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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
135/171

始まりの終わり

◇◆◇◆◇



「……終わったぁ……」


 どうやら梅雨は明けたようだ。

 抜けるような快晴の下、僕は柔らかな芝生の上にどっかりと腰を下ろした。


 今日は休日。クロハ奪還作戦から三週間が経った、任務も依頼も何もない日曜日の午前中。

 諸々の手配と、何よりあまりの作業の多さに随分と時間が掛かったが、ようやく全て完成まで漕ぎ着けた。


 我ながら頑張ったもんだ――自画自賛していると、さくさくと土を踏み締める音。

 振り返ると、紙コップを両手に持ったクレハがそこに立っていた。


「お疲れ、お兄さん。お水持って来たよ」

「おー、ありがと」


 クレハはそう言って、両手に持った紙コップを片方差し出してくれる。

 受け取ると、彼女はそのまま隣にしゃがみ込んだ。


「わぁ……こうして見ると壮観だね」

「215もあるからな。賑やかなもんだよ」

「あはは。あの子たちみんな寂しがりだったから、そうだと嬉しいなぁ」


 辺りをぐるりと見回す。

 等間隔に設置された無数の墓石が、ずらりと僕たちを見返してきた。


 クレハの妹――プロジェクトピクシスの過程で生み出された少女達の墓標。


 無銘の墓標。名も月日も刻まれていない。

 それら一切を持ち合わせず、それでも無類の愛情と共に生きた彼女達の人生を想って、僕は黙祷を捧げる。


「……ありがとね、お兄さん。こんな立派なの作ってくれて」

「これからはここの管理をお前に頼むんだ。これだけ敷地があると結構大変だからね。その前報酬と思ってくれ」


 【ムラクモ】を抜けた直後に先生たちの墓を建てるために作った、僕私有の個人墓地。

 通常個人で墓地を所有することは出来ないのだが、軍や塔管理局など、ムラクモ時代に売った恩を方々に買わせる形と自治体への多額の贈賄で認めさせた。

 更にS区画の土地を買って作ったため、間違いなく人生で最も高価な買い物だっただろう。


 ただ、そうして買ったはいいものの余程の訳ありじゃない限りこんな墓地に入る人なんていない。

 今まで建てたのも両手の指で数えられる程度で、二百位上建てた今ですらまだ余裕があるほどだ。


 場所が場所だけに誰にも任せることができず、無駄に広いため管理の手間も馬鹿にならない。

 今までは何とか時間を捻出してこなしてきたが、僕一人ではどうしたって時間が空いてしまう。


 そこで事情を理解してくれていて、手に職がなく、信頼もおけるクレハに正式な管理人になって貰ったというわけである。


「でも……いいの? ここ、お兄さんにとって大事な場所なんでしょ? ワタシ、墓地の管理なんて全然経験ないよ?」

「その辺りのマニュアルは作っといたから時間あるときにでも読んでくれ。まぁ、最初は掃除さえちゃんとやってくれればそれでいいよ」

「あは、適当だねえ」

「入ってる連中がそんなんばっかだったからね」


 全員、細かいことに頓着しない奴ばかりだった。少なくとも一生懸命な人間を祟るようなことはしない。

 というかアイツらなら一気に賑やかになって多分喜んでるだろ。みんな可愛い子大好きだったしな。


「ああ、そうだクレハ。あれから体に異変とかない? 無理矢理お前の無限再生力を破壊したんだ。何が起きても不思議じゃない」

「んーん、全然。心身共に健康だよ。あ、でも再生力とか普通の人に毛が生えたくらいになっちゃったから車とか超怖い。ていうかお外怖い。みんななんであんな平気な顔して生きてるんだろ。隣の人が首切ってきたら死んじゃうのにさ」

