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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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今あなたの心に呼びかけています


 トン、という着地音。

 音の出所は、憂姫の隣。

 憂姫が見ると、そこには一人の青年が立っている。


 色が真逆に反転した右目、黒に染まった右腕。

 へらへらとした笑顔を浮かべているが、反して瞳の奥は一切笑っていない。

 血塗れの総身は、ただ立っているだけで圧倒的な存在感を放っている。


 儚廻遥が、そこにいた。


「……やっぱりいたんですか。いつから?」

「あの女研究者が演説かましてる最中。というかその言い方……もしかしてカマかけた?」

「だってこれだけ時間稼いだのに来ないんですもん。性格の悪い遥のことですし、どーせどこかで高みの見物決め込んでるんだろうなと」

「信用ねえなあ僕……」

「実際その通りのことやっててどの口がほざきます?」

「いや、この先お前にやって欲しいこともうないからさ。だったらここで死なない程度に使い潰して、僕は楽しようかなって」

「クズ」

「あははははは」


 遥は心底幸せそうに笑って、今度は浮かんでいる立体映像を見上げた。


「で、お前がリーダーなんだってね。折角ここまで来てやったっていうのに茶の一つもないのか?」

『君の家では、招かれざる客人に茶を出すのかな』

「勿論。熱烈な抱擁をくれてやるさ」

『……。私の話は聞いていたんだよね。乗ってくれる気は?』

「ないよ。僕の言いたいことは全部汐霧が言ってくれた。ああ、でも、そうだね。僕はコイツよりもずっと優しいから分かりやすく言い直してあげよう」


 遥はそこで言葉を切り、今度はぐるりと翻って信者達を見渡す。

 何でもない、雑談でもするかのような調子で、へらへらと笑いながら、


「お前らは、皆殺しだ」


 その一言には、極限まで濃縮された殺意が篭められていた。

 信者達が数歩、後ずさる。

 それが本能的な恐怖を感じ取ったからだと気付いたのは、果たして何人いただろうか。

 

