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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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失敗者、ふたり a

◇◆◇◆◇



 ――以上のことを回想し、これ汐霧にそのまま話したらメンタル抉れるんじゃないか? と思い至った。

 ので、拉致したのが咲良崎であるというのはぼかしたまま伝えることにした。自分のクズさ加減に吐き気がするね。


「そんな感じで、そいつを拉致して氷室に引き渡したのが二日目の朝。調整とか試運転で更に二日潰れたから、四日目まではほとんど氷室の研究所に篭ってたね」

「……。犯罪者、というのも気になりますけど。そこに拘泥してる余裕がないのも分かってるつもりです。その人はどこに?」

「最終調整とかいうのでもう少し時間がかかるらしい。氷室?」

「ああ。どうにも想定以上に時間がかかる。まぁ仕方ないだろう。むしろ壊れたり狂ったりしていないだけでも凄いと思うよ、ボクは」


 実際、その通りだ。“アレ”の負担は相当にキツい。

 僕でさえそう感じるそれを乗り越えたのだから、咲良崎は本当によく頑張ったと思う。

 しみじみそう思っていると、氷室からちらりと視線を寄越された。


「どう思う? 過去、同じ苦しみを味わった者としては」

「苦しみなんか味わってねぇよ。痛みなら分かるけど」

「はいはい。それで?」

「さぁね。ま、少なくとも僕よりアイツの方が凄いと思うよ。僕は自分から望んだんだから」


 それだけでも気は随分と楽になる。そうでなかった場合と比べれば雲泥の差だ。

 しかし氷室は僕の返答を鼻で笑った。


「は、違うだろうさ。キミは望んでいなかったことも望んでいたと、そう思うことが出来るだけだ」

「ならいいだろ、それで。そう思うことにしているわけじゃないんだからさ。……それに、そもそも出来てないよ」


 妹を喪ったこと、それだけは絶対に。

 ……ああ、口が裂けても言えるものかよ。


「……。もういいだろ。話を続けるぞ」

「うん? キミ、それからはほとんどウチにいただろ」

「残念、まだあるんだよ。第一今話しただけじゃ、結局敵の目的とかは分からずじまいじゃないか」


 まぁ、僕としても運に恵まれただけなのでそう威張れたものじゃないが。

 汐霧は神妙な顔で繰り返す。


「敵の目的……ですか」

「ああ。事は五日目。ここらで一度汐霧の様子を見ておこうと市街に出た時のことだ――」





「やぁお兄さん。探したよ」


 そのときの気分を文字にするなら、まさに度肝を抜かれたというのが当てはまる。

 医療センターへの過程にある何でもない市街に立つその姿。


 サイズの合っていないだぼだぼの白衣、その下には一張羅なのかボディラインがモロに出ている際どい戦闘用スーツ。

 目深に被った帽子の隙間から覗くのは、燃えるような赤色の髪と二つの瞳。


 先日僕をグチャグチャにぶった切った、チェーンソー使いの少女である。


「…………」


 ――刹那の思考、この場で確保するか。

 唐突な選択肢に脳味噌が空転するも、そのリスク、労力、得られるモノを秤に掛けてみた結果、選び取ったのはそのどちらでもなく。

 溜息を吐いて、僕は言った。


「……服買ってやるから、ちょっと着いて来い」


 僕だって、人目を気にするくらいの社会性は持っているのだ。



 そんなこんなで数十分後。

 僕たちは近くのファミレスでメニューを広げていた。


 うって変わってシャツワンピにデニムパンツというどこにでもいる女の子の服装になった少女は、しかし何だか不満げな様子だった。


「ふーん。こんな動きづらいのが世間様の流行りなんだねぇ。よく分かんないや」

「とある絶世の美女曰く、オシャレとはイコール我慢することなんだとさ」

「ワタシやっぱよく分かんなーい」

「安心しろ。僕もよく分からん」


 コイツに買ってやった服だって全部マネキン買いしただけだし。

 売り文句に『超楽ちん!!』とか買いてあったからだが、そりゃあんな体に張り付く過激な服が一張羅のヤツには煩わしく感じるか。


 変態が市井に出たらどうなるか、の略図みたくなっているのは少し笑える。


「お兄さん、お兄さん。オススメとかある? ワタシこういうの初めてなんだよ。分かんないんだ」

「水」

「そういうのいいからさぁ」

「いやマジで……ああ、じゃあこの鬼殺しとかいうやつ」

「酒だろそれ」


 そんな茶番を挟みながら、結局少女はオムライスとトマトサラダ、ドリンクバー、最後にパフェを注文。テーブルの上が一気に色鮮やかになる。

