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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
113/171

縦横霧尽 a


 それは勝ち目のない戦いだった。


 片や白銀。片や夜空。

 二筋の光条が偽りの庭園を駆け巡り、幾度となく衝突を繰り返す。


「【瞬節・一秒恋歌】」

「【コードリボルバ】―――!」


 加速魔法が見せる最高速度の世界で、互いの殺戮技能が最大効率で展開される。

 百にも届こうかというそんな殺し合いを経て、藍染は疑念を抱いていた。


 鋭さ、キレ、速さ、正確さ……全てにおいて自分の方が数段上。経験と能力がもたらす実力差は絶大極まりない。

 戦闘とはある瞬間、ある一点において相手を上回ることこそが至上命題。必然、あらゆる要素で負けている憂姫に勝ち筋などない。


 だからこれは勝ち目のない戦いだった――そう、そのはずなのに。


「――はあぁぁぁッ!!」


 血を吐くような絶叫とともに憂姫が飛び出す。その全身は既に傷だらけだ。骨や筋を断つものこそないものの、それもまだという話。

 対する藍染は掠り傷が二、三程度で、どちらが優位かなど明白――


 ――そんなわけがない。


 まだ(・・)致命傷がない? 既に百余りも打ち合っていて?

 掠り傷が二、三程度(・・)? 完封――無傷で倒せるとされていた相手だというのに?


 鋭さ、キレ、速さ、正確さ。それらは確かに藍染の方が優れているだろう。経験やその他の能力も同じだ。

 だが、気迫(・・)。クロハを救うという想いがもたらす原動力。何があっても遂げてみせるという研ぎ澄まされた覚悟。

 それらに限って言えば、憂姫は藍染を大きく上回っていた。


 こうした極限の戦闘において、我武者羅な一撃が実力差という壁を貫き壊すのは決して珍しい話ではない。


「コードシニスタァッ!」

「ッ――!」


 瞬間的に何百倍もの重量を発揮したナイフの振り下ろしを躱し、返す刀で首狙いの一閃を繰り出す。

 しかし憂姫はすぐさまナイフから手を離すと逆の手の拳銃を撃発。正確にナイフの刀身を狙撃して押し留める。


 拳銃弾とはいえ魔導銃、それも憂姫の魔弾だ。藍染に伝わった衝撃は相当なもの。

 下手に逆らえばナイフごと指が砕ける。藍染は即座にそう判断し、衝撃を利用して独楽のように回転。無手の左で裏拳を放った。


 左拳は回避の暇を与えず、憂姫の心窩を殴り抜いた。


「ゴプッ」


 整った口と鼻から血液と胃液が飛び出る。端正な顔が苦しげに歪み、膝が折れ、沈む体に藍染はトドメを刺そうと追撃に移って――


「!」


 寸前で身を引いた。その鼻先を【コードシニスター】が掠めて真上へと飛翔していく。

 先ほど手を離したナイフをつま先で蹴り上げた――仮に追撃していれば顎を真下から割られていたところだ。


「せあぁッ!」


 憂姫は空中でナイフを掴み、手首の力のみで投擲。更に左手の拳銃から魔弾を六発撃ち放つ。

 七つの軌跡を描いて飛ぶ暴力の群体は、一歩の距離など容易く喰い潰して藍染に迫る。


「【瞬節・一秒恋歌】」


 だが、その頃には藍染は憂姫の背後に回り込んでいる。

 完全解放状態の遥にすら匹敵する速度。憂姫の【コードリボルバ】ですら追い切れない。憂姫からしてみればあたかも藍染が消えたかのように見えただろう。


 狙うは首。

 光が奔る。


 ――ガギンッッ!!


「!?」


 必殺の一閃は、しかし憂姫の()に止められた。もちろん藍染の一刀は魔力を流し込んだ髪程度では防げない。【カラフル】による自身の武装化よるものである。

 先日の遥との戦闘、ひいては戦いながら【殺戮兵装型少女】を完成させるという無茶。それらはただでさえ研ぎ澄まされていた憂姫の魔力操作を大幅に引き上げていた。


 髪など手足に比べればよほど単純な代物。今や念ずるだけで【カラフル】を発動出来る。

 結果、ダイヤモンドもかくやという硬度に至った憂姫の髪は藍染の斬撃を受け止めることに成功した。


 恐るべくはそんな憂姫の髪を半ばまで切り飛ばした藍染の腕だが、この時に限っては些末。

 身を翻した憂姫は手刀でナイフを払い飛ばし、拳銃を藍染の顔面へと照準する。


 射線から藍染が顔を引き抜くのと、引き金が引かれるのはほぼ同時だった。


「っ――」


 頬と肩を僅かに抉られながら、藍染は下から掬い上げるような掌底を放つ。

 攻撃後の隙を突いた一撃を憂姫は躱せない。拳銃こそ手放さなかったものの、万歳をするように腕を跳ね上げられてしまった。


 先ほどと寸分違わぬ部位、ガラ空きの胴体の中心を、剛槍の如き蹴りが貫いた。


「げぼっ!!」


 潰れた蛙のような声を出して、憂姫が壁に叩きつけられる。

 二度も心窩に直撃させたのだ。如何に頑丈な憂姫といえど深刻なダメージとなったはず……そこまで考えて、藍染は指先にチクリとした痛みを感じた。


 指貫型の手袋の先、鋭敏な感覚を保つために露出させている指先、その真ん中。

 中指の腹から一筋、血が垂れている。


 その現実に、藍染は少なからず驚いていた。

 ……いつの間に。


「はぁっ、はっ! はぁっ……!」


 一方で、憂姫は血反吐を吐きながらずるずると立ち上がる。

 余裕などない。人体の弱点である鳩尾に、間を置かずに二発も。おかげで内臓がぐずぐずに融けたじゃがいものようになっているのが分かる。


 だが、一撃。一撃は入れた。

 私が、あの藍染九曜に、一撃を入れたのだ。


 それは小さな、小さな、ふとすれば気付かないような傷だけど。

 この萎えそうな足を、鼓動を怠けようとする心臓を、閉じそうになる瞳を、それでいて燃え滾る闘志を、更に奮い立たせるには――十分過ぎる!