 唯一その場にいない教導者だけが、荒唐無稽な脅し文句として失笑を溢した。


『皆殺し、ね。まさか私たちに勝てるつもりなのかな。真なる神に昇華したアマテラスがいて、この人数差だ。君に勝ち目はないよ』

「ふうん? まぁ、確かに『結界装置』の結界は硬いしね。それじゃあお前を殺す方針で行こうかな。こっちが本命ってことはこの基地のどこかにいるんだろ?」

『残念だけど私の居場所は正規軍すらも掴んでいないよ。今彼らはまんまとダミーの拠点を攻めている。まぁ、それでもそこを突き止めたのは称賛に値するけれどね』

「へえ……」


 以前梶浦が言っていた二つの基地。もう片方は偽物だったらしい。

 この女を取り逃すのは少し味が悪い。どうしたものか……そう思案する遥だったが、


『東京コロニー外周区ジオフロント北部232-αブロック』


 ふと響いたその声に、肩の力を抜いた。

 反対に、映像の中の嘲笑が凍りつく。


 全ての不意を突いたその声の出所は憂姫の端末。

 遥は声の主の名を呼ぶ。


「氷室か」

『なんかムカついたからソイツの居場所割っといたよ。アリスとかシグレとか向かわせたから――ああそれと、ごめんねユウヒ』

「なにがですか?」

『さっきの質問。これやってたから答えられなかった。雑魚プロテクトのくせに量ばっかり多くてさ……それでデウカリオンが何かだっけ? 説明するとだね』


 説明好きらしく嬉々として講釈を垂れようとする氷室を、遥は苦笑して手を振った。


「いい、いい、いらん。帰って覚えてて暇だったらネットで調べるから」

『そう? じゃあもう管制いらないよね。ボク飽きたから寝るわ』

『なっ……ま、待て! どうやって私の居場所を暴いた!?』

『……あー? うん、うん、ごめん。ボク天才だからちょっと凡人の言語分かんないや。普通に死ねるの祈っとくね不細工。じゃ、お疲れ〜』


 ブツン、と回線の閉じる音。それきり憂姫の端末はうんともすんとも言わなくなった。

 絶句する教導者に対して、遥は多少同情的な視線を送る。天災じみた氷室の気まぐれに巻き込まれたのは素直に可哀想だと思えた。


 まぁ、それはそれとして。


「終わりにしようか」


 遥がアマテラスへと一歩目を踏み込んだ。

 アマテラスのみが即応し、莫大な魔力を溢れさせる。


 それをきっかけに、気圧されていた信者達も我に返る。そうだ、東京の未来のためにも我らが神をこの化け物から守らなければならない。


 信者達とて、目の前の怪物が千に届く信者を皆殺しにしたことは知っている。

 だが、今この場にはアマテラスがいる。結界装置(イザナミ)に連なる力――それはパンドラへの絶対的な防壁だ。三年もの時間東京コロニーをパンドラから守り続けてきたのが何よりの証拠。


