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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
異界化区画攻略作戦
140/171

友達からのお誘い

 翌日。

 昼も間際という時間帯。

 僕たちは学園街へとやって来ていた。


 学院の創立記念日だとかで僕たち的には休日だが、世間一般からすると普通の平日である。

 そのためいつもは人でごった返している大型ショッピングモールも今日はまばらで、どこの店も()いている。


 ――だというのに、だ。


「クロハ……いい加減自分の足で立てって」

「むり。無理、無理、無理よ。絶対むり。あなた私に死ねって言うの?」

「言ってない。さ、行くぞ」

「薄情者ォっ……!」


 そうこちらを睨むクロハの足は可哀想なほど震えている。生まれたての小鹿もかくやというほどだ。

 クロハは神子時代のトラウマのせいで人間恐怖症となっている。だが汐霧や咲良崎のおかげで最近は随分とマシになったし、教団とその後進が滅びた以上家に囲っておく必要もなくなった。


 厄介事がなくなった今、コイツにはいろいろな経験を積ませておきたい。

 そのために画策していることがあって、今日はその前準備を兼ねた練習として連れ出したのだが……。


 同じことを思ったのか、隣を歩く汐霧が心配そうに耳打ちしてくる。


「……大丈夫なんでしょうかクロハちゃん。こんな様子で、来週にはもう編入だなんて……」

「気が早いのは認めるよ。でもコイツなら大丈夫だ。学校でだってきっと上手くやって行けるさ」


 その画策していることとは、クロハの小学校への編入である。

 これは僕自身がクサナギ学院で過ごして知ったことだが、社会性や協調性、感情との付き合い方など、およそ常識と呼ばれるものを身につけることにおいて学校に勝る施設はない。


 また教師というのは人に物事を教えるプロだ。餅は餅屋、僕や汐霧が教えるよりもずっと効率的に学ぶことが出来るだろう。

 何より、この時代で初等教育を受けることができるのはある程度の資産保有家庭のみだ。将来の選択肢を増やす上でも、早いうちからの就学は重要なステータスとなる。


 僕はクロハの保護者だ。あくまで僕が死んだ時の保険のためだが、そうである以上手は尽くす。


「わ、私はいい迷惑なのだけれど……!?」

「じゃあ予定通り最初は服屋からで。適当に見繕っといて」

「「「はーい」」」


 揃って聞こえないフリしてスタスタ歩いて行くいい性格した女性陣。

 その後ろ姿にギャンギャン吠えるクロハであったが、か弱く震えた声ではそれも形無しだ。


「ほら、早く行かないとあいつらの着せ替え人形にされちゃうぞー」

「は、ハルカ……おぶって……」

「駄目。自分の力で歩きなさい」

「うううっ……!」



 アマテラス戦の影もないような牛歩で辿り着いた服屋では、汐霧達による祭りが開催されていた。

 ファッションが大好きな二人は言うに及ばず、唯一服に興味がないクレハも可愛い妹を着飾らせる機会とあっては話が別らしい。

 早速クロハを手招きし、他の二人と一緒になって持っていた服を試着してみるようにお願いしている。


 クロハが学校に着ていくための、また他でもないクレハと咲良崎用の服を買いに来たのだが、あれもう忘れてるな。

 僕は普段使いのものとは違う、今日のために用意した財布をクレハに投げ渡した。


「クレハ、財布渡しとく。僕は外で待ってるから。終わったら携帯で呼んでね」

「はーい! あは、クロハ、次はこれにお着替えしようねえ……?」

「お姉ちゃん、目が怖い、目が怖い……!」


 店を出る間際、念のために店員さんに迷惑料代わりのチップを渡しておく。これでまあ購入前に追い出されることもないだろう。多分。

 さて、僕は僕の用事を済ませに行くとしよう。


 クサナギ学院が近くにあることもあって、このモールには魔導師向けの店も多い。ついでに学生証を見せれば割引もしてくれたりする。

 そういった店を回り、携帯食料や端末の予備バッテリー、特殊繊維の大布や投擲用ダガーのスペア、魔導式手榴弾(マギボム)多目的魔導式地雷(マルチプルマギマイン)など、アウターで活動するにあたって必要な物を購入していく。


