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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
異界化区画攻略作戦
142/171

交わりません。叶うまで



 流石に貴重なデートの時間を全て潰すつもりは梶浦にもないらしく、昼ご飯の後は解散となった。

 その後僕たちは再び買い物の流れとなり、服やアクセ、ゲームや玩具、本や雑貨など目についた店を覗き回って過ごした。


 例えば汐霧が魔法少女ステッキで変身シーンを完コピして店のPVにされたり、クロハが買ったゾンビゲームのサンプル映像に全員残らずビビったり。

 はたまた咲良崎が立ち読みしてた経済学の本が全くもってちんぷんかんぷんだったり、クレハが妹達の墓前に飾る花について一緒になって悩んだり。


 総括すると、結構楽しい時間だったんじゃないだろうか。

 その証拠として、気付くと時計の短針は斜め左下、夕刻の終わりを指していた。


「では私たちはこれで」

「じゃね、お兄さん。クロハにユウヒも」


 事前に話した通り、今日の夜から家の改装が終わるまでの間、咲良崎たちは離れて暮らすこととなっている。

 彼女たち本人から説得して貰ったはずだが、それでもクロハと汐霧は不満そうだ。


「……本当に行ってしまうの? 別にハルカが言ってたことなんてどうせ起きないに決まってるわ」

「そうですよ。本当に離れることなんてないのに……」

「こーら、だめだよ。そんなこと言って、もし本当に起きたらみんな死んじゃうかもしれないんだよ?」

「いい子ですから分かってください。たった少しの我慢でリスクを軽く出来るんです。二人とも、こういう手間を惜しむのは良くないことですよ」

「はは、いやぁ迷惑をかけるね二人とも」


 へらへら笑って言うとこの場の全員から『お前のせいだろクズ』という視線を向けられた。すごすごと引き下がる。こっわい。

 とはいえ家事万能の咲良崎に一番大人なクレハの組み合わせだ。生活能力に関しては心配することなく、むしろ僕たちの方がよほどである。


「と、儚廻様。ずっと黙ってましたけど、解散前に何か言い忘れてることあるんじゃないですか?」

「ん? ああ、謝罪が足りないって?」

「あはは。そんな一銭の価値もないゴミ、このサキちゃんが欲しがるわけないじゃないですか」


 じゃあ何だよと聞く寸前、咲良崎に肩を押されたクロハがおずおずと一歩進み出る。

 今日一日、いろんな服を比べて、その中でも一等気に入ったものをそのまま着て、美容院にも行って流行りの髪型に整えた彼女の様子。照れくさそうで、恥ずかしそうだったが、期待しているようでもあって、そしてちょっとだけ誇らしげなものだった。