 たかだか一匹のパンドラに負けることなどあり得ない。


「【天縛(アマシバリ)】――」


 アマテラスの短い叫びとともに遥の体が停止した。

 見えざる鎖に縛られたかのように、不自然な体勢で動きを封じられている。


 その無防備な背中へと攻撃が殺到する。

 傍にいる憂姫ごと覆い尽くすほどの弾丸と魔法が撃ち放たれ、近接装備の信者達が後に続く。


 純粋な物量による飽和攻撃。しかしそれが通用するのは遥自身が証明している。

 防御か回避か、いずれかが必要な状況で、遥は未だ振り返ることも出来ていない。


 手加減はしない。

 最大火力で封殺する。


「――【裁きの鉄槌】」


 アマテラスが腕を振り上げるのに応じ、彼女だけに見える幾多もの圧縮結界が遥の上空に生成される。

 【不可視の鉄槌】の上位魔法。針のように圧縮した結界を放ち、串刺しにすると同時解放して吹き飛ばす。


 範囲、威力ともにより強固な圧縮により桁違いに上昇している。周辺の空間ごと消し飛ばすため直撃させる必要すらないのだ。

 アマテラスが腕を振り下ろす。対する遥は気付いてもいないのか、やはり何の反応も見せない。


 後方から濃密な弾幕が到達する。

 上空から即死の針が降り注ぐ。

 それらは誰もが予想した通りに遥を容赦なく呑み込んで。


 そして、予定調和のように跡形もなく消滅した。


「――なっ……?」


 何が起きたか理解出来ずに狼狽するアマテラス。バサリと巨大な何かが蠢く。

 それは翼だった。

 純粋なエネルギーの奔流じみた極光の翼が遥の背中から吹き荒れている。


「破壊想・双翼」


 呟き、何事もなかったかのように前進を再開する遥。その歩みを止めようと近接装備の信者達が飛び掛かる。

 アマテラスがそれを止める間も無く――再び翼が振るわれた。


 ――断末魔すらなかった。

 落書きを消すような雑さで、彼らは一人残らずこの世から消え去った。


 せめてもの情けとでも言わんばかりに、消え損なった僅かな指先や毛髪がパラパラと降り注ぐ。

 肉片の雨を浴びながら遥はチラリと背後を見る。その先には再び一斉射を行おうとしている信者達。


 邪魔くせえ、と。

 その目は雄弁に語っていた。


 双翼が解け、渦を巻く。

 光でありながら光すら反射しない極限の黒が収束、圧縮、加速、臨界のステップをコンマゼロ一秒で完了。


「双連セツナ」


 放たれた破壊の光はたった二条。

 そのたった二条が信者達を薙ぎ払う。

 視認すら不可能な速度の極光は信者達を残らず喰い散らかし、一切減衰せずに後方の壁を消滅させ、空の彼方の積乱雲に巨大な風穴を開けた。


 その結果を見届けた遥が、今度こそとアマテラスに向き直る。鬱陶しげに引き結ばれていた口元が一転して大きく弧を描いた。

 ――悪魔。

 同志の(かたき)――ではなく底無しの恐怖に突き動かされ、アマテラスは両手を突き出した。


「――ッ!」


 アレを近付かせてはいけない。その一心で我武者羅に何発も何発も【不可視の鉄槌】及び【裁きの鉄槌】を生成し放ち続ける。

 いくら強くても肉体の耐久度まで超常というわけではない。この魔法は範囲魔法、一気に心臓を消し飛ばせる。一発当たればそれで勝てるのだ。


 そんなアマテラスの思考を嘲笑うように、遥はのらりくらりと不可視の魔法を躱し続ける。見えているのか――そんなわけがない。そのはずなのに。

 そう迷った一瞬、遥の姿が消えた。


 気づけば遥は直上にいた。

 彼の禍力と同じ色の右腕を振り上げている。


「っ――!?」


 驚愕しつつも、アマテラスは反射的に【裁きの鉄槌】を放っていた。

 空中。カウンター。この距離では躱せない。当たる。

 遥は右腕を伸ばしているが、どう見てもアマテラスの魔法の方が早い。


 魔法が、遥の頭に突き刺さった。


「オラァッ!」


 瞬間、遥が【裁きの鉄槌】を噛み潰した。

 圧縮された結界は常のように解放することなく虚空に解けて消える。

 いや――解放はされたのだろう。

 ただ、遥の顎の力が【裁きの鉄槌】の威力より強かった。そういうことだ。


 咄嗟に張った結界に遥の拳が突き刺さる。

 依代(クロハ)の体を壊さないようにか、概念干渉は纏っていない。結界装置の絶対防御、憂姫のよあにただの物理攻撃なら――。


 一撃。

 結界が揺れた。

 二撃。

 全体にヒビが入る。

 三撃。

 粉々に砕け散った。


 もはや何の抵抗も出来ずにアマテラスは首を掴まれ引き倒された。

 身動きを封じられ、声を封じられ。そうして作り出した時間で遥は悠々とアマテラスを観察する。


「これは……洗脳、憑依? いや、融合魔法か。こんだけ腐ってもお姫さまの後継なんだなお前」

「……!」

「融合なら……うーん、どうしようかな。あれ内側から食い破るしかないんだよなぁ……」

「ッ……ぁ……!」

「……聞こえますかクロハ……今あなたの心に直接呼びかけています……今帰ってきたら……本日の晩ご飯はあなたの大好きなカレーにしましょう……だから戻ってくるのです……」

「……【や、めて】ッ!!」


 ふざけた隙に結界を叩きつけて弾き飛ばす。遥は「ひぎいいいいいい」などとごろごろ無様に転がっていき、憂姫の近くでピタリと停止した。


「畜生……やっぱ駄目か……」

「いや何ふざけてるんですか……遥、融合魔法って?」

「あーほら、結界系統の原理って自己拡張だろ? その応用で他者との境界を曖昧にして物理的に取り込むの。高位結界系統分類。主体の人格以外は体内で眠ってる感じかな」

「……! 何とかできるんですね!」

「自分以外の解除は初めてだけどね。まぁ多分何とかなるよ。ちょうどお(あつら)え向きの道具手に入れてるし――来い、【共鳴爪】」


 立ち上がった遥の手に巨大なチェーンソーが現れる。

 他者と任意のものを『共有』するマガツ。ならば心象世界を共有し、侵入することも出来るはず。


 ――力を貸してくれ、クレハ。


「そんじゃ行ってくる」


 遥の姿が再び消える。

 今度はアマテラスの背後に現れ、彼女が振り向くより早くチェーンソーを一閃。


 クロハを救う最後の戦いを開始した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最近ようやく知ったのですが、1話ごとに感想書けるんですね(´・ω・`) 結界系統~応用~ の部分の設定すごく好きです。 魔法を細かく分類して応用したり、組み合わせたりするような設定が特に好…
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