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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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汐霧憂姫、戦闘開始


 遥が戦闘を開始して、ちょうど三十分後。

 真っ白な大廊下を、憂姫は走っていた。


 敵は憂姫が来ることこそ分かっているが、逆に言えばそれだけである。

 複数ある突入ポイントのどこから侵入するかは、数少ない憂姫と遥が持つ情報のアドバンテージだった。


 とはいえ元が軍事拠点。構造的に守りやすく、突入ポイントそのものも決して多くない。

 故にそう言った場所全てに罠と戦力が配置されているのも、また当然。


 正面ゲートで遥が大立ち回りを見せているおかげで、配置されているのはあくまで最低限。しかしたった一人の憂姫に比べれば、彼らは十倍もの数で道を塞いでいる。

 地の利、そして数の利。戦闘においてこれほど単純で、大きく勝敗を傾ける要素もない。


 ――そう。戦闘において(・・・・・・)、ならば。


 憂姫は走る。

 気配と足音を極限までに削ぎ落とし、体勢をこれ以上なく低くして。


 前方には武装した人間が複数。銃を構えて一心不乱に警戒に当たり――しかし憂姫には気付かない(・・・・・)


 そして。

 彼我の距離、およそ五メートル。


 先頭の人間がその姿に気付くのと、暗殺者が牙を剥くのは、ほぼ同時だった。


「――ッな」


 驚愕の叫びは白銀の刃に断ち切られ、それ以上を許されない。

 跳ね飛ぶ人間の首。生物の(さが)としてそれに視線が吸い寄せられる中、既に暗殺者は次の獲物へと移っている。


 別々の生き物のように翻る四肢。左手の拳銃が三人の脳天を一弾のもとに撃ち抜き、右手のナイフが横一閃。二人を合わせて斬首する。

 憂姫は踊るように回転し、ナイフを投擲。正確に額を割られた一人が崩れ落ち、その脳髄が顔に掛かった二人が恐慌して銃を照準しようとするが、既に憂姫はそこにいない。


 中空だった。

 投擲によって右手が空いた瞬間、床に突いて跳躍していたのだ。


 憂姫は手前の一人の顔面に着地し――瞬間、ブーツの足裏から飛び出たスパイクが顔面を蹂躙。痛みに仰け反ったところを銃撃して息の根を止める。

 すぐにスパイクを収納し、肉塊(あしば)を蹴り飛ばして再跳躍。回転しながら足を振り上げ、もう一人の直上を取る。


 激烈な威力の踵落としが、向けた銃ごと男の全身を粉砕した。


「あと一人――」

「う、うぅアアアア!!」


 静謐に獲物を見る憂姫へ、対魔導師用ハイパワーライフルのフルオート射撃が放たれる。

 しかし恐怖に強制された射撃は酷いもの。弾道は出鱈目、狙いもロクについていない。直撃弾もあるにはあるが、ほとんどが当たらない銃撃の三発や四発、難なく躱すことが出来る。


 縮地の歩法――魔法ではなく、相手の虚をつくことでまるで突然現れたかのように接近する戦技を用いて肉薄し、両肩と両膝を拳打で砕き割る。

 激痛に絶叫を上げる口腔に向けて、憂姫は拾ったライフルの銃口を突っ込んだ。


「この基地の地図を持っていますか」


 答えなければどうなるか――言うまでもない。後ろに散らばる九つの死体が何より雄弁に語っている。

 その中の一つ、最初に斬首された先頭の人間の頭が目に入る。ごろごろ転がった末、こちらをじっと見つめる、白濁した眼球が目に入る。

 返答は、自ずと決まっていた。


「こ……これ」

「頂戴します」


 ズドン。

 容赦なく撃ち放たれた銃弾が、男の脳幹を吹き飛ばした。


 時間にして、僅か一分間。

 ものの六十秒で、憂姫は十人もの武装兵を全て殺害した。


「…………」


 凄惨な殺戮劇の下手人たる憂姫は、自身の信条であった『非殺』を破ったことに、しかし何も感じていなかった。

 思えば先日のC区画の戦闘でもそうだ。何人も何人も殺したというのに、予想していた精神の崩壊は一切訪れない。


 それは昔と同じく、未だに自分が人殺しという行為を何とも思わないから? ――いいや、否。

 人を殺すということの本質を、父親を撃った時に自分は理解した。その上で自分は殺戮を選んだ。何故か?


