ハカナミ一週間 c
◇
そして深夜零時。
呼び出した二人と駅前で合流した僕は、すぐにある施設近くの雑居ビル屋上に移動した。
僕は今夜の目標である施設を指差し、呼び出した二人――アリスとシグレに声を掛ける。
「あれが目標だ。見えるか?」
「オーケ、突撃すればいいんだね。さあさド派手に行きましょや!」
「シグレ」
ドッ、とこちらまで聞こえてくる当て身の音。アリスが宣言通りド派手に倒れ込む。
流石パートナー、慣れている。羨ましくは微塵もないが。
「あっはー、痛たた……で? ストレス解消に殴り込みに行くんじゃなけりゃどうすんのさ? 医療刑務所なんて」
こちらもまた慣れているのか、あっさりと起き上がったアリスが首を傾ける。
その通り、ある施設とは医療刑務所のこと。先日クロハと共に訪ねた場所である。
そしてその目的は――
「あそこに咲良崎咲っていう女の子が収容されている。彼女をここから拉致するから、お前たちにはその手伝いをして欲しい」
「え、ガチ犯罪じゃん。お姉ちゃん一応軍属なんだけど」
「ドンマイ。でもお前に拒否する権利とかないから」
幸い僕にはこの前手に入れた命令権がある。惜しみなく使ってやろう。
とはいえアリスにとっては命が美味しいご飯に変わる【ムラクモ】は理想の職場。それを失うかもしれないとなれば、遵守するか踏み倒すかは正味半々だ。
まぁでも、アリスの性格からして。
「うん、いいよっ。要するにバレないようにブッ殺せばいいんだよね」
二つ返事。どんなロジックが展開されたか、何となく分かるが分かりたくない。
シグレはそもそも拒否するくらいならこの場に来ないので無視。懐から資料を取り出し、二人に渡す。
「これが警備情報の資料だ。刑務所全体の兵力は恐らく二個大隊相当。練度もそこそこ高い」
「ふーん。まぁこの面子なら皆殺しにはできるだろうけどさ。やるの?」
「んなわけないだろ。だったら作戦会議なんかするか」
というかお前ら超人共と一緒にするな。確かにお前らなら警備部隊千人程度どうとでもなるだろうが、その頃僕はどうなっているか。原型留めているかすら危ういぞ。
素の僕なんて魔法もまともに使えない、小手先頼りを技巧派などと誤魔化しているだけのゴミクズだ。
そのことを誰より知っているのはお前らだろうに、何をどう見ればそんな妄想が出来るというのか。
「とりあえず病室は第七病棟六階六○三号室だから、お前たちは途中の二階と五階で待機。午前二時になったらとにかく派手に暴れろ」
「え、やだ。私もそのサキちゃんって娘見たいもん」
もんじゃねぇよ年考えろクソアマ。気持ち悪いから今すぐ死ねや。
そんな罵詈雑言を辛うじて堪える。言っても堪えないし、むしろ悦ぶし……ああ、コイツ本当死ねばいいのに。
「……残念ながら、お前とシグレは今言った通りの役割だよ。つまり陽動。標的拉致ったらもうどうしたってバレるから、その時退路を切り拓くのが仕事だ。そしたら僕は逃げるから、作戦名は……そうだな、『ここは任せた先に行く』で」
「うっわクズぅ! お姉ちゃんたちがどうなってもいいっていうの!? 捕まって拷問のちデスったりしたらどうすんの!? 悲しくなるよ!?」
「うん、是非ともそのまま地獄に堕ちればいいと思うよ。そうなったら僕はとても嬉しい」
お前ら病院に入るだけで社会貢献できる人種だし。死んだらこの糞以下の世界も少しはマシになるんじゃないだろうか。
あとこれは正規軍の名誉のために補足しておくが、彼らは捕縛した女に狼藉するような屑組織では断じてない。拷問して、場合によっては殺す。その程度だ。
「大体それやってたの僕ら【ムラクモ】だろうが。自分らの罪を他人に擦りつけるなよ」
「あははー。でもさハルカ、もし仮に私たちが捕まったらどうするつもり? 私躊躇いなくハルカのこと喋るよ?」
「……言わせたいらしいから言ってやるがな、この程度の施設攻略でお前たちが捕まるわけないだろ。隕石の心配しながら外歩く奴がいるかよ」
片やAランク最上位、片やSランクにも届き得る最強の魔導師だ。人型決戦兵器が二人もいては戦力過多もいいところ、内地勤務の軍人など障害にすらならないに決まっている。
そのことはコイツら自身が一番分かっているはずで、要は僕に言わせたかっただけであり……ああもう、手ぇ伸ばして来るな鬱陶しい!
