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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
108/171

決戦前夜

◇◆◇◆◇



「……というわけで。敵の目的は『新たな大結界の創造』、あの少女の目的は『クロハの幸福』。以上二点が分かったことかな」


 それで話を締めくくり、氷室と汐霧の反応を見る。……と、何だか二人で顔を寄せ合って内緒話をしているようだった。

 ちょっと聴覚を集中させて二人の声を捉える。


「……何故ボクたちは惚気話を聞かされたんだろうね……」

「……私のお見舞いの代わりに随分楽しくデートしてたみたいですね……」

「……すぐにああやって唾付けるんだから……」

「……前にも似たようなことが……?」

「……最初険悪な娘ほど狙ったみたいに……」

「……うわ、完全にスケコマシじゃないですか……」

「いい加減にしろよお前ら」


 二人の頭に揃って拳骨を落とす。誰がスケコマシだ誰が。

 睨みつけると、痛みに悶えながらも氷室がへらへらと答える。


「いったたた……いやぁ、真面目な話してたと思ったらいきなり惚気を聞かされたボクたちの身にもなって欲しいんだけどなぁ? あと頭はヤメロ」

「どこが惚気だっつの。徹頭徹尾真面目な話だったろうが」

「……えっ、それマジで言ってる……!?」


 愕然とする氷室なんて珍しいものが見れたが、何も嬉しくない。

 憮然としていると、今度は汐霧に袖を引かれた。ええいなんだ。


「……初対面の女の子に嫌われるように振舞うの、あれ計算だったんですか」

「残念ながら百パー素です。僕だって嫌われたくねえわ」

「でも最初嫌われてた方が仲良くなったときにオトしやすいんですよね」


 それは、そういう心理的なアレがあるのは事実らしいが。

 一瞬言葉に詰まった間に、汐霧は言葉を弾幕のように並べ立てる。


「あ、やっぱり狙ってやってるんですね? 実際私のときもそうでしたもんね。そういうテクニックは隠さないんですね。すごいですね、女の子に困らなさそうですね。よかったですね、食いまくりですね」

「バァーカ!!!」


 もうなんかコイツ面倒くさい。いきなりネチネチ言い出して、何だコイツは。いつお前に手を出したよ。

 そもそもお前僕のことなんか好きでも何でもないだろうが。嫉妬とかじゃないのは一目瞭然、完全にネタで言ってきてやがるのがよく分かる。


 うんざりとした僕は、さっさと話を進めようと軽く手を振る。


「もう茶番はいいだろう。とにかく以上がこの一週間の僕の動向だ。敵組織の目的、あと梶浦から貰った(アウター)の拠点情報。とっとと煮詰めていくぞ」

「はいはい。全く、もう少し弄らせてくれれば可愛げもあるんだけどな」

「ですね。いっつもいじめてくる側なんですからたまにはいいじゃないですか」

「はは、超うぜぇー」


 もはや本気の鉄拳制裁も辞さない。へらへらと拳を固める仕草を見せることで、ようやく二人も諦めて話を戻す。


「でも話すことなんてあるかい? ケンゴの情報で拠点は分かったし、キミのデートのおかげであちらの目的も割れた。あとは乗り込んで皆殺しにするだけだと思うけどね」

「皆殺しにはしない。勝手に方針を決めるな。それらの情報が手元にあるからこそ、施設攻略の段取りについて話し合う必要があるだろ」


 つまりはいつ、どのように攻め込み、何をもって勝利とするか。強襲作戦の前提だ。


「まずいつ攻め込むか。これは可能な限り早い方がいいと思っている」

「その前に質問です。もう敵組織が目的を達成している可能性は? クロハちゃんを攫われて既に一週間も経ってるんですよ」

「いい質問だ。氷室?」

「キミ、面倒な説明は全部ボクに任せるつもりだろう……」


 呆れた様子を見せながらも、氷室は手際よく仮想キーボードから部屋のモニターを操作していく。特に驚くようなことでもないが、コイツはかなりの説明好きだ。


「まず、既に敵の目的である大結界……便宜上ここでは新結界と呼ぼう。それが完成している可能性はない。そんな規模の結界があるならとっくに掴めている。目視も出来るだろうしね」


 高位の結界魔法の中には迷彩効果を持つものもある。が、奴らの目的は言うなれば大結界のデッドコピーだ。

 ただでさえイザナミに劣るアマテラス。オリジナルすらしないようなことを行う余裕はないと見ていい。


「仮に新結界が完成したとして、概要を聞くにクロハが死ぬことはない。ならばそれが如何に魔法的、精神的に強固だろうが関係ないね。なにせこちらにはそういうのを壊すのが大得意な馬鹿がいる。そうだろう?」

「お前は僕のことをディスらなきゃ気が済まないのか……」

「ハ、事実だろうに」


 そりゃ事実だが。それはそれとしてお前に言われると腹が立つんだよ。


「以上のことを踏まえて、拙速よりも巧遅を取るべきだろうね。これは軍の依頼という形のミッションなんだから、仮にアマテラスが不在のときに攻め込んだりしたら目も当てられない」

