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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
115/171

縦横無尽 c

◇◆◇◆◇



 僕は無限に等しい再生能力を持っていて。

 少女は真実無限の再生能力を持っている。


 そんな僕たちが戦えばどうなるか。


 それはここに至るまで何度となく考えてきたことで、同時にその数だけ下して結論があった。

 それは――


「シャアァァァッ!」


 弾丸のように突っ込んでくる少女。僕も合わせて前傾する。

 互いに技術も何もない速さ任せの特攻。鏡合わせのように、僕は右腕を、少女はチェーンソーを振りかぶる。


 先んじたのは僕だった。


 この世の限界まで加速した腕が黒色の閃光と化す。

 回避も防御も許さず、目の前の頭をブチ抜いた。


「オラァッ!!」


 瑞々しいグロテスクな音が響いた。

 潰れた頭蓋から生白い脳髄が水風船のようにブチ撒かれる。衝撃が五体を蹂躙し、内側から爆散させる。

 ボタボタと落ちてくる赤黒いミンチ、白い脳髄。雨のように受けながら拳を引き戻そうとして、


「――二イィイッ!」


 その前に、少女のチェーンソーの斬撃が届いた。

 心臓の3センチ下を通って行った斬撃は僕の体を斜めに両断する。肩口から先の右腕、左手の真ん中から先が下半身と共に消失し、その断面から地面に叩きつけられた。


「ぐうう……!!」


 激痛が白光として意識を灼く。その瞬間に顎を踏み潰された。

 下顎が顔面から分離する。布を裂くような音ともに下半分を失った口が裂け、目元まで赤い三日月が出来上がった。


 次の瞬間に再生が完了。今度こそ脳味噌を踏み潰そうとする少女の足を掴んで力任せに砕いた。

 ウニのように内側から骨を飛び出させた足を離し、引っ張って引き倒す。反動で僕は立ち上がり、お返しに上から踏みつけてやった。

 太ももの肉がミンチになり、ブツリと少女の右足がもげる。間髪入れずに薄く引き伸ばされた断面を五指で強引にこじ開けて、腹のあたりまで右腕を突っ込んでやった。


 膝から腹までの骨と肉を僕の腕が抉り抜いて遡り、ちょうど手に触れた胃腸をぎゅっと引っ掴んだ。

 少女の頬がリスのように膨らんだ。


「んぎッ……!? うっ、げえぇえええええええええええええッ!!!」

 

 逆流した血と胃液が頬袋を破裂させ、口から全部吐き出される。多種多様な体液で可愛らしい顔がグチャグチャに汚される。

 僕はゲロに目を灼かれながら、その首を掴む。力を込める。折る。回す。曲げる。捻る。砕く。飽きたオモチャのように悲惨に、陰惨に。


 パキ、ボキ、グギュ、ブチ、グギ、ゴギリ。


「っっ……………ぁ……………………ガっ…………!」


 意識とともに緩んだ筋肉のせいで、今度は下半身から異臭を放つ液体が漏れた。モロに降りかかったそれを避けようともせず、僕は渾身の力で首を捻り切って、思い切り地面に叩きつけてやる。


 水風船が破裂するのにも似た音。


 大理石の床に半壊した顔面が散乱、悍ましいシミに変わり――しかし気付けば目の前で歪んだ笑みを浮かべていた。

 今度はこちらの番だ、と。

 コンパクトに突き出されたチェーンソーが腹を抉り、回転する刃がその内側をミキサーのように掻き回す。


 意識そのものをガリガリと削り取られる感覚。顔の穴という穴から血が噴出し、それが邪魔だとばかりに眼球に指を突っ込まれた。

 合わせて少女は右目に突き入れた指を、眼球の残骸を掻き出すように握り込む。


「カァッ……!」


 視神経そのものを抉り出される痛みに怯みつつも、僕も応じて少女の耳を引っ掴む。

 同時、全力で手を引いた。


「うぅあああ……っ!」

「ぎぃ……っ!」


 ――ブヅンッ!!!