「わぁ――わぁわぁわぁ! ハルカったら随分私のこと信頼してくれてるんだねぇ。んっふふ、嬉しいなぁ嬉しいなぁっ。そうだ、お礼にお姉ちゃんがナデナデしてあげるねぇ」
「ッチ、やめろブス! 梅毒が感染る!」
「うわひっどぉーい!!」
半ば本気で拒絶するも、素の僕がアリスの身体能力に敵うはずもなく。結果抵抗虚しく押さえ込まれ、脳天を揺さぶるように髪をぐちゃぐちゃにされてしまう。
何を思ったかシグレまで頭に手を置いてきて、ああもうコイツらは僕の何なんだ。上の兄姉なんて欲しくもないっての。
そんな茶番はともあれ、アリスは一対多数の戦闘に非常に向いている。爆撃に特化した魔法、窮地が大好きな性格、野生の獣にも勝る勘の鋭さ、無邪気な残虐さなど本人を構成する全てがプラスの要素と言えるだろう。
それに本人死ぬほどうるさいからよく目立つし。死んでもあんまり悲しくならなそうだし。うん、囮にもってこい。
シグレはシグレで僕や汐霧とは別の意味で隠密に優れている。自我の薄さからか、気配の類が全くないのだ。それ故に殺気を気取られることがない。
大体思いつく限りの行動を無音で行うことが出来るし、そもそもの戦闘力はSランクに並び立つほど。隠密に限らず大抵の戦闘行為を、彼は一流以上にこなすことが出来る。
……改めて思うが、なんなんだろうこのチート共。
よくこんなのに虐められながら生き抜いたな、昔の僕よ。
「潜入開始は警備が入れ替わる午前一時ちょうど。あぁ、仮にも軍施設なんだから計器の類はたっぷりだから、認識遮断系の魔法を忘れるなよ」
「アイアイサー!」
「……」
「……。これ潜入だからな? 絶対に施設に入ってからは無駄に騒いだり喋ったりするなよ?」
「アラホラサッサー!」
「……」
底抜けに天真爛漫なアリス、無言で首肯するシグレ。現【ムラクモ】における無敵の布陣なはずなのに、僕の頭痛は増すばかりだった。
……頼むから、今の約束くらいは守れよマジで。
◇
「実はハルカってロリコンだったの?」
爆速で破りやがった。
適当な調子で気絶させた軍人を投げ寄越すアリスに、僕は黙々と彼らを縛り上げることで無視を貫く姿勢を示す。
現在地は咲良崎がいる病棟の計器管制室。医療刑務所故の堅牢なセキュリティを誇るこの施設は、どんなに注意して進もうと全てのレーダーやセンサーを避けることは出来ない。
身バレを防いで事を成すには、まずここを制圧し、目的病棟までのセンサーをある程度落とす必要があった。
幸いここまでは警備に見つかることもなく、管制室自体もアリス謹製のスモークグレネードのおかげで迅速に無力化することが出来た。
ここまでは至極順調。しかしそれは未だ序盤であるためであり、安心には未だ遠い。
つまり、ここで気を抜くのは棺桶に片足突っ込むようなものだ。コイツの無駄話に付き合ってなんかいられない。死ぬなら一人で死ねばいいのだ。
「ほら、ハルカってばよくリーダーやトキワ相手に鼻の下伸ばしてたじゃん? だから私ずーっと年上が好きなんだーって思ってたんだけどさぁ」
「……」
「でも最近ハルカが連れてるのってユウヒちゃんとかクー公みたいなロリッ娘ばっかじゃない。アレかな? リンゴばかりじゃ飽きるからバナナも食べたくなったー、みたいな」
「……」
