第1話:『いつか、あの星のように』
第1章 幼少期編
第1話:『いつか、あの星のように』
木漏れ日が優しく降り注ぐ、セントラル魔帝国の国境沿いにある小さな村。
のどかな風が吹き抜ける広場で、六人の子供たちが地面を囲んで車座になっていた。
彼らの視線の先にあるのは、ボロボロになるまで読み込まれた一冊の本。表紙には金色の箔押しで『オリオン騎士団・英雄名鑑』と書かれている。
「おい見ろよ! やっぱり俺は、人気第2位の『武神』様だな! あの大斧で、魔境から溢れてくる巨大な魔物を一撃で真っ二つにするんだ。めちゃくちゃカッコよくないか!?」
真っ先に声を張り上げたのは、大柄でわんぱくな少年、ガイル・ガルシアだった。彼は身振り手振りで大きな斧を振り下ろす真似をしてみせる。
「ちょっと、バカ言わないでよガイル」
それを鼻で笑ったのは、勝気な瞳をした少女、ミリィ・シルバだ。彼女はガイルの頭をパシリと叩くと、英雄名鑑の別のページを強く指さした。
「絶対に第4位の『聖槍』様の方が何倍も早くてカッコいいわよ! 戦場を光みたいに駆け抜けて、一瞬で百匹の魔物を突き倒すんだから。アタシ、大きくなったら絶対に『聖槍』様に弟子入りするんだ!」
「なんだとぉ!? 一撃の重さなら『武神』様の方が上だろ!」
「速さこそ正義よ! 当たんなきゃ意味ないじゃない!」
いつものように始まった二人の小競り合いを、おっとりとした少女、フィア・ルミナスがクスクスと笑いながら見守っている。
「ふふ、二人とも元気だねぇ。私は……傷ついた人たちをみんなお手当てしてあげられる、第5位の『観音』様になりたいな。みんながニコニコ笑っていられるのが一番だもん」
「フィアは優しいね。きっと素敵なお医者様になれるよ」
そう言って笑ったのは、穏やかな笑みを浮かべた黒髪の少年、カナタ・レイルだった。彼は幼馴染グループの中でも、一番周囲をよく見ている優しい男の子だ。
「あはは、みんな強そうだ。……ねえ、リゲル。リゲルはやっぱり、人気第1位の『剣聖』様になりたいの?」
カナタが隣に座る少年に声をかけると、それまでじっと英雄名鑑を見つめていた少年――リゲル・ブレイズが、パッと顔を輝かせて勢いよく立ち上がった。
「おうッ!! 俺は『剣聖』みたいに世界で一番強くなる! そんでさ、この村も、ここにいるみんなのことも、俺が絶対に一生守ってやるんだ!」
リゲルの瞳には、濁りのない真っ直ぐな闘志が燃えていた。
明るく、仲間想いで、誰よりも熱い心を持つ少年。それがリゲル・ブレイズという男だった。
「あーあ、リゲルがまた熱苦しいこと言い始めたわ」
ミリィが呆れたようにため息をつくが、その口元はどこか嬉しそうに緩んでいる。
「でもさ、リゲルが言うと、本当に世界一番強くなっちゃいそうな気がするよ」
カナタが優しく笑うと、ガイルも胸を叩いて同意した。
「だな! リゲルが『剣聖』になるなら、俺はその背中を守る『武神』になってやるよ!」
「アタシも! リゲルより先に敵を突き倒す『聖槍』になってあげる!」
子供たちの無邪気な笑い声が、平和な広場に響き渡る。
世界中の子供たちの憧れであり、ヒーローの集まりである『オリオン騎士団』。
この魔境に隣接するセントラル魔帝国の辺境に暮らす彼らにとっても、それは最高に眩しい未来の夢だった。
「よーし! 夢を叶えるためにも、今日も魔術の特訓といこうぜ!」
リゲルが拳を突き出すと、カナタが「そうだね」と頷き、地面の土を平らに均した。
カナタは落ちていた木の枝を拾うと、慣れた手つきで地面に奇妙な幾何学模様を描き始める。円の中に、いくつかの文字と直線が交差する紋様――それこそが、世界を変えた偉大な発明だった。
「かつての大魔導師リンステン様が作った『魔法陣』……本当にすごいよね。これさえ描けば、ボクたち子供でも、魔力を流すだけで魔術が発動できるんだから」
カナタが描き終えたのは、最も基礎的な『第一級魔術(着火)』の魔法陣だ。
今の世界では、魔法陣を描くか、それが刻まれた魔道具に魔力を流しさえすれば、誰でも均一に魔術を行使することができる。世界で確認されている魔法陣は、一国を揺るがす戦略級の『第十二級魔術』まで存在していた。
「じゃあ、まずはボクからいくよ」
カナタが描かれた魔法陣にそっと手をかざす。
彼が体内の魔力を意識して魔法陣に流し込むと、回路の線が淡い青色に輝き始めた。
「――『灯れ』」
ぽわん、と。
魔法陣の中央から、手のひらサイズの温かい火球が浮かび上がった。おもちゃの焚き火のような、可愛らしい小さな炎。これが第一級魔術の正しい発動だった。
「わあ、カナタ上手! 一発で綺麗に出せたね!」
フィアがパチパチと手を叩いて喜ぶ。
「へへ、ありがとう。じゃあ次、リゲルの番だよ。はい、枝」
「おう、サンキューな、カナタ!」