「なるほど……確かにそうだな。なら敵の結界が完成したら、の方がいいか?」

「それも出来れば避けたいかな。新結界は結界魔法の応用、多分内側には通信も何も届かない。ボクのサポートが届かないのはとても不安だろう?」

「まぁ……じゃないと別行動の難易度が跳ね上がるからな」


 何が起こるか分からない敵地だ。リアルタイムでの管制があるのとないのとでは全然違う。必要不可欠と言っていいだろう。


「更に言えば敵の儀式がクロハにどんな影響を与えるかも分からない。あれだけの大魔法、しかも敵が求めているのはクロハの体だけなんだろう? 精神が壊れるようなことになっても何ら不思議じゃない」

「それが事実ならあの少女が協力するとも思えないが……」

「逆に聞きたいが、キミは件の殺人鬼が組織のトップから嘘や誤魔化しなしで計画の全てを話されていると思えるか?」


 僕は横に首を振る。少女が組織から求められていたのはクロハと同じ性質を持つ身体だ。

 言うなればサンプルやモルモット。計画の全容を知る立場にあるとは到底言えない。


「そういう事情を鑑みた上で、ボクが提案する作戦実行日は三日後だ。理由の説明は必要かな?」

「三日後……? 汐霧分かるか?」

「いえ……」

「じゃあ説明しよう。ズバリ、三日後こそあちらの悲願が叶う日だからだ」


 何故そんなことが分かる?

