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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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腐敗聖者

 気がつくと、僕は現実世界にいた。

 むせ返る血の匂い。辺りに散らばる敵の残骸。後方の汐霧に、前方で倒れているアマテラス。


 ――そして、その傍らに立つクロハ。


 僕はクロハへと歩み寄る。

 クロハは肩で息をしつつも、気丈に笑ってみせた。


「ハルカ……どうかしら? 私、やってみせたわ……」

「見てたよ。凄かった。よく頑張ったね」

「……ごめんなさい……ちょっと、疲れたみたい……」

「うん。ゆっくり休んで」


 流石に限界だったのだろう。気を失ったクロハを抱え上げる。

 お前のおかげで最良の結末を迎えることが出来た。本当によく頑張ったな。偉いぞ。


「遥! クロハちゃん!」


 と、汐霧が僕の横に並び立つ。そういえば僕が潜ってからどのくらいの時間が経ったのだろうか?


「今の時間は?」

「あれから1分も経ってません。何があったんですか?」

「後で話すよ。現時点をもって作戦は成功。お前は先に帰投しろ。クロハと咲良崎と、あと正門にいる赤髪の女の子。三人だけど連れて行けるか?」

「三人って、私の体格見て言ってます? ……出来ますけど」

「チビゴリラ……」

「あ゛ァ!?」


 地獄じみた形相を浮かべる汐霧にクロハを渡し、腕をぷらぷら振る。

 しばらくこちらを睨み付けていた汐霧だったが、気に入らなそうに舌打ちすると走り去って行った。


 うーん。バレてるくさい。勘がいいなぁ。


「さて、と」


 僕はアマテラスを見下ろす。

 仰向けに倒れている彼女は、気力こそ尽きているが普通に生きている。


 僕たちの目的はクロハの奪還だったが、大義名分である軍の作戦目標はアマテラスの処理だ。

 つまり誰かがこの少女を『お片付け』しなきゃならないわけで。


 ……さて、どうするかな。

 ここに来るまでは中身吹っ飛ばしてお姫さまにでもあげようかと思っていたのだが……さっきの心象世界で見た記憶のせいで、ちょっと気が変わった。


「……教導者様……どこに……」

「うん? ああ」


 視線の先にある、先ほどまで教導者の立体映像が映っていた場所を見て理解する。

 アマテラスとの戦闘中にはいなくなっていた教導者。今頃は氷室の情報で向かった【ムラクモ】に遊んで貰っている途中だろう。それとももう死んだだろうか?


 なんにせよもう会うことはないだろう。くわばらくわばら。


「お前は見捨てられたんだよ。御大層な理想より自分の命のが大事ってね。ご愁傷様」

「……そんな……どうして……? 私……たくさん頑張ったのに……」

「はは、馬鹿言うなよ。別に頑張ってなんかないだろ? お前はただ流されてきただけだ。楽な方に、辛くない方にってね」


 自分を産み出した研究者たちに訳も分からず従った。

 お姫さまの怨念に怯えて部品として生きることを受け入れた。

 生まれて初めて触れた暴力に恐怖してテロリストに攫われた。

 行き場がなくなったから教導者に着いて行った。


 こいつには何もない。

 ただ逃げてきただけだ。


 それが悪いとは言わない。嫌なことを避けるのは当たり前のことだ。一般人として生きるならそれでもいいだろう。

 だが、そんな生き方をしておいて――愛されたかった? 居場所が欲しかった? こんなに頑張ったのだから、報われるべきだと? 他人をその手で傷つけておいて?