 人を殺してはいけないのは、人が世界を作るから。広がるから。育むから。自分や、自分の大切な人間が生きる世界を。

 だとすれば、自分や自分の大切な人間に害をなす――世界を削り、減らし、殺す人間になど、生きている価値などない。


 ……そんな、とても、とても簡単な話だったのだ。


 首の後ろに穴の開いた死体などもはや見もせず、憂姫は男が差し出した端末を起動する。


 パスロックされている――そこまで気が回らなかったのだろう。憂姫は顔をしかめる。

 全く面倒な。


「氷室」

『キミの端末とそれを繋げ。キミのバックドアからハッキングする』

「いつの間に……」


 帰ったら携帯変えよう。別に大した情報入れてないし、友達登録片手の指だし。

 そんなことを考えている間にハッキングは終わったらしい。憂姫の携帯に3Dマップが表示される。


 相当数の改装を重ねたのだろう。全七階層、地下空間もある。中庭や研究施設など本来存在しなかった設備も追加されているようだ。

 ここまで大規模な施設を軍にもパンドラにも露見させなかったのは、それだけ巧妙に隠蔽されていたということ。憂姫は黒幕への警戒度を一つ引き上げる。


「……重要区画の情報はロックされてますね」

『だがそれ故に分かることもある。つまりはその重要区画こそが奴らの心臓なのだから。見たところ上階か地下、それも恐らくは――』

最上階(うえ)でしょう。強力な魔法の気配を感じます」

『はは、キミもそこそこに人間辞めてるなぁ。うん、でも、そうだろう。だとすれば藍染九曜が控えているであろう場所は――」

「中庭。……師ならそこで待ち受けているはずです」


 一階層の中央に存在するそこは、上階を目指すには避けては通れない場所だ。

 藍染はそこにいると、憂姫は確信を持って口にする。


「……。うん、まぁ、そうだろうね。ではまずそこまでの最短経路だが』

「ナビはいりません。もう覚えましたから」

『……今日のユウヒは可愛げないなぁ。そんなんじゃモテないぞ?』

「マップ、遥にも共有お願いします」


 氷室の戯れ言を無視して疾走を再開する。

 立ち塞がる部隊を蹴散らし、罠の尽くを躱し。前へ、前へ、ひたすら前へ。


 やがて、彼女はその場所にたどり着いた。


 人口培養された種類特有の、過剰なまでの鮮やかさを持つ木花に囲まれた擬似庭園。

 塔の《楽園》エリアを意識して作られたのだろうが、あちらの息を呑むような美しさに比べてこちらはどこまでも空虚で無機質だ。並べて語るのも烏滸がましいと、そう感じる。


 故にこれから行うことには酷くお似合いだと、憂姫は人知れず思った。


「……来たか」


 真昼の月のような男。茫洋と漂う影のような立ち姿。

 およそ人間味というものが欠如しているその様は、憂姫の記憶にある姿と何一つ変わっていない。


 さく、さくと。

 憂姫は花々を踏みしめ、かつての師と相対する。


「……」

「……」

「……言葉は不要と、そう思っていたが」

「……?」

「一つ。聞かせて貰おう」

「……どうぞ、師のお好きなように」

「死ぬ気か?」

「まさか」

「そうか」

「はい」


 その瞬間。

 憂姫と藍染は、庭園の中央でぶつかり合った。


 意識の間隙を縫う影の接近法。全く同じタイミングで放たれた斬撃が噛み合い、火花が散る。

 暗殺者に名乗りは不要。何故なら名乗るような名前も誇るような名誉も持ち合わせていないから。


 ――だからこそ、彼女はそれを口にした。


「クサナギ学院所属、汐霧憂姫。今日この日を以って貴方を超えさせて頂きます」


 この一戦を決別の儀としよう。

 闇に生きる暗殺者ではなく、陽光の下で大好きな人達と一緒に生きていくために。


 そんな憂姫の決意表明に、師匠だった男は一言だけ返す。


「面白い」


 汐霧憂姫、戦闘開始。

次回本日20時更新予定


112話『儚廻遥、戦闘開始』

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