攻略開始
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――そうして運命の日が訪れる。
作戦開始は満月が見え始める、言い換えれば新結界の儀式が始まる15時ちょうどから。
制限時間は明確にはないが、可能な限り迅速に。襲撃に気付いたアマテラスが逃げないとも限らないのだ。
資料によると敵の基地は混成区の第八十五区にある。第二次東京会戦で廃棄された基地の一つを軍内部に潜伏していた奴らのシンパが改造したものしたらしい。
先日のC区画襲撃事件によって梶浦がそいつらの尻尾を掴み、尋問や拷問を重ねて見事に情報を引き出した。聞けば佐官クラスの高級将校だったとか。
そいつらの抜けた穴には梶浦が入ることになるらしく、やはり先日の事件で一番得したのはアイツだろう。
兎にも角にも、その基地はコロニーよりも氷室所有の第九十七区の方が近かったため、僕たちはそちらから出立することにした。
早朝に行った最後のブリーフィングでは、氷室からいくつかのものを手渡された。
僕が最初に渡されたのは服だった。
「……僕の【ムラクモ】時代の服か?」
「そうとも。今のキミの体格に合わせて仕立て直した。だがそれだけじゃない」
「というと?」
「キミやクロハの体を研究した成果とでも言うのかな。禍力がもたらす再生能力を解析して応用した技術を使ってみた。軽傷程度なら応急処置が可能だし、何より破れたり切れたりしても時間が経てば勝手に再生する」
「それは凄いけど……何でわざわざそんなものを?」
「ハルカは戦うたびに服がグチャグチャになるからね。もし管制中にキミがチン○丸出しになったらボクの食欲が減るだろ」
「ヒトを露出魔みたいに言うなよ……」
とはいえ実際ありがたいけど。ものすごく。
だってこれで全裸の僕が少女やアマテラスを殴り倒してクロハを迎えに行くという最悪の絵面が防げるんだからな。なんだその地獄絵図。
次いで氷室は汐霧に金属のケースを渡した。
パチンパチンと留め金を外し、ケースを開く汐霧。中には一丁の銃身が異様に長い拳銃が入っていた。
僕と汐霧はその拳銃に見覚えがあった。
「これ……お父様が使っていた拳銃……!?」
「その通り。ハルカが回収した彼の武器を人間用の魔導銃に改造してみた。かなり強力なシロモノだから試し撃ちをしておくといい。射撃練習場は外にあるから」
「……そうします」
複雑そうな表情で、しかし突き返す気もないらしく、汐霧は部屋の外へと消えていった。
僕は溜息を吐き、氷室に告げる。
「で、話は?」
「あはは。ボクはまだ何も言ってないよ?」
「あんな見え見えの人払いしといてよく言う……大方咲良崎についての話だろ?」
「話早いなぁ。うん、ハルカのそういうところは結構好きだ」
「はいはい」
うるさい、勝手に言ってろホモナルシー。
「それで?」
「お察しの通りさ。咲良崎咲のことだけど、専用武装の完成にもう少しかかる。あと数時間ほど貰いたい」
「は? 数時間って、それもう攻略始まってるだろ」
何のためにアリスたちの命令権まで使ってアイツを攫って来たと思ってるんだ。
コイツ、もしかして馬鹿なのか?
「最初の完成予定日だって大幅に越しているのに、その上まだ掛かるだと? ハッ、天才ってのは口だけかよ」
「口を慎めよ愚か者。キミ如きがボクの才能を疑うなんて万死に値する」
「黙れよ役立たずが。それとも何だ? みっともなく言い訳でも並べてみるか」
「並べてやるとも。そして許しを乞うがいい。完成予定日はあくまで咲良崎咲に施した“処置”が終了する日だ。それと彼女が戦うための装備を整えるのに掛かる時間は別に決まっているだろうが」
「普通はそういう時間も織り込んで伝えるものなんだよ。戦うための処置なんだ、戦えない状態を完成だなんてよくも言えたな?」
「骨の髄まで野蛮なキミと一緒にしないでくれないか? ボクは文明人なんだ。キミの猿が如き常識など知るものかよ」
「減らず口を……!」
……チッ。コイツはクソほどムカつくが、間に合わないというなら実際にそうなのだろう。なら言い争っても仕方がない。
僕は目を閉じ、ヒートアップしていた語調と頭を冷やす。
「……もういい。時間の無駄だ。遅れると言うなら、それをリカバー出来るだけの考えはあるんだろうな?」
「ああ。なに、藍染九曜との戦闘には間に合わせるさ。賭けてもいい」
「本来ならこのあと正体を知らさないまま汐霧と顔合わせして、連携の確認をするつもりだった。それがなくなる分を覆せるくらいの出来上がりに仕上げろ。いいな?」
「ハハ、ボクに命令するなよ。殺すぞ?」
そんな物騒な会話はさておき、不測の事態に備えて早めに出発する。
やがて混成区の第八十五区に到着。基地から一キロほどの森の中で、徘徊するパンドラに気づかないように相方と最後の確認をする。
「――敵方の戦力予想は不明。以前藍染は『千を超える信者』が存在すると口を滑らせていたが、アレがこっちのミスリード狙いのガセだった可能性は?」
「否定は出来ません……けど、その時の状況で師がそこまでする必要があったようにも思えないです。多分ですけど、取り引きに乗った遥へのご褒美、ないしはオマケみたいなものだったんだと思います」
「……そんな遊ぶ奴か? あの枯れ木みたいな男が」
「師は結構遊び心のある方ですよ。自分や組織にリスクが及ばない限り、という制約こそ堅守しますが。私と咲に技術を叩き込んだのだってそうですし」
果てしなく意外だが……確かにそうでもなければ自分の生命線である戦闘技術を他人に教えたりなどしないか。
それがリスクに繋がらない、という結論は全く意味が分からないが、今はどうでもいい。
「だとすればその信者連中一千人と護衛についているだろう【トリック】。あとは……クロハのプロトタイプか」
「……単純計算でも2:1000+αですか。遥が引き入れたっていう方が間に合ったとしても絶望的な人数差ですね」
「攻撃側は質より量が鉄則だからな……とはいえ嘆いていても仕方ない。やるしかないさ」
「ですね」
初めから分かっていたことだ。汐霧だって今更尻込みするようなタマじゃない。
「――目視で確認した。敵施設は、内側はともかく外側に大きな変化は見られない。突入地点は梶浦から貰った見取り図通りで問題ないはずだ」
「では、作戦に変更はなしですね」
「……本当にいいのか? それしかないとはいえ、お前のウェイトが大き過ぎる」
「それは私から見た遥だってそうですよ。それこそ質より量か、量より質かの問題です。私の魔法は集団戦に向いてないんですから当然の采配です」
決意は固い。きっと本心からそう思っているのだろう、この善良な少女は。
これ以上疑うのは汐霧に失礼だ。
僕は前を向き、汐霧に言う。
「……死ぬなよ」
「遥こそ」
コツン、と拳の甲をぶつけ合い、僕たちは行動を開始した。
19時になったら次話更新します。何でもするので読んでください。