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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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霧を超えて b

 最初に動いたのは、咲。


「【鳳仙花(ホウセンカ)】」


 放たれる禍力の拡散弾。禍々しい光と共に中空で炸裂し、藍染に禍力の雨を浴びせ掛ける。

 藍染は一瞥し、むしろ自分から突っ込んだ。


 骨肉を溶かし尽くす豪雨は、しかしその威力を発揮することがないまま当たった端から消失してしまう。


「ッ……!」


 あの『互換』の防御が思考発動に依るものなら、正確に数え切れないほどの大量の攻撃は対応出来ない――。

 その希望的観測が外れたということは、あの障壁は鎧のようなものだということ。不意打ちの類は通用しない。


「悪手だ」


 その情報をくれてやった対価として、藍染は咲の懐に潜り込んだ。

 この距離なら誤射を警戒して銃は使えない。それは憂姫以上の腕前であっても変えようのない戦闘の常理である。


 確かに確かに憂姫は銃の名手だが、藍染はそれ以上の使い手を何人も知っている。

 圧倒的な経験差は、数の差を物ともしない強力な武器となる――


「――は、馬ぁ鹿」


 が、しかし。

 それは相手が普通、ないしは優秀止まりのコンビであった場合の話。


 こと連携に限って、この二人に常識は通用しない。


「【コードブラック】」


 激しく位置を入れ替えながらしのぎを削る両者の元に撃ち込まれる特大の禍力砲撃(・・・・)

 遥の【アーツ】と遜色ない範囲、また大きく上回る威力の黒閃は、咲の一歩左の空間を正確に抉り抜いた。


「っ……!?」


 加速魔法を起動して後退する藍染。喉元に刃を突き付けられている人質を戦車砲を使って救出するような荒技は、あまりにも想定外だ。

 しかし憂姫と咲にとっては予想通りの結果でしかない。人生の大半を共に過ごし、互いを半身とすら認め合った少女たちには至極当たり前のこと。


 故に、咲の追撃が間に合う。


「【菊一文字】」


 多量の禍力が小太刀を覆い、その刀身を伸ばす。

 巨大化した憂絶の突きは藍染の鳩尾に届いていた。


 如何に藍染といえど、崩れた体勢のまま身体能力も武器の重さも勝る一撃を受け切ることは出来ない。

 倒れ込むよう体を倒し、床に手をついての回転。後退と同時に蹴りを放つ。


 鞭のようにしなった蹴り上げは、正確に憂絶本来の刀身を捉えてその軌道を跳ね上げた。

 【破壊想】と【霧尽】がぶつかり合い、束の間燐光が爆ぜる。


 ――その刹那。


「ふぅっ―――!」


 憂絶が『互換』を打ち消した一瞬を銀閃が駆け抜けた。

 全ての護りを振り切った最高速度の一撃が、藍染の胸部を大きく切り裂く。


 藍染は傷口から血を溢れさせながら更に後退する。その構えは目に見えて崩れていた。


「咲!」

「ええ!」


 ここで決める――!


 好機と見た二人は即座に追撃に移る。

 拳銃に叩き込むよう魔力を装填し、最大威力で砲撃。腰だめに構えた太刀を目にも留まらぬ速度で一閃。

 必殺を期した双撃はほとんど同時に藍染へと到達し、


 そして、いとも容易く止められた。


「くっ!」「なっ……!?」


 弾かれる、躱されるといった対応を予想していた二人は想定外の現実に慄く。

 如何に藍染が優れた魔導師でも、肉体的なスペックは人間の域を出ない。二つの攻撃を同時に受け切るなど不可能だ。


 ここまでやって、まだ影さえ掴めないというのか。


「――己は霧」


 藍染が呟く。


「名、屍山(しざん)を昇りて頂に至り」


 一言紡がれるたびに胎動する擬似庭園。間近で相対する憂姫は直感する。

 これは詠唱(・・)。魔法の発動補助や効果増強を目的とした高等技術だ。


(かお)、祈りの墓標に深く沈む」


 魔法陣と似ているが、あちらは即時使える分効力は弱い。

 詠唱は逆だ。時間がかかる分、絶大的な効力は誇る。


 藍染ほどの魔導師の詠唱魔法がどれほどのものかなど、未知の領域もいいところだ。

 憂姫の背筋に絶対零度の悪寒が走る。


 絶対に止めなくては―――!