 ああ、本当に、虫唾が走る。


「うん、決めた。お前は苦しめて殺そう」

「……え……?」


 禍力を解放する。

 想定外、とばかりの間抜け面を晒すアマテラスに、僕はへらへらと笑いかける。


「ああ、勘違いしないでくれよ。お前は妹を救う邪魔をした。その罪は万死に値する。最初から殺すつもりだったさ」


 肉体的にか、精神的にかはさておき。


「え、え……? だって、あのモルモットは……なんで、なんで私ばっかり!?」

「クレハは死んで死んで死にまくったし、何より顔も心も可愛いからね。僕は美少年と美少女は極力殺さないようにしてるんだ。もったいないから」

「私はっ……!?」

「お前は不細工だ。心が腐っている」


 流されて生きるだけならまだ良かった。

 だが、その挙句に僕の敵となるなら容赦はしない。


「私っ……嫌! 私は悪くない! だって、どうしようもなかった! 抵抗しても死ぬだけだった! じゃあお前は、あんな小さい私が勝てると思うの!?」

「ハッ、思う訳ないだろ。話をすり替えるなよ。どんな出生だろうが、仕方なかろうが、お前が流されて生きてきて、僕に人に危害を与えたのは変わらないよ」

「……お前のッ、お前のせいなのに! 私が、イザナミ様も! 私たちが生まれて、苦しんだのは、全部お前たちのせいなのにッ!」


 ……ああ、アマテラスの記憶がこっちに流れてきていたように、僕の記憶も流れ込んでいたのか。

 確かに僕の両親が村なんて作らなければ。その結界装置として僕と妹を産み出さなければ。

 もしそうだったらイザナミもアマテラスも完成せず、彼女たちが苦しむこともなかったかもしれない。


 でもそれ僕何も悪くねえしなぁ。


「そんなん地獄で僕の両親に言ってくれ。クロハも言ってたように、お前は運が悪かった。なのに努力しなかったお前が悪い。そんな『可哀想』な人生だ。それくらい、自ずと理解していただろうに」

「……ッァアああああ! 誰か! 藍染様! 助けてください! 助け―――!」


 悲痛な金切り声に応える者はいない。あれだけいた信者も全員死に、季節的に多分そろそろ腐り始めている。

 そういえば藍染の奴、クレハと喋ってた時なんか覗いてきてたな。もしかしてああいうちんまいのが好みなんだろうか。汐霧を弟子にしていた辺り普通にあり得る。見た感じ純日本人だったし。


 クロハも融合の後遺症とかないか心配だし、さっさと済ませて僕も帰ろう。

 解放した禍力を『腐敗』に特化させ、右腕に纏う。


 腐敗奏、極大展開。


「最後に教えてやる。お前も知っての通り、僕は感情で殺人を犯さない」

「――!」


 それはアマテラスの瞳の奥にあった最後の楽観。

 自分が助かる一縷の可能性を見出したのか、縋り付くような表情を見せる。


「……そ、そう! 助けてくれれば、私あなたのために何でもする! 絶対に役に立って見せるからッ、だから!」

「はは、そうかそうか。そう言ってくれて嬉しいよ――心配せずとも、お前の脳味噌と心臓は無駄なく利用してやるとも」

「――……え?」


 言葉の意味を理解できていない、呆けた表情。

 全く勉強なる。追い詰められた人間とは、こうも思慮が浅くなるのか。


「話の続きをしよう。感情で殺人を犯さない。その代わり――殺人に感情を込めるんだ。それまで溜め込んできた憎しみを、殺意を。全部全部、ありったけ注ぎ込んで、殺すんだよ」


