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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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 砲撃の反動で憂姫の身体が吹っ飛ばされ、地を転がる。

 全魔力を余さず出し切った一撃。これが通用しないなら、もう憂姫に打つ手はない。


 果たして、煙が晴れた先に――藍染の姿はなかった。


「……フゥ」


 知らず安堵の溜息が溢れる。自分も咲も立ち上がることすら出来ない現状、藍染が姿を隠す意味は皆無だ。

 これが意味するところは、つまり――。

 同じことを思ったのだろう、近くに倒れ伏す咲が言う。


「勝った……んですか?」

「……たぶん……」


 勝った気がまるでしないため、返答の歯切れは悪い。

 しかし結果だけを見るなら、憂姫たちは藍染という最大最強の防御を突破したことになる。ここに来た目的を考えればこれ以上ない勝利だ。


「殺したんですか?」

「……分からないです。直撃させた手応えはあるんですけど……」

「あー、はは……アレがそのくらいで死ぬか、かなり謎ですねぇ……」


 憂姫渾身の砲撃を生身で喰らったのだ。塵も残さず消滅していると考えた方が自然なのに、二人はどうしてもそうは思えなかった。


「まぁ、それでも……勝ちは勝ちです。こうして二人揃って生き残れたんですから。ね?」

「くすっ……ええ、違いないです」


 だが、まだ終わりではない。

 言うことを聞かない体に鞭打ち、憂姫はふらふらと立ち上がる。


 視線を上層に繋がる階段に向ける。その先にあるものを取り戻すまで、終わりなどとは口が裂けても言えない。

 咲は苦笑を浮かべる。


「多分無茶ですよ、それ」

「知ってます……でも行かなきゃ」

「そーですか。じゃ、私はここで待ってます。……お気をつけて」


 ――本当なら付いて行きたいのですけど。


 そんな言葉を咲は辛うじて飲み込んだ。

 人造パンドラアーツ。しかしそうなって日が浅く、元が一般人の咲だ。

 禍力も魔力も微量しかなく、身体能力も再生能力も人より多少優れている程度。義体の補助がなければ禍力だって操れない。


 そんな欠陥品の上に、しかも同じ側の四肢を全て持っていかれて立つことも出来ない。出来ることなど足と後ろ髪を引っ張るくらいだ。

 ……結局、こうなる。

 昔から、いつものことだ。それが嫌だから人間やめてまで駆けつけたのに、何も変わっていない。


「……お帰りの際には私の回収忘れないようお願い致しますね。それまで気長に待ってますので、どうぞごゆっくり」

「必ず。……ねえ、咲」

「はいはい。なんですか?」

「あなたがいてくれてよかったです。なので、だから……その、行ってきます、また後で」


 言って、憂姫は駆け去って行った。

 その後ろ姿に、咲は届かないと知って声を掛ける。


「そういうところですよ。――行ってらっしゃいませ、おじょーさま」



◇◆◇◆◇



 正面玄関前広場。

 地平まで覆う肉塊と血の海が織り成す屍山血河の舞台で。


 僕と少女は、終わりのない削り合いを続ている。


「グルゥウラァァァァァァァァァァァァァ!!!」

「ギィヤアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 ウォークライがぶつかり合い、コンマ一秒後に肉体がそれに続く。