リゲルは枝を受け取ると、カナタの手元を思い出しながら、地面に同じ『第一級魔術』の陣を描いていく。少し線が歪んでしまったが、形としては十分に機能するはずの魔法陣だ。
「よし……。俺だって、いっちょカッコいいところ見せてやるからな!」
リゲルは大きく深呼吸をして、熱い心を落ち着かせると、地面の魔法陣に向けて右手を突き出した。
ガイル、ミリィ、フィア、カナタの4人が、ワクワクした表情でリゲルの手元を見つめる。
「いくぞ……。俺の魔力よ、流れろッ!」
リゲルが気合と共に、体内の魔力を指先へと集中させる。
次の瞬間、異変が起きた。
ピシッ、と不穏な音が響く。
リゲルが手をかざした瞬間、地面に描かれた魔法陣の線が、青色ではなく、目を開けていられないほどの凄まじい『真っ赤な閃光』を放ったのだ。
「うわっ!? 何これ、眩しい!?」
ミリィが思わず目を手で覆う。
「おい、リゲル! なんか魔法陣の様子が変だぞ!?」
ガイルが驚いて声を荒らげた。
魔法陣は、リゲルから流れ込んでくる魔力を受け止めようと、激しく脈打つように明滅している。だが、その光は次第に制御を失ったかのように暴走し、バチバチと激しい火花を散らし始めた。
「え……? あ、あれ!? 魔力が、止まらねぇ……!?」
リゲル自身も困惑していた。
ほんの少し、小さな火を灯すだけの魔力を流したつもりだった。なのに、自分の奥底から、信じられないほどの奔流が勝手に溢れ出し、魔法陣へと流れ込んでいく感覚がする。
それは、第一級魔術というあまりに小さな器には、決して受け止めきれない、あまりにも規格外すぎる『質量』の魔力だった。高すぎる電圧を流された電球が、耐えきれずに破裂するように――。
――パリンッ!!!
突如、ガラスが派手に割れるような、甲高い音が広場に響き渡った。
同時に、リゲルが描いた魔法陣は、魔術を灯すこともなく、光の粒子となって文字通り『粉々に砕け散って』消滅してしまったのだ。
あとに残ったのは、ただの踏み荒らされた土の地面だけ。
「…………え?」
リゲルは、突き出した自分の右手を呆然と見つめたまま、声を漏らした。
あたりは水を打ったように静まり返っている。火球が出るどころか、煙すら上がっていない。
「リゲル……今の、大丈夫? 怪我はなかった?」
フィアが心配そうに駆け寄ってくる。
「あ、ああ……怪我はねぇんだけど。なぁ、なんで魔術が出ないで、魔法陣が壊れちゃったんだ……?」
リゲルが首を傾げると、ガイルが頭をガリガリと掻きながら苦笑いした。
「おいおい、リゲル。お前、どんだけ力任せに魔力を込めたんだよ? リンステン様の魔法陣を力づくでぶっ壊すなんて、お前、魔力のコントロールが下手くそすぎるだろ!」
「そうよ、もっと優しく流さなきゃダメじゃない。力みすぎなのよ、熱血馬鹿」
ミリィも呆れたように腰に手を当てる。
仲間たちはみんな、「リゲルが不器用だから、魔力を込めすぎて魔術のバグを起こしたんだ」と思ったようだった。魔法陣の仕組みを考えれば、それが一番自然な解釈だからだ。
「う、うるせえ! 俺は普通に流したつもりだったんだよ!」
リゲルは顔を真っ赤にして言い返したが、内心では強いショックを受けていた。
世界中の誰もが、子供ですら簡単に使えるはずのリンステン式魔術。それを自分だけが、まともに発動することすらできない。
(俺……本当に、みんなを守る『剣聖』みたいになれるのかな……)
小さな不安の影が、リゲルの胸にポツリと落ちる。
だが、そんなリゲルの肩を、カナタがポンと優しく叩いた。
「大丈夫だよ、リゲル。線が少し歪んでたから、魔力が上手く通らなかっただけだよ。次はボクが一緒に描くから、もう一回やってみよう?」
「……カナタ」
親友のどこまでも優しい笑顔に、リゲルの胸のモヤモヤが一気に晴れていく。
そうだ、不器用なら、できるまで何度だって練習すればいい。俺は絶対に諦めない。
「おう! ありがとな、カナタ! よし、もう一回だ!」
リゲルは元気よく笑うと、再び木の枝を握り締めた。
「みんなで一緒に、最高のオリオン騎士団になるんだ」
夕日に向かって誓い合ったその夢を、彼らは一ミリも疑っていなかった。
――しかし。この時の彼らは、まだ知る由もなかった。
リゲルの魔法陣が砕け散ったのは、不器用だからでも、線の歪みのせいでもない。
彼の体内に、既存の世界の常識(第十二級まで)では絶対に受け止めきれない、【第二十級魔術を千発同時に行使できる】という神域の魔力が、眠り始めていたからだということを。
そして、この眩しいほどに平和な日常が、数日後に訪れる『最悪の悲劇』によって、跡形もなく引き裂かれてしまうということを――。
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