「……まだ、まだぁッッ!」


 憂姫は駆ける。痛みなど感じていないかのように、獰猛な笑みを浮かべて。

 その速度は今までより更に速い。藍染と激突しては戦闘機さながらに翻り、空中に糸束をぶち撒けたような斬閃が奔る。

 白銀の魔力光の尾を引いた斬撃が、銃撃が、格闘が。光の束となって藍染に襲い掛かる。


 百を超え、二百を超え、およそ三百に至ろうかという衝突を経て。次第に赤い飛沫が光の中に混じるようになる。

 それは憂姫の体から出たものであり、同時に藍染のものでもあった。


「……ッ」


 対照的に藍染の反応は鈍かった。憂姫を迎撃するたびに傷が増えていく。

 それはどれも取るに足らない掠り傷であったが、本来の藍染であれば負うはずのない傷である。


 動きが悪い。

 自身に油断があった? ――否。

 実力差が覆された? ――否。

 憂姫の気迫に圧倒されている? ――否。


 精神的な原因では断じてない。この程度で揺らぐ脆弱な精神を藍染は持ち得ない。

 ならば答えは、もっと物理的なものだ。

 更に分析。右側面の反応速度が5パーセントほど鈍い。


「なるほど、これか――」


 藍染の思い至った原因。それは自分の右手の先、中指の腹の傷。

 これが契機となったかのように憂姫は猛攻を開始し、藍染は防戦を強いられた。


 気付かぬうちにつけられていた微細な傷。どう掠ろうとも、憂姫の持つナイフや拳銃ではここまで小さな傷にはならない。

 もっともっと極小の武器。そう、例えば――仕込み針のような。


 そして藍染は、憂姫がその武装を持っていることを知っている。

 なにせかつてC区画地下のジオフロントで、他でもない自分が防ぎ、模範解答まで告げたのだから。


 ――いちいち顔を上げるな。効果が激減するとしても敵に見破られないことを優先しろ。息も強過ぎる。針が肌に突き立つ最低限を超えるな――


 彼女はそれを胸に修練を積んだのだろう。僅か一週間程度で、自分に当てることが出来るまでに。

 そして仕込み針には毒と相場が決まっている。


「麻痺毒か」

「ええ……お味はいかがですか?」


 肩で息をする憂姫は、煽るような似合わない笑みを浮かべ、そう答えた。

 自覚すると同時、右腕に僅かな痺れを感じる。当たった場所が良くないため症状自体は大したものではないが、これは大きなハンデとなるだろう。


 この後予想される儚廻遥との戦闘を考えれば、ここで余計なダメージを負うことは出来ない。

 そう思考した藍染は――自らの右腕を切り落とした。


「っ、な……!?」


 突然の自傷行為に憂姫は瞠目する。

 失った手足は回復魔法を使っても戻すことは出来ない。現代魔法の常識であり、憂姫たち魔導師の掟である。

 故に憂姫は師の行動の意味が分からなかったし、気が狂ったのかとさえ思った。


 無論、藍染は至極冷静である。

 この右腕が毒に侵されているというなら切り捨ててしまえばいい、と。合理的に結論を下したに過ぎない。


 彼にとっては腕を失ったとして、だからどうしたという話。

 また、作ればいいだけなのだから。


「【霧人(むじん)】」


  たった一言。それだけで。

 手品のように、藍染の右手が出現(・・)した。


 それはつい数分前までと何ら変わらず、服の袖までもが全く同じ。

 右腕を切り落としたことなど夢だったかのように、藍染は右腕を取り戻していた。


 あまりに常識外の光景に、憂姫は呆気に取られ、そして思い出す。

 遥と氷室、二人から伝え聞いていた、その現象の名前を。


「概念、干渉……」


 遥の持つ『操作』や『破壊想』。父の見せた『服従』。

 世界そのものに絶対的な強制力を持つ力。存在自体は目にしてきたし、それが如何に理不尽な代物かも知っている。


 しかしそれても純粋な人間である藍染がその力を行使したことには驚くを禁じ得なかった。

 これまで沈黙していた氷室が言葉を発する。


『…………ユウヒ、今のを解析した結果が出た』

「っ、聞かせてください」

『驚くべきことに周囲の空間を右腕に変化させたらしい。あらゆる物理的法則を無視した現象だ。更にハルカとの戦闘記録を合わせると、その特性が推測出来た』

「それは?」

『変換……いや、より正確に言うならば互換だ』

「互換……」


 概念互換。それが藍染の持つ切り札にして本領。

 憂姫のこぼした言葉に、藍染は僅かに頬を緩めた。


「……敵わんな」


 それは苦笑――憂姫が久しぶりに見る表情だった。

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