「姿無くして理想を失くし、己の一切空虚を望む」


 完遂させまいと、禍力の砲撃が、破壊の刃が振るわれる。

 藍染は動かず、その場で迎撃を選択。体捌きとナイフでいなし、弾き、防ぐが流石に完璧とはいかず軽傷を重ねる。


「無形の刃」


 憂姫と咲の連撃が直撃するのが先か。


「無銘の力」


 それとも藍染の詠唱が成立するのが先か。


「無縫の元に。無窮の(まま)に」

「――うぅアァァッ!!」


 ついに防御を潜り抜けた憂姫の銃撃が、藍染の左胸を貫いた。

 風穴の空いた肉体。すぐさま禍力による汚染が始まる。


「やっ、た……!」


 禍力とは危険な物質だ。以前混ざり者に体を撃ち抜かれた際、憂姫は死の淵を彷徨った。いや、遥がいなければ死んでいただろう。

 それほど人体に有害な物質を重要臓器に叩き込んだのだ。これで詠唱を続行出来るならもう人間ではない――


「己は霧」


 だからこそ(・・・・・)

 結果は、きっと、誰もがそう思ったように。


「己は人」


 完成させる。

 詠唱が。力ある言葉が。

 魔法を。圧倒的な力を。


「霧尽の果てこそ我が全て」


 藍染九曜が、藍染九曜として。

 完成する。


「降臨――【霧人(むじん)】」


 最後の一節が詠まれた、瞬間。

 轟、と藍染に集まっていた膨大な魔力が爆轟を起こし、憂姫と咲を吹き飛ばした。


 二人は空中で体勢を立て直し、姿勢を低くして着地する。

 程なくして衝撃は収まり、憂姫は顔を上げて――息を呑んだ。


「……霧の魔人……」


 それは藍染九曜という暗殺者(まどうし)に付けられた二つ名。

 外見上は大きく変わったわけではない。溢れさせていた魔力も全て藍染の内側に収まっている。


 だが魔力の扱いに天才的な才能を持つ憂姫には分かる。分かってしまう。

 この藍染は今までとは文字通り比べ物にならない。比べるものがないほどに隔絶してしまっている。


 暗殺者に求められるのは一点特化。それは偏に『人を殺す』という目的のためである。

 故に得意分野では無双の力を誇ろうと、必ずどこかしらに突き崩す穴があるのが定石だ。


 しかし、コレは違う。全ての能力が例外なく段違いに上昇している。それが意味するところは一つ。

 この力は戦闘のために編み出されたものだという事だ。


 魔導師としての、そして超越者(バケモノ)を見たことがある人間としての直感が警鐘を鳴らす。


 あれは、既に人ではない。


 高度に発展した科学が魔法と呼ばれるように。

 極限に至った魔導師は、もう人間とは呼べない。


 ――魔人。


 その言葉の意味を、憂姫はこの日初めて思い知った。


「……『霧の魔人』。それは、俺が生涯で唯一敗北した最強の戦士が呼んだ名だ。彼女を殺すために至ったのがこの魔法……」


 一歩一歩と近づいてくる藍染の姿。凄まじい存在感を放ちながらも、本当にそこにいるのか分からなくてなる茫洋とした気配。

 震えそうになる足を叱咤し、全神経を集中させて睨みつける。


 そうだ。

 相手がどんなバケモノだろうと。

 心だけは、絶対に負けてなるものか。


「……本当に、強くなったな」


 そんな呟きが聞こえた。

 次の瞬間、憂姫は突き飛ばされていた。


「【蕣】!」


 自分の前に立ち、右腕を後ろに、左手の小太刀と両翼のブレードを突き出す咲の姿。

 それを見て、ああ、右手で突き飛ばされたのか――憂姫の脳裏にそんな場違いな思考が浮かんだ瞬間。


 咲の左腕と左足が、まとめて消失した。


「――ぁ」


 地面に崩れ落ちる咲。肩口と股下の断面が晒される。

 『無』との互換による消失。幸運だったのは、義体であったためにその部位だけが消失したことか。


「まずは厄介な武装から無力化したが――」


 だが、義体を失ったことでその制御下にあったブレードも同時に消失してしまう。

 左手に握られていた憂絶が、虚しく舞い飛んで行く。


 人工パンドラアーツの目ですら追い切れぬ速度。


「咲―――!」


 憂姫は絶叫し、【コードブラック】を撃ち放った。

 最大威力の零距離砲撃は、しかし藍染の左腕が翻り、真上に弾き飛ばされてしまう。


 先ほどまでダメージを与えられていた砲撃ですら、素手で。

 こうなると、もう打てる手はない。