 それで察した。

 ああ、うん。

 それ忘れてたのはねえわ。


「とてもよく似合ってるよクロハ。今のお前は僕が見てきた女子小学生の中でも一番可愛い。保証しよう」

「……そ、そう?」

「ねえ変態。その褒め方もうちょっとどうにかなりませんでした?」

「咲良崎たちもありがとね。こればっかりは僕じゃどうしようもなかったから」

「会話……まあいいです。こっちも楽しかったので気にしないでください。クーちゃん、また遊びに行きましょうね」

「ええ、こちらこそ。……次は手加減をしてね?」


 そのお願いは承諾も拒否もせずに笑って流し、咲良崎たちは去って行った。

 小さくなっていく後ろ姿を不安そうに見送る汐霧とクロハに、僕はへらへらと笑い掛ける。


「そんな心配しなくても大丈夫だよ。別に会うのを禁止するわけじゃない。いつでも会えるさ」

「……うるさいですだまればか」

「ごめんって。すぐに業者さんにお願いするから。ね?」

「……はやく。なるべくはやくよ」

「うん。分かってる」


 咲良崎もクレハも、二人にとってとても大事な存在だ。そのどちらもが一度はいなくなり、いくつもの奇跡が重なって戻ってきた。

 だからまたいなくなるかもしれない――そう思ってしまうのも無理ないだろう。


 ああ、そうとも。

 それを分かっていて二人を引き離した。

 だから僕が全部悪い。あっはっは。


「さ、帰るよ。今後の方針について話し合わなくちゃね」

「…………」


 カラカラと別人のように回る口の軽さが、今だけはありがたかった。



 話を戻すが、一番の問題は僕の学院での実力が演技だと――実際魔法技能と学力については本気なのだが――バレてしまうのが問題である。

 人の口に戸は立てられない。そしてクサナギ学院には親や兄弟が軍関係者の生徒がたくさんいる。


 ちょっと調査力のある学院生なら、軍の遠征部隊に僕と汐霧が参加することはすぐに調べられるはずだ。

 参加しないという選択肢はなく、参加すること自体は隠せない。その上で遠征後も変わらず僕が落ちこぼれのクズであると思われ続けるにはどうしたらいいか。


 ……いや、最悪そうなるのは構わない。

 もうお嬢さまと藤城と出会えている。

 僕がいつ死んでも、あの二人ならきっと妹の力になってくれる。


 ならば問題は僕の評価ではなく、僕の目的にある。

 第三者から見れば僕が遠征に参加する正当な理由はない。梶浦が誘う理由だって謎だ。そこに着目する輩もきっといるに違いない。


 僕が【ムラクモ】に属していたことを知る者は少ない。

 当時交流があった連中と、軍の上層部だけだ。


 僕の目的が妹を救うことだと知る者は更に少ない。

 氷室とクロハ。そして汐霧と咲良崎とクレハだけだ。


 そして僕の妹がパンドラアーツであることを知る者は僕以外にいない。

 氷室ですら、その姿を実際に見たことはないのだ。


 流石にこの三つ、とりわけ最後の秘密に辿り着く者はまずいないだろう。だが可能性はゼロではない。

 ゼロではないならそれは不可能じゃなく、可能だ。他でもない僕自身がそれを証明して生きてきたのだから。


 妹がパンドラアーツ――人類の敵だと露見すれば、もう人の輪の中で生きていくことは出来ない。人並みの幸せなど泡と消えるだろう。


 それだけは駄目だ。


 では、それを防ぐ必要がある。

 必要なことは簡単だ。僕が今回の作戦に参加する理由――邪推を招かないだけの実力を周知させればいい。


 僕と汐霧は学院内で同じ部隊だ。彼女のサポーターに足るだけの力量を証明できればそうした可能性は極限まで排除できるはず。

 幸いなことに、僕にはその機会に心当たりがあった。


 期末試験(・・・・)である。


「落窪物語……へえ、これにもトキワって人でてくるんだ」


 意外と一般的な名前だったのかなぁ、なんて思いつつ選択肢Cの『老人は糞尿を漏らして帰った』に丸をつける。

 現在は放課後。汐霧は先日の女子たちにに誘われて先に帰った。ちょうど良かったので図書室にて試験勉強をすることにしたのだが、遅々として進まない。


 特にこれまで全く勉強してこなかった古文漢文が大変だ。一部単語さえ覚えれば大体の文意こそ取れるものの、教師も分かっているらしくそれだけでは分かりづらい部分を問題にしてくる。

 というかなんでジジイのスカトロを教材にしてるんだろう。古文の教師の性癖なのかな。ファックだよ。


 こんなことなら汐霧に教えてもらうんだった……なんて考えながらページを進める。


「次……ゲ、漢文……あー? この人は、売人? で……ふんふん……ん、無不? これの意味は……否定?」

「はずれ。そうでないものはいない、という二重否定による強い肯定。ここでは(みな)という意味になるわ」

「なるほど、じゃあみんな感動しました……あった、A……あれ? お嬢さまじゃん」


 声の方を向くと、お嬢さまこと那月ユズリハが冷ややかに僕を見下していた。

 通学鞄を片手に持っているあたり、帰る途中だったのかな。

 

