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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
異界化区画攻略作戦
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いつか昔の有言実行


 この二人は四週間前の教団事件から行方不明となっていた。

 彼らが追っていた教導者は雑魚で、こいつらが行方不明になるのもよくあることだったから心配もしていなかった。


 そう、教導者は雑魚だった。断じてシグレたちを殺せる器ではなかった。

 それが何故……いや、怪我をして、だが、この二人が入院するほどの負傷を? どうして。一体何があったんだ。


 思考がまとまらない。

 この二人が負傷して、寝込んでいる。

 その事実が受け入れられないでいる。


「……怪我の具合は?」

「あはぁ、ハルカ。なぁに、心配してくれてるの?」

「誰が。お前は殺しても死なないゴキブリみたいな女だろうが」

「あ、ひっどーい。ねえシグレ今の聞いたー?」

「…………」


 シグレは無視して読書に戻っている。紅雛が何事か話かけているが一貫して無反応。聞いているのかさえ怪しい。


「んもー。あ、なんだっけ。怪我? このくらいすぐ治るんじゃない? 骨とか内臓とかちょっとやられちゃっただけだもん」

「主治医の話では額と頭蓋後部にヒビが入っているそうだ。体の方も複雑骨折が二箇所、粉砕骨折が五箇所。レベルⅢ火傷、魔力欠乏、急性魔力中毒の症状有り。またそれらによる擬似的半側空間無視。……ちょっととは言いようだな?」

「……うるっさいなぁ。私今ハルカと喋ってんじゃん見て分かんない? 雑魚のくせに……ねえ、ぶっ殺されたいの?」


 そう言ってガチの殺気を梶浦に向けるアリス。梶浦は苦笑して一歩下がる。この二人が……というかアリスの梶浦への当たりが強いのは前からなので特に珍しいことでもない。

 しかしAランク最上位の魔導師がそこまでボロボロにされるとは。人外じみた生命力を誇るアリスだから助かったようなものだ。


「シグレ。お前の怪我は?」

「目蓋を切った。他に治療が必要な外傷はない」

「ずるいよねえ、ずるいよねえ! 私こんなにダメージ受けてるのにさぁー」


 ぷんすかとアリスがベッドの上で跳ね回っている。点滴の管が抜けないか心配で気が気じゃない。

 この反応からしてシグレの言葉は事実だろう。本人を見ても包帯一つ巻いていないし、どこかを庇っている様子もない。


「じゃあ、どうしてここに?」

「アリス達が騒ぐから付き合っている」

「だって一人じゃ暇なんだもーん」

「……はぁ。驚かせるなよ。アンタのその姿は心臓に悪い」

「……ハルカ。心配を掛けたか」

「ハッ。そりゃ、仮にも最強の剣聖様がそうやってベッドと友達やってたらね。僕じゃなくても驚くさ」

「……そうか」

「そうだよ。もうするなよ。次からこんな奴ほっといていいから」

「……やーっぱりシグレにばっかり優しいよねえハルカ。お姉ちゃんにももう少し優しくてくれてもいいと思うんだけどな〜?」

「うるせえ黙れブス。誰が姉だ殺すぞ」

「ぴえん」


 そのクソむかつく顔はなんなんだ。

 この女マジで殺してやろうか。


「茶番は終わったか? なら話を進めるぞ。アリス、シグレ。あの任務の後に何があった。お前達は何と戦った?」

「あ? 話す義理ないんだけど」

「ならば上官反逆罪としてこの場で斬首する。今のお前とシグレ、まさかこちら三人に敵うとは思っているまい?」

「おい、勝手に僕を巻き込むな」


 あとその想定甘いよ。コイツらなら僕ら三人余裕で殺せるぞ。

 神聖な病室をこいつらの薄汚い血垢で汚すわけにはいかない。僕は仕方なしに仲裁に入る。


「あーもう少し落ち着け。お前ら殺す殺す言い過ぎな。アリス、弱みを見せたお前の負けだよ。イキってもどうしようもないんだからさっさと話せ。誰にやられたのか、何があったのか。大体分かればそれでいいから。梶浦もいいな?」

