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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
134/171

刹那

◇◆◇◆◇



 清浄機から排出される空気からは、敗北の匂いが色濃く漂っていた。


「何故だッ、何故ここまで狂った!?」


 コロニー外周区ジオフロント北部232-αブロック。区画一つを丸ごと改造して設けた自身の研究室で、デウカリオンのリーダーだった女は声を荒げる。

 ダミーの拠点は正規軍に制圧された。そこまではいい。そこまでは予想の範疇だった。


 だが儀式用の拠点にいた信者は全滅し、頼みの綱の藍染九曜やその配下【トリック】の暗殺者達とも連絡がつかない。

 それだけではなく、既に自分の居場所まで発見されてしまい、【ムラクモ】による攻略が始まっている。手持ちの罠と警備装置を総動員して迎撃に当たっているがまるで意味を為さない。教導者の居所まで来るのも時間の問題だった。


 可能性があるとすれば協力者(・・・)による救援だが……唯一の入り口が【ムラクモ】に制圧された以上、それも望み薄だろう。


 八方塞がり。

 状況は詰んでおり、彼女には打つ手一つ残されていない。


 幾重にも問う。

 何故だ?

 分かっている。

 それもこれも、あの儚廻遥とかいう化け物の所為だ。


 千人の信者を瞬く間に壊滅させ、タイプゼロを倒し、精鋭部隊を片手間に消滅させた本物の怪物。

 奴さえいなければ、私は新たな世界を創り、パンドラ共を絶滅させることが出来ていたのに――。


 許せるものか。

 許せるものか。

 輝かしき未来を潰した罪人には、相応の罰が必要だ。


 教導者の目が忙しなく部屋を駆け巡る。

 隅に設置された培養槽、そこに浮かぶ一本の腕を注視する。


 儚廻遥の右腕。

 藍染九曜との交渉で、軽率にも遥自身が引きちぎって渡したもの。


 これを活用しない手はない。

 この腕のデータを軍に、いやコロニー中にバラ撒けば、それだけであの化け物は終わる。


 ただの情報だけでは荒唐無稽な都市伝説の一つにしかならないが、あと幾ばくもしないうちに【ムラクモ】――正規軍の裏組織がこの研究所を制圧する。その時に腕も回収されるだろう。

