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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
異界化区画攻略作戦
143/171

高校サボって小学校に行く男

◇◆◇◆◇



 汐霧が人気者になった影響は学院の授業にも表れていた。

 実戦形式の組み手など、これまでの汐霧は相手がいないせいで雑魚(ぼく)と演習場の端っこで細々やるしかなかった。

 それが今はたくさんのクラスメイトに囲まれて、自身が相手をしたり、戦っているところを見たりしてアドバイスをしてあげている。


 数ヶ月前までぼっちだった人間とは思えないが、あれだけ強くて性格がいい奴が放って置かれる方がおかしいっちゃおかしい。収まるところに収まったとも言える。

 翻って僕はというと、愚図の落ちこぼれなので相手はおらず、暇を持て余すことが増えた。


 梶浦は忙しくて学院に来れていないし、藤城も最近姿を見ないし、お嬢さまはそもそも組み手をやらないし。

 一人でやるにも人の目があるところで出来ることなど限られているし。


 一度時間の無駄だと感じてしまえば、我慢する気などもう起きるわけもなく。

 そんなわけで藍染からパクった隠形で教官の目を盗んでエスケープして、図書室で勉強することが日課となったのだった。


 一週間弱という短い期間だが、毎日集中して取り組んだ甲斐もあり座学の成績はメキメキ上がってきた感がある。

 キリのいいところまで終わらせて、伸びをする。時刻は午後1時を回ったところ。気持ちのいい陽気が程よい眠気を運んできている。


「あ、そういえばクロハどうなったんだろ」


 今日はクロハの編入日だった。朝は彼女に付き添って小学校に寄ってきたのだが、この世の終わりかってくらい緊張していたのを覚えている。

 心配……ってほどでもないが、上手くやれてるだろうか。草薙付属の学校なので生徒層に一定の品位はあると思うが、それでも糞みたいな奴はどこにでもいるものだ。


 ……授業が終わるまで、あと一時間くらいか。



 草薙の付属小は学院から徒歩二十分程度の場所にある。

 クサナギ学院もそうだが、通っている生徒は良家だったり階級の高い軍人の家の子が多い。それ故に犯罪に巻き込まれるリスクが高く、生徒以外の自由な立ち入りは認められていないそうだ。


 いくら藍染の隠形といえど、一分の隙もなく敷かれた大量のセンサーとカメラを誤魔化すことはできない……いやまぁ本人なら出来たかもしれないが、少なくとも僕の付け焼き刃では不可能だ。