 流石に大荷物なので配送の手配をして、携帯端末を確認する。メッセージはなし。みんなと別れてから一時間半ほど経ったが、まだ買い物は続いているようだ。

 ……お金もっと下ろしといた方がいいかなぁ。


 そんなことを考えながらぶらぶらしていると、画材屋の中に見知った後ろ姿を見つけた。


「やぁ梶浦。こんなところで何してるの?」

「ん? ――なんだ、遥か。何してるも何も、見ての通り画材を見ているだけだが」


 こう見えて梶浦は絵が趣味で、かなり上手い。特に人物画を得手としており、一般人の高校も合わせたコンクールで賞を取ったこともあるほどだ。


「いい趣味だよね。僕には絵心がないから羨ましいよ」

「練習すれば誰でも描けるようになるさ。絵心なんてのは安い言い訳だな」

「うへ、休日まで説教は勘弁。一人?」

「いいや、(カガリ)と来ている。どこへ行ったか――ああ、ちょうど戻ってきたな」


 梶浦の視線を追うと、店の方へと歩いてきている黒髪の女の子の姿があった。

 紅雛篝。刀を使った戦闘流派の中でも最強の呼び名が高い紅雛流本家の令嬢で、梶浦の許嫁だ。


「ありゃ、デートだったの。邪魔しちゃ悪いし僕どっか行くね」

「気遣いは無用だよ。むしろいい機会だ。お前に話しておきたいことがあってな。少し時間を貰えるか?」

「ん……僕は別にいいけどさ」

「決まりだな。会計をしてくる。先に出て待っていてくれ」


 言われた通り店を出る。正面から歩いてきていた紅雛と目が合った。

 彼女は即座に手を太腿に這わせ、レッグチョーカーの十字架の飾りを掴む。微かな鞘走りの音。恐らく偽装された小刀の類だろうか。


「……『ハルカ』」

「今は儚廻遥だよ。はは、久しぶり〜」

「…………」


 へらへらと手を振るも、殺気は収まらずむしろ鋭利に増していく。今すぐここでおっ始めかねない雰囲気だ。

 しかし、なんだろう。彼女とは【ムラクモ】時代から面識があるが、そう関わりがあったわけでもない。ここまで嫌われるような覚えが……あ。


「もしかしてこの前お前達人質にとって梶浦脅したの根に持ってる?」

「そうして聞いてくること自体が警戒の理由になると、わざわざ説明しなければ理解出来ませんか」

「まぁ……嫁入り前の女の子の体に傷つけちゃったからね。それは悪かったよ。でもちゃんと傷が残らないように切り裂いたんだぜ?」

「…………」


 ついに紅雛が刀を抜いた。

 それは刃渡り6cmほどの小さなナイフだったが、相手は紅雛流の使い手。幾らでも戦いようはあるのだろう。


「落ち着いて、ね? こんなところで戦ったらいろいろな人に迷惑がかかっちゃうよ」

「では謙吾様から離れてください。そして当該施設から早急に距離を置くこと」

「いいよー。……あれ? おかしいな、紅雛の天才少女ちゃんに睨まれたら怖くて動けなくなっちゃった。だからやっぱり無理。ごめんね〜」


 あっべ。

 うっかり煽っちまった。


 吐いた言葉は飲み込めず、紅雛は完全に僕のことを敵と見定めたらしい。

 軍用格闘術の教科書のような見事な構えで僅かに姿勢を前傾させる。


 彼女が襲ってくるまであと三秒。

 こんなところで戦う気は本当にない。どうしたものかと悩んでいると、神憑り的なタイミングで店から梶浦が出てきた。


「……何をしているんだ、お前達は」


 呆れ声に、紅雛は構えを崩さないまま形式ばった口調で答える。


「謙吾様の護衛として見過ごせない脅威を発見しました。至急この場から待避をお願い致します」

「いい、いい。こいつは味方だ。先月の件はもう水に流した。今更掘り返すな」

「承知しました」

「繰り返すが、必要はない。戻れ」

「…………」


 次第、風船から空気が抜けるような勢いで紅雛の殺気が収縮していく。

