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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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だけど死ぬのは私じゃない a

◇◆◇◆◇



 降り立った場所は暗闇の森林だった。

 月のない曇った闇夜。深い暗がりが燻る樹海。それらに反して色鮮やかに足元を彩る花々。他には何もなく、誰もいない。


 僕はこの場所に見覚えがあった。


「……支配区か」


 【ムラクモ】時代、クロハと出会った頃に主に活動していた場所。東京コロニーの生存圏から遠く離れたパンドラ戦争の最前線、支配区(フロントエリア)

 これがクロハの心象風景、最も縁の深い景色なのだろう。足元の花は見覚えがないが、アマテラスのものと考えれば合点がいく。イザナミのお姫さまは花が好きだったからな。


 融合魔法によって二人の精神は融け合い、混じり合っている。その証拠がこの歪な光景だ。

 今はまだ融合率も低いが、時間が経つごとにそれも深くなっていき、終いには二度と戻れなくなる。それまでに魔法を解除しなければならない。


 過去イザナミにやられた時の経験から、融合の解除にはこの心象世界の核である融合者――その時で言えば僕とイザナミ――を殺して主導権を奪い取る必要があった。

 あくまでそれは僕たちのケースであり、他人の融合に干渉している今はまた違う。とはいえアマテラスかクロハのどちらかを見つけなければ何も始まらない。


 アマテラスは探そうとしても拒絶を受けるだろうから、まずはクロハから。

 そう考えて取り敢えず足を踏み出した瞬間、僕の頭が破裂した。


「あ、え?」


 ぐらりと傾き、地面に倒れ伏す。そんな僕の体は二度、三度と破裂を繰り返し、細かな肉片となって辺りに散らばった。

 ……死んだ? そんな馬鹿な。破壊想は解いてないのに。ってか死ぬほど痛い。脳味噌吹っ飛ぶってこんな感じの痛みなのか。


 うん落ち着け。

 それじゃあどうして意識があるんだ。

 あ、いや待て。

 これ精神世界だったな。


「よいしょっと」


 僕は立ち上がる。気づけば頭も体も服も全て元通りに戻っていた。

 恐らく、ここにいる僕は精神体――クロハのよくやるゲームでいうところのアバターのようなものらしい。

 現実の僕の精神が、この心象世界で活動するにあたって核であるアマテラスとクロハから与えられた姿とでも言えばいいのか。

 

