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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
112/171

儚廻遥、戦闘開始

◇◆◇◆◇



 そういえば、ついこの前もこんなことがあった。

 あれは、そう。C区画の高層マンションの前で、軍の裏切り者共と交戦した時だ。

 たかだか300人程度を相手に、僕は防衛線を維持するので精一杯だった。


 そう考えると、その三倍以上もの数を相手にしている今の状況は酷く無謀なのかもしれない。


 だが、あの時とは違うところだってある。

 それは例えば、敵は連携に長ける軍の練兵ではなく、『混ざり者』といつかの咲良崎のように人間に留まることが出来た強化兵、後はパンドラが少々なところとか。

 攻めるのがこちらで、守るのがあちらなところとか。


 今の僕が、掛け値無しの全力だってところとか。


「――オラァァ!!」


 まずは一人目。


 視認も許さない速度で肉薄し、殴り飛ばす。

 腐った果物のような感触と共に弾け飛ぶ頭蓋。血と脳漿がばら撒かれる。


 頭を失った『混ざり者』の体が吹き飛び、後ろにいた連中をボウリングのピンのように吹っ飛ばして爆散した。


 ……ああ、あれは死んだな。

 首が折れてたり、上半身と下半身がお別れしてたり。『混ざり者』や強化兵じゃ普通に即死だ。


 その血狼煙を皮切りに、全方位から間断なく襲い来る敵の怒涛。

 避けるつもりはない。自分からその中心に飛び込む。


 さぁ、殺戮を此処に。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 ウォークライが轟いた。

 右腕の拳が掠った数人を肉塊に変える。 左腕の手刀が一面の腹を掻っ捌く。

 巡った鋼糸が手当たり次第に切り刻み。 溢れ出た腸を掴んで、繋がっている先の人体を振り回して薙ぎ払う。


 肘が顔面を粉砕する。 膝が胴体を叩き折る。

 蹴り抜いた脚が心窩を二、三個貫いて、ついでに目の前の頭を頭突きで水風船に変えてやる。


 反転して放った裏拳が真後ろにいた数人を圧殺する。 そのまま振り抜いて衝撃で周囲を一掃。

 魔法を解放して数十人を焼き殺し、禍力を解放して数十人を灼き殺し。

 生じた空白を瞬く間に踏破して、眼前の喉笛を噛み千切る。


「シャアァァァァァァァァァッ!!」


 孤軍奮闘、獅子奮迅。一秒たりとも同じ場所に留まらず、あらん限りの暴力を振るい尽くす。

 折角新調した衣服はゼロコンマ数秒で血と肉片と臓物に塗れ、見る影もない。


 脳を、心臓を、はらわたを、首を、股間を、背骨を、その他あらゆる部位を――命を奪った何よりの証を身に纏い、残忍に僕は笑う。


「っ!」


 だが……数の差とはそう簡単に覆せるものじゃない。

 包囲殲滅、一斉射撃。図に乗るなとばかりに全方位から笑えるほどの厚みをもって迫り来るそれらは、今まさに拳も鋼糸も振り抜いた僕に回避は不可能だ。


 銃弾が、禍力が、刀が、爆弾が、魔法が。

 暴力と殺意の具現があらゆる方向から僕の体を貫いた。


「ぎ、ぃっ……がぁあぁぁっ……!」


 辛うじて守った脳味噌と核を除く、全ての部位が損傷し、弾け、挽肉となった。

 耳や鼻、手足などの先端部分は例外なく吹っ飛び、地面のシミへと生まれ変わる。胴体の肉も粗方削り尽くされ、肺や肝臓、肋骨や大小腸(はらわた)が丸見えだ。


 骨と肉が混ざり合い、更には銃弾の熱で焦げてハンバーグになった全身。削がれ砕かれ突起を失ったその様は、まるで赤いナメクジのようだ。

 そんな自身の惨状を笑う暇すら許されず、追撃に迫る数十もの敵兵。避けようにも脚がないのだからどうしようもない。


 僕は口をがぽりと開く。


「カ、ハァ……ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 放つ技は【ブレス】。口腔に収束、圧縮させた極密度の魔力を広範囲に放出するお伽話のバケモノの技。

 前から向かって来ていた敵がボロボロと破片となって崩れ落ちる中で、質量を大きく失くした僕の体は大きく吹き飛んだ。


 当然その先にも敵はいる。僕の命が確約されたわけじゃない。

 だが、その頃には僕の体も再生を終えている。中空でナメクジから儚廻遥へと進化を果たした僕は、着地点の敵共に左手を突き付けた。


「千連【アーツ】っ!!」


 そして放たれる千発もの魔導砲(・・・・・・・)

