失敗者、ふたり c
吐き捨てる少女に僕は感謝の言葉を述べる。
誠心誠意の礼を尽くしたつもりだったが、肝心の少女からは鼻で笑われた。そんなに醜いのか……。
「お兄さんが聞きたいのって、どうせワタシのバックにいる組織の目的でしょ?」
「ああ。他にもあるけど、まずはそれかな」
「オッケー。でもあんま長くなると面倒だから手短に済ませるよ。んー、そうだね。だいたいこの観覧車が回り終えるくらいまでには」
つまり二十分かそこら。話をするには充分だ。
「じゃあ聞くよ。お前たちの組織の目的は何だ?」
「東京の救済」
「具体的に言うと?」
「現行の大結界と『結界装置』に代わる新たな結界を創るため、かな。ワタシたちの仲間にアマテラスがいるのはお兄さんも知ってるだろ」
アマテラス。あの藍染の横にいた結界使いの少女のことだ。
お姫さまの百分の一ほどの資質を前提に作り出された、イザナミが死んだ後に東京を守るための生贄のうちの一人。
「これは完全に受け売りなんだけどさ。あと数年で今の大結界は崩壊するらしい」
「イザナミの寿命が尽きて、か」
「そうそう。それをどうにかするための方法でね。あのヒトとクロハを掛け合わせると半永久的に続く結界が出来上がるんだってさ」
「眉唾だな」
「まあね。でも理論は意外とちゃんとしてるんだよ?」
「説明出来るか?」
「んーとねぇ。まずアマテラスが結界魔法の応用でクロハと自分を同一化させるんだって」
結界魔法とは、根源的には自己の輪郭を拡張する魔法に等しい。
故にそういう使い方は不可能じゃない。情報伝達魔法の【共有】だって理論的にはそんなものだし、何より僕自身以前お姫さまに似たようなことをやられたしな。
「それで、リンクさせたら次に強力な結界を作成する。どうやるのかは知らないけど、時間の干渉を断ち切るんだとか。お兄さんは何か思いつく?」
「お前が聞くのかよ……まぁ、出来なくはないだろうな」
MB事件において汐霧父が壊したお姫さまの周囲に張ってあった結界。あれも時間、空間的干渉を遮断する特注の結界だった。
イザナミの劣化品であるアマテラスにそんな代物は作れないだろうが、あちらにはSランク魔導師の藍染がいる。
藍染の概念干渉が何かは分からないが、恐らくコイツらの組織が奴を雇ったのは対汐霧以上にそれが目的だったのだろう。
それはそれで別の疑問が湧いてくるが……一応話に筋は通せる。今はそれでいい。
「それで、その結界内でアマテラスが大規模結界魔法を使う。そんな感じなんだってさ。どう? 筋は通ってるでしょ」
「……二、三個疑問があるな。まずアマテラスじゃ今の大結界クラスの結界は作成出来ないだろ。大幅に結界を縮小することになるはずだ。その点については?」
「……? え、そもそも今と同じ規模にする必要ないでしょ。そこは別に良いじゃんさ」
「コロニー内にいられなくなる人間、つまり死人が大量に出る」
「だったら出せばいいじゃん。死人なんかいくらでもさ。――ワタシが苦しんでるときにのうのうと生きてた奴らがいくら死のうが、知ったことかよ」
「……なるほど。救済ってのは人命基準の話じゃないわけだ」
きっとその組織のトップは人間が大嫌いなのだろう。何となく分かる。
まぁ、人間を嫌う気持ちはちょっと分かるが。だからと言って人死にを量産していいわけはない。
「二つ目。これは疑問じゃなくて確認だけど。クロハをリンクさせるのは『結界装置』の宿命とも言える魔法多用による命の損耗。その制限をなくすためか?」
「……………………えぇー」
「その反応は何だよ」
「引いてるんだよめいっぱい。なんで話聞いただけでそこまで分かるのさ……」
「いや、そりゃ分かるだろ」
クロハの特別なところといえば、体に禍力を宿しており無限に等しい再生能力を有するところ。それともう一つ、マガツのなり損ないとも言える能力を持つところ。