「あっ、でもバナナ食べさせるのはハルカじゃんね。アリスちゃんうっかり☆」
「【キリサキセツナ】」
ノーモーションで首目掛けて放った鋼糸をアリスはうんにょりとした動きで躱した。ウナギか貴様は。
そんな馬鹿をやりつつも軍人八人の拘束を完了。あんまりにも気配がないせいで部屋の隅の影と同化していたシグレを呼ぶ。
「目標地点までのヤバそうなのは粗方解除した。多分すぐ気付かれるから、ここからはスピード勝負だ。シグレは二階の、アリスは五階の。それぞれ配置に付いてくれ」
「はれ? ハルカ一緒に来ないの? 来ようよー」
「阿保抜かせ。陽動と本命が一緒に行動してどうするんだ」
ただストレスが嵩むだけ。まさに骨折り損である。
「私たちと来ないってーとどのルートで行くのさ。ここの病室って出入り口一つじゃん。窓ないし」
「仰る通り。でもなアリス、童話好きのお前なら知ってるだろうが――」
そこから先に続く言葉を放とうとして、まだそれが喉元で蹲っていたにも関わらず、激烈な後悔が後頭部を襲う。
何を格好つけて、まあ。僕畜生が、この恥知らずめ。
「――囚われのお姫様を助けに行く王子様はな、用意された扉なんか使わないんだよ」
◇
自己嫌悪も自罰も全て心底から溢れたもので、それでいて一切止まろうとしないのだから正当化と自己満足が醜く混じった見るに耐えない汚物に間違いない。
体の芯からそんなものが溢れ出す辺り、本当に腐っているというか救いようがないというか。
少しでも恥を知っているのであれば、即刻遺書と遺産を残して首を切っているだろうに。
「よいしょ、っと!」
だからこうして前へ前へと、傷だらけの女の子を戦場に引き摺り込むために進み続けている僕は、真実恥知らずの屑なのだろう。
そんなことを思いながら、僕は病棟の外壁に爪を立てて姿勢を固定した。
医療刑務所第七病棟、地上約二十メートル地点。この位置こそ壁の向こうにちょうど咲良崎の病室がある場所である。
山ほど巡回や警備の兵隊がいる病棟内を上り、唯一の出入り口である扉から入れば、あの二人ならともかく僕は確実に見つかる。
逆にそうそう人が目を向けることなく、感知するためのセンサーも落とした今ならば、病棟の外壁を力業で登ろうと気付かれることはない。
問題はここから室内に入る方法だ。外壁は物理的魔力的共に堅固であり、それ相応の威力を叩き込まなければならない。
そんなことをすれば騒ぎになるのは確実、わざわざ猿の真似事をした甲斐がない。
――問題ない。そのためにわざわざ管制室を制圧したのだ。
この施設の禍力感知器を、一時的に無効化するために。
さぁ、始めよう。
「破壊想、極小展開」
唱えた瞬間、右手の触れていた先がごっそりと消えた。
破壊想。『操作』のマガツによって破壊に特化させた禍力。『破壊』のマガツとでも呼ぶべきこの力は、時間や空間といった概念存在ですら破壊することが出来る。
禍力を使用可能なこの数分間、あらゆる存在が障害足り得ることはない。
無音のまま空いた人一人分の穴を潜り、病室内へと降り立つ。 想定通り余計な被害は出ておらず、すぐにこの部屋の主を見つけることが出来た。
「や、咲良崎。こんばんは。いい夜だね」
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