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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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血塗れ女


 空気を切り裂く音。

 飛んできた左拳を、腕を掴んで止めた。


「ギッ……!」


 見えてなかったはずなのに――という少女の気配。

 冷静に、一旦後退しようとする。しかしその途中でガクンと停止した。


 原因は少女の右手の先端。

 眼窩に挿入(はい)り込んだ親指と中指が、外れないのだ。


「――ウッ!?」

「あはぁ、逃がさないよ」


 どうしてか分かりやすいように、キス出来るくらいの真ん前で、ほとんど頭蓋骨の顔面を晒してやる。

 それで気付いたはずだ。

 僕の両目が、少女の指が刺さったまま再生していたことに。


 再生力とは元に戻ろうとする力だ。

 そしてパンドラアーツの再生力は絶大を極める。

 再生しかけの眼球がガッチリ指を咥え込んで、離さない。


 逃れようとする少女の力が加わって、眼球はすぐにドロドロのスープになる。

 しかし脱出を許す前に再生し、再び咥え込む。そんなイタチごっこが一秒間の中で何度も繰り返された。


 その間に僕は丁寧に右腕を引き絞る。

 腹の中のチェーンソーに邪魔されないように、最大威力を叩き込めるように、それでいて余計に壊さないように(・・・・・・・・・・)


 蓄積、圧縮、集約、臨界――解放。


「吹き飛べ」


 右腕が頬に突き刺さる。顔面の上半分が根こそぎ肉片と化した。

 衝撃で少女の体が跳ね上がり、流星の如く遠くへ吹き飛んで行く。脳漿と頭蓋の破片が、それこそ流星の尾のように軌跡の後を引いてばら撒かれた。


 凄まじい勢いで吹っ飛ばされながらも、少女は瞬時に頭を再生させ、こちらを見て歯を剥き出す。

 この程度大したことない、仕切り直したら次は自分から叩き込んでやる――そんな意思が見て取れた。

 そんなおめでたい思考を嘲笑い、僕は左腕を引いた。


 激烈な応力が手のひらにかかる。

 瞬間、少女の様子が一変した。


「ギ、グぅッ!?」


 目をカッ開き、苦しげに首を抑える。そんな少女の体が真逆、僕の方へと飛んで来る。

 彼女の首に巻きついた鋼糸が一瞬、陽光を浴びてきらりと輝いた。


 いつの間にかチェーンソーは消えていた――少女の心を軸にしている性質上、一定距離離れると消滅するのだろう――ので、もう僕を戒めるものはない。

 姿勢を低くし、腰だめに拳を構えて――一気に飛び出した。


「ッ!」


 少女は鋼糸を解こうと首を毟っていた手を外し、覚悟を決めた表情で格闘の構えを取る。

 僕は少女に、少女は僕に。空中で互いに飛びかかる構図。


「「――ウオォォォォォォォッッッ!!!」」


 血肉が弾け飛ぶ。

 何度も、何度も、何度も。

 自身が殴り飛ばした衝撃で相手に引き寄せられ、殴り返される。

 相手に殴り飛ばされた衝撃で自分に引き寄せ、殴り返す。


 僕たちを繋ぐ鋼糸がたわんでは張り詰め、張り詰めてはたわむ。

 積み上がった信者の屍に体ごと突っ込み、広場に無数に立つ円柱を背中で破壊して。台風のように広場中を駆け巡り、余波で様々なものを破壊しながら、相手を殴る手は一瞬たりとも止めやしない。