「……ハルカの顔に免じてここは引いてあげる。いつか絶対殺すからな」

「すまないな、遥。ここに連れてきた甲斐があったよ」


 梶浦の言葉は無視。こんなストレスフルな役を回されて誰が喜べるか。


「アリス、お前達をやったのは誰だ?」

「可愛い女の子。強かったぁ」

「女の子……知っている相手か?」

「んーや、初対面だよ。もうすっごい美少女だったの。名前も聞いたんだけど秘密〜。シグレも言っちゃダメだからね!」

「……。いいけどね。それで、そいつと戦って返り討ちに遭ったと」

「はー!? そんなわけないでしょ! ちゃんと同じくらいボコボコにしたもん! 腕とか足とか吹っ飛ばしたもん!」

「ああ、じゃあ殺したのか。死体は回収してるのか?」

「それがねえ、殺せなかったの。爆砕叩き込んだのに死んでなくてさあ。驚いちゃって、その瞬間にズドーン! ってさ」

「……お前の爆砕を耐えた?」


 爆砕とはアリスの概念干渉。応用が利かない代わり、破壊力は僕の知る概念干渉の中でも群を抜いている。

 その直撃を耐えた? そんな馬鹿な。


 僕の問いに、アリスはこてんと首を傾げた。


「んー、耐えたって言うより再生したって感じかなぁ。ほら、トキワⅡ使ったハルカとかクー公とか。大体あんな感じ」

「再生魔法か。まさかトキワとミオ以外に使える奴がいるなんてな……」

「めっちゃいろんな魔法使ってたしA最上位はあるんじゃない? 火力も身体強化ももーほんとすごかったの。それでとってもかわいいんだもん。また戦いたいなあ……」


 うっとりとアリスは言う。コイツに目をつけられるとはその美少女とやらも運がない。犯罪者とはいえ同情する。


「はい、おしまい! これ以上は実際に戦った私たちだけの思い出だもん。部外者には教えてあげない。ここまで話したのだってハルカだからだよ。ね、どう? どう? 好感度上がった?」

「感謝はするよ。礼は梶浦が払うってさ」

「治ったら戦ってよ。軽くでいいからさ、リハビリに付き合って。それくらいいいでしょ? ね? ね?」

「気が向いたらな。梶浦、これでもういいか?」

「ああ。少なくともデウカリオンとやらが原因でなかったこと、強力な魔導師崩れの犯罪者がいたことが聞ければ十分だ」


 ……その程度のことすら聞き出せないってどんだけ仲悪いんだよ。

 努めて呆れが顔に出ないように意識しつつ、ああそうだ、と僕はあることを思い出す。


「クレハ、ちょっとこい」

「ん、なに?」

「……クレハ?」

「そう。シグレ、コイツの名前はクレハだ。僕がそう名付けた。勝手に名前を借りたからその報告」


 紅刃(クレハ)。万象断ち斬る無双の刃。

 その名がよく似合うと思って付けた名だが、よくよく考えれば許可とか何も取ってなかった。魔導師界隈で著作権は絶対。訴えられたら普通に負けてしまう。


 まぁシグレがそんなこと気にするとも思えないが……それはそれ。事後承諾となるが、いい機会だし紹介しておこう。

 予想通りシグレはさして気にした風もなく、そうか、と言った。


 その様子を見て、クレハが袖を控えめに引っ張る。


「お兄さん。この人が……?」

「うん。シグレって言って、東京コロニーで最強の刀使い。お前の名前の元となった魔法の使い手だよ」

「……そうなんだ。シグレさん、クレハだよ。名前勝手に使ってごめんね。よろしくね」

「…………」


 シグレはその光を映さない両目でクレハをじっと見た後、傍らの壁に立てかけられていた刀を一本取った。

 反りが大きい、太刀に分類される日本刀。鞘に収まっているにも関わらず、背筋が凍るような威圧感を放っている。一見して分かる大業物だ。


 まさかとは思うが、実はキレてて切りかかって来たりしないだろうな……?

 警戒する僕を他所に、シグレはひどく淡々とした手付きでその太刀をクレハに差し出した。


「えっと……?」

「……銘を業火(ごうか)。魔力加工は済んでいる」

「……使えってこと?」

「武器を失ったばかりなのだろう」

「た、確かにそうだけど……」


 なんでこの人知ってるの? とクレハがこっちを見てきたので首を横に振る。

 曰く見ただけで人の武器が分かるんだとか。どういう習性してるんだろう。


「必要なら使えばいい」

「でも……ワタシ、刀なんて使ったことないよ? それなのにこんなにいいもの貰っちゃっていいの?」

「基礎的な使い方ならハルカに教われ」

「じゃあ……うん、使うね。ありがと、シグレさん」

「…………」


 こくりと頷き、シグレは読書に戻る。一方至極珍しいものを見た僕とアリスと紅雛は顔を見合わせる。

 シグレが誰かに刀を譲るなんて初めて見た。他の二人も同じらしい。なにかクレハに感じるものでもあったのかな。


 かつてのクレハの精神の具現、【血塗れ女】は絶対切断に等しい切れ味を誇っていた。

 そこら辺に親近感でも覚えたんだろうが、よく分からん。骨の髄まで戦闘機械な奴の心理とか分かってたまるか。


「あー……それじゃ、今度こそ帰るか。梶浦、今日の迷惑料忘れるなよ」

「いいから学院に戻れ。留年しても知らんぞ」

「理不尽が過ぎる」


 絶対に呼びつけた奴の台詞じゃねえが、しかし梶浦の言葉も最もだ。早く学院に戻らないと僕の成績が本当にやばい。

 挨拶もそこそこに僕は病室を後にしようとして、扉に手を掛けた――はずだが、空を切った。


 直前で扉が開いたのだ。

 当然の帰結として、扉を開けた人物が病室へ入ってくる。


「シグレ、アリス。定期検診の時間――」


 僕の目の前で動きを止めたその人物。

 知っている顔だ。

 深海を思わせる青色の髪と瞳。ハーフアップに結われた髪は僕が知る頃より少しだけ長くなっていて、前髪が喪に服すように一房だけ黒く染められている。


 二年経っても変わらず大きすぎる貰い物の白衣は、けれど少しだけ似合うようになっていた。

 僕はその、今の持ち主の名前を呼ぶ……代わりに。


「――ハルカ……」

「【アーツ】ッ!!」

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