淡水魚
先日、ホームセンターへ淡水魚の餌を買いに行ったときである。店の出入り口付近にある駐車スペースが混んでいたため、玉城は仕方なく第二駐車場の近くへ乗用車を駐めた。
バイパス沿いにあるこの場所は、週末ともなると大勢の客で賑わう。キッチンカーが店前に集うのも、魅力のひとつだろう。玉城も、それを愉しみに来ているひとりであった。今日はお目当てのたこ焼きキッチンカーがいるようだったので、買い物帰りに寄ってやろうと、ドアノブに手を掛けた。
そこで、ふと隣に駐車してある車のドライバーと目が合った。偶然の出来事であったためか、互いに固まる。額の皺から察するに、歳は同じくらいだろうか。玉城とは対照的に、厳めしい目つきをしている。眼鏡のツルからは喜平のグラスコードが垂れており、強面の容貌を際立たせていた。ただならぬ空気が流れる。玉城は圧倒され、思わず息を呑んだ。
見つめ合っていると、どうしたことか相手のバンがじわじわと後退し始めた。そして、コツンと、後ろのコンパクトカーとぶつかる音がした。玉城は、あっと口を大きく開いた。接触事故であった。しかし、尚も男は玉城から目を離そうとしない。真顔で、玉城をじっと捉えている。
そこで、電話のバイブレーションが鳴った。ボディバッグから取りだして確認すると、妻の美代からであった。洗剤が切れたと、メールで連絡があった。玉城は何事もなく車を降り、店の出入り口へと歩きだす。すっかり忘れていたが、ネオンテトラの餌を買いに来たのだった。
急ぎの用もないので、広い店内をじっくりと見て周った。商品を眺めているだけでも気晴らしになる。町役場では、専ら町民の相談役をやらされている事情もあり、ストレス解消には程好い。植物コーナーや家電コーナーを巡ってレジを通り、店脇で購入したたこ焼き一舟を手に愛車へと引き返す。
エンジンをかけ、アクセルを踏もうとしたところで、なんとなくバッグミラーに視線が吸い寄せられた。細道を挟んで、真後ろに第二駐車場が映っている。そこに、なんと先程のあの男がいた。しゃがみこんで、相手の車のバンパーを必死にタオルで擦っている。傍には、持ち主であろう主婦が腕を組んで見下ろしていた。
玉城は、男の行動に異様な執念を感じた。
何の前触れもなく、男の眼鏡チェーンが高い太陽に反射した。玉城は目を焼かれたまま、急いで駐車場を後にする。見てはいけないものを見た後悔と、事故を起こした原因はお前の所為だと言わんばかりの強い視線が、いつまでも背中を追ってくる。
理由は不明だが、帰宅したあと、躰の異様な震えに襲われ熱を出した。幸い一晩で回復したが、あの射るような眼差しからは逃れられていなかった。街中へ行けば男の影に怯え、役場でも男の視線が飛んではこないかと、いつにも増して神経をすり減らした。
男が摩擦で車の傷を消せたのかは定かでないが、駐車場での事故が自分の車でないことが何よりの幸運であった。昨今、ドライバー同士のトラブルにより、加害者が被害者に危害を加える事件が多発していた。あの男だって、傷が消えないとわかれば、主婦に示談を迫るだけでは済まないかもしれない。
自分であったら、相手の存在ごと消したくなるに違いない──。
玉城は身震いした。急に風が冷たくなった。玉城は久しぶりに美代を誘い、近所を散歩に出ていた。考えすぎであったことを、何気ない日常が癒してくれる。外は肌寒くても、幸せが降り注ぐ、心穏やかな日であった。当然、紫烏色のバンが背後に忍び寄っているとは知る由もなかった。
近場の河川から、車に乗った一人の遺体が発見された。数週間前に、行方不明者届が提出されていた女性だった。さらに川底から、もう二人の亡骸も引き揚げられた。
同時刻、ある夫婦の家では、水槽のネオンテトラが濁った水に浮いていた。