 僕の右腕が心臓をブチ抜き、同時に少女のチェーンソーが右肩を切り飛ばす。僕は肩の筋肉と骨がブチンッ! と小気味良く吹っ飛び、少女は胸から腕を生やしたまま宙に舞う。


 地面を踏み砕いて跳躍。それを読んでいた少女はくるりと一回転して踵落としを叩き込んでくる。

 面倒なので、避けずに顔面で受けることを選択。上下の歯が残らず折れ飛び、それが刺さった片目が破裂したが痛いだけで些細ない。


 捕まえた――。


 顔を蹴り潰されながらも少女の首をひっ掴み、ぐるりと空中で体勢を入れ替える。

 耳元でチェーンソーが唸りを上げるが、その刃が届く前に大理石の地面へとぶん投げた。


 高度二十メートルから超加速を経て墜落した少女は爆散してミンチになり、すぐさま再生する。

 着地ついでにその頭を踏み潰してやると、グシャリ。卵が割れるような音と飛散する脳漿。死体がぷるりと可愛く震えた。


「――アッハァア……!」


 直後、ピンク色の肉塊から剥がれ落ちるように少女が僕の背後に現れる。

 咄嗟に裏拳を放って顔の上半分を消し飛ばすも、口だけしかない顔面は笑みを絶やさず、止まらない。

 チェーンソーが突き出され、僕の心臓の三センチ真下をブチ抜いて行った。


 そうして腹の中をグチャグチャに掻き混ぜながら、少女はそのまま体当たりを放つ。意識が裏返るような衝撃。胃がゲロごと口から飛び出た。

 この小さな体のどこに、という呑気な思考をぶらぶら揺れる呑気な胃とともにブチリと噛み切って捨てる。


 今の一撃はこれで終わりじゃない。次がある。


 慣性に押し流される足を止めようとするが、血と肉と脂でよく滑る今の地面はそれを許してくれない。少女の脳幹を吹き飛ばそうにも腹の内側で回転するチェーンソーの振動が邪魔をする。

 対応の遅れた僕を嘲笑うかのように、少女はそこらの臓物を踏み潰して最後の加速を得る。


 ぐんぐんと速度を増し、僕の反撃のダメージをものともせず、垣間見えた口元に凄絶な笑みを浮かべて――


「死、ィねぇッ!!」


 そして、僕たちはほぼ密着するような体勢で吹っ飛び、基地の外壁に音速で激突した。

 全身から絞り出したかのような量の血を吐き出す。折角再生した胃がまた飛び出て、今度はそのままどこかへ飛んで行った。


「ガハッ!」

「ウリイイイィィィィ!」


 壁に縫い付けられた獲物に対し、少女は容赦なく追撃を仕掛ける。

 チェーンソーを膝で蹴り込んで深く固定し、支点にして跳躍。サマーソルトで顎を跳ね上げ、ハンマーパンチで叩き伏せる。ビキッ――首の骨、並びに脊髄の欠ける音。首から下が麻痺して全く動かなくなる。


 抵抗が消えた瞬間、少女は後頭部を掴んで顔面に膝を叩き込む。眼窩と鼻柱がまとまてへし折れる中、小さな戦鬼は腕の力だけで更に跳び上がる。

 空中から放たれるのは右、左、右と足刀の三連撃。裸足の指が両頬の肉をごっそり毟り取って行き、半壊した頭蓋骨を露出させた。


 トドメ、脳天を吹っ飛ばそうと右腕を引き絞る少女の姿。

 僕は既視感を覚える。


 人間の不可能を身体能力で捩じ伏せたバケモノの戦闘術。【死線】が膨大な戦闘経験を元に創り上げ、無限の痛みと進化を経て僕が受け継いだ。

 【死線】が死んだ今、他に知る者はいない。至るには経験が足りず、使うには身体能力が足りず。しかし現に少女は使いこなしている。


 理由は分からない。

 だが、一つ分かることもある。


その動きは僕だ(・・・・・・・)


 左腕を薙ぐ。

 すると少女の拳が真っ二つに割れた。

 鋼糸による不意打ち。暗器の本領発揮だ。


 少女はべろんと垂れ落ちる腕に歯を剥き出すが、右腕を止めない。親指と中指だけになった拳を開き、二指での突きにシフトする。

 狙いは眼窩。視覚を封じ、密着状態から一気に畳み掛けるつもりだ。


 それがとても読み通り(・・・・)だったから、無抵抗で受け入れる。

 直後、僕の眼球が両方とも破裂した。


 ドチュッ。


「――ははっ!」


 酷い異物感。

 吐き気を催す気持ち悪さ。

 形容しがたい激痛、激痛、激痛。


 それらに浸る間もなく、グジュと少女の指に顔の内側を掻き回される感覚。新たな痛みが量産される。

 体液を掻き混ぜ粘着質な肉を抉って骨を削る。そのたびに痛み、耳鳴り、吐き気が押し寄せる。光を失い意識と密に接続した視界が白、赤、黒と激しく明滅する。


 ……けれど、知っている痛みだ。

 とっくの昔に味わい切った痛みだ。

 だから耐えられる。耐えて、捩じ伏せて、さあ。

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