 互いに激痛に歯を食いしばりながら、目の前の顔面に拳を放つ。

 同時に駆り出された正拳は、同様に鼻柱を真横にへし折って肉塊に変える。


 反発した磁石のように僕たちは吹き飛び合い、ようやく距離を取った。


 体勢を立て直し、握り込んでいたものを放り捨てる。少女もまた同様に。

 宙に舞う千切り取られた片耳と、損壊した眼球、引っ付いていた視神経の管。

 共通するのは、二人とも取り分け痛みを感じるような部位を狙っていることだった。


 ……ああ。やっぱりこうなったか。


 僕たちはほぼ不死身。殺しても死なないバケモノだ。

 僕には心臓と脳味噌という弱点があるが、少女には身体能力での不利がある。どちらも一撃での必殺は不可能に等しい。


 ならば狙うのは致命傷ではない。

 外部破壊ではなく内部破壊を。

 少しでも痛みを与えて、そうして戦う意志を根絶やす。


 相手の精神を砕き、、心を折る。

 それがこの戦いの勝利条件。


「はは……なぁ、削り合いは得意か?」

「モチロン。我慢比べなら負けないよ」


 より痛みを。

 より苦しみを。

 僕が根を上げるより先に、彼女を削り取るのだ。


 この世で最も醜悪な闘争を、いざ。



◇◆◇◆◇



「私が先行します。ユウヒはカバーを」


 医療刑務所から拉致された咲良崎咲が氷室の研究所で受けた『処置』。

 それは一度死に、そして生まれ変わることだった。


 まずこれから行うことに耐えるため、遥の『破壊想』を使い、咲良崎咲の肉体と魂の繋がりを破壊する。

 更に魂そのものにも行使し、魂に対する全ての干渉を破壊。概念破壊による擬似的な結界を創造し、肉体を失った魂の劣化や消滅、精神の損壊を防ぐ。


 次に肉体に強制再生能力を付与する精錬薬トキワⅡを投与。効果が発現したら魔力によって肉体を丹念に磨り潰す。

 傷ついた筋繊維が再生とともに強化される現象、いわゆる超再が起こる。結論だけ言うと肉体に魔力が混入するのだ。

 この破壊と再生の工程を何度も繰り返すことで、魔力を持つ肉体――後天的な魔力資質を植え付けることが出来る。


 肉体に魔力が定着したら、次は禍力を用いて同じ工程を踏む。

 禍力の制御は本来不可能だが、ここも遥のマガツを使うことでクリア。出力、強度、量、性質、その他あらゆるものを操ることが出来る『操作』のマガツの面目躍如だ。


 マガツ級の禍力でもない限りトキワによる再生は充分に可能。魔力の時と同様に何度も繰り返して定着させる。

 禍力は魔力と違って人体に反する力であるため、これも『操作』のマガツがあってこそ出来ることだ。


 このような魔力と禍力を馴染ませる工程を『操作』で細心の制御を保ち、数え切れないほど反復する。

 二つが理想値、かつ同量定着したところで破壊想を更に破壊。魂と肉体の繋がりを復元し、新たな肉体に魂を導く。

 最後に失った四肢を義体で補い――これで完成。


 こうして出来上がったのが今の咲。

 禍力と魔力を併せ持つ人型のバケモノ。

 一秒ごとに強くなる造られた超越者。

 憂姫の援軍にして、概念干渉を持つ藍染への対抗策。


 人造パンドラアーツ(・・・・・・・・・)


