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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
異界化区画攻略作戦
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新生共同生活


「遥、帰りま……うわ負のオーラすっごい」

「……死んだ……マジで終わった……」


 テスト終わり特有の喧騒に教室が賑わう中、僕は机に突っ伏していた。

 いや……補講中ずっと上の空だった僕が悪いんだけどさ……。


「あー、どれくらいやらかしたんですか?」

「……僕の成績的に留年ワンあるくらい」

「なんだ、いつも通りじゃないですか。心配して損しました」


 ……。


「あれ? 確かに。はは、なーんだ。別に焦る必要なかったじゃん」

「ええ……それで元気になるのどうかと思いますけど……」

「今更言っても仕方ないよ。はは、まったく汐霧は心配性だなぁ」

「……まぁ、遥がそれでいいならいいんじゃないですか?」


 やめろ。

 含みを持たせるな。

 冷静になって死にたくなっちゃうだろ。


 喋りながら器用にも汐霧がまとめてくれた鞄を手に取り席を立つ。

 時刻は五時を半分ほど回っていたが、まだまだ外は明るい。目下の悩みが消えて遊びに行く連中もたくさんいるようだ。


「真面目な話、遥なら次の実技考査でちょっといい成績取れば大丈夫でしょう? 成績ってそっちの評価が大きいですし」

「嫌味か? 僕はその実技が壊滅してるんだよ」

「じゃあいい機会ですし次から本気出してください」

「それは……ほら、都合がね? 悪いよ。都合がさ……」

「ほう。都合」


 そんなものねえだろ、という目を向けられる。いや、ちゃんとあるんだよ?


「あ、ところで汐霧」

「わあ露骨な話題逸らし。なんですか?」

「髪切ったんだね。似合ってるよ」

「…………え、今更?」


 汐霧が髪を切ったのは昨日である。その日も僕たちは普通に顔を合わせているので、そう言われても仕方ない。

 聞くところによると先日の藍染との戦闘で、髪に【カラフル】を掛けて攻撃を防いだらしい。その時に半分くらいが切り裂かれてしまい、いっそとバッサリ切ることに決めたとか。