 よって今、僕は正門にへばりついて、パンドラアーツの視力をフルに使ってクロハの教室を覗き見ようとしていた。


「6A、6A……あ、いたいた」


 ちょっと注視して読唇。黒板の内容から、どうやら算数の授業でクロハが教師に当てられて起立したところらしい。

 ちょっと難しめな問題だったから心配だったが、彼女は難なく正答して着席する。周りから称賛の拍手。


 クロハはお澄まし顔だが、どことなく満更でもなさそうなのはきっと気のせいじゃない。

 うん、どうやら楽しく過ごせているようだ。いじめられてもいないようだし……というかアレ、学校生活に関しては僕よりずっと上手くやれているかもしれないな。


「……えっと、1、1、0。えー、付属小の正門に女児を覗き見ている不審な男性がいます。急いで来てください」

「ごめんなさい怪しい者じゃないんですぅ! 何卒通報だけは――……あ?」

「あはは。やっほ、お兄さん」


 光の速さで振り向いた先には、ひらひらと手を振る赤髪の少女の姿。クレハだ。


「なんだよお前かよ。ったく、焦らせないでくれ」

「ごめんごめん。でもお兄さん、セミみたいに張り付くのはどうかと思うよ? 通りがかったのがワタシ以外だったら絶対通報されてたと思うなぁ」

「ハハッ、ぐうの音も出ねえ」


 見た目完全に炉でペな犯罪者である。僕だったら反射で通報してるなそれ。


「なに、お前もクロハの様子見に来たの?」

「そんなとこ。あの子、どうかな。上手くやれそう?」

「僕の100倍は。どっかのお姉さんの教育がよかったんだろうさ」

「どっかのお兄さんを反面教師にしたからじゃない? でも、そう。そっか。それなら良かったよ――」


 クレハは自分のことのように嬉しがる。それだけでコイツがどれだけクロハのことを大切に思っているか分かるような気がした。

 彼女と並んでクロハを眺める。すると勘づかれたらしく、クロハがこちらを向いた。


『……!』


 びっくりした表情を浮かべる彼女に小さく手を振る。クレハも同じように手を振りつつ『がんばって』と口パクした。

 ただ、流石に恥ずかしかったのだろう。べ、と舌を出した後、勢いよく窓から顔を背けた。


「あはは、可愛いねえ」

「アイツは僕らと違って捻くれてないからな。可愛げあるよ。いいことだ」

「だねえ。うーん……さっ、あの子の様子も見れたしワタシは帰ろうかな。あ、お兄さんこのあと暇?」

「いや、僕は授業に戻らないと……あん?」


 途中、振動した携帯に言葉が遮られた。

 表示を見ると何やら通信が届いているらしい。相手は……梶浦?


「もしもし、僕だよ」

『……繋がった? ああ、サボっていたのか』

「お説教はやめてよね。それ言ったらお前も仕事で来てないじゃん」

『しないから安心しろ。むしろ丁度良かった。今から学院を抜けて来れるか?』

「出来るよ。どこに行けばいい?」

『中央医療センター。魔導科の一階で合流しよう』

「了解。そうだな……三、四十分くらいで行けると思う」

『ああ。待っている』


 そこで通話は切れた。携帯をポケットにしまうと、クレハが首を傾げる。


「誰?」

「梶浦。中央病院に来いってさ」

「ふうん。ねぇ、それワタシもお兄さんに付いて行ってもいい?」

「いいけど……多分厄(ヤク)いぞ。分かってるだろ?」


 クレハとは過去の記憶を共有しているため、知ってはいるだろうがそう注意しておく。

 こうした梶浦からの急な呼び出しはよくあることで、大体が奴の仕事の手伝いだ。しかし直属の特務部隊を持つアイツがわざわざ僕に頼ってくるような事案といえば、間違いなく厄介事にして面倒事である。


 話を聞くだけで巻き込まれる可能性もないとは言えない。今のクレハを巻き込むのには少し抵抗がある。


「んー……ま、大丈夫だよ。それよりこういう時お兄さんを一人にする方が面倒くさいことになるってワタシの勘が言ってる」

「ひどいこと言う」

「それにさ、もし危なくなってもお兄さんが守ってくれるでしょ?」

「そりゃまぁ……本当にそうなったら頑張るけど。あんまり期待はするなよ」

「あは、じゃあ安心だ。梶浦さん待たせちゃ悪いし早く行こう」

「はいはい」


 腕を引っ張るクレハに引きずられるようにして歩き出す。

 しかし梶浦め、最後まで用件を言わなかったな。何か秘匿性の高い(もうかる)事案と見るべきか。最近は使う一方だったし、銭ゲバの本領発揮といこう。



「来たな。こっちだ」

「わあ、クレハちゃんも来たんですねえ」


 中央医療センター、魔導科では梶浦、それから紅雛が待っていた。

 呼びつけた詫びにかジュースの缶を投げ渡してきたので隣にパス。慌ててお手玉するクレハを尻目に、早速歩き始めた梶浦に付いて行く。


「で、今日の用件は?」

「見舞いだ。事情聴取も兼ねている」

「……それ、僕を呼んだ意味ある? 拷問ってわけでもないんでしょ?」

「当たり前だ。こんな公共の施設で出来るか」

「だよな。じゃあ、何で?」

「見舞いの相手が相手だからな。お前がいた方が口の滑りが良くなるんだよ」

「要領得ないなぁ……もっと分かりやすく言ってくれよ」

「着けば分かるさ」


 そうして案内されたのは、複数人用の高級病室が立ち並ぶ階層。

 梶浦はそのうちの一室にさっさと入ってしまう。よほど気心の知れた仲なのかノックもしない。おかげで名前を確認する暇もなかった。


 室内のベッドは四つ。手前二つは空いている。奥はカーテンで遮られているが、二つとも埋まっているようだ。彼らが目当ての人物だろうか。

 先に行ってしまった梶浦を追って、カーテンを潜る。すると――


「――あれっ? わぁ、わぁ、ハルカじゃーん! 私たちの病室にいらっしゃーい!」

「…………」

「あ……アリス!? シグレッ!?」


 半分以上が包帯で覆われた顔で笑うアリスと、読んでいた本から顔を上げるシグレ。

 二人とも、病衣なんていう視覚情報だけでゲロ吐きそうなほどミスマッチなものを着込んで、ベッドの上にいた。

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