 反して僕は水。コップ一つ。寂寥感ハンパない。あと『無理して妹に贅沢させてあげてるお兄ちゃん』と見られてるらしく周りからの同情的な視線が痛い。悲しい。

 気づけば対面の少女からも哀れみの視線を送られていた。


「……えっ、お兄さんマジで水だけなの?」

「いいもんいいもん、帰ったらちょっと高いお水飲むから。そしてお水のお店行くから」

「へぇ、水のお店なんてあるんだ。東京広いなぁ」


 そういうことにしておきましょう。


 際どいジョークを拾われなかった安堵をそっと噛み締めていると、何を思ったか少女はスプーンをこちらに突き出してきた。


「しょーがないなぁ。はい、いいよ。ちょっとあげるから口開けて」

「悪いがそういうの事務所的にNGなんで。ってか食ったら吐く」

「えぇー。チョー美味しいのに。ワタシ初めて食べたよこんなの」

「あっそ……」


 あっさり腕を引いてオムライスを口に放り込む少女。美味しそうに相好を崩して咀嚼する姿は年相応に可愛らしく、まぁ見ていて飽きない。

 ――なるほど、人間同様にものを食べられるのはクロハと同じか。


 そうしてしばらく食事する少女を眺め続けていたが、いつまでもそうしているわけにはいかない。

 コップの中身を一呷(あお)りして、本題を切り出した。


「……で、だ。結局お前は何が目的で僕の前に現れた? いい加減に喋れよ」

「ん、んっんー」

「ああ、いいよ。飲み込んでからで」


 人との関係を円滑にするためにもマナーは大事だ。蔑ろにするとあの世で先生にボコられる。

 少女はグーで握り込んだスプーンでオムライスの残りを掻き込む。よほど料理がお気に召したのか、心底機嫌良さそうに彼女は宣言した。


「ワタシとデートしよ、お兄さんっ」

「…………はぁ?」





 そして、運ばれてきたパフェもしっかり完食した後。

 僕たちは先日クロハと汐霧と来た遊園地へと訪れていた。


「遅いよお兄さん、はーやくー!」


  ぴょんぴょんと跳ねる少女に僕は片手を上げて応え、僕はのんびりと追いかける。

  何故こんな場所に来たのかといえば、少女がここを強く希望したから。何故言われるまま連れてきたのかといえば、話を聞く条件がここに連れて来ることだったから。


 だからまぁ、その結果無一文の彼女に代わって入園料に各種お菓子、果ては付け耳などの代金だって全額負担してやった。

 クロハが聞いたら驚くだろうなぁ、なんてぼんやりしながら少女に追いつく。


「よう。人に金払わせて食う菓子は美味いか?」

「めっちゃ美味しー♡」

「はは、こやつめ」


 根っこから腐ってやがる。

 ……お前が言うな、とどこぞから電波が届いた。知らん知らん。


「さーてと。約束通りここに連れてきてやったけど。お前は約束守る気ある?」

「トーゼン。そもそもお兄さんに会いに来たのだってそれが目的なんだし」


 まぁ、そうか。遊園地に行きたいだけでわざわざ僕に会いに来る必要はない。クロハ絡みで、コイツも何か僕を利用したいのだろう。

 背後の組織のおつかいか、はたまたコイツの独断か。前者なら情報抜くだけ抜いてコイツは拘束するが、後者なら……さて。どうしたものか。


「ま、折角ここまで来たんだ。適当に周りながらでいいだろう?」

「じゃなきゃ来た意味ないだろ。分かりきったこと聞く人は嫌われるよ、お兄さん」

「へぇ。てっきり僕はお前に嫌われてると思ってたけど」

「五日くらい前まではそうだったよ。でもね」


 そこで言葉を切って、少女は僕の腕を取った。


「……ここから先は有料ってことで。続きはアトラクション周りながらね。それでいいよね、お兄さん」

「話してくれるならどうとでも。任せるさ」


 そうしてまず引っ張られて来たのはメリーゴーランド。

 適当に少女の隣の馬を選んで乗る。周りの人間はアトラクションに夢中で、僕たちが何を話そうと気に掛けもしないだろう。


 ゆっくりと回転し始める馬々。何周かした辺りで、少女がポツリと言葉を零した。


「……そうだね。まずはやっぱり、ワタシとあの子の関係からかな。お兄さんは何か聞いてる?」

「大切な人。恩があって、それに報いたい。そんな風に聞いてるよ」

「あは……うん、そっか。そんな風に思っててくれたんだ」


 嬉しいな、と少女。クロハを大事に思っているのがよく分かる一言だった。

 噛み締めるように目を閉じた後、しかしそれを振り払うかのように少女は怜悧な目付きで空を睨む。


「ワタシにとってあの子は妹なんだ。ワタシがいたから、ワタシのせいであの子……ううん、クロハが造られた」

「……どこかで聞いたような話だな」


 それは例えば、今も楽園で眠り続けるどこかのお姫さまのような。


「その昔、とある狂信的な宗教団体があった。その教義はパンドラを崇拝することで、彼らはパンドラとの橋渡しとなる存在を作り出そうとしたんだ。人間とパンドラを掛け合わせた、おぞましいバケモノ――『神子』を」


