。ミオに集中しすぎるあまり、何者かの接近を許してしまったらしい。これはやらかしたな。


 そして、その声にも聞き覚えがある。

 ちょっと前にムラクモで戦った、シグレの弟子のホタルだ。


 幼くともムラクモの一員。それなりの手練れだ。

 この状況をひっくり返すのは、少し難しい。


「……降参、降参。僕の負けだ」


 ゆるゆると両手を上げる。絶好のチャンス――にも関わらずミオが攻めて来ない。どうしたんだろう。

 そう思って向こうを見ると、なんと彼女の首にも同じように刃が突きつけられている。後ろに回り込んでいるのは、クレハか。


 クレハは僕が見ていることに気づくと、パチンとウィンクを送ってきた。


「はい、あなたも武器を引いて」

「……はぁ〜い」


 渋々ミオが武器を仕舞い、クレハも太刀を鞘に戻す。同じようにホタルも僕の首元から短刀を離した。

 ……ここで水入りか。名残惜しいが、記憶を飛ばすのはまた次の機会だ。それまでにメタっておこう。


 それはそれとして、ファインプレーだったクレハにお礼を言わないと。


「クレハ、ありがとう。助かったよ」

「どういたしまして。突然戦い出すからびっくりしちゃったよ。でさ、お兄さん。時間は大丈夫なの?」

「……あ」


 やばい。

 こんなアホやってる場合じゃなかった。

 サボりがバレる。

 光の速さで帰らなければ。


 近くの窓にダッシュで向かい、クレハにピッと手を上げた。


「じゃあな、クレハ!」

「はいはい。頑張ってね」


 そして挨拶もそこそこに、僕は飛び降りた。


「………………学院?」


 どこかの誰かの、そんな不吉極まる呟きに気付くことなく……。





 その後。

 学院に戻ると、組み手の時間はとっくに終わっており、サボっていたのが普通にバレた。


 結果教官にシゴキ倒され、挙句ワンチャン留年どころか、次の期末で相当いい結果を出さなければ留年することが確定したのだった。





「馬鹿じゃねえの?」

「馬鹿なのか?」

「……………………ハイ」


 そんなわけで翌日、朝。

 教室で梶浦と藤城にその話をすると、心底アホを見る目で見下された。


 実際僕がアホだったので何も言い訳はできない。

 揉み手をしながら友達二人に伺いを立てる。


「その……なにかいい方法はないですかね……?」

「普通に期末で良い結果を取るしかないだろう」

「普段から適当にやってるからそうなるんだよ。今から取り返せ」

「あと期末まで二週間だ。俺達と喋ってる時間があれば、ハチマキでも巻いて勉強していろ」

「死ぬ気で努力しろ。それしかねえから」

「ぴえん……ッブォ!?」


 アリスを真似してたら通りすがりの汐霧にぶん殴られた。僕は床に後頭部を強打してぶっ倒れる。

 揺れる視界の中で、当の汐霧はさも殴ってから気づいたという様子で、あれまあと驚くフリをしていた。


「ごめんなさい。無意識に手が……」

「ああ、いいよいいよ。ユウヒちゃんがやってなかったらオレがやってたわ」

「あの……遥。これ完全に善意なんですけど、その顔やるのやめた方がいいですよ? 衝動的に殺されても裁判で負けます」

「そ……そんなに……?」


 法律が殺意に敗北するほどってお前。そこに負けたらそれこそ終わりじゃんか。

 でも、実はこれやるの結構楽しかったりする。えいえい、ぴえんぴえん。


 一方、汐霧は机の横に荷物を下ろしてから会話に入ってくる。


「なんの話をしてたんですか?」

「コイツがすげえ馬鹿って話」

「あー……」

「馬鹿をやるにもせめて空気を読めばいいものを……」

「仕方ねえだろ。馬鹿なんだから」

「まあ……馬鹿じゃない遥ってそれ別人ですしね……」

「ヘイ諸君知ってるか? 僕泣いたらキモいよ」

「「「だろうな」」」


 はい。


「ていうかさぁ、藤城だって人のこと言えなくない? お前も座学できないマンじゃん」

「おうコラ一緒にすんな。オレはお前と違って日頃からちゃんとやってんだぞ」

「えー? 嘘つくならもうちょっとまともな嘘つこうよ藤城氏ぃ〜。春のテスト僕の3倍出来なかったのもうお忘れ?」

「うっぜえ……つーかありゃ問題文が読めなかっただけだ。配慮が足りてないんだよ配慮が。悪いのは全部問題文。オレは悪くない。オーケー?」

「……た、たしかに?」

「いやなんですかそのガバガバな理論……」


 汐霧の呆れ声で我に帰る。

 あっぶね。今普通に納得しかけてた。


「マジな話に戻すけどよ、ハルカお前、相当やべえんじゃねぇか? 座学は最悪何とかなるにしても、実技が壊滅的なんじゃどのみち落とされるだろ」

「うっ、痛いところつくなぁ。でも期末の実技はサバイバル演習でしょ? 運さえ良ければ何とかならないかなーって思ってたり」

「……難しいな。試験の評価形式は生存時間と撃破人数で決まる。お前のような落ちこぼれは真っ先に標的にされるだろう」


 そうなるとどれだけ逃げてもどこかで逃げ道を塞がれてしまうか。獣狩りみたいな感じで。

 となると、強い人に守ってもらうのが手っ取り早いんだが……。


「うーん……生徒間同士の談合は出来るんだっけ?」

「そういうのも含めて実力だからな。可能だったはずだが……お前にアテがあるのか?」

「ハルカ、オレら以外に友達いないだろ」

「あとはナツキさんくらいでしょうか。でも彼女も多分ダメですよね……」

「えっ、えっ、みんな冷たい。助けてくれないの?」


 我関せずとも言わんばかりの態度にびっくりする。あれ、もしかして友達と思ってたの僕だけだった? 泣きそう。

 すると藤城が気まずげに頬を掻き、言った。


「そういうわけじゃねえけどよォ。言い辛いんだが、オレ達は今回の試験免除になってるんだよな……」

「部隊編成でソロを許可された人……戦闘技能判定か魔法技能判定でSを取った人ってこういう試験って免除になるんですよね。あまりにも周りとレベルが違いすぎますから」

「また、正規ランクでC以上の者も免除になる。流石にそこまで行っている学生はまずいないんだが……」


 汐霧。Aランク魔導師。

 梶浦。正規軍少佐階級。Bランク中上位相当。

 藤城。戦闘技能成績S判定。

 お嬢さま。同じく魔法技能S判定、戦闘技能S判定。


 えっ……僕の周りの連中、強すぎ……?


「じゃあ……今度の試験受けるの、この中だと僕だけ……?」

「…………」

「…………」

「…………」


 答えはなく、代わりに合掌が三人分ほど返ってきたのだった。


 ……嘘だあ……。

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