 核とはこの世界の神様のようなもの。主導権を持っているアマテラスが紛れ込んだ異物を排除しようとしたのが今の唐突な死だ。

 そんな神様の意向とでも言うべきか、今の僕は破壊想が――『操作』のマガツが使えない。身体能力や魔力も人間と同等だ。

 逆に僕の精神だけは現実と全く変わっていない。アマテラスにも干渉の仕様がないからだろう。


「ん、大体理解しバッファ」


 再び僕の体が弾け飛んだ。今度はもっと細かく飛び散った。

 なるほど。僕の精神を問答無用で消滅させるような直接の干渉は出来ないから、この世界の僕の体に苦痛を与え続けて精神を叩き折ろうということか。


 確かに痛みは現実同様……なのだろうか。分からん。僕とて全身が爆発するのは流石に初めてなのだ。

 とりあえずクソ痛い。痛いけど膀胱と腸も一緒に吹っ飛んでるおかげで漏らす心配がないのだけはラッキーだ。


 まあいいや。それなら心が折れる前にあいつらを見つければいい話。


「さあ気を取り直プェッ」


 今度は降り注いできた大剣に真っ二つにされた。

 もう面倒なのでそのまま歩くことにした。

 精神世界ということで、進むと強く思えば進めるらしい。

 滑稽なダンスを踊るように、右半身(ぼく)左半身(ぼく)と前進を開始した。


「ビチャッ」


 あ、また爆発。



 1076回。

 そんなわけで僕は死んだ。

 正確には死ぬような体験をした。

 どれも現実に等しい痛みだったので、僕は普通に耐えることが出来た。


 これも先生の訓練様々だ。全て慣れるまでずっと繰り返して積み上げた時間(いたみ)は、やはりどれ一つとして無駄じゃなかった。

 そんなことを考えながらコロコロ転がって――体が肉の箱みたいになっているせいだ――いると、ふと空間の気配が変わったことに気づく。


 いや、正確には気配じゃない。

 匂いだ。

 クロハの匂いがする。

 三日前にあいつの服の匂いめっちゃ嗅いだから間違いない。


 同時に体が割と久しぶりに二足歩行に戻ったので、ぐるりと辺りを見回してみる。

 あれだけ咲いていた花がどこにもない。ここに来るまでにはずっとあったのに。それにずっと続いていた樹海が途切れ、ひらけている。


 少し遠くに焚き火がぽつんと揺らいでいる。

 そのすぐ近くに、身動きせず座り込む少女の姿があった。


 ……ああ。やっと見つけた。


「――や、クロハ。なんか久しぶりだね」

「……ハルカ」


 振り返ったクロハと目が合う。軽く手を振ると、強張っていた口元が少し緩んだ。

 少し消耗しているが……うん、至って正気だ。欠落している部位もない。上手いこと自我を保てていたらしい。偉いぞ。


 隣に腰を下ろして焚き火に手をかざす。じんわりとした暖かさは、やはり現実のものと相違ない。

 懐かしいな。【ムラクモ】時代は夜になるたび、基地を離れてはみんなと戦闘訓練をするのが日課だった。


 それが終わったら先生やアリスと獣を狩りに行ったり、トキワやシグレと次の日の行動計画を立てたり、こうしてクロハと星を見たり……そんで翌朝に部隊揃って梶浦に説教されたり。

 思い返すと、何ともドブ色の少年時代だったものだ。笑い話にもならん。


「……お姉ちゃんはどうなったの?」

「倒した。殺してはないから安心しろ」

「そう。……すごく強かったでしょう?」

「超やばかった……ここ最近で一番死にかけたわ……過去の『共有』効いてたら絶対死んでた……」

「ふふ……」


 クスクスと笑うクロハ。僕はあんまり笑い事じゃなかったのだが、まあクズの臨死体験なんて最高の笑い話かもだ。

 ああ、そういえばクレハから伝言あったっけ。


「『あの子の未来と幸せをお願いします』だってさ。いいお姉ちゃんだな。羨ましいよ」

「ええ、私の自慢のお姉ちゃんだもの。ハルカになんかあげません」

「いらねえっつの。あんな重い奴友達で充分だわ」

「ハルカはあなた友達と恋人の違いクッソ適当だから信用してあげない」

「クッソってお前」


 どうでもいい雑談がカラカラと回る。僕は相手が無事だったことに心から安堵してるからで、クロハは……まあ、クロハもそうだといいのだが。

 ああ。それはそれとして、言っておかなきゃな。


「クロハ。お疲れ様」


 クロハの頭に手を乗せる。僕が何かを成し遂げた時、先生がよくやってくれたように。

 振り払われるかと思ったが、代わりにクロハは小さく笑った。


「……ふふ、なんで? 私は何もやってないわ。無様に敵に囚われて、何も為せずにあなたを待っていただけなのに」

「わざとだったんだろ、それ。汐霧から【共有(シンパシー)】……あー、記憶共有魔法で見せてもらったよ。僕の敗北が確定してたあの状況を逆に利用して、単身敵の手中に潜り込もうとした。違うか?」