「その銃も邪魔だな」


 咄嗟に拳銃から手を離した、次の瞬間には拳銃が消えていた。

 あと一瞬遅ければ死んでいた。その事実が背筋を冷やすと同時、憂姫は藍染の魂胆を理解する。


 藍染は戦場でサイコロを振ることを厭う。

 だからまず、自分達の武装を失わせた。実力で敵いようもない自分達にとって、氷室の生み出した武装という不確定要素こそが生命線だったから。


 要するに、あれだけ口で褒めそやしておきながら、自分達のこと自体は全く脅威と思っていなかったわけだ。

 ああ。それは、なんて――


「――なんて予想通り」


 だから憂姫はそう言って、微笑(わら)った。

 その言葉が、本当に一瞬だけ藍染の注意を引いた。


 ――それが勝負を分ける分水嶺。


「ウツロノマガツ起動ッ!!」


 倒れたまま、咲が叫ぶ。

 それは完璧に藍染の不意を突き、彼が反応するより早く、彼女は言い切った。


 力ある言葉を。


擬似展開(ブルーム)――『破壊想』ォッ!」


 藍染の直上で禍力が吹き荒れる。その中心にあるのは弾き飛ばされた憂絶。

 空中で咲の絶叫(こえ)に反応し、溜め込んだ禍力を花吹雪に変えて解放する。


 完全無欠の不意打ち、そして膨大な禍力の怒涛に、流石の藍染も回避は叶わなかった。

 隙間なく舞う花弁の一枚が肩に触れる。それだけで『破壊』の力は遺憾なく発揮され、藍染の身にかかっていた魔法を全て消し飛ばした。


「なに―――?」

「……私、詠唱なしでも使えるとは言いましたけど。詠唱が不必要だなんて言った覚えもありませんよ」


 役目を果たした憂絶が砕け散る。しかし藍染の体に与えられた『破壊』の力は未だ残留している。

 本来概念ですら壊し尽くすほどの力だ。無力化するためには『互換』のリソースを全て割かねばならず、必然その間は概念干渉を使えない。


 それこそが憂姫と咲の狙いだった。


「確かに魔法名みたく口に出す必要はないですけど、それでもちゃんと役目があるんです。例えば――遠隔起動だとか、ね。それに私、言ったでしょう?」


 ――マガツは思考発動――使おうと思い、禍力を通わせればそれだけで発動するものなのですよ。


 その一言で、藍染は何が起きたかを悟った。


「っ……先の砲撃か……!」

「……いくら私でも、今の師にあんな攻撃が通用しないことくらい分かります」


 藍染が弾いた憂姫の砲火。あれは殺傷を狙ったものではなく、そもそも藍染が弾くことを狙って撃ったものだった。

 ――その先にあった憂絶に禍力をチャージするために。


 憂姫は静かに言葉を続ける。


「もし直接撃っていたら、師は気付いて憂絶の効果圏から退避していたはずです。だからそうならないように――ワザと弾いてもらって、それで当てました」

「……器用な真似をする」

「これまでの戦闘で、師の動きをずっと見ていましたから」


 以前遥との戦闘で見せた近未来戦闘予知。一歩先の未来を演算する先読みの極致であり、対象を知れば知るほどにその精度は上昇して行く。

 全てを読み切ることは出来ずとも、たった一度。それも攻撃の弾き方という戦闘開始時から共通の技術であれば不可能ではなかった。


「咲、ありがとうございます。咄嗟に合わせてくれて」

「何を水臭い。私たちの仲でございましょうに」


 それらの流れを、言葉として一切伝えずとも咲は汲んで動いた。憂姫はそうなると信じて戦った。

 もしここにいるのがお互いでなければ、ここまで上手く運ぶことは出来なかっただろう。


 初見の武装、技術、連携、思考誘導。あらゆるものを利用して、今度こそ概念干渉を封じることに成功した。

 だから、ここから先は真っ向勝負。己が全霊を以ってしてただひたすらに征くのみ。


 それが憂姫たちの最後の策だ。


「効果時間はあと一分です。……ご武運を」


 その言葉に背中を押され、憂姫は足を踏み出した。


 行こう。

 この霧を超えて、前へ。


「――【殺戮兵装型少女】」


 憂姫の四肢が魔法そのものに昇華される。

 対する藍染は、この戦闘が始まって以来初めての全力(・・)で迎え撃つ。


 そうして彼女達は、最後の激突を開始した。

次回、藍染戦決着

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