「こんなところで会うなんて珍しいね」

「それを言うなら、遥が図書室にいる方がよほど珍しいと思うのだけど」

「テスト前だからね。この前の追試験でもやらかしちゃったし、ちょっとは頑張らないと本当に留年しちゃいそうで」

「そうやってすぐ嘘を吐かない。本当に焦っているなら、座学なんて端数程度しか評価に関係ない科目に時間を使うわけがないわ」

「はは、ごもっとも〜。流石学年一位さんは頭がいいなぁ」


 へらへら笑うと怜悧な視線に刺される。そういうところが嫌い、と言われているようでうっかり興奮してしまいそうだ。自重自重。

 せっかくお嬢さまから絡んできてくれたのだ。最近全然話せてなかったし、こんなに早くさよならするのはとても寂しい。


 ので、正直に答える。


「まぁ、うん。それはそうなんだけどね。僕が魔法が下手なのは努力とかじゃどうにもならないからさ。せめて座学の苦手科目を少しでも克服しないとって」

「……随分前向きね。四月に退学しようとしてた人間とは思えないくらい」

「はは、黒歴史を蒸し返さないでよ。僕だって反省してるんだ。止めてくれたお嬢さまにだって酷いことしたしさ」

「……別に」

「…………うん? 故、故……えっ、この故の意味? 文脈的に……ちょっと前の……大体この辺?」

「……はぁ。間違い、お馬鹿さん。そんな露骨なミスリードに引っかかってどうするの」


 お嬢さまが言うならきっとそうなんだろう。横からのぱっと見でよく分かるなぁ。凄いなぁ。

 そう勉強以外のことを考えていたのがバレたのか、呆れたように溜息を吐かれた。見限られたかな。


 そんな予想に反して、やや乱暴な動作でお嬢さまは隣の椅子を引いて着席した。

 ふわりと揺れる金髪が視界を埋め、清涼な香りが鼻腔に届く。こちらに身を乗り出したのだと、少し遅れて理解する。


「……いい? 遥の指した部分は確かに心情の部分。けれどそれは心情だけで、それが発露した原因は一切言及してない。それが書いてあるのはこの四行目。……最後の方の問題だから、時間が足りなくて焦った生徒を誘導するための引っ掛けでしょうね」

「お、おお……なるほど。確かに……ちゃんと読めばそんな気がするかも……」

「そういうあやふやなままだとまた間違う。きちんと分析をなさい。反復も忘れては駄目だから」

「ん、了解。……あの、それはそうとお嬢さま、どういう心変わり?」


 お嬢さまが誰かに勉強を教えているところなんて見たことがない。それもこんな、言ってしまえばどうでもいい教科なんて時間の無駄だと切り捨てそうなものなのに。

 そう聞くと、お嬢さまは至極どうでもよさそうに顔に掛かった髪を掻き上げた。


「別に……珍しくあなたがやる気を出しているから手伝ってあげようと思っただけ。不要と言うなら帰るけど?」

「あ、いやいや、待って。実はとても困ってたんだ。助かるよ。よかったら他の科目も見てもらいたいんだけど……」

「……最低限の自習が済んでいる科目だけなら」


 そんなことを言いながら、結局お嬢さまは最終下校時刻まで付き合ってくれたのだった。





「いやぁ、すっかり暗くなっちゃったね」

「そうね」


 時刻は既に7時を過ぎている。夏といってもまだ始まったばかりで、日はとっくに沈んでいた。

 しかし学園街はその名に反してこれからが本番らしく、昼にも増して往来は賑やかだ。帰宅する者、夜の街に繰り出す者、様々な店の呼び込み、チンピラやスリで混沌としている。