 そのため腰ほどまであったストレートロングはうなじくらいで切り揃えられ、今やミディアムショートにまで短くなっていた。

 少し寂しくも感じるが、本人は過ごしやすそうにしている。確かにあの毛量は夏だと鬱陶しくて堪らないか。


「また伸ばすの?」

「うーん、一応そのつもりです。いざと言う時便利だし。というかそれ言ったら遥こそどうなんですか?」

「僕?」

「かなり伸びてるじゃないですか。それもう今の私と同じくらいですよ。ぶっちゃけ女の子にしか見えません」

「はは、流石にそれはないと思うけど……」


 身長175もある女の子が……いや、それくらいは普通にいるか。

 もしかしたらこの前禍力を完全解放した名残かもしれない。僕が喰ったパンドラは女性だったから、力を使うとどうしても混じってしまうのだ。


 といっても特段危害があるわけでもない。別に不細工になるんじゃないしな。


「それなら汐霧から見てどうよ。僕可愛い?」

「腹立つくらいには。なので髪ぐらい男の子っぽくしてください。襲われても知りませんよ」

「はいはい。そのうちね」

「もう……あ、そういえば食材減ってたんでした。学園街に寄ってもいいですか?」

「りょーかい」





 汐霧が来てから大幅に改善された我が家の食卓は、咲良崎が来て更なる進化を遂げた。

 どういう原理かはまるで分からないが、咲良崎はなんと食べ物の味を自在につけることが出来るのだ。


 例えば僕の極度に過敏な味覚であっても、彼女が味付けを担当すると、痛みも虚無も感じない普通の料理に早変わりする。

 パンドラアーツになってから食事はただただ頭痛と胃液を堪えるだけの時間となっていたが、今や味を楽しむことさえ出来るようになったのである。


 このことを伝えると「あら、そうですか。では今度クソ不味い味にしますね。反応楽しみにしてます」と酷く性格のひん曲がったことをご機嫌そうにほざきやがった。

 ……咲良崎、これが素なのだろうか? それとも僕の禍力が混じったせい? 後者だとしたら割と取り返しのつかないことをした気がする。


 ともかく、そういう事情もあって咲良崎は僕にとって居なくてはならない存在と化していた。

 化していた……のだが……。


「……なぁ咲良崎、それとクレハ。悪いけどお前らこの家出て行ってくんね?」

「「は!?!?」」


 その声は件の二人――ではなく。

 洗い物をしていた汐霧がダッシュで僕の首根っこを引っ掴み、リビングで携帯を弄っていたクロハが反転からのハイキックを放つ。


 ぶっ倒れて悶絶する僕に、汐霧とクロハがぎゃいぎゃいと詰め寄る。


「何言ってるんですか、何言ってるんですか!? ぶん殴りますよ!?」

「なんでお姉ちゃん達追い出そうとするの? 正当な理由を要求するわ、じゃないと怒るわよ」

「……お前らさあ……」


 僕の言い方も悪かったけど、こんな殺意入りの連携することないと思う。言葉の前に手を出すなや。

 クレハがティッシュを持ってきてくれたので、それで床に零した鼻血を拭き取る。腹抱えてケラケラ笑ってる咲良崎には、なんだろう、キレていいのかなこれ。


 僕を射殺さんばかりに仁王立ちを決めるチビ二人をどうどうと宥めつつ、クレハが場をまとめるように言った。


「あー、落ち着いてね二人とも。お兄さん、さっきの発言の意図は?」

「理由一、部屋が足りてない。理由二、食材が秒でなくなるから買い出しにクッソ時間取られる。理由三、部屋が狭苦しくて敵わない」

「ふふふ、あはははっ……はぁ。あ、失礼。それで、本当の理由はなんですか?」


 一発で建前を見抜かれ、渋面を晒す。視線で『チビ二人をどかしてから話す』と訴えるが『駄目です』と無慈悲な却下。

 ああ嫌だ。何が嫌ってこれ言った後空気が絶対ひどいことになるのが予想できてしまって最高に嫌だ。


「……理由四。お前達二人がとても可愛い女の子だから」


 そう言った瞬間の咲良崎の表情は忘れられない。

 ニヤァ、と。虫をいたぶる猫のような嗜虐的な笑顔を浮かべた。瞳に映しているのは……僕と、汐霧。


「あれ? あれあれ? おかしいですね。ユウヒとクーちゃんだってとっても可愛い女の子じゃないですか。仲間外れは可哀想ですよう」

「……汐霧、クロハ。部屋戻ってくれたり」

「「しません」」

「ハイ」


 どう話したものかと考えあぐねていると、クレハが助け舟を出してくれた。


「……話のオチ見えたから二人避難させるねお兄さん。ワタシは任せるからさ」

「ありがとう……マジでありがとう……」

「はいはい二人とも、部屋戻るよ。明日はお買い物行くんでしょ。起きれなくなっちゃうよ」


 ぶーたれる二人を引きずって階段を上がっていくクレハ。流石は最年長、お姉さん力が半端じゃない。

 残された咲良崎は、半笑いを浮かべて話を続ける。


「それで?」

「いや、だってさあ。アイツらガキじゃん」

「まあ酷い。あ、体と心どっちの意味です?」

「どっちもだよ。その点お前ら二人は違うだろ」


 汐霧は精神的にまだまだ未成熟。クロハはそもそも子どもだ。どんなに容姿が優れていてもそんなのに欲情するほど餓えてはいない。