後者は連中がやろうとしていることの役に立つとは思えない。いや、もしかしたら上手く使えば役立つのかもしれないが、それよりは前者の方がよほど奴らの目的に合致する。
故に言ってみたら当たった。それだけである。
大体こんな推測はちょっと頭と勘を働かせればすぐ思いつく。クズの僕が思いつくぐらいなんだから、この話を聞いてれば誰だって思い至るだろう。間違っても僕が優秀だからではない。
「もー、オニーサンオニーサン。人に説明するときいっちばん楽しい瞬間って分かる?」
「なんだその呪文ぽい呼び方は……どうせアレだろ? 人に超上から目線で講釈垂れ流してるときとかそんなん」
「分かってるなら邪魔しないでよー! もー!」
「はいはい。分かったから暴れんな」
「ぶぅ……」
見た目相応で可愛いとは思うが、今欲しいのはそういうのじゃないんだよ。
「最後だ。どうしてお前はその計画に協力している? お前の妹を好き勝手するような計画だろうが」
「ん……あぁ。うん、それね」
一瞬で少女の雰囲気が元の大人びたものに切り替わる。
本当、おちゃらけているのは全部フリか。全く可愛げのない。
「好き勝手って言っても、クロハが苦しむようなことは何もないんだよ。アマテラスとリンクして、あとはもうずっとずっと眠るだけ。なににも脅かされず、苦しまず。夢に浸るだけでいいんだ」
「……夢は夢だろう?」
「ううん、違うよ。『幸せな』夢だ。……ていうかお兄さん、思ってもないこと言うのやめなよ」
「…………」
どうやら見抜かれているらしい。もしかしたら僕が何故だかコイツのことがよく分かるように、コイツも僕のことが何となく分かるのかもしれないな。
その通り。覚めることのない夢など現実と何一つ相違ない。その結果幸せになれるというなら何を悪いことがある。
現実そのものに対する価値など人それぞれだ。どんな過去を経て、どんな願いを持って生きるか。十人十色に千変万化する。
ならば、苦しみと理不尽に満ち溢れているこの現実世界を尊いものだと、価値あるものだと思うことは。よほど幸運の持ち合わせがなければ、不可能であって何らおかしくない。
……僕には妹がいた。
妹を失い途方に暮れた時、先生とトキワが導いてくれた。
そして今は梶浦や藤城、お嬢さまのような友達が。氷室や汐霧、クロハのような仲間がいる。
それは紛れもなく幸運なことで、幸福なことで……ああ、なるほど。
どうしてこの少女のことが不思議と理解出来るのか、分かった気がする。
「五年前。忘れもしないあの日、ワタシたちを生み出した教団は壊滅した。ワタシはクロハを守れなくて、あの子は軍に奪われた」
「…………」
「悔しかったし絶望したよ。誰一人助けられず、絶対守ると誓った最後の一人すら失って。それでもワタシは死ぬことすら出来ない。全て失くした失敗者として、それでも生きることが許されている理由なんて一つだけ――あの子を幸せにするためだ」
そこで少女は言葉を切り、凛と僕を見据える。
悲壮なまでの覚悟と決意を感じさせる、人間の瞳だった。
「……ワタシは、さ。クロハに幸せになって欲しい。それだけなんだ。それだけがワタシの願いの全部なんだよ」
「ああ」
「お兄さんはクロハを大切にしてくれてたんだね。あの子の様子を見て、よく分かったよ。いい人に巡り会えたんだなって」
「……はは。そうだったら良かったな」
「うん、そうだったから良かった。……だから、そんなお兄さんとずっと一緒にいれるなら、あの子はもっと幸せになれるんじゃないかなって。ワタシはそう思うんだよ」
「……そうか」
ここまで言われれば、少女が僕に何を望んでいるかなんて嫌でも分かる。
願わくば外れますように――そんな神頼みは、普段カミサマなんて信じていないクズがしたところで何にもならない。
少女は言った。
「だからお願い、お兄さん。ワタシと一緒に来て。あの子が夢から覚めないように、目覚めの光に焼かれぬように。永劫不滅の無明の中で、あの子の隣にいて欲しい」
本日20時次話更新