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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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だけど死ぬのは私じゃない b

「……と、かっこつけたはいいものの」


 辺りをぐるりと見回して、言う。

 決意も新たに現実世界に帰ろうとしたはいいものの、どれだけ強く念じたところで景色一つ変わらず早十分。


 ……我ながら結構かっこよく締めたのを台無しにして。

 僕はクロハにぶっちゃけた。


「これちょっと本気でどうすればいいか分かんない……」

「ちょっと男子ィ〜」

「黙らっしゃい。そう言うお前はどうするつもりだったんだよ」

「えっ……ハルカが来たら何とかしてくれるだろうって……?」

「…………」

「…………」


 軽く絶望的な空気が流れる。うん、二人揃って馬鹿ですね。

 恐らくはもう一人の核であるアマテラスをどうにかしなきゃいけないのだろう。前の僕の時もまずこの世界でお姫さまを殺す必要があったし。まずこの世界の主導権を奪い返す必要があるわけだ。


 しかしながら、この世界は精神の在り様で幾らでも変化する。物理的な物差しは大した意味を持たず、愚直に歩いているだけではどうにもならない。

 あのかまちょと違い、アマテラスは完全に拒絶に徹するだろう。この世界の異分子であり、パンドラアーツどころか魔導師ですらない今の僕では見つけるのは不可能に近い。


 だとすれば、頼みの綱は……


「クロハ、お前も同じ核ならアマテラスの居場所分かったりしないのか?」

「ん……だめ。分かるのはなんとなくの距離と方向だけ。曖昧にしか分からないわ」

「なるほど。じゃあもっと近くに行けたら分かるんだな」

「え? ええ、多分だけど……」


 ……うーん。

 じゃあ、仕方ないか。


「クロハ、その大まかな方角でいいから案内して」

「え、でも……」

「アマテラスの妨害は気にしないでいいから。さぁ、ほら」

「……こっちよ」


 遠慮がちに手を引かれ、歩き出す。花の敷き詰められた樹海――アマテラスの領域に踏み出す寸前で「本当にいいの?」と最終確認。


「大丈夫。信じて」

「……うん」


 樹海に足を踏み入れる、と同時。

 グチャッ、と。

 予定調和のように僕は破裂した。


 ゲロのようにビチャビチャ撒き散らされた僕に、クロハが叫ぶ。


「ハルカ!? どこが大丈夫なの!?」

「痛ったたた……っはっは。まぁ、そんなことよりお前は何も起きてない?」

「そんなことよりって――! ……? あれ、確かに、何で私は無事なの……?」


 アマテラスの領域に踏み込んだ以上、同じ核であるクロハといえど無事でいられる道理はない。だからこそこいつはああして引き篭もっていたのだから。

 それが無傷で済んでいる事実に、僕はひっそりと安堵する。


 これでも僕の生まれは結界装置のプロトタイプ。具体的な調整は全て妹任せだったとはいえ、精神への干渉は出来なくはない。

 特に魔力が必要ないこうした精神世界なら、精神的干渉への結界を張るくらいは何とかなる。


「見えないだろうけど、お前への干渉は僕が全部弾いとく。だからお前はアマテラスの探知頼むよ」

「そんな……無茶よ。自信がない。方法だって分かってないのに……」

「別にいいよ。出来なくたっていい。何も思いつかなくてもいいさ。失望なんてしないよ」


 また肉体が弾け飛ぶ。酸か何かに似た痛み。それなりに痛い。

 だが、この痛みは酷く軽い。意志がないからだ。


 意志がない痛みなどただの感覚だ。否、精神世界(ここ)では感覚ですらない、ただの幻覚。そんなものでは僕を強くすることすら出来はしない。

 この程度、どれだけ掛かって来ようが耐えられる。


「だけど――やってみせろ。出来るまで僕が守ってやる。出来なくても僕が何とかしてやる。だから、やってみせてくれ」

「ハルカ……」

「はは、そんな不安そうな顔するなって。大丈夫、お前ならきっと出来る。なんてったってお前はクレハの上位互換(いもうと)なんだから。強くなったところ見せてやってさ、一緒にアイツを休ませてやろうぜ」