 だが咲良崎やクレハは――後者は身体こそ幼いが――どちらも成熟した女の子だ。

 それもとびきりの美少女である。特にここが問題だ。


「お上手ですねえ。そんなに褒められたら照れちゃいます。てれーっ!」

「あのさ、能面顔で気色悪いこと抜かさないでくれる?」

「なんかキレてるのウケます。あはははは」

「うわ、情緒狂ってんなぁ……」


 更に言えば、二人とも会話のノリが結構合う。これも汐霧とクロハでは望めないことだ。

 僕のように下品な冗句が口からポンポン飛び出す者にとって、適当な言葉を真に受けないで適当にいなしてくれるのはとてもありがたい。


 何故だか最近は過大評価されがちだったが、僕は僕のことを普通のクズだと思っている。しかも妹を救うという目標に反さない限りは結構享楽的な、全くもって救えないタイプ。

 そんな僕が、顔が可愛くて、精神的に成熟していて、ノリが合い、ついでにこの僕とすら仲良く話せるほどに寛容で優しい女の子達と一つ屋根の下で暮らしているのだ。


 ぶっちゃけよう。

 やらかさない自信がない。


「ふむ。要するに私とクレハさんがえっちすぎて我慢できなくなっちゃうから出て行って欲しいんですね?」

「そういうこと。襲われたくなかったら出てけ」

「開き直らないでくださいよ気持ち悪い。え、ていうか儚廻様キモいレベルのシスコンだったじゃないですか。私たち恋愛対象になるんです?」

「はは、恋愛対象にも性欲の対象にもなるよ。一番が妹ってだけで」

「くそきもいですね」


 知ってるよ。

 ごめんなさい。


 そんな会話を繰り広げていると、誰かが階段を降りてくる音。

 見るとクレハがひょっこりと顔を出す。


「なんとか二人は宥めてきたよー。話終わった?」

「まだお話し中ですよ。儚廻様がきもいことばかり言うから」

「さっきからスルーしてたけどお前キモい言いすぎじゃね? ねえ」

「あはは。さっきも言った通りワタシは任せるよ。ワタシ達の生活費だってバカにならないだろうしさ」

「あ、それ私も気になってました。 儚廻様って学生にしては金持ってますよねぇ」

「ムラクモ時代の金が8年間分丸々残ってるからな。まぁ、あと……」

「……ああ」

「?」


 僕の記憶を共有したため知っているクレハと、首を傾げる咲良崎。

 先生やトキワなど、かつての【ムラクモ】の仲間たち。今はクレハが管理する個人墓地で眠っている。

 彼ら彼女らは気でも狂っていたのか、揃いも揃って死後の遺産の行き先を僕の口座に指定していたのだ。


 誰も彼もが強力な魔導師だった。

 なので受け取った遺産はそれはもう凄い金額だった。

 かなりの額を妹を救う研究に費やしたが、まだまだ底は見えそうにない。


「あとこの前匿名でどえらい金が振り込まれてたりもしたし。だから金の心配はしなくていいよ。その分ちゃんと払って貰ってるわけだしね」

「体で?」

「咲良崎は黙れ。とにかく問題なのは僕がお前たちに手ぇ出しかねないこの状態なんだよ。これから忙しくなるって時にチビ二人に背中を撃たれる理由を作りたくない」


 異界化区画の攻略では彼女達の力がきっと必要になるだろう。

 ようやく固まってきた信頼関係にヒビが入ってしまえば、それは僕や彼女達の生存率にも直結する。


「そういうわけで、せめて家をもう少し大きくするまでは出ていて欲しい。その間の仮住まいはちゃんと用意するし、改築の方もそう時間は掛からないからさ」

「アフターケアまで万全とはお見事ですね。ところでその問題とやら、儚廻様がもうちょっと我慢強くなればそれで済む話なのでは?」

「…………返す言葉もございません」

「ま、まあまあ。男の人なんだから仕方ないよサキさん。ピクシスの連中みたいに力に物言わせてレイプしてこないだけずっとマシだよ」

「……ア゛」


 効いた。

 クレハの今の言葉が一番効いた。

 僕、よりにもよってあんな外道共と比べられてんの?


 衝撃で凍りついた僕を他所に、話は進んでいく。


「じゃあ早速明日の買い物が終わったらそうしようかな。あ、お兄さん。ワタシには特に住むところの準備とかいらないからね。墓地の管理事務所に泊まるからさ」

「それなら私もそうしましょうか。クレハさんと一緒なら楽しそうですし。恋バナしましょうね恋バナ」

「あは、いいねえ。とっても面白そう」


 もう僕の話など忘れた様子で姦しく雑談に移る二人。

 なんだかんだ悪いのは全部僕なので、この程度で呑んでくれる辺りやっぱり優しいのだろう。


 ……明日は忙しくなりそうだなぁ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字かもしれないと思ったので、違ったらすみません!上から4分の1程度進んだところの咲良崎さんとの会話 反応楽しみにひてます」 [一言] 更新お疲れ様です! なかなかどうして笑わせてい…
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