 クレハは言っていた。僕の感性はとても普通だと。平凡だと。

 ああ全くその通りだ。どれだけ耐えられようが嫌いなものは嫌いだ。無理に感情を殺していると、その分の負の感情はうず高く積もり上がる。


 そんなのは精神衛生上、とても良くない。だからこそ殺していい奴にはその全てを叩き込む。

 容赦なく、慈悲なく。殺して殺して殺し尽くすのだ。


「それじゃアマテラス、人造の神様。お前に宣言通り万死を与えよう。と言ってもお前は根性なしのクズだから、ちょっと趣向を凝らしてあげようか」

「……神さま……神さ」

「はは、神が神に祈るなよ」


 右手でアマテラスの顔を掴む。

 涙の熱。人間特有の温かさ。生者の感覚が手のひらを通して伝わってくる。


 人造の神などと言っても、こうしてみれば普通の人間と何も変わらない。

 その人生に幕を引く。バケモノとしての、悪意と殺意で。


 だから、苦しみ抜いて死んでくれ。


「【腐敗聖者(ふはいせいじゃ)】」


 右腕を通して腐敗奏が流れ込む。アマテラスの生白い素肌が黒く染まる。乾いた大地に染み込む雨水のように、じわじわと、恐ろしい速度で侵食が始まる。

 禍力が肌色を黒く染めるたび、アマテラスは激しくもがき、嘔吐を繰り返す。この段階では痛みはないはずだが、人間と相反する力の侵食だ。異物感や嫌悪感が凄いのだろう。


 そんな抵抗も虚しく、ついに頭からつま先まで腐敗奏が巡った。

 ぐったりとしたアマテラス。僕は掴んでいた顔面を離す。


 赦したから――ではない。

 そのままでいると、尋常でなく手が汚れてしまうからである。


「ッ、ッ、ッ!?」


 アマテラスが目をカッ開く。声にならない叫びを上げ、体液を撒き散らして悶絶する。

 力を失っていた手足が再びじたばたと暴れ回り、ガリガリと顔を掻き毟る。すると、指が顔面に沈み込んだ(・・・・・・・・・・)


 ぐじゅ、と肉の潰れる瑞々しい音。

 ずる、という鳥肌の立つぬめり気。

 顔が、体が。どろどろと溶けている。


 【腐敗聖者】。

 概念干渉による絶対的な強制力により、対象の存在そのもの(・・・・・・)を腐敗させる最悪の技。


「――うぎィィゃあァァァァァァァァァァァァァァッ! 痒いっ! 痒いィィィィィ! あ、ああ、あああああああああああああああああああッッ!」


 発狂してのたうち回るアマテラスを、僕は少し離れた場所から眺める。

 肉体を構成する全てがどろどろに溶けて混ざった鼻に突き刺さる異臭。普通の腐敗臭の10倍は臭う。パンドラアーツ的には少し辛い。


 だが、アマテラスを襲っている苦しみはそんなものの比ではないだろう。

 【腐敗聖者】はただ肉体を腐らせる程度の代物じゃない。存在自体を腐らせ、境界を曖昧にし、混ぜ合わせる。それがどういうことなのか。


 全身の細胞一つ一つが境界を失い、アマテラスという存在と混ざる。細胞一つがアマテラスという一人の人間と、全く同じ感覚を得てしまうのだ。

 逆に言えば、アマテラスは細胞一つ一つが死滅するたびにその全ての痛みを味わうこととなる。


 人間の総細胞数は、個人差にもよるが30兆から40兆程度と言われている。

 それら全てが同時に腐敗し、死んでいく感覚がアマテラスを苛んでいる。


 30兆回の腐敗と死。

 温室育ちの女の子には絶対に耐えられないだろう。


 ……ああ。

 少し、嘘を吐いたか。


 万死というには、ちょっと多過ぎた。





 アマテラスの腐敗はそれから一時間ほど続いた。

 続いてはいたが、途中から腐った鼻水みたいになってしまったので、最後までちゃんと味わってくれたかは怪しいところだ。


「……で」


 今やその鼻水すら床に染み込んでしまい、アマテラスがいた場所には激烈な異臭と丸裸の臓器が二つ落ちているだけだった。

 脳味噌と心臓。これだけは結構欲しかったので、コントロールが上手くいって嬉しい限りだ。


 それらを拾い、しまうところもないので左手に乗っけて、右手をアマテラスの残骸に照準。


「【セツナ】」


 軽めに放った概念破壊の光が臭う部分だけをくり抜き、消滅させる。これで彼女の存在は完全に消滅した。

 これで腐敗した細胞や、心臓や脳味噌の細胞片を誰かに利用されることもないだろう。異臭はまだ残っているが、うん。またこの施設を使えるようにも出来るはずだ。使う奴がいるのかは知らないが。


 これにて作戦は本当に終了。

 クロハを狙う敵は全滅した。これからはあいつも外に連れ出せる。更に溜まっていた殺意(ストレス)の解消も出来た。

 少々血生臭いが、四捨五入すればハッピーエンドと言っていい。文句なしの結末だ。


「……あ、いや。あの教導者とかいう奴まだいたな」


 【ムラクモ】を向わせたと氷室は言っていた。

 あっちはどうなったのだろうか?

元ネタはデュエマの腐敗聖者ベガです。

小学生の記憶。

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