 小弾を千発放つ【センレンアーツ】とは違う。一発一発がオリジナルの【アーツ】にも匹敵する砲撃を同時に千発、一息に。完全解放状態だからこそ放てる大技だ。


 純白に輝く砲撃の集合体は巨大な壁となり、広場の一角を文字通り削り取った。

 クズ共がただそこにいた証として、濁流かと見紛うほどの黒いシミが地面にへばりついている。


「シィィッ!」


 僕はそれを踏み躙り、間一髪光の壁から逃れた敵集団に突喊。超音速で敢行された体当たりがビリヤードのキューとなり、折れた骨が体内からはみ出る肉袋を量産した。

 駆け抜け、次へ。そこでようやく二度目の飽和攻撃が行われる。


 しかし――例えどれだけの数を揃えたとしても。何の工夫もない、先ほどと全く同じただの暴力など、僕には既に意味を為さなかった。


「遅いんだよっ!!」


 銃弾は縦横無尽に巡った鋼糸が弾く。

 禍力は肌に触れた瞬間にマガツの無力化が終了する。

 刀剣は当たっても刀身が耐えられずに砕け散る。

 爆弾は一歩ごとの衝撃で僕まで届かず、届いても爆風が疾走の衝撃に打ち負ける。

 魔法は殴り、蹴ってやればそれだけで儚く壊れる。


 わざと一度全部喰らったことで、先生に鍛えられた第六感(アラート)が全ての攻撃を事前に知らせてくれる。

 どんな攻撃も脅威じゃない。どんな攻撃も僕を殺さない。


 殺すのは僕だ。殺されるのはお前らだ。


 弾いた銃弾が。

 操作された禍力が。

 砕けた刀剣の破片が。

 跳ね返された爆破衝撃が。

 壊れた魔法の残骸が。


 不出来な自分達に嘆くように、そう自分達を生み出した主へと牙を剥いていく。


 自分たちが振りかざした殺意すら自分たちに返ってくる地獄絵図。安全地帯などどこにもない。

 加速度的に増える死者が、人間としての尊厳など徹底的に貶められた無様でグロテスクな屍が、せめて傷痕だけは遺そうと足元を赤色に彩り続ける。


「……死ね」


 近くにあった頭に親指をぶっ刺す。

 硬いはずの頭蓋を紙のように突き破り、ゼリー状の何かにどぷりと突き刺さる感覚。


 既に首は捻じ切れていたため、振りかぶって投擲すると、遠くの方にいた連中にぶつかって血の花が咲いた。

 そういえば、ドッジボールを最後にやったのっていつだっけ。


「死ね」


 逆の手で目の前の奴の股間に下から掌底を叩き込む。性器と骨盤をグチャグチャに損壊させ、貫通した腹から更に奥へと手を突っ込む。

 硬く、長い骨に触れる感触。引き摺り出して御開帳。管や筋が引き抜ける頭の痛くなるような異音と共に長い背骨がこんにちはだ。


 屋台骨を失ってへにゃへにゃ崩れ落ちる残骸を蹴っ飛ばし、背骨を剣のように全力で振るう。

 剛速の薙ぎ払いは突っ込んできた強化兵と衝突してブチ殺し、自身もバラバラにぶっ壊れた。

 人間の脆さをつくづく実感させる末路だ。くだらない。まぁ、散乱した骨と強化兵の死体が混ざり合って醜悪なミンチになってるのが酷く笑えるから良しとするか。


「死ね!」


 背後に回り込んで禍力を撃ち込もうとする『混ざり者』を鋼糸で絡め、操作のマガツを使用する。

 制御を奪ってバランスをデタラメに弄ってやれば、ほら。爆弾の一丁上がりだ。


 起爆。


 撒き散らされた骨と、衝撃と、禍力が同胞達を見事に蹂躙した。

 口の中に飛び込んできた何某かの歯をガギリと噛み砕いて飲み込んだ。


「死ねッ!!」


 蹴り抜いた脚を戻す暇すら惜しいと、膝から手刀で切り落とす。

 意図して引き上げた再生により瞬時に復元する僕の右脚。だからそっちはもう要らないと、その脚に膨大な魔力を注いでぶん投げる。


 回転して敵を肉塊にしながら飛ぶ脚は100メートル地点で大爆発を巻き起こす。【アーツクライ】。自身の体を爆弾にする魔法は、本当はこうして使うものなのだ。

 そうだな。爪の間に肉片が詰まって気色悪いし、糞尿とかゲロに塗れて何だか臭うし。そろそろ全部取り替えてしまおう。


 そう決めた僕は左足を、右腕を左腕を。魔力を注ぎ込んでから一気に鋼糸で切り落とし、ウォークライの圧力で方々に吹っ飛ばす。

 連鎖する大爆轟。それに巻き込まれた敵が更なる爆弾となり、敵集団に甚大な被害を叩き込む。