「それ分かる〜。戦闘能力ない一般人が普通に外出できるのすごいよね。多分僕たちとは違う生き物なんだろうなぁ」

「あ、こないだみんなで見に行った動物園のペンギンみたいな? ほら、直立してたら仲間と思って警戒心ゼロの」

「……えっ? 僕それ知らない……?」


 そんな楽しそうなイベント全く心当たりがない。だってここ二週間、墓作りと軍への報告でクソ忙しかったもの。

 ギギギと首を向けると、クレハは気まずそうに目を逸らした。


「あっ……ごめん。ユウヒちゃんとサキちゃん、ワタシとクロハのダブルデートだったからお兄さん呼ばなかったんだった……」

「……もしかして僕、あの家で邪魔者だったりする?」

「そ、それは一旦脇に置いといて……えっと、うん。そんな感じで四苦八苦しながら生きてるよ」


 なんか凄く気になる話の逸らされ方したが、この件は深掘りするほど不幸になると僕の直感が告げている。

 ……いや、クレハ元気そうだからいいんだけどね。うん……。


「あと……共有の力はもう使えないみたい。だから戦力としては使い物にならないかな。ごめんね」

「はは、そんなの別にいいよ。普通に生きてくれれば充分だ。だから何かあったら遠慮せず言ってくれよ」

「お兄さん……」

「いつでもお友達価格で助けになるからさ」

「……。……あのねお兄さん、そういうこと言うからハブられるんだよ」

「オ゛ッ……」


 脳機能が停止する。

 馬鹿重いボディブローにやべえ声出た。

 バグって絶句する僕を他所に、クレハは立ち上がって駆けていく。


「ほら、お兄さん、休憩は終わり! お花供えるよ! たっくさん買ってきたんだからね!」


 墓地の入り口でこちらに振り向いた彼女は、満面の笑みで大きく手を振っている。

 夏の陽光を一身に浴びるクレハの姿は、どこまでも楽しそうで、どこまでも幸せそうに輝いていた。


「今行くよ」

「おーそーいー!」





 同日、午後。

 墓地を後にした僕は学園街を歩いていた。


「そんなわけで、クレハの人格と社会性は問題なさそうだね。精神科の試験に回しても大丈夫だと思うよ」

『分かった。手配しておくから今度連れてきてくれ』


 通話の相手は梶浦。

 今回の依頼の報酬として、僕はクレハの身柄を要求した。その経過報告のようなものである。


 軍からすればクレハは一級の犯罪者であるが、アマテラスと教導者がいないのをいいことに、クレハの罪のほとんどを彼女達に着せることが出来た。

 ついでに今回の騒動を解決に導いた、ということでますます名声の高まった汐霧からも彼女への情状酌量を要求をしてもらった。


 そのおかげで今は汐霧の監督のもと、一般社会で生活することが可能かどうか審査している……ということになっている。名目上。

 まぁ、保護観察とはいえ実質は無罪放免のようなものだ。このご時世金と力の前に穴の開かない法はないのである。生きやすい世の中で笑顔になっちゃうね。


「いやぁ、迷惑かけるね。ごめんごめん」

『本当だ。遥、お前の前世は疫病神だな。仕事を増やすことにかけては紛れもなく天才だ』

「はは、それほどでも〜。いいだろ? お前だって僕たちのおかげで昇進できるんだからさ」

『確かにお前達の手柄で俺は少佐に昇進した。だが勘違いをするな。俺の実力なら遅かれ早かれこの地位に着いていた』

「だね。だとしても、そうなるまでの時間はもっとかかってたでしょ? 僕に借りを作りたいって言うなら止めないけどさ」

『馬鹿抜かせ……ゾッとしない』


 徹夜続きで疲れ切っているらしく、声にいつもの覇気がない。可哀想に。


「それで、あの教導者とかいうのの研究所もガサ入れ終わったんでしょ? なにか面白いもの出てきた?」

『いいや。特に何も出て来なかった。研究成果らしいデータも見つかったが、どれもTCTAにまるで及んでいない』

「組織を離れるってのはそういうことだもんね。一人でできることなんてたかが知れてる」

『何事も質より量だ。余程の天才でもなければ覆すなど不可能だろうさ』


 しかし梶浦の話を聞くに、僕の右腕は見つからなかったようだ。

 研究が終わって捨てた? それにしたって何かしら過程は残るものだ。

 単に興味を引かなかった、というだけならいいのだが……。


『……遥。本当に【ムラクモ】の連中から何か連絡は来ていないのか?』

「僕の方には一切ないよ。アリスとシグレ、まだ戻ってないの?」

『ああ。奴らならそう珍しいわけでもないが……』

「アイとホタルはいるんでしょ? 何で言ってた?」

『それがかなりの重傷らしく、当分は面会謝絶とのことだ。これ以上医療センターとの仲を損ねるわけにもいかない――遥、お前も肝に銘じておけよ』

「いやミオは」

『そっちじゃない。八王子の方だ』


 八王子――医療刑務所の所在地だ。

 ……咲良崎をパクったの、もしかしてバレてる?


「あ、ああそうだ! 学院って今どうなってるの? 僕ここ一ヶ月全然行けてないんだよね』

『知らん。俺も仕事続きで行けていない』

「おおう……そりゃまたお疲れ様ッス……」

『……もう深掘りはしないから、切るぞ。これから三十六時間ぶりの休憩なんだ。お前の雑談に付き合う気はない』

「はは、つれないなぁ。分かったよ。じゃお仕事頑張ってね〜」

『……糞が』


 チッ、という結構ガチな舌打ちを最後に通話を閉じた。

 いやぁ痛快痛快。あんだけ苦しんでるのを目の当たりにすれば嵌められた恨みも忘れるというものだ。


 ご機嫌なまま端末を閉じると、その瞬間に再び着信が入った。

 表示された名前は……氷室。番号も間違いない。わざわざ通話するなんて珍しいな。


「もしもし、僕だけど。何かあった?」

『いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?』

「文明は言語を発展させてきたんだよ知ってた?」


 いきなりなんなんだよコイツは。


『そういうのいいから。予言してあげるけど、ここでグダつくだけ後で懺悔することになるよ?』

「……じゃあ悪いニュースから」

『風邪ひいた。看病して』

「馬鹿も風邪って引くんだなぁ……」


 というかそれ僕にはいいニュースなんだが。氷室の虚弱具合からして向こう一ヶ月は平和に過ごせるのだから。

 まぁ、この前の事件じゃ世話になったしそれくらいはしてやるか。


「じゃあ今から向かうよ。用件はそれだけ?」

『桃缶をしこたま頼むよ。ああ、あと今ハルカ菌が感染ったら死んじゃうからちゃんとマスクしてきてね』

「やっぱ行くのやめるわ。苦しんで死ねよ」

『ああ、それといい方のニュースだけど』


 こいつマジで話を聞かないなぁ。いい加減キレそう。

 ――そう、氷室に心底苛ついていたからこそ。


 続く言葉に僕は耳を疑った。


『キミの妹を人間に戻す魔法。その理論が完成した』

「――なっ」

これにて二章終了です。

長かったね。お疲れ様俺。


次は三章にするか断章にするかは悩んでいます。


それと次回は頂いた質問の返答やイラストの掲載をしたいと思います。

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