「……」


 クロハはSランク魔導師の実力を見たことがある。コロニー内で概念干渉が使えない僕では勝ち目がないと分かっていたはずだ。

 だから、あの状況を逆に敵の喉元に近づけるチャンスと捉えた。同時にほぼ詰んでいた汐霧の命さえ救おうとした。


 あとは……再会した姉と話したかった、というのもあるだろう。姉を取るか僕を取るか、迷っていたのかもしれない。


「それは違うわ。私はハルカの道具よ。持ち主に捨てられても、その逆はあり得ない」

「そっか。……あとナチュラルに心読むなよ。心象世界といえさ」

「でも、迷っていたのはその通り。お姉ちゃんには恩があったから。あの人を罪の意識から救えないかって……結局、ハルカに任せちゃったけど」

「別にいいよ。そういう約束だったし」

「出来るならアマテラスを殺したかった。私のせいで起きた戦いだったんだから、私が終わらせるつもりだった。でも、私じゃ出来なかった。だから……」

「だから、敢えて大人しく捕まって自分の発信器を元に僕たちを呼び寄せた。……知っていたのか? 僕がお前の体に細工してたことに」

「いいえ。でも、あの教団が私の体に細工をしていたと知った時に思ったわ。ハルカだって絶対にそうするって」

「……クズですんません……」


 その通り、僕と氷室はクロハの体に組み込まれている発信器が解除出来ないと知った時に、その反応を僕たちも捕捉できるように細工をした。


 結果的にその発信器のおかげで梶浦の情報の裏付けが簡単に取れて、作戦決行の準備に全ての時間を費やすことが出来たというわけだ。

 そんな種明かしを済ませたところで沈黙が流れる。


 何をするでもなくぼーっと空を眺めていると、


「ねえ、ハルカ」

「なんだ?」

「私でいいの?」


 迷子のような、とても寂しそうな声。

 そっとクロハが頭を傾け、微かな重みが肩に乗る。


「私、守られてばかりだったわ。だから守りたかった。私を愛してくれて、私が愛した人たちを……」

「……」

「ハルカ。私ね、ここにいるのは今言った理由だけじゃないのよ。こんな私よりハルカはお姉ちゃんの方がいいんじゃないかって……一度思ったら止まらなかった」

「……」

「だから、ハルカ。私がもういらないならここに捨てて行って。そうなっても……恨んだりなんてしないから」


 凛々しい台詞と裏腹に、声はどうしようもなく震えていた。

 ああ全く本当に恥ずかしい。こんなガキに、僕は何を言わせているんだか。


 だが、悲しいことに僕は人でなしのロクデナシだ。幼女を元気付ける言葉なんて浮かびもしない。

 頬を掻いて、頭を掻いて。悩みに悩んだ果てに口から飛び出したのは……結局自分のことだった。


「――僕がムラクモを抜けた日のこと」

「え……?」

「先生が死んで、トキワや他の仲間達もみんな死んでさ。みんなの墓を作って、その後、僕はお前になんて言ったっけ?」

「……『お前、殺してやるよ』」

「うん、その通り」


 たった二年前のことだというのに、酷く懐かしい。

 あの日、僕はこれ以上ない絶望と、それを塗り潰して余りあるほどの希望を味わった。強大な二つの感情に呑み込まれ、追い詰められて、挙句救いようがないほど血迷った。


「お前はずっと死にたがっていたから、殺してやろうと思った。概念干渉を得た僕にはそれが出来たから」

「……うん」


 昔のクロハは罪の意識に苛まれていた。

 夥しい犠牲の上に生み出されたこと。

 姉を救えなかったこと。

 『神子』の食事として、多くの人間を喰ったこと。


 どれ一つとしてクロハが悪いわけじゃないのに、全てが自分のせいだと自罰していた。隙あらば死のうとして、再生力のせいで死なずに泣いていた。

 しばらく経って、どうにか折り合いをつけたのかそれは(おさま)ったが……依然として自殺願望を抱き続けていたのは変わらなかったと思う。


「だから僕はそう言った時、お前が頷くと信じて疑わなかったよ。頭の中じゃもう墓に刻む名前について考えてた。名字とかどうしようかなってさ」

「……私も、嬉しかったわ。ハルカは殺した人を忘れない。大好きな人に殺して貰えて、ずっと覚えていて貰える。……天にも昇るような気持ちだった」

「うん。だっていうのにお前は首を振ったんだ。そうしてなんて言ったか、覚えているか?」

「……さあね。忘れたかも」

「なら仕方ない。返してやるからここで思い出してけ」


 それは陳腐で、平凡な言葉だった。

 誰もが一度は聞いたことがあるような、ありきたりで使い古された言葉だった。

 そんな風に思ったのをよく覚えている。


 そして、それ以上に。


「「『あなたを独りにはさせない』」」


 ――泣きたくなるほど嬉しかったことを、僕は一生忘れることはないだろう。

 死にたいのに、僕のために生きることを選んでくれた少女。

 そんな彼女が教えてくれた、誰かを救う強さを。


 僕は――決して忘れない。


「……はは。なんだよ、しっかり覚えてるじゃないか」

「馬鹿言わないで。当たり前でしょう。あの時どれだけ私が勇気を振り絞ったと思っているの」

「じゃあ分かるだろ。お前を捨ててクレハを選ぶなんてあり得ねえよ。僕の後を任せられるのは、妹を救う願いを託せるのは、僕を救ってくれたお前しかいない」

「……!」


 確かにクレハは強かった。あれだけの妹達の心を救い続けたのは尊敬に値する。

 でも、あいつは僕と同じ失敗者だ。『救えなかった』側の人間だ。友達にはなれても、後継者にはなれない。なってもくれないだろう。


 僕は立ち上がって、クロハに手を差し出す。


「まぁ要するに、だ。僕はお前に価値を感じているし、大切に思ってる。だから帰ろう。帰って、カレーでも食べよう。久しぶりに僕が作ってやるからさ」

「……ふふ。ええ、ええ。それならしょうがないわ。ここで呆けている方がずっと楽だけど、そこまで言うなら行きましょうか」


 手を重ねたクロハが横に並び立つ。

 見上げた空はいつの間にか晴れていて、いつかのような三日月が、微笑うように浮かんでいた。

久しぶりの更新です。

間が空いて本当に申し訳ありません。感想返信も忘れててもうなんとお詫びしたら良いのか。


読んで頂いている方がどれくらいいるのか分かりませんが、完結するまでは書いていくつもりなので見捨てないで頂けると嬉しいです。

それはそうと就活はデスれ。


あと一部の方はお察しだと思いますが、私は鏡先生の黙示録アリスに強く影響されてこの作品を書いています。なんであんないいところで止まるの…ドボジテ…?

そんなわけであの小説に似た面白い作品あったら教えてください。切にお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは・・・これは・・・ ”陳腐で平凡な言葉”がとても刺さりました。 続くセリフはなんだろう?と考えて、答えが得られた時の「あぁなるほど。」といった感想とともに熱いものがこみあげてくる・・・…
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