 それがクロハ。煌びやかな玉座に載せられていた、虚ろな人形だった頃のアイツ。

 ……なるほど。そういう流れなら、つまりは。


「お前はその試作品(プロトタイプ)か」

「……そ。夥しい数の子どもを犠牲にして造り出された、禍力を宿す人間。その最初の成功例がワタシ……ま、その頃は本当に宿しているだけで、こんな再生能力なんてなかったんだけどさ」

「だから……アイツが生まれたのは自分のせいだと?」

「あの子はワタシの遺伝子と体の組成を元にして造り上げられたから。生まれた瞬間にワタシがちゃんと死ねてたらあの子は……あの子たち(・・)は苦しまないで済んだんだよ」

「…………」


 口元が歪んだ弧を描く。

 ああ……どこかで聞いたような話で、本当にうんざりする。


 どうして。

 世界は、人は。

 時を選ばず、場所を選ばず、個人を選ばず、こうまでも。


 腐り果てて。


「……お馬さん、止まっちゃったね。出よっか」

「……。ああ、そうだね」



「教団は『神子』を造り出すために様々な方法での実験を試みていた」


 壁も床も天井も、全てが鏡で出来ている迷路を並んで歩く。

 そもそもゴールを目指してもいないので、今自分たちがどれほど進んだのかも分からない。一生懸命このアトラクションを考えた人には申し訳ないな、と思う。


「その中でも最初の成功例であるワタシには、有用と判断された全ての実験結果を元にした強化措置が行われたよ」

「強化措置?」

「そのまんま。薬物を投与されて、全身の内側に無理矢理センサーを埋め込まれて、強力な催眠で精神的な負荷を掛けられて、ありとあらゆる痛苦を叩き込まれて……うん、考え付く限りの方法で、強くなるための試みが行われた」

「簡単に死んだら困るから、ってところか?」


 パッと思いついた理由を口に出してみると、少女は苦笑を浮かべた。


「あは。うん、まぁそれもあるだろうけど……一番は初めての成功例にテンション上がってただけだと思うよ」

「は、科学者(クズ)あるあるだな。それで困るのは奴ら自身じゃないのがタチ悪い」

「ねぇ。ほんと困っちゃう」


 氷室も煮詰まっていたのが解決した直後なんかはよくそうなる。そしてその被害に遭うのは大体僕だ。

 アイツみたいな天才ですらそうなのだから、凡百の連中がどうかなど語るに及ばないだろう。


 科学者がどれだけ救い難い生物かがよく分かるというもの……いや、やめておこう。ゴミがクズを笑ったところで笑い話にもならない。


「そうやって考えられる限りの屈辱と苦痛を注ぎ込まれて、そんなのが何年も何年も何年も何年も続いて……ワタシの後に造られた妹達が何人も何人も何人も何人もいなくなって。なんか魔力も視えるようになっちゃって」

「魔力が視える……ね。僕からしたらお前のホラにしか聞こえないんだけどな」

「ザンネン、嘘じゃないよ。今もちゃんと視えてる。なんだろ、霊感って言うのかな? 本当なら開いちゃいけないような神経が無理矢理こじ開けられちゃったんだろうね」


 この少女の肉体をベースに造られたなら、その子たちも程度の差はあれ再生能力を持っていたはずだ。

 なのにいなくなった。何人も何人も。それがどれほどの地獄だったか、想像するだに難くない。


 それだけの痛みを受ければ、受け続ければ。人間の体など簡単に変わり果ててしまう。

 より痛みに耐えられるように、より痛みを味わうことが出来るように。


 ……先生に手を引かれた、僕のように。


「気づいたら体の方も、それこそパンドラみたいに強くなっちゃって。いい加減研究者の連中もネタ切れになりかけてた辺りで。そうしてついに、ついに……ついに、あの子が誕生した」

「……それがクロハか」

「…………」


 返ってくるのは無言の首肯。

 完成された『神子』。生まれながらに禍力を身に宿し、不死にも等しい再生能力を持つ女の子。


 クロハ。


  不意に光が目に刺さる。自分たちがどこにいるか、何をしていたか思い出して……いつの間にか迷路のゴールに辿り着いていたのだと思い至った。

 少女が一歩前に出て、僕の手を引っ張った。


「さっ、お兄さん。次行くよ次! 楽しい時間はすぐ終わっちゃうんだからさ!」

「はいはい。仰せのままに」

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