「【薊】」


 背中から現出させた桜色の翼のようなブレード。両手に構えた漆黒の小太刀。

 計四本の刃を展開し、咲は藍染へと突撃する。


 対する藍染は咲の存在に内心驚きつつも、即座に迎撃を選択する。


「【霧刃】」


 未知の敵に手加減は不要。概念互換『霧尽』の真髄たる魔法を解き放つ。

 干渉可能な空間全てを斬撃に互換する大技。その数六千六百六十六。遥をして四肢を微塵に刻まれた不可避の煉獄。

 加えて斬撃全てが互換の特性を持つ――一つ掠ればそれだけで対象を消滅せしめる絶技。


 概念干渉を使えない者にこの魔法を防ぐ術はない。

 だからこそ(・・・・・)、見定めるにはうってつけだ。


「咲!」


 後ろに続く憂姫は技の凶悪さを直感的に見抜き、警鐘を鳴らす。

 咲は答えず、代わりに目線を送った。


 大丈夫。任せて。


「ウツロノマガツ起動」


 呟くと同時、右手の小太刀が(くら)く輝く。

 刀身から花弁のような黒い光が舞い散り、燦然と咲き誇る。


擬似展開(ブルーム)『破壊想』」


 その言葉が契機となった。

 黒色の花吹雪が溢れ、怒涛の如く周囲の空間を制圧。斬撃に互換された空間を尽く破壊する。


 憂姫も、藍染さえも想定外の結果。しかし唯一こうなることを知っていた者が一人。

 咲は飛び、渾身の力を四つの刃に込めて藍染に叩きつけた。


「っ……!」


 藍染は器用に一つのナイフで全て受け切るが、強烈な衝撃に十メートルほど後退させられる。

 身体強化を掛けたAランクの魔導師にも引けを取らない膂力。加えて【霧刃】を空間ごと破壊するような理外の力。


「そうか」


 藍染九曜は迷わない。

 それがどれだけ荒唐無稽で、自身の常識から外れていようと、目の前の現実こそが全てだと割り切れる。


 今の技は確かに驚異的だが、予備動作が必要な以上その暇を与えなければいい。

 どれほど強くなっても、それが出来るほどの実力差が、藍染と咲の間には存在している。


 追撃の二段突きを一刀の元に弾き、咲の真上に転移する。カバーに振るわれたブレードを瞬間加速で回避。掠りもしない。

 背後に回り込んで加速を解除する。咲がその気配に反応した瞬間に再度転移。目と鼻の先ででナイフを振り上げる。

 脳のリソースを食い尽くすような気配の撹乱。裏をかいての前方零距離への転移。咲に対処する術はない。


「やらせませんっ!」


 それを阻もうと放たれる銀の魔弾の流星雨。それ単体では藍染の脅威になり得ないが、咲がいる今は話は別だ。

 斬られながらでもあの花吹雪を展開すれば、藍染はそれを防ぐために『霧尽』を使わなければならない。

 つまり憂姫の攻撃に対して無防備を晒すこととなる。


 その状態で憂姫の魔弾を喰らえば、藍染とて確実に死ぬ。

 そして憂姫のためとなれば、咲は容易くそれを実行するだろう。それが彼女という人間だ。


 跳躍して後退する藍染。咲に並び立つ憂姫。

 先ほどの焼き直しのような状況で、咲はげんなりと呟いた。


「……えぇ、こっわ。超こっわ。死ぬかと思ったんですけどなんなんですかあれ。本気でヒューマン?」

「多分、きっと、おそらくは。……あの、それよりその喋り方何ですか?」

「え? 喋り方って……あぁ、そういえば。なんでも禍力の影響らしいですよ。ちょっとだけ()に引っ張られるんだとか。ふふん、どうです? 結構可愛くないですか?」

「珍妙」

「は? ぶった斬りますよ」


 ちょっぴり本気度合いの高い台詞に憂姫は内心で苦笑する。

 なるほど、内心を包み隠さない咲はこんな感じなのか。

 こういうのもなかなかどうして悪くない――まぁ、もっとも、あの馬鹿に影響されるのだけはどうかと思うけど。


「……というか、禍力? 咲、怒らないから馬鹿共に何されたか白状してください」

「いいですよ。でもその前に……ねぇ師匠。あなたもあなたで大人気なくないですか? ユウヒはともかく、私みたいな雑魚相手にも手加減一切抜きで殺しに来るなんて。咲ちゃんびっくりなんですが」