 少女の拳は一発一発が驚くほど重かった。

 ありったけの力と、それ以上に意思の力が込められているのが分かる。


 戦意を根こそぎ持って行かれるような、強烈な威力。

 泣きたくなるほどに伝わる苦しい、辛いという負の感情と、それを捩じ伏せて戦い続ける妹への想いの深さ。


 そんなものを見せられては、僕だって負けていられない。

 一撃一撃に全身全霊を込めて、少女へと贈る。少女は一切拒まず全てを受け取って、それ以上のものを僕へと返してくれる。


 ……だからだろうか。


 こんな単純な殴り合いが楽しくて仕方ない。

 子供みたいな意地の張り合いを、ずっと続けていたいとさえ思ってしまう。


 鋼糸が外れたら腹から腸を引きずり出して代わりにし、腸が千切れたら腕の骨をパズルのように噛み合わせて。

 殴って、殴って、殴る。再生なんか待たずに殴る。顔も腕もほとんど肉が削げて骨だけになっていたが、気にせずにぶん殴る。


 そうして、どれほどの時間が経ったか。

 クロスカウンターで放たれた正拳が互いの片頬を打ち据え、僕たちは弾き飛ばされた。


「ウガっ……!!」


 数度地を跳ね、信者の死骸の山――を遥かに超える僕たちの残骸で出来た山に頭から突っ込んだ。

 ずるりと滑り降り、こちらも戦闘開始時より明らかに量を増した血の海に着地する。見れば同じように立ち上がった少女が、再びチェーンソーを召喚したところだった。


 地面を裂きながらゆっくりと歩いてくる彼女を、僕はぼんやりと待ち受ける。

 ……ああ、そういえば。


「お前……本当にクロハのプロトタイプだったんだね。ビックリした」


 今更も今更な発言に、少女はきょとんと首を傾げた。


「は? いや前そう言ったじゃん。お兄さんやっぱり痴呆……あ、もしかしてコレのこと?」

「そうそう。その力――マガツは個体ごとに違う特性を持つのが普通だけど、例外として他者の禍力で至った場合はその個体のものに引っ張られる」


 少女やクロハのは厳密にはマガツの紛い物だが、この際それはどうでもいい。

 僕はその特性を口にする。


「『共有』。辛くて寂しくて仕方のなかった女の子が、その苦しみを誰かに知って欲しくて生み出した力だ。察するに発動条件や効果なんかもアイツと同じなんじゃないか」

「……大正解〜。あは、お兄さんよく分かったねぇ。性質上あんまり派手な使い方は出来ないから、結構分かりづらかったと思うんだけど」

「そうでもないさ。あれだけ僕とよく似た戦い方をされたら嫌でも気づく」

「あー、それね。いや、ワタシだっていつもならそんな芸のないことしないんだよ? 借り物の付け焼き刃なんかでオリジナルに勝てるわけないもの」


 あくまで少女やクロハの持つ力はマガツのなり損ない。概念干渉は出来ないし、効果や応用性も限定的だ。

 少女がやったように戦闘技術や身体能力を『共有』したところで、所詮は付け焼き刃にしかならない。


 それでも少女にはそうするしかなかった。自画自賛するようで嫌になるが……僕と戦闘能力の差があり過ぎて、そうでもしなければ戦いにすらならなかったからだ。

 一方的に殴り続ける羽目にならなかったのは幸か、それとも不幸か。


 なんて、はは。考えたくもない。


「さて、と。言っておくけど、それじゃ僕には勝てないよ」

「だね。だから、ワタシもやり方を変えようと思う」


 言って、チェーンソーのリコイルスターターを引く少女。回転を開始した刃から、鮮烈な赤色の魔力が立ち上る。


「お次は魔法戦かな」

「んーん。もっとシンプルでもっと痛いの」


 少女が駆ける。

 一気に距離を詰め、チェーンソーを振るう。


 驚くほど単調な攻撃。僕はバックステップで躱しつつ、わざと右腕を斬らせてみる。

 その瞬間――ジッ! と。視界にノイズが走り――暗い実験室――たかいところから降ってくる視線――体を刃物が抉り――自分を慕う妹たちの顔、顔、顔――


 そこで見たことのない景色は消え、視界を現実が埋め尽くす。

 着地し、頭に手を当てる。今のは何だ?


「あ、もう、お兄さん避けないでよ。これ維持するの結構大変なんだからさ」


 そう言ってトントン、と地面を蹴る少女。その様子を見て、チェーンソーの性質を思い出して、僕は今の景色が何かを理解する。


「……ああ、なるほど。お前の過去か」

「そゆこと。このチェーンソーは特別製なんだ。肉を切らず、代わりに切った場所にワタシの心を送り込むの」


 その結果がノイズとなって去来した景色。『共有』された過去の少女の記憶そのものだ。


「自分で言うのもなんだけど、ワタシ結構壮絶な人生だったからさ。そんなのを痛みとか感触付きで『共有』したらどうなるか……ねぇ、お兄さんはどうなるのかな?」

「さぁ、ね。……ってかそれだと僕だけ一方的に喰らうことになるだろ。不公平だぞ」

「世の中そんなもんだよ。あは、年上のおねーさんからのアドバイスってやつ?」

「は、いいねそれ。ありがたく貰っておこう――代わりに僕からも一つ、教えてやる」


 体内の禍力を操作。性質を変異。形状を模倣。右腕の先に集結。

 僕は右手を開き、現れたものを掴む。


「そんな世の中をブチ抜くためにあるのが力なんだよ」


 回転を始める白い刃。対照的に光も反射しないような黒色の持ち手。

 少女の持つそれと色こそ違えど、形状は鏡写しの如くそっくりだ。


 それは形だけの話ではなく、『共有』の力もまた、『操作』のマガツによって擬似的に顕現させている。


「……【共鳴爪(きょうめいそう)】ってところか。ほら、これで対等だ。僕とお前ならその方が合っているだろ?」

「わぁ、粋なことするねぇ。なに? お兄さんも不幸自慢に自信あるクチ?」

「はは、まさか。ただ、お前の人生ばっかり教えてもらって僕のは教えないなんて不公平じゃない」

「それもそうだね。じゃあ、遠慮なく」


 会話の終わりを合図に、互いにチェーンソーを構えて地を蹴る。

 力いっぱい振りかぶる。

 相手の体目掛けて、チェーンソーを振り下ろす。


 赤と黒の光の粒がパッと散って――


「っ……!」

「……あぁ」


 ノイズが意識を埋め尽くす。

 相手の心の奥底へと。

 暗い昏い闇の奥底へと――


 堕ちて、行く――。

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