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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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血塗れ女のありふれた間違い

 それからも妹は増え続けた。

 セカンドが生まれた一年後にサードが生まれ、その半年後にフォースが。その三月後にフィフスが生まれた。


 妹達は私と同じように研究者達に連れ出されていたが、『神子』になり得る可能性がある以上丁重に、穏やかに育てられていたらしい。

 私だけは変わらず実験を受け続けていたが、ボロボロになって部屋に戻るといつも妹達は心配そうな顔をして出迎えてくれた。


 毎夜、彼女達の瞳から光が消えていないことに人知れず安堵しながら、私は聞く。


「今日は……どんなことをしたの?」


 すると、妹達は顔を輝かせて口々に答える。

 絵を描いた。ゲームをした。訓練を頑張った。新しいことを学んだ。今日も楽しかった――。


「そう。うん、うん……そっか」


 ……妬みや理不尽さを感じなかったと言えば、嘘になるだろう。

 私だけ、私ばかり、私だって……私は聖人じゃないから、そんな糞みたいな考えが頭を掠めることも多々あった。


 けれど、そんなものは妹達の顔を見れば吹き飛んでしまう。だって、みんなの顔を見れば分かるのだ。

 どうしてそんなに明るく話すのか、たくさん話してくれるのか――全部、いつも傷だらけで帰ってくる私を元気付けたいからなのだと。


 妹達の話は多岐に及んだ。日常を、思いを、考えを、私は聞いた。

 どれもが私にとってはひたすら遠く、別世界のお話のようだった。気の利いた答えなんて用意できず、私の口から出るのはいつも同じ言葉だった。


「それは、よかったね」


 込めた万感が妹達に伝わっていたかは分からない。

 けれど、そう言うと妹達は決まってとても嬉しそうに笑ってくれた。だから……多分、それで良かったのだろうと、そう思う。


 妹達が眠りにつくまでの間、私は話を聞いて、時折答えを返した。

 好奇心旺盛な妹達は日々の様々なことに疑問を抱き、しかし研究者達の難解な言い回しが幼い彼女達に理解できるはずもなく、そうした疑問に私は答えを与えていった。


 皮肉にもそれは研究者共が望んだ『教育係』という役割を律儀にこなしていたことになるが、結果的に妹達の為になるならそれでも良かった。


 ある日、研究者共の会議だか何だかで一日暇を与えられたことがあった。

 珍しく昼間から話し相手や遊び相手が出来る私に、ずっと聞きたかったのだろう、妹達は窓の外を指差して目を輝かせる。


 妹達が聞く。――あれは何? ――あの緑色の大きなものは? ――あの広い水溜りは? ――どうして天井が青いの? ――遠くの方に見える白いふわふわは?

 私は答える。――森だよ。――湖だ。――あれは空っていうの。――羊という名前の動物じゃないかな。


 生まれてから一度も外に出たことのない妹達にとって、窓枠で切り取られた外の大自然は一番の興味の対象だったらしい。

 私とて『失敗作』になる前に数度見て、後は研究者共から学んだだけだが、だとして空すら仰いだことのない彼女達よりは幾らかマシだった。


 私は一つ一つ、丁寧に指差して答えていく。妹達は私の周りに集まって、子猫のようにじゃれつきながら耳を傾けている。

 そんな最中、一番最初の妹――ファーストがぽつりと零した。


「いつか、行ってみたいね」


 ……補足しておくと、ファーストは賢い娘だ。最年長なだけあって現実というものをよく理解している。

 自分たちが何のために生み出されて、何を望まれていて、それを裏切った私がいつも何をされているのか――全部分かっていた。


 だから、彼女はすぐに私に謝ろうとした。


「あ、違っ……! ごめんなさい、姉さ」

「それ、いい! 行こう、行こう!」


 フォースの無垢な歓喜が、謝罪の言葉を掻き消した。

 なおも謝ろうとするファーストに、私は手を振る。気づかいは嬉しいが、大丈夫。気にすることなんてないよ、と。


「そうだね。いつか、みんなで行こうね」

「うんっ」


 サラサラとした赤毛の頭を撫でながら、私は祈る。

 神様、本当に御身がおわしますならば。どうか、どうか、この娘達の願いだけは叶えてあげてください――と。


 その一月後、妹達の廃棄が決まった。


 近年の異常な製造ペース。その原因は、どうやら完成したセカンド以降の実験体がどれも期待値に届いていないことにあったらしい。

 身体能力も再生度も魔力と禍力の扱いも、『神子』の理想値どころかプロトタイプの私にすら届いていなかったという。


 五人も無責任に命を生み出した辺りで、ようやく研究者達もそのことを認める気になったらしい。

 ある日、私を拳銃射撃の的にするというごくごくありふれた実験が行われる中で、複数の研究者達が愚痴をこぼした。


 ――この製法(タイプワン)では駄目だ。タイプゼロすら超えられない失敗作などに何の価値がある?――

 ――なあ、次は彼女達を実験体にするのはどうだろう? これまで優しくしてきたが、もうその意味もない――

 ――それならば骨を折って優しくしてきた意味もあったというものだ。考えてもみろ。造物主たる我らがある日突然豹変したら……ああ、想像しただけで興奮する――


 下卑た笑い声が薄暗い射撃場に響く。それを聞きながら、私は密かに思考を巡らせていた。

 失敗作。私と同じ。鬱憤や性欲を解消するための肉人形。今は私一人だけだが、それが五人に増える。


 ……そうなれば、私が楽を出来るようになると、考えなかったわけじゃない。

 穢れなしの新しい玩具がそれほど手に入ったら、古い私は飽きて廃棄されるかも、と期待しなかったわけじゃない。


 死にたくて、死のうとして、死なずに生きてきた私にとって、それは途轍もなく魅力的な想像だった。

 ……そのはずだった、けれど。


「何とかしなきゃ……」


 気づけば私はそう呟いていたし、決意と決断も終えてしまっていた。

 それから数日、私は研究者共の談話を聞くことに執心した。いつもなら楽だからと気絶していた実験も意識を保ち、奴らの口から発せられる糞の親戚が脳にこびりつくほどに耳を澄ませた。


 結果、妹達の『試食会』はちょうど一ヶ月後に行われることが分かった。

 私は思考する。どうすればそれを止められる? と。


 人道や倫理を説いて通じる相手じゃない。交換条件を持ち掛けようにも、私が奴らに奪われていないものは何もない。

 創造主と被造物。私の言葉を聞くような人間は、もはやどこにもいないのだ……。


「くそ……!」


 ならばいっそ、妹達に相談してみるのはどうだ? 三人寄れば文殊の知恵という言葉もある。

 末の子達はともかく、ファーストほど聡明な子なら私が持ち得ない解決策も考えつくのではないか?


 ……駄目だ、と私は首を振る。


 妹達は優しく、その上無垢な子ばかりだ。私の負担を少しでも減らせると知れば、自惚れでもなんでもなく、躊躇いなく承服してしまう。

 そして無垢であるということは、同時に痛みを知らないということでもある。そんな彼女達が未知の苦しみに対して正しい判断ができるはずがない。


 苦痛というのは所詮、実際に体験するしか知る術がないのだから。


 研究者を止める手段はなく、さりとて誰に相談するわけにもいかず。


「……ね、みんな。今日は大事なお話があるんだ」


 苦悩の果てに残った選択肢は、たった一つだけだった。


「ここから、逃げ出そう」

ブクマありがとうございます。こんなに間空いたのにあまり剥がれてなくてとても嬉しい。
















次話「血塗れ女の罪と罰と罰と罰」


お楽しみに!

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