「…………ッ!」


 ぎり、とクロハが歯を噛み締める。目を固く閉じ、自身の感覚に全力で集中を始めたのが分かる。

 ちようど人間に再生した僕は、その小さな手を取った。


「さぁ、行くぞ。僕たちか、アマテラスか。どちらかが死ぬまで」

「……ええ、行きましょう。私たちか、あの女か。どちらかが死ぬまで」


 だけど。

 だけど。


「「だけど死ぬのは(ぼく)じゃない」」


 そう言い続けて、今も生きている少女の姿に力を貰い。

 僕たちは歩き始めた。


 夢遊病者のように一歩、一歩と夢遊病者のような足取りで進んでいくクロハ。僕はそんなクロハを守り続ける。

 壊れた玩具(おもちゃ)のように壊れては壊れ、馬鹿の一つ覚えのように再生し続ける僕。そんな僕をクロハは導いて行く。


 常軌を逸した集中に限界を起こしたのか、時折クロハの体が不安定に揺れる。眉間に入った深い縦筋は、そのままコイツを襲う苦悶の頭痛の大きさだ。

 クロハの役割は全てが手探りだ。雲を掴む――全くもって比喩ではない。ただ痛みを迎えるだけでいい僕などより、ずっと苦しく辛いだろう。


 そんな彼女に対して、僕に出来ることは何もない。

 それでもクロハは僕への恨み言一つなく、歩みを重ねて行く。


『おはよう、14人目のアマテラス。塔管理局は君の生誕を心から祝福する』


 何千回死んだだろうか。

 何万歩歩いただろうか。

 ふと、僕のものでもクロハのものでもない思念が混ざり込んだ。


 僕にも見覚えのある塔管理局内の一室。イザナミとよく似た容姿の少女が、身じろぎもせずに研究者の話を聞いている。

 これは――アマテラスの記憶か。

 次の瞬間訪れた死と同時にその景色は消え去り、また別の景色が浮かぶ。


『ふうん。貴女が私の代替品? 今から死後のことを教えてくれるなんて、貴女とっても優しいのね。あははははははは』


 打って変わって花々が咲き誇る塔最上階《楽園》エリア。

 眠る『結界装置』の体の前、狂笑するお姫さまの幻影とアマテラス。お姫さまが宿した憎悪と絶望を、幼いながらにアマテラスは感じ取ったようだった。


 また場面が変わる。


『聞いてねえぞ! 何故ここにムラクモがいる!?』

『攻略部隊は全滅したらしい。俺達もこのままじゃ……』

『……おい、このガキ結界装置の予備だ! どうやら逃げ遅れたらしい。戦果としちゃ充分だ、ズラかるぞ!』


 これは……これも見覚えがある。大声で喚いている男たち、彼らは塔管理局へのテロ事件で戦ったピクシス教団の狂信者達と同じ格好だ。

 そういえば央時から貰った資料には、このアマテラスは反政府勢力によるクーデターで行方不明になったという記載があった。その時の記憶か。


 記憶の中のアマテラスは抵抗らしい抵抗もせず、そのまま攫われて行った。


『私と一緒に来てくれないかな。穢れた衆愚の手の内から我らが姫を共に救おう』


 そう言って手を差し出しているのは、あの教導者とか名乗った女研究者。今よりいくらか若く、大雑把に逆算してピクシス教団が全滅してすぐの頃だと分かる。

 いつかの焼き直しのように、アマテラスは女の手を取った。


 ……こいつの人生こんなんばっかだなぁ。


 出会いに恵まれない。

 全てに利用されるばかりの人生。


 だからこそ、そうじゃなかった藍染に好意を持ったのかもしれない。

 それを不幸だったと、可哀想だったと評することもできるだろう。


 ――けれど。


「…………………………見つ、けた」


 囁くようなクロハの声。

 目蓋を引きちぎる。

 勢いよく見開かれた瞳に灯る、強い強い意志の光。

 僕はただ、繋いだ手に力を込める。


 クロハは打って変わって確かな足取りで歩き出す。

 僕たちの前方にあった何もかもが祓われるように消滅していく。


 ――来ないで!