 ああ、着てきたのが再生機能付きの戦闘服で、本当に良かった。


「死ねッ!!!」


 限定解放と完全解放の違いは、何も魔法だけに限った話ではない。身体能力や再生能力も大幅に向上している。

 それ故に、いつもならタメが必要だったり代償を求められたりする戦技だろうと、意のままに使うことが出来る。

 だから幻想再現(デッドコピー)の三日斬月や、使えば18秒で死ぬはずのウォークライⅢだって、今の僕には使いたい放題だ。


 極大規模の斬衝撃が、それ自体が凶器と化した咆哮が、塵屑(ゴミクズ)の如く敵を轢殺した。


 他にもアリスから、トキワから、ミオからソーマからアヤカから梶浦から先生から、他にも他にも、僕の知る限りの強者から盗んだ戦技を惜しげもなく全解放する。

 劣化版とはいえ、今の身体能力で振るうそれらはどれ一つとっても暴虐の嵐に他ならない。過ぎ去った後には凄惨極まる傷跡が広場と敵に刻まれる。


「死ねェェェェェェェェッ!!!」


 魔力を煌々と漲らせて。

 禍力を沸々と滾らせて。

 四肢を振るい。

 鋼糸を巡らせ。

 咆哮を謳い上げ。

 血肉に塗れ。

 臓物をひっかぶり。

 最高速度で戦場を駆け巡る。


 僕は殺す。

 人を殺す。

 人を人を人を殺す。

 殴り殺す。蹴り殺す。斬り殺す。裂き殺す。砕き殺す。縛り殺す。轢き殺す。投げ殺す。縊り殺す。穿ち殺す。叫び殺す。破り殺す。爆ぜ殺す。貫き殺す。弾き殺す。焼き殺す。突き殺す。抉り殺す。握り殺す。吐き殺す。削り殺す。圧し殺す。噛み殺す。千切り殺す。踏み殺す。撃ち殺す。


 ありとあらゆる手段を以って。

 殺して殺して。

 殺して殺して殺して殺す。

 全て、全て、全て、全て。

 虐殺が鏖殺へと行き着くまで。

 最後の一人を殺すまで。


 へらへらと。

 笑顔で。

 笑いながら。

 殺して、

 殺して、

 殺して。


 ……そして。

 殺し尽くした。


「……………………」


 あれほどいた敵はどこにもいなくなっていた。一人の例外もなく、足元に広がる粘着質なジュースの一員だ。

 名状しがたい色の液体。全て人の体液で構成されたそれに侵される大理石の床は、もはや白く綺麗だった頃の名残など存在しない。

 千人分の血と肉と内臓、糞尿にゲロが混ざり合い、これ以上なく酷い臭いだ。


 そんな屍山血河の中心に立つ僕の耳に、ぱちぱちという拍手の音が届く。

 ……ああ、訂正。あと一人だけ、敵が残っていた。


 それも僕が唯一殺せない、とびきりの敵が。


「すごい、すごいねお兄さん。何人いたのかも分かんないような地獄絵図だ」


 赤い髪を揺らし、一張羅のアンダーウェアのような戦闘スーツに身を包み。

 赤の瞳に覚悟を灯し、身の丈ほどのチェーンソーを引きずって。


 殺人鬼で、クロハの姉で、一日だけ一緒に遊んだあの少女が、僕の正面に立った。


「……はは。いないならいないって言ってくれよ。何のために概念干渉(はかいそう)を使わなかったと思ってるんだ」

「ごめんごめん。お兄さんとは二人っきりで会いたかったからさぁ」

「へぇ、嬉しいな。男冥利に尽きるってもんだ」

「わ、喜んじゃうそこ? お兄さんってばこんなちんちくりんがタイプなんだ。あは、引いちゃうな~」

「おっと、はは。しまった、罠だったか」


 和やかに。まるで十年来の友人と世間話をするように、僕たちは言葉を交わす。

 しかしそれは分かっているから。戦いを絶対に避けられず、もう争い合うしかないことを。


 今回ばかりは僕だって土下座する気はない。無駄だと分かり切っている。時間の無駄だ。

 そう、選択肢なんてないのだ。僕が彼女を救って押し通るか、彼女が僕を殺して守り切るか。


 僕は右腕を。

 少女はチェーンソーを。

 鏡合わせのように突きつけ合う。


「じゃあ、行くよ」

「うん、始めよっか」


 クロハの未来(これから)を決める戦いを。


 儚廻遥、戦闘開始。

主人公の名字誰も覚えてない説

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