 僕たちが感じた疑問は氷室も分かっていたらしく、言葉を続ける。


「そうだね、まずは自然現象が人体に及ぼす魔力的影響について話そうか。ハルカ……は馬鹿だからユウヒにしよう」

「おい」

「ユウヒ、キミの体感でいい。最も魔法が使いやすい日はどんな日だ?」


 無視かよ。

 半眼を向ける僕を他所に、汐霧は唇に手を当てて考え込む。


「どんな日……そうですね、例えば満月の日なんかは魔法が使いやすい気がします」

「おめでとう。正解だ」

「え?」

「キミの言う通り人間、特に女性が魔法を行使する場合は満月の夜が最も適しているということだ。これはTCTAの方でも裏付けが取れた確かな法則だよ」


 ……そういえば、今の大結界が出来た日も満月の夜だったな。

 敵は結界の生成に全力を尽くす。となれば、それが行われるのは次の満月の夜と考えて間違いない。


「それが三日目なんだな?」

「そういうこと。理解出来たところで、何か代案はあるかい?」


 隣の汐霧を窺うと、ちょうど汐霧も僕を見返していた。

 ……よし。


「問題ない。それで行こう」

「では細部を詰めていこうか。なに、こちらは小勢で気心だって知れている。余裕を持って当日を迎えられるはずだよ」


 そう言い、テキパキと必要なデータをピックアップしていく氷室。

 そのあまりの手際の良さに、そんなつもりはなかったのに思わず口に出してしまった。


「やっぱりお前は凄いなぁ」

「知ってるとも。どこの部分の話だ?」

「ん、いや……ここまでの流れ、僕の話を聞いてから考えたんだろ? どんな思考速度してるのかってな」

「天才だからね。キミたちとは頭のつくりが違うんだよ。お礼は金でいいよ」

「ほざけ。それとこれとは話が別だ」


 くつくつと喉を鳴らして笑う氷室に呆れていると、汐霧がなんだか納得したような顔をしていた。


「どうした?」

「いえ……なんというか、息が合ってるなぁと」

「……それは、僕とコイツが?」

「ええ。遥と氷室が」

「……………………マジ?」

「マジです」


 それは……嬉しくないなぁ……。

 内心凹んでいると、作業を片手間に氷室が会話へと入ってくる。


「それは当然さ。なにせボクたちは親友だもの」

「いつくらいからの付き合いなんですか?」

「そうだなぁ。確か五、六年くらい前から?」

「……七年だよ天才さん」

「ああ、そうだったね」


 先生から『10歳の誕生日プレゼント』として押し付けられたのだから間違いない。

 ……曰く、親友(トモダチ)を作ってあげたかったからとか。大きなお世話である。


 そりゃ先生の親友はトキワだったからいいだろうが……何が悲しくてこんな変態の親友やらねばならんのか。なんだか泣けてきたね。

 ああ、どうして僕の親友は思慮深い美人のお姉さんじゃないのか。恨むぞ先生。


「そういえばミオが入ったのもその頃だったっけ。先日【ムラクモ】を訪れた時には会えたのかい?」

「会ってないよ。ホタルの……現【ムラクモ】の新人の治療にあの後来てたかもしれないけど。ウォークライⅢの反動で気絶してたし、そもそも会いたくなかったからね」

「と、言うだろうと思ったから前に会った時にそう伝えておいてあげたよ。彼女泣いてたね。ウケる。アハハ」

「嘘でしょ……!?」


 お前それマジか。いやマジなんだろうが、それでもマジか。よりにもよってあの取扱注意のメンヘラ女になんてことしてくれやがんだ。

 しかも今のアイツは確か中央医療センター勤務。立派な公人であり、本人の技量もあって相当に重宝されてるはず。つまりボコったら犯罪になる。ふざけるなよ。


 ……よし、もし遭遇したら速攻で【アーツ】ブチ込んで燃やそう。

 アイツなら多少消し炭になるくらいセーフだろう。ヨガやってたもんな。


「さて、と。それじゃ話を戻そう。まず勝利条件はクロハの奪還。これで間違いないね?」

「それとアマテラスの排除もだ。僕たちが施設攻略を許されたのはその条件あってのことだから」

「敗北条件は?」

「それは……そうだな、厳しく行こう。僕たち二人のどちらか及びクロハの死亡。並びにクロハの奪還失敗、新結界の完成で」

「了解、ではそれも追加だ。人数比は約1000倍、Sランクの魔導師や『結界装置』の類似品も存在。元々が軍の基地だったことから防衛設備も豊富、と。気になる成功率は……ハハッ。聞くかい?」


 その反応を見れば聞くまでもない。

 うんざりと視線を寄越し合い、結果汐霧が口を開いた。


「……その言い方だとかなり低いんですね?」

「2パーセントだ」

「仮に……ですけど。敗北条件が遥とクロハちゃんどちらかの死亡なら、どうですか?」

「その場合は……79パーセント。約40倍だね」

「やっぱり私が足を引っ張ってるってことですね……」


 正確には藍染の存在だ。他の魔導師ならいざ知らず、彼には汐霧の本領であるナイフ術が通用しない。

 それだけならまだマシで、基礎となる体捌きや戦闘術を仕込んだ本人でもあるのだ。真正面からやり合えば封殺されるのは必至だろう。


「……敗北条件に僕たちの死を考えない場合、僕単独と汐霧を加えた場合での成功率はそれぞれどうなる?」

「それはつまりユウヒを加えることでどれだけクロハを奪還し易くなるか、ということだね。ええと……キミ一人なら20パーセント。二人なら概算50パーセントというところかな」


 30パーセントも上がるのか。それでは足手まといとは口が裂けても言えないだろう。

 既に彼女は僕を倒して力と意思を示した。正当な理由なく彼女を置いていくのは道理に合わない。


「……少し整理しよう。僕は一人でも死ぬことはないが、それだとクロハの救出が間に合わない。汐霧を加えれば多分間に合うが、それだと汐霧が死ぬ。その原因は藍染九曜との戦闘だ。それを避けることは?」

「難しいと思います。私たちはたった二人、遥の引き入れた助っ人を入れても三人です。制限時間のせいで別行動は必須でしょうし、それは向こうも分かっていると思います」

「となると確実に各個撃破を狙ってくる。負傷するかもしれない僕は後回しにして、先に完封出来るお前を狙うだろうね。そして地の利はあちら側にある。交戦を避けるのはほぼ不可能か」

「うーん……戦闘のことは門外漢だけど、アレはどうかな? ほら、ユウヒの【殺戮兵装型少女(リーサルアームドガール)】。アレなら勝てるんじゃないか?」


 確かにアレは汐霧家の【カラフル】によるもの。藍染も初見のはずだし、通用はするだろう。

 しかし、だ。


「無理だと思います。今回の私たちは施設を攻める側です。ある程度任意に戦闘を開始できる防衛側と違って、私たちには戦闘の選択権がないんです」


 元々が軍の基地、計器の類も充実しているはずだ。狙った敵の所に狙った人員を配置するくらい出来ない方がおかしい。


「汐霧の切り札は準備に時間が掛かるし持続時間も短い。どうしたってその場で発動するしかないが、あの藍染がそれを許すとも思えない……ここまで言えば分かるか?」

「愚問だよ。些細理解した。しかしそうなるともう少し時間が要る。多分途中参加になるけどそれでもいいか?」

「それは……」


 汐霧をちらと見る。僕たちが何を話しているか、汐霧だけは知らないのできょとんと見返された。

 ……いいさ。答えは決まっている。汐霧が勝ち取ったのだ。

 僕はそれを信じると、そう決めたんだ。


「……信じるさ。きっと大丈夫だ」

「ふふ、それはボクのこと? それとも違う人のことかな」

「うるさい。そんなことはどうでもいいだろ。いいからお前はお前の仕事をしろよ。僕たちは僕たちの最善を尽くす」

「ハイハイ。全く、天才使いが荒いんだから」


 殺して、壊す。ついでに救う。これまで何十何百とやってきたお仕事だ。

 だからこそ、ここからが正念場。何故ならそのお仕事には、これまでたった一度だって簡単だったことはないのだから。


 静かに気を引き締め、僕は汐霧と氷室の二人とミーティングを重ねていくのだった。

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