「邪魔」


 クロハが腕を振るう。

 大剣が、酸の津波が、爆轟が、竜巻が――アマテラス渾身の拒絶の数々が、出現と同時に虚空へ消える。

 もはや僕が弾くまでもなく、クロハの意志がアマテラスの世界を圧し始めていた。


 樹海が消える。

 花畑が消える。

 夜空が消える。

 暗闇が消える。


 やがて辿り着いたのは、空も地面もない白い光に包まれた空間。

 その中心では、恐怖を顔一杯に浮かべた黒髪の少女が尻餅をついていた。


「あなたたち、なんで生きて……!? 嫌ッ、来ないで! 来ないで……!」


 ……懇願するアマテラスは、いっそ哀れなほどに無様だ。

 まぁ、9割勝利していた盤面をひっくり返されたのでは仕方ないのかもしれないが。


「ハルカ」

「ああ。任せた」


 ここから先、僕の出番はもうない。

 するりと手のひらの結びを(ほど)くと、クロハは歩き、次第に駆け出した。

 放たれた矢のように己へと向かってくるクロハに、アマテラスが絶叫した。


「来るなって……言っているでしょう―――!!」


 アマテラスの指先に巨大な光の板が出現する。一枚だけではなく、何層も重なり見る間に厚みを増していく。

 【神の鉄槌】。結界系統応用分類。結界魔法の盾を超高速で大量生成し、敵を押し潰す。重ねた結界を武器にすることも出来る攻防一体の高等魔法だ。


 精神世界での戦闘は言ってしまえばイメージのぶつかり合いだ。完全に想像任せのイメージでは重さ(・・)に欠ける。こうして僕が無事なことから分かるように、大した痛手にならない。

 よってここで現実世界でも使える魔法を選択したのは正しい判断だろう。巨塔のような魔力塊はそれだけで相当の脅威だ。多少の戦闘技能の巧拙など何ら問題としない。


「潰れろォォォォォォッ!」


 結界の巨塔が振り下ろされた。高速生成され続ける巨大な盾が光線のように前伸する。

 対するクロハは足を止めず、右腕を後ろに突き出した。


 その腕に赤黒い光が宿る。

 クロハ本来の魔力光である赤に、禍力の黒が混ざった紅色。


 それはクロハの根幹を成す力だ。そう造られたから、それだけが理由じゃない。彼女の人格の深いところがこの力と適合したからだ。

 寂しくて仕方なくて、苦しくて、辛くて。誰でもいい、誰かに知って欲しかった。昔、そう彼女は語っていた。


 それが恐らく彼女の原点にして原動力。『共有』という、独りぼっちを越えた少女が持つ、この世で最も優しい災禍の異能。

 それを宿すことが出来た、クロハという少女の本当の強さだ。


 ――痛みを治すことは出来ずとも。

 苦しみを取り除くことは叶わずとも。

 けれど一緒にのたうち回る事はできるのだ、と。


 そんなクロハの意志が顕現する。

 光が彼女を包み込んだ。

 顔に、腕に、足に。全身に血管のような紅の線が奔る。


「――心血共鳴(しんけつきょうめい)・ハカナミハルカ」


 結界とクロハが激突した。

 雷鳴のような破砕音。

 見ると、先頭の結界が粉々に砕け散っていた。


 どんな物理攻撃でもアマテラスの結界を一撃で破壊することは出来ない。例え魔法であっても概念の内側にある限り絶対に不可能だ。

 故に答えは一つ。クロハが使ったのは概念すら捻じ曲げる禁忌の力。


 概念干渉。


「その力はっ……!?」


 先程見せた(・・・)おかげか、その正体に気付いたらしいアマテラス。

 対して、クロハは答えを口にした。


「幻想再現・破壊想」


 クロハが突き進む。僕と『共有』した身体能力で、マガツで鎧袖一触に結界を破壊していく。

 アマテラスは半狂乱のまま魔法を振り回すが、その全てをクロハは正確に弾き飛ばす。そのたび結界の数は128から64へ、64から32へ、32から16へ――どんどん半減していく。


 やがて最後の一枚をクロハの右拳が打ち砕いた時、彼女はアマテラスのすぐ目の前にいた。

 力の抜けた泣き笑いを浮かべるアマテラスは、諦めの滲む声で呟いた。


「なんで……? 私、こんなに頑張ったのに……こんな意味分かんない奴らに、なんで負けなきゃいけないの……?」


 クロハは少しだけ考え、その問いに答える。


「運」


 慈悲の欠片もない答えに、ひっと息の引きつる音が響く。

 次の瞬間。

 クロハの拳が、そんなアマテラスの顔面をブチ抜いた。


 ――夢から覚める、一瞬の浮遊感。

やっとクソ面倒なところが終わった…

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