 加えてお嬢さまはこの美貌だ。金にしろ体にしろうっかり犯罪に走るには充分すぎる。しっかり警戒をしておかないと。


「……女性をじろじろと見るのはやめなさい。不快よ」

「はは、ごめん。お嬢さまが人波に流されちゃわないか気が気じゃなくてさ」

「そんな無駄な心配をするくらいなら素直に帰ればいいのに。送って欲しいと頼んだ覚えはないわ」

「僕の都合で遅くなっちゃったんだしそうはいかないよ。それにお嬢さま、僕に何か聞きたいことがあるみたいだしね」

「……チッ」


 肯定の舌打ち。自意識過剰じゃなくてよかった、と内心安堵する。

 これだけ騒がしく、人通りが激しければ盗み聞きの心配はない。勉強を見てもらったお礼も兼ねて、答えられることなら何でも聞いて欲しいところである。


「……愚図の振りはもうやめるの?」

「振りじゃない……って答えはちょっと脳味噌が足りないかな。うん、これからは実技も頑張ってみるつもり。それでどこまで変わるかは分からないけどね」

「嫌味? 一度私に勝っておいて」

「いや、流石にあれは……お嬢さま実力の一パーセントも出してなかったでしょ?」

「それでもBランク程度は倒せるわ」

「頭おかしいよ……」


 程度とか言ってるが、魔導師は生涯通してCランクで終わるのが大半だ。春先の汐霧がA最下位、つまり実質B最上位だったのだからどれだけ強いのかと。

 それに勝ったとは言うが、僕は嘘と不意打ちと初見殺しを重ねて何とか無力化しただけなのに……。


 とはいえ、あまり謙遜し過ぎるのもお嬢さまに失礼か。


「まぁ……勝つよ。お嬢さまと藤城以外なら、梶浦や汐霧にだって簡単に負けはしないさ。そのくらいには頑張るつもり」

「期末試験の内容はアウターを想定したサバイバル演習。汐霧憂姫の力は頼れない。それでも?」

「むしろありがたいよ。正面きってのころ、勝負じゃないならいくらでもやりようはある。ほら、僕性格悪いからさ」


 へらへら笑う。お嬢さまはにこりともしない。無念。


「さて、前置きはこんなところで充分かな。お嬢さま、どうぞ」

「……そういうところがあなたの数ある悪いところの中でも最も悪いところよ。直しなさい」

「ごめんね。善処する」

「……。何故?」

「何故、ね」


 言葉足らずな問いだが、マトモな脳味噌があれば理解は容易い。

 『何故突然力を隠すことをやめたのか』。こんなところだろうか。


「やるべきことが出来ちゃってさ。それは優先順位が低かったからやめることにした。……こんなのでどう?」

「それは、今度の草薙(クサナギ)の遠征に参加するから?」

「……はは、流石軍需企業のご令嬢。情報が早いね。その通りだよ」

「やめなさい」


 会話の流れをぶった切るような命令。

 頭が急速に回り出すのを感じながら、僕はへらへらと問い返す。


「なんで? 国防は僕たち魔導師の責務じゃないか」

「自分に出来ることをするのが人間の義務よ。身の丈に合った行いだけが、結果的に誰かを守ることに繋がる」


 でも、その誰かは妹じゃない。


「お嬢さま、僕は正直に答えた。本音で話してくれないかな」

「……草薙の上層部からナツキに通達があったわ。ニューヨークコロニーと通信が繋がった。そして、次の遠征に合わせて救援部隊を送ると」

「アメリカからの救援……なんだ、いい話じゃない。それなら僕も安全だね」


 二年前の大結界創造から国交は途絶して久しいが、当時のアメリカは世界最大の軍事力は誇っていた。

 今は分からないが、少なくともこっちに戦力を送れるだけの余裕はあるということ。戦力不足の東京コロニーとしては渡りに船のはずだ。


 ……表面上は、だが。


「はぐらかさないで。彼らの目的は東京コロニーの利権と異界帰還品。三年前とは違って、敵はパンドラだけじゃない。人間同士の殺し合いになる」

「お嬢さまが何をどこまで知っているかは詮索しないよ。でも、そうだね。そうなるだろうね」

「…………でも、諦める気はないのでしょう」

「うん。いつかみたいにまた止める? 一応言っておくと、この場所じゃ難しいと思うよ」


 一般人だらけの人通り。適当に盾にしながら紛れて逃げればまず捕まらない。

 それが分かっていたのだろうし、そもそも最初からその気もなかったらしい。すんなりとお嬢さまは肩の力を抜いた。


「それでやめるなら、幾らでも止めてあげるけど」

「ごめんね」

「別に。馬鹿は死ななきゃ治らないもの」

「はは、酷いなぁ」

「……今度、汐霧憂姫も連れてナツキの本社に来て。装備の支援くらいはできると思うから」

「助かるけど……いいの?」

「直接私が同行してもいいけれど?」

「……あー、はは。それはちょっと」

「分かってる。でも、あなたにあなたの思惑があるように、私にも私の願いがある。そのために、あなたに死なれたら困るの」


 どうやらお嬢さまが僕に絡んでくれるのは、ただ優しいからというだけではなかったらしい。

 けれど、そういうことならこちらも気兼ねせず頷くことが出来る。


「分かったよ。ありがとうねお嬢さま。その申し出、ありがたく受けさせて貰う」

「ええ」

「でもお嬢さま、いつも馬鹿馬鹿言うから、てっきり一回死んで治してこいって言われるかと思ったよ」

「馬鹿じゃない遥は遥じゃないわ。だから、死んでは駄目よ」

「うん。気を付ける」

「まずは期末試験を頑張りなさい。そこで変な勘ぐりをされないためにもね」

「……はは、そこまでバレてるのかぁ」


 しかし、お嬢さまの願いか。

 どういったものなのか、僕の生死がどう関係しているのか。まるで想像もつかないが……


「叶うといいね、お互い」

「……そうね」


 きっと、そうなることはないのだろう。

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