 やがて殺気は完全に消え失せ、彼女はたっぷり三秒ほど無表情で虚空を見つめ――ぱちくりと瞬きを繰り返した。


「……ふあ。戻りましたぁ」

「お前はもっと融通を効かせるようにしろ」

「私だって疲れるからやりたくないですよう。でも謙吾くんたくさんの人に狙われてるから心配で……あ、遥くんもすみませんでしたー」

「え、あ、はい。うん大丈夫」


 あんまりにも急な変貌に正直付いて行けてないけど。

 殺気満々だった機械みたいな女が突然ほわっほわした口調で喋り始めた。それもこの世に敵なんていないような、頭お花畑な感じの雰囲気で。


 ……これが素なのか?


「紹介しよう。許嫁の紅雛篝だ」

「私が篝ちゃんですー。どうぞよろしくお願いしまーす」


 ぺこりと頭を下げると、お洒落に巻かれた黒髪がふわふわとその後を追う。

 一方の僕は理解を追いつかせるのに必死で、ちょっとその挨拶に答えられない。


「えっと……随分雰囲気が違うけど……?」

「あー、それスイッチ的なやつで。任務だったり戦ったりする時はころんって入れ替わるんですよねー」

「ころん」

「はーい。ころんころん〜」


 あっはっはー、と屈託無く笑ってる紅雛。さっきの様子はもはや影すらない。

 確かに戦闘時に人格が変わるのはそんな珍しいことでもない。運転や飲酒と似ていて体質のようなものだ。


 ただ落差がすごい。

 僕の知ってる誰よりもいっちばん。


「……まぁ……いいや。梶浦、話って?」

「歩きながら話そう。篝、一応周囲を見ていてくれると助かる。そのままで構わない」

「はいはーい」


 シュキン、と小刀をレッグチョーカーの鞘に滑らせる篝。さっきも言っていたが梶浦の護衛も兼ねているようだ。

 梶浦の戦闘力は汐霧と同じか多少劣るくらい。充分に強い領域なので、そう必須なわけでもないのだろうが。


「遥は春にあった軍の遠征を覚えているか?」

「異界化区画の攻略でしょ? MB事件のせいでおじゃんになったやつ」

「そうだ。その再決行が決定された。早ければ八月には遠征が始まるだろう」

「……へえ。そうなんだ」


 努めて冷静に相槌を打つ。牽制、というのは流石に考えすぎか。

 しかしなんともタイムリーな話題である。


「主力部隊が無事だったとはいえ、軍にも結構な被害が出ただろうに。急ぎすぎるんじゃない?」

「東京コロニーにとって異界の攻略は必須だ。今やそれが唯一の希望である以上、無理でもやらざるを得ない。暴動が起きて現体制が崩れればコロニーそのものが終わる」


 それは何の誇張もない事実だった。

 正規軍は国民の税金があっての組織だ。そして国民が世情に絶望せず素直に税金を払っているのは、少しずつでも軍が領土を取り返すことに成功しているからである。


 しかしコロニーを囲む六つの異界が前進戦略の限界点となっている。仮に支配区をの前線をそこまで押し上げたとしても、異界を消し去らなければその先がないのだ。

 逆に異界を消すことができれば、そこから生み出されたパンドラは全個体が消滅する。領土は取り返せるし前線維持も今よりずっと楽になるだろう。


 そういった事情が三年前に判明してから、軍の当座の目標は異界化区画の攻略となったのだった。


「でも、どうして僕にその話を? あんまり無関係の奴が書いていいことじゃないでしょ」

「そのままそれが答えだよ。この作戦、お前にも協力して貰う」


 協力『してくれ』ではなく『して貰う』と来たか。


「強制かよ」

「報酬は出す。銭ゲバのお前ならそれで充分だろう?」

「はは、お高く見られて光栄至極。その金でもっと他の人を雇うって選択肢はなかったの?」

「異界攻略の経験があるのは旧8期【ムラクモ】メンバー――アリスとシグレとミオ、そしてお前の四人だけだ。それよりも適した人材がいるなら、むしろ俺が教えて貰いたいくらいだよ」