 現物と、情報。二つが揃えば軍は決して無視できない。儚廻遥を召集し、調べ尽くした後、殺す。


 メイン端末を操作し、遥の右腕の情報を羅列する。驚異的な集中力の産物か、1分もかからず完了。

 さあ殺してやる――最後のキーを押そうとした、その瞬間。


「何をしているんですか?」


 声。

 後ろから。

 反射的に振り返ると、そこにはいつの間にか一人の少女が立っていた。


 独特な色彩の長髪。右半分が黒く、左半分が白く。綺麗に中心で分かれている。瞳の色も同様に、右目は黒く左目は白い。

 それらによるものか、息を呑むような美しさと儚さの宿った容姿。穏やかな微笑を浮かべた顔には、触れるのを躊躇うほどの神聖さを湛えている。


 絶世という掛言葉がよく似合う美少女。

 教導者は彼女のことを知っていた。名前は知らないが、協力者(・・・)の一員だ。


「君か! どこから!? いや、それよりよかった、救援に来てくれたのか!」

「お元気そうで何よりです、教導者さん。聞こえなかったようなのでもう一回聞きますね。あなた、今、何をしようとしていたんですか?」

「え? あ、ああ。この腕の情報をコロニー中に撒くところだよ。私の邪魔をした、あの憎い化け物を――」

「そうですか。それでは死んでくださいね」


 ずぷっ、と。

 少女の腕が、教導者の心臓を貫いた。


「……は?」


 たっぷり10秒ほど、教導者は呆然としていた。少女の行動の意味がまるで分からなかったからだ。

 故に教導者の顔色が変わったのは、彼女が倒れ、言葉の代わりに血塊を吐き出したときだった。


「ごぼっ……ぐ、な、ぁ……!?」

「私がここに来たのはあなたの様子を見に来たからです。あなた次第では助けようとも思っていました」


 にこにこと、場違いなほど優しい笑みを少女は浮かべている。

 教導者は異国の言語でも聞いているような気分だった。だとしたら、どうして。何故。何がきっかけで、彼女はいきなりこのような凶行に及んだのか。


「でも、あの人に害を為すようなら話は別です。論外です。あり得ません。だから殺します。殺しました」


 それを聞いても、急速に死に近づく意識はやはり意味を咀嚼できなかった。教導者は思う。この少女は何を言っているんだろう? と。


「そん、な……馬鹿なこと、が……」


 涙を流しながら、手を伸ばす。こんなのは何かの間違いだ。この少女はとても優しかった。お願い、助けて――。

 そんな彼女の消え失せゆく視界が最後に見たのは、穏やかな笑顔のまま、こちらに手のひらを突きつける少女の姿だった。


「さよなら」


 目映い何かが、教導者の額を突き破った。



 退路をコノエに任せ、シグレとアリス、アイとホタルは順調に研究所を攻略していた。

 最後の防衛装置をシグレが斬り飛ばし、アリスが破砕する。


 あとは最終区画を残すのみ。

 一息をついたアリスが口を開く。


「うーん。フブキが教えてくれたにしては雑魚だなぁ……」

「やっぱり私怨だったんじゃないですか? あの人そういうの多そうですし」

「それにしたってだよ。あ、二人はこのまま行けそ?」


 問いにすぐさま頷くアイとホタル。ここまでの道中は殆どシグレとアリスが切り開いてきたのもあって、肉体的にも精神的にも撤退はあり得なかった。

 それを知ってか知らずかアリスは「死なないでねぇ」などと適当な調子で言うと、先を歩いているシグレに追いつく。


「ね。シグレはどう思う?」

「……何も」

「まーフブキだしねえ。そういうこともあるかなぁ……」

「何か感じるのか」

「うん。なんかね。なんかありそう。わかんないけど、なんか」

「そうか」


 これでアリスの勘は異常なほど当たる。本人もそれを自覚しており、後方の二人に注意を飛ばそうと口を開いた。

 直後、アリスは突然拳銃を引き抜き、前方の空間に前段斉射した。


「なっ、リーダー!?」

「敵。強いよ」


 年少とはいえ【ムラクモ】の一員。その一言で臨戦態勢に移るのは十分だった。

 アイはショットガンを、ホタルは小太刀を両手に構え、シグレとアリスの斜め後ろに展開する。


 シグレは刀の柄に手を置き、アリスも拳銃に魔力を注ぎ込む。

 そんな四人の前で土煙が晴れていく。

 そこには左右で黒白に分かれた独特な髪色の少女が立っていた。


「危ないな。当たったら死んじゃいますよ」


 微笑む少女。裏腹に纏っている外套は血塗れで、黒い人間の腕のようなものを大事そうに抱えている。

 その姿を見た瞬間、アリスの直感はこの少女を最大級の強敵と認識した。


 裂けた三日月のように口元が笑みを浮かべる。


「……なぁんだ。やっぱりフブキ信じて正解だったじゃん」

「あの、ごめんなさい。あなた達と戦うつもりはないんです。どいてくれませんか?」

「そんなつれないこと言わないでさぁ。戦おうよ。殺し合おう。きっと、きっと、楽しいよ」

「あはは、怖いな。私、あまり人殺しは好きじゃないんですけど……うん? ……あれ」


 何かに気付いた様子の少女に対し、アリスはすぐさま銃撃を見舞った。

 魔導銃による48連射。狭い通路を埋め尽くさんばかりに閃く銃火に対して、少女はひらりひらりと舞うように躱していく。


「うん。うん、うん……やっぱり同じ匂いだ。ねえ、あなた。エプロンドレスのお姉さん。あなた、もしかして……知り合い?」

「あはははは! すごいね、すごいね! これだけ撃っても一発も当たらないなんて!」

「ううん、それだけじゃない。ここにいる全員から、薄らとだけど……匂いがする――」


 連射が途切れた瞬間、アイとホタルが突撃する。それぞれの武器による、現在位置と回避空間を潰すような攻撃。

 更にそれらを防いだ場合に備えてシグレが後詰に入る。アリスも体に魔力を滾らせ、近接戦の用意。


 必殺の陣形を、少女は一瞥のみした。

 そして、呟く。


「――兄さんの、血の匂い」


 アイは打ち上げられ、天井に叩きつけられた。

 ホタルは吹き飛ばされ、床を水切り石のように跳ねて壁に激突。

 シグレは紙一重躱し、反撃の斬閃を放つも回避される。

 アリスも防いだが、凄まじい衝撃に後退を強いられた。


「あなた達、兄さんに、何をしたんですか?」


 少女は表情こそ笑顔のままだが、絶大な威圧感を放っていた。

 アリスの口がニィと弧を描く。ああ、ああ。自分は今日ここで死ぬかもしれない。そんな戦闘ができるかもしれない。


 楽しくて、楽しみで、堪らない。


 爆撃の魔力を装填する。隣ではシグレも【紅刃】を発動し、刀身に紅を纏った。

 アリスが言う。


「シグレ。共闘(ダブル)で行くよ」

「ああ」

「ねえ可愛いあなた。私はアリス。こっちのはシグレ。あなたの名前も教えてよ」


 その提案に、少女は一瞬だけ目を閉じた。

 再び目を見開いた時、その顔からは笑顔は消え、代わりに殺意の炎が灯っていた。


 少女は纏っていた外套を脱ぎ捨てる。

 露わになる両腕。

 右腕は人間のものだが、左腕は闇よりも深い黒色に染まっている。


 ちょうど、彼女が抱えている右腕と同じように。


「――セツナ」

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