「――それを言えば驚いたのはこちらだよ」


 翻る刃。咲と憂姫は咄嗟に斬撃を繰り出して受け止める。

 二対一にも関わらず拮抗する鍔迫り合いに、二人は同時に戦慄する。


 技術や魔法だけでなく、純粋な力すらこの男には敵わないのか――。

 降って湧いた恐怖を否定するように、咲は無理矢理笑みを作って言葉を返す。


「っ……驚いた、とは……?」

「あの花吹雪。【霧刃】を無効化したということはあれも概念干渉……そして使ったのは魔力資質を持たないお前だ。驚きもするさ」

「だっ、たら……っ、よかったんですけど、ねっ!」


 呼吸を合わせ、同時に押し返す。

 藍染は無理に抗わず、そのまま引き退る。どうやら咲の話に興味があるらしい。

 確かに概念干渉を使える身としては当然だろう。そう簡単にこの力を持つ者が増えては堪ったものではない。


「はぁっ……まず、私のこれは、私の力じゃないですよ。私個人の力なんて、いいとこAランク相当の禍力と魔力程度です」

「ウツロノマガツ、だったか。アレは?」

「マガツ……物質化した禍力による概念干渉そのものを氷室フブキが武装化したものの名前です。それがこの二刀――」


 誇示するように咲は二刀を持ち、ゆらりと構える。


「右の刀が『破壊想』。左の刀は『腐敗奏』。名前は……うーん、折角ですし今付けちゃいましょうか。ねぇねぇユウヒ。こういうのってどう付けるんです?」

「……知らないですよそんなの。テキトーでいいんじゃないですか」

「じゃあ……ええ、『憂絶(ゆうだち)』と『切姫(きりひめ)』で。こういう魔法とか武器に名前付けるのってちょっと憧れてたんですよね。ね、どうですかユウヒ。我ながらすっごくかっこいいと思うんですけど」

「ねぇ咲あなた実は私のこと嫌いですよね……!?」


 何とも作為めいたものを感じる名前だ――憂姫はそう思った。

 これで喜べるようなねじくれた感性を自分は持っていない。持ちたいともまた、金輪際。


 憂姫の抗議をけろりと受け流して、咲は言い放つ。


「そういうわけで、これまで見せた力はほとんど他人のものです。私自身じゃ補充も出来ませんから、回数限定の必殺技とでも考えて頂ければ」

「……随分と素直に答えるな。喋って良かったのか、そんなことまで」

「あらまあ、ふふ。これは咲ちゃんうっかりです。なにぶん師匠が随分と素直にお聞きになられるものですから。でも、ええ、昔お世話になった恩返しと考えましょう。私は義理堅いのです」


 そこまで言うと、咲は左の小太刀――切姫を前に突き出し、微笑んだ。

 してやったり、と。どこかの誰かによく似た、子どものような意地の悪い笑顔で。


「それに、今私が一番欲しかったのは時間ですので」


 その言葉と同時。

 擬似庭園が、歪んだ(・・・)

(あさがお)】(B-ランク)

瞬間加速魔法。咲良崎咲が会得した魔法の一つ。

強化率自体は平均よりやや上程度だが身体能力の高さにより加速した憂姫と同等の速度を誇る。


(あざみ)】(Aランク)

禍力と魔力で構成されたブレードを創造する。二つの力が限界値まで高められる性質上、概念級の干渉を受けても変質しない特性を持つに至った。

本来禍力と魔力は同居することのない力だが、義手と義足に操作のマガツを模倣した魔力内燃型補助機構を搭載することで可能とした。

長年操作のマガツを研究し続け、鋼糸の魔力内燃型武装のノウハウを持つ氷室だからこそ完成することの出来た超最先端技術。


【ウツロノマガツ】(A+ランク)

咲良崎咲の持つ小太刀『憂絶(ゆうだち)』『切姫(きりひめ)』に搭載されている機構。それぞれ『破壊想』と『腐敗奏』の力を持つ。

氷室フブキの叡智と儚廻遥の『操作』を限界まで噛み合わせた結果誕生した未曾有の技術。回数制限こそあるがマガツを行使することができる。

オリジナルほどの自由度や干渉力は持たず、空間干渉級で三回、概念干渉級で一回と数々の制約はあるが、人類が創造してきた数多の技術の中でも比肩するものがないオーバーテクノロジー。

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