「……僕は先生たちに着いて行っただけだよ」


 三年前。

 今よりもコロニーが弱かった時代。

 当時七つ(・・)あった異界のうちの一つに【ムラクモ】は決死隊として突入し――そして攻略を成し遂げたのだ。


 ……今考えても酷い作戦だった。正規軍が大規模攻勢を掛けるフリをしてパンドラ共を誘い出し、その隙に【ムラクモ】が敵中突破して異界区画に侵攻するという損耗前提の挺身特攻。

 アリスやシグレすら途中で脱落し、トキワでさえ怪我をした。僕など終わった時には体のパーツが半分残っていたかも怪しく、トキワがいなければ間違いなく死んでいただろう。


「【死線】ヨゾラや【医聖】トキワが亡き今、異界攻略の経験は値千金の宝だ。悪いが拒否権はないと思ってくれ」

「……お前がそこまで言うなら協力してやりたいところなんだけどね」


 実際は渡りに船の提案だが、二つ返事で答えるわけにもいかない。


「いくつか条件がある」

「ある程度は譲歩しよう。言ってみろ」

「まず部隊預かりはお前直属になるようにしてくれ。変に使い潰されたら堪ったもんじゃない」

「言われずとも。他に譲る気はないさ」


 よし。これで最低限の身の保証は立てられるはずだ。


「次に僕の任意の人員を誘引する許可をくれ。例えば汐霧のような。もちろん機密には配慮するから」

「情報漏れを起こさない、という条件を守れるなら。こちらとしても有用な戦力は幾らいても足りない。ただし事前に各種検査は通すように」

「了解。次に異界内部において、僕と僕の仲間を範囲としたある程度の行動裁量権が欲しい。あそこは本当の意味での異世界だ。指揮系統みたいなこの世のルールに従っていたら足元を掬われる」

「最低限度の報告と命令の遵守を約束するなら許可する。だが規律は規律だ。出来得る限りは守ってもらうぞ」

「最後。異界内部で手に入れた物の扱いについて。発見したものの所有権は発見者に帰属するようにして欲しい」

「……いや。それは難しいな」


 即答の範囲内で拒否された。が、まぁ予想通りだ。僕とて通るとは思っていない。

 異界化区画で手に入る物品は異界帰還品と呼ばれ、魔力的、禍力的共にユニークなものばかりだ。その多くは現行の研究を揺るがし、同時に大きく進歩させる新理論のパンドラボックス。


 それは世界さえ塗り変えかねない力である。

 国防的、あるいは倫理的な観点から、そんなものの占有が認められるはずがない。


「じゃあ僕からも譲歩しよう。見つけた物品は氷室に優先して回すこと。これくらいならいいだろ?」

「……フブキは優秀な研究者だ。異界帰還品の研究も他の誰より期待出来るだろう。その条件なら認めてもいい」

「なら」

「だが、その前に一つ聞かせろ。お前は何を想定していて、何のためにこんな条件を俺に呑ませた?」


 そんなものは妹のために決まっている。

 だが、それを口には出せない。

 セツナは人類の敵で、人間に戻らない限り全ての人間が敵となり得るのだ。


 信用してはならない。

 信用してはならない。

 信用してはならない。


 だから僕はへらへらと笑って、こう言った。


「何って、お金のため。いいもの見つけて研究者連中に売り払えば一生遊んで生きていけるでしょ?」

「…………そうか」


 梶浦の表情は全くもって納得とは程遠く、それを見た